【4ー3】開会式にて、鳥人間と出会う
赤い絨毯にきらめくシャンデリア。それはまさに絵本で見たパーティ会場そのものだったが、パーティ会場特有の華やいだ空気は無く、どこかピリピリとした緊張と敵意が漂っている。特にクロウ達は目立つ存在なのか、向けられる視線が好意も悪意もとにかく多い。
ホテルに併設されたスタジアムは、スポーツ観戦の会場というよりは、上品なオペラの舞台に近い。耳を済ませばオーケストラの生演奏が聴こえてくる。それでもダンスを踊っている者は誰もいなかった。
フリークス・パーティの参加者達は全員ステージの上に上っているが、特に整列はしていない。誰もが思い思いの位置に立っており、談笑しているものもいれば、周囲を険しい目で睨みつけている者もいる。
周りを見回せば、騎士達は皆クロウと同じような軍服風の衣装を着てはいるが、異様に背が高かったり、手足が長かったり短かったり、顔に鱗がはえていたり、露出している肌が機械になっていたりと様々である。無論、ウミネコのように目立たない容姿の者もいるが、そういう者は大抵がクロウのように手袋をしたり、露出した肌に包帯を巻いたりしていた。
一方、姫の衣装も様々で、フォーマルドレスの者もいれば、童話の衣装そのままの仮装みたいな衣装の者、民族衣装の者もいる。
更には全身金ぴかの派手な衣装や、リオのカーニバルみたいな露出の多い衣装まで。最初は人目を気にしていた優花も、段々と自分の格好が気にならなくなってきた。
そんな多種多様なペアが勢ぞろいのステージの上で、一際異彩を放っているコンビがいる。
クロウが「なんだあいつ」としかめっ面をし、サンヴェリーナが「まぁ、可愛らしい」と口元を綻ばせた。
そのペアは一言で形容すると「鳥人間」だ。
首から下は普通に人間なのだが、頭だけが鳥なのである。男は騎士の服を、女は地味なオレンジ色のワンピースを着ていた。
クロウは目を細めて鳥人間ペアを凝視する。
「あれ、キメラじゃなくて被り物だよな」
鳥人間の顔は、ゴム製のマスクのようだった。エリサが「私、あの被り物、ドン・○ホーテで見たことあります」と呟く。
騎士だけでなく、姫まで鳥の被り物をしているから尚更シュールだ。騎士は一律軍服を着ているが、姫の衣装は基本的に童話のモチーフに合わせているはず。
優花は鳥人間(♀)を眺めて、首を捻った。
(女の子が鳥になる童話なんてあったっけ?)
思いつくのは鶴の恩返しだが、ドレスを着ているからまず違うだろう。
そんなことを考えていると、優花は鳥人(♂)と目が合った。マスク越しだから確信はなかったけれど、目が合ったと思った瞬間、鳥人(♂)が手を振ったので間違いないだろう。
(え、これどうしたら良いの? 手を振り返すべき?)
地味に注目されて気まずいと思っていたら、優花は後ろから腕を掴まれ、クロウの背後に引きずられた。
「そうやって、お前が色目を使うから、変な奴が勘違いして調子づくんだ」
「誰が鳥に色目を使うか」
そんなやりとりをしていると、燕が声のトーンを落として、クロウに話しかける。
「クロウ、腕章は見たか」
「あぁ、名前はピジョン。所属は無しだ」
騎士の腕章には名前と所属が縫いとられている。小さい刺繍なので優花には見えないのだが、やたらと視力の良いクロウには、この距離でも充分に見えているらしい。
燕が包帯に覆われた手で顎を撫でる。
「無所属か……以前参加した選手が、覆面をして参戦した可能性もあるな」
「少なくともオレの知らない奴だ。オレは一度対戦した奴なら、顔を隠してもわかる」
燕とクロウが小声でそんな話をしている横で、ウミネコは無言で鳥人(♂)のピジョンを見ていた。
そういえば、ウミネコにしては珍しく静かだ。いつもなら「何あれイカす!」と手を打って大はしゃぎしそうなのに。あんまり真剣な顔をしているものだから気になって、優花はウミネコの肩を叩いた。
「ウミネコさん、どうしました?」
「ん、あぁ……オレ、思ったんだけどさ」
ウミネコは険しい顔で優花を見る。優花は思わず居住まいをただして「はい」と相槌を打った。
「あのかぶり物、夏場だったら地獄だよな。絶対むれる」
真顔で緊張感のない事を考えているあたり、やはりウミネコはウミネコだったらしい。
「レディース・エーン・ジェントルメーン! 皆さま大変お待たせいたしました! これより、フリークス・パーティ・ペアバトル部門の開会式を始めさせていただきます!」
ステージの奥にスポットライトが当たり、マイクを持ったタキシードの男が語り出す。男が着ているのはシンプルなタキシードだが、目元には仮面舞踏会で付けるような派手な仮面をつけてた。
「司会進行はわたくしドードーでお送りいたします。よろしくお願いいたします。まずは主催者であるレヴェリッジ家当主のシャーロット・レヴェリッジより、開催の挨拶をさせていただきます」
ドードーの声に応えるように、壇上に一人の女が現れる。
その女は華奢な体躯に露出の少ない黒いドレスを纏い、鮮やかな金髪もきっちりとまとめて黒いベールで顔を隠していた。
……まるで、喪に服しているかのような出で立ちは、この華やかなパーティ会場で一際浮いて見える。
会場中の視線が集まる壇上で、シャーロットはマイクを手に挨拶を述べた。
『今宵は当家の舞踏会にお越し頂きありがとうございます。どうぞ、ごゆるりと宴をお楽しみ下さいませ』
響いた声は機械で合成された声だ。抑揚がなく、ところどころ嗄れている。
周囲の参加者達がひそひそと何事かを話しているのが聞こえた。
「あれがレヴェリッジの現当主か」
「先代の妹だろ」
「あの女が先代を殺したって噂が……」
「先代には息子がいた筈だ。何故息子が後を継がない」
「あの女が先代の息子を幽閉してるって噂だぞ」
「それより、レヴェリッジの人間が不老不死というのは本当か?」
「あの女も本来ならかなりの高齢……」
「不老不死だから、素顔を晒せないらしい」
「馬鹿言え、不老不死などあるはずがない」
聞こえてくる話は、どれも胡散臭い噂ばかりだ。優花が「なんか、すごい言われよう」と呟くと、耳ざといクロウが聞きつけて、優花を見た。
「レヴェリッジ家は存在そのものが胡散臭い。なにせ、自称、錬金術師の末裔だからな……イカれてるぜ」
なるほど、馬鹿らしい。それで不老不死なんて噂が飛び出したのか。
「だが、あの家がキナ臭いのは確かだ。現当主が先代と不仲だったのは周知の事実だし、先代が死んだのと同時に、その息子は病気で入院している。何かあると考えるのは当然だろう」
「クロウは噂を信じているの?」
「……ふん、あんな奴らの身内争いなんて興味無い。面倒事はごめんだからな。関わらないようにするのが一番だ」
妥当な対応だと優花も思う。噂に振り回されて試合が疎かになったら、それこそ馬鹿馬鹿しい。優花がレヴェリッジ家と関わることなんてまず無いだろうし。
この話はそれでおしまいかと思いきや、食いついてきたのはウミネコだった。
「えぇ~、でもクロちゃんはさぁ、気にならない? レヴェリッジ家の最強のフリークスの、う・わ・さ」
最強のフリークス? と首を傾げる優花に、ウミネコが顔を近づけて内緒話でもするかのように言う。
「そっ、錬金術師のレヴェリッジ家は、お得意の錬金術で最強のホムンクルスを作ろうとしている、って噂があるんだよ。このフリークス・パーティは、そのための実験場なんじゃないかって……」
クロウはウミネコの話を「馬鹿馬鹿しい」と一刀両断する。が、ウミネコは好奇心旺盛な少年みたいな顔でクロウを見上げた。
「でもさぁ、その噂の中に一欠片ぐらいは、真実があると思わない?」
「……あまり、余計な噂ばっか拾ってくんな。いずれ、面倒に巻き込まれるぞ」
「心配してくれるの? クロちゃん、やっさしーい!」
「もうお前黙れ、そして死ね」
クロウが吐き捨てるのと同時に、ステージの上に大きなスクリーンが現れた。
スクリーンには優花達が今立っているステージとよく似たステージが映し出されている。いわゆるすり鉢状の闘技場のようなスタイルなのだが、ステージの上には仮面の男が一人佇んでいるだけだ。
参加経験の多いサンヴェリーナが「第三ステージですわ」と呟いた。
「スタジアムには、この第一ステージを含む、四つのステージがあるのです。ステージは隣接しておらず隔てられていて、それぞれに観客席があります。きっと、そこでエキシビジョンマッチをするんですね」
「……えきしびじょんまっち?」
高級なマッチ棒のことだろうか……と本気で思った優花だったが、その大ボケ発言を口にするより先にウミネコが解説をしてくれた。
「開会式の最後にさ、イベントで一試合だけやるんだよ。大抵は前回優勝者みたいな、目立つ奴の試合が選ばれるんだ。てっきりオレは燕が出るのかと思ってたんだけどなぁ」
そういう話来なかったの? とウミネコが訊ねれば、燕は無言で首を横に振る。どうやら、打診を断ったというわけではなく、最初からその手の依頼は来ていないらしい。
クロウが腑に落ちない、という顔をした。
「……燕やウミネコを差し置いて、エキシビジョンマッチに出る奴なんて、いるのか?」
『こちら、第三ステージ審判の海亀です。準備は整いました。中継をどうぞ』
スクリーンに映し出された仮面の男の声が響いた。
海亀と名乗ったその男の仮面は、ドードーの仮面舞踏会のような派手なものと違い、のっぺりと白く目に穴を開けただけのシンプルなものだ。
「初めて聞く名前だな。今年から審判になった新人だろう」
「クロちゃん、よく覚えてるね」
「運営委員会幹部は『不思議の国のアリス』の登場人物の名前を名乗っているからな。覚えやすい」
言われてみれば、ヤマネはネムリネズミだし、グリフォン、海亀も不思議の国の住人だ。レヴェリッジ家当主のシャーロット・レヴェリッジは、ハートの女王といったところか。
(……あれ? じゃあ笛吹さんは?)
そんな登場人物なんていたかしら……と優花が考え込んでいる間にも、エキシビジョンマッチの進行は進んでいく。
進行役のドードーが、熱のこもった声で選手の名前を読み上げた。
『それでは選手の紹介を。まずはフリークスパーティ参加歴十五年のベテラン! 〈青の死神〉オオルリ! パートナーはプリンセス・マーメイド!』
スクリーンには両手の先に鎌のようなブレードを取り付けた騎士と、青いドレスの美女がアップで映しだされた。
クロウが納得がいかないとばかりに、喉を鳴らして唸る。
「……オオルリか。ランサードカンパニーのサイボーグだろ。確かに強豪だが、エキシビジョンに出すほどか? 燕の方がよっぽど強いぞ」
「……もしや」
燕が何か言いかけた時、画面が切り替わり、オオルリと反対側のステージがライトアップされた。そこに佇むのはスラリとしたダークブラウンの髪の青年。
『ベテランのオオルリに対するは……キラリきらめく超新星! 〈破壊の貴公子〉イーグルだぁーー!』
「──っな!!」
「イーグルだとっ!?」
動揺しているのはクロウと燕だけではなかった。サンヴェリーナとエリサも、驚いた顔で画面に釘付けになっているし、会場中も歓声とどよめきで溢れかえっている。
「あのイーグルって人、そんなに有名なの?」
優花の疑問に、いつもなら真っ先に答えてくれるクロウが、今は限界まで目を見開いてスクリーンを凝視している。
クロウに替わって、エリサが優花の疑問に答えてくれた。
「私も直接見たことはないので、噂程度にしか知らないのですが……〈破壊の貴公子〉イーグル。半年前のシングル戦に初参加で優勝した選手です」
「そうそう。オレは戦ってないからよく分っかんねーけど、クロちゃんと燕は詳しいんじゃない? 前回のシングル戦、クロちゃんは初戦で、燕は決勝でイーグルに負けてるから」
ウミネコの言葉にクロウが、目を血走らせて噛み付く。
「るっせぇ! あん時は新人だと思って油断してたんだ! ……次は……次こそは……」
握りしめられたクロウの手の中で、革の手袋がキュゥっと音を立てる。
激昂しているクロウほどではないが、燕もまた唯一見える口元を険しく引き締めて、包帯で覆われた目でスクリーンを凝視していた。
そんな燕に、サンヴェリーナがそっと寄り添う。
「……お兄様」
「分かっておる……次は、負けん」
優花はふと、さきほど控え室前で騒いでいたトキが、クロウを「シングル戦初戦敗退」と揶揄していたことを思い出した。なるほど、その時の対戦相手があのイーグルだったらしい。
イーグルは見たところ二十歳前後で、優花と年齢はさほど変わらないように見える。
長身で、艶やかなダークブラウンの髪をきちんと整えている上品な紳士といった雰囲気だ。決して小柄なわけではないのだが、大柄な対戦相手と比べると、とても強そうには見えない。
手にしているのも武器ではなく、紳士が持つような飴色のステッキだった。端正な甘いマスクににこやかな笑みを浮かべていて、まるでこれからお茶会にでも行くかのよう。
『前回のシングル戦で、パートナー・バトルには出ないと宣言していたイーグル選手が、今回、まさかのパートナー・バトルに参戦だ! さぁ、そんな前回のシングル戦の王者イーグルが選んだ、麗しの姫君を紹介しよう! その名も、プリンセス・オデット!!』
パッと画面が切り替わり、イーグルの横に寄り添う白いドレスの姫がアップで映る。
その時、優花とクロウは全く同じ顔をした。
「――っ、嘘でしょ!?」
「おい、どういう冗談だ、これは……っ」
ワンテンポ遅れて、ウミネコ達が驚きの表情で優花の顔を見た。
彼らが驚くのも無理はない。
大型スクリーンに映ったイーグルの姫オデットは、優花と全く同じ顔をしている。
クロウが顔を真っ赤にして、恐竜のように凶悪な歯ぎしりをしながら呻いた。
「やりやがった……あのアバズレっ!!」
クロウの怒りも尤もだ。
なぜなら、イーグルの姫、オデットは──失踪したクロウの元姫で、優花の双子の妹の美花だったのだから。




