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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第4章「白鳥は歌う」
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【4ー2】灰かぶり、親指姫と出会う

 頭から灰をかぶった優花は、走っている最中に涙が止まらなくなったので、近くのトイレに駆け込んだ。

 こんなに涙が出てくるのは灰が目に入ったからだ。他に理由なんて無い。無いったら無い。

「うぅ~、もう最悪……」

 洗面所で顔を洗ってみたが、灰はまだらになって、いくらか顔に残ってしまった。これ以上はゴシゴシ擦っても取れないだろう。きちんとした洗顔フォームが必要だ。

(ホテルの売店で売ってるかなぁ……)

 鏡を見て溜息を吐いていると、誰かが言い争う声が聞こえた。複数の男の声と、それに混じって若い女の声。

 ちょっと気になって廊下の方をのぞいてみると、四人の男が、ドレスを着た若い女を無理やり男子トイレに引きずり込もうとしていた。

 女は恐らく誰かの姫なのだろう。淡いピンク色のドレスを身につけた美しい姫だ。栗色の長い髪を背中に垂らし、髪には花飾りをつけている。

 女が「離してくださいっ、誰か……っ」と怯えた声をあげる度に、男達はゲラゲラと下品に笑った。

「いいから来いよ」

「そうそう、悪いようにはしないからさぁ」

 粘っこい口調で言う男の肩を優花は背後から叩く。

「どう見たって、悪いようにしかしなさそうでしょうが」

 男達は一斉に動きを止めて優花を見た。男達に取り囲まれていた女も、涙の滲む目で優花を見ている。

「……この場で大声出されたくなかったら、その子を離して。私、その気になればフロア中に響くぐらいの声出せるんで」

 なるべく相手を刺激しないように、ゆっくりとした口調で話しかければ、男達は目で頷きあい、ヒソヒソと話し出す。


「……おい、この女も」

「一緒に連れ込んじまおうぜ」

「けど、もし燕が気がついたら……」

「つーか、こいつも姫なのか? なんかすげー格好……」

 最後の発言した奴、後で覚えてろ。と優花は声に出さず呟く。

 その間も、男達のヒソヒソ話は続いていた。

「どうせ誰かが来ても……」

「あぁ、大丈夫だろ」

「やっちまおうぜ」

 どうやら男達は交渉に応じる気は無いらしい。

 男達が着ている服は、四人とも仕立ての良い燕尾服だった。クロウやウミネコが着ていた服とは違うから、騎士ではなく観戦する側の人間なのだろう。

 このパーティを観戦する側の人間は表社会、裏社会を問わず、富裕層の人間なのだとクロウが言っていた。つまり、こいつらは良い家のお坊ちゃん達なのだ。男達が騎士でないのなら、対処のしようは幾らでもある。

 優花はふらっと体を前に傾けて、一番手前にいる男──優花のことを「すげー格好」と言った男だ──に近づき……

「せいやぁっ!!」

 急所を蹴り上げた。

 男は絶叫し、股間を押さえて床にうずくまる。

 他の男達がギョッとしている隙に、優花は女の手を掴んだ。

「こっちよ!」

「は、はいっ!」

 女は必死で優花の手を握り返し、走る。女は運動神経の良い優花と比べると、決して足が速いとは言えなかったが、それでも顔を真っ赤にして、ドレスの裾を翻して、必死で足を動かしていた。

 休憩無しで走り続けた二人は、ロビーに辿り着いたところで足を止める。ここなら人がそれなりにいるから、あの男達もうかつに手出しはできないだろう。

 額に浮かんだ汗をぬぐってほっと一息ついていると、女が優花に深々と頭を下げた。

「このたびは本当にありがとうございました。もう、何とお礼を申し上げれば良いのやら……」

 改めて見ると、女は際立って美しい容姿をしていた。年齢は二十歳前後だろうか。サラサラとした栗毛に、長い睫毛に縁どられたぱっちり大きな目。清楚で可憐という言葉がよく似合う。

 このフリークス・パーティの会場に着飾った女は大勢いるが、目の前の女は一線を画していた。そこらの女優より、よっぽど美人である。

「わたくし、サンヴェリーナと申します。もしご迷惑でなければ、お名前を教えていただけませんか?」

「あ、えっと……サンドリヨンよ」

 サンドリヨン様、とサンヴェリーナは桜色の唇で呟き、潤む目で優花を見つめた。

「貴女の勇気ある行動のおかげで、わたくしはこうして無事でいられたのです。心から感謝いたします」

 そう言って目を伏せるサンヴェリーナの美しさに優花は思わず感嘆の吐息を漏らした。

 見た目も美しいのに心も美しいなんて……あまりに完璧すぎて、横に立っているのが薄汚れた私なんかでごめんなさいと言いたくなる。

「あの、そんなに畏まらないでいいから。あの時は無我夢中だったし」

 どうやらクロウに跳び蹴りをしたことで、少しばかり足癖が悪くなっていたらしい。普段ならもう少し穏便な方法を選んでいる(多分)

「だから、あんまり気にしないで。ねっ?」

「それでも、誰にでもできることではありませんわ! サンドリヨン様は本当にお強いんですのね……わたくしにも貴女のような勇気があれば良いのに」

(な、なんかむず痒いぞ……)

 優花は気まずげに頰をかき、殊更明るい声でサンヴェリーナに話しかけた。

「あ、あのね。様とか付けなくていいから。サンドリヨンって気軽に呼んでくれると嬉しいかなー、って」

「まぁ……では、サンドリヨンさんと呼ばせていただいてもよろしいですか?」

「うん、それで良いよ」

 優花が頷くと、サンヴェリーナは口元に手を当てて、ふふふと可愛らしく笑った。

「ありがとうございます。サンドリヨンさんは……本当に素敵な方なんですね」

 自分は誰かに素敵と言ってもらえるようなことはしていない。優花は非常に気まずい気持ちだった。

 なにせ振り返ってみれば、自分のやったことは男の急所を蹴って、全力で逃亡しただけである。

 けれど、サンヴェリーナは優花を尊敬の目で見つめていた。

「あの、もし、サンドリヨンさんさえよろしければ……わたくしとお友達になって下さいませんか! わたくし、フリークス・パーティに参加するのは初めてではないのですが、お友達がいなくて……普段も周りに同年代の女の子がいなくて……だから……その……」

 姫を殺せば勝利というルールがある以上、どんなに仲が良くたって、いつかは殺されるかもしれない。敵同士になることだって少なくない。姫同士で友達になるのが、難しいということを優花は頭では理解していた。

 それでも、こんなに可憐な美人に友達になってほしいと言われて断れる人間がいたら教えてほしい。少なくとも優花にはできない。優花だって友達が少ない人間なのだ。

 なにより、こんな灰まみれのみすぼらしい格好の自分に、そんなことを言ってくれることが、優花は嬉しかった。

「よろしくね、サンヴェリーナちゃん」

 優花が右手を差し出すと、サンヴェリーナはぱぁっと顔を輝かせて、優花の手を握り返す。

 それだけで、荒んでいた優花の心はおだやかになった。

 あぁ、美人セラピーってすごい。心が浄化される……と優花がしみじみ思っていると、一人の男がこちらに駆け寄ってくる。

「──サンヴェリーナ!」

 それは騎士の制服を身につけた痩身の青年だった。声は若い男性の声だが、年齢はいまいち分からない。というのも、男は顔の上半分に包帯をぐるぐる巻きにしているのだ。他にも手や首など、露出している箇所の殆どに包帯を巻いているため、見えている素肌は鼻から下の口元ぐらいだ。

 包帯の男が足を止めると、サンヴェリーナが顔を上げた。

「お兄様!」

「どこに行っていたのだ、心配したのだぞ」

 サンヴェリーナが「申し訳ありません……」としょんぼりうなだれると、男は包帯で覆われた顔を真っ直ぐにサンヴェリーナに向けた。

「……何も無かったのなら、良い」

 そう呟く男の声は安堵が滲んでいた。心の底からサンヴェリーナの身を案じていたのだろう。

「ところで、彼女は?」

 男は包帯に覆われた顔を優花に向ける。優花がまだ一言も声を発していないのにだ。てっきり目が見えていないのではと思ったのだが、もしかして包帯の隙間から見ているのだろうか?

 気になって男の顔を見ていると、目元を覆う包帯の下で何かがチカッと赤く光ったような気がした。

(……んん? 見間違い?)

 あまりまじまじと見ても失礼な気がするが、気になる。聞いても良いものだろうか……と悩んでいると、サンヴェリーナが優花のことを男に紹介した。

「お兄様、こちらサンドリヨンさん。わたくしが殿方に連れて行かれそうになった所を助けてくださいましたの」

「なっ……そんなことがあったのか!? 怪我はないか?」

「えぇ、サンドリヨンさんが助けて下さったおかげで」

 男は「そうか」と呟き、優花に向かって深々と頭を下げた。

「サンドリヨンと言ったな。俺は燕、サンヴェリーナの兄だ。妹を助けてくれたこと、心より感謝する」

「あ、えーっと、初めまして、サンドリヨンです」

 兄妹揃ってお辞儀をする姿勢が綺麗で、礼儀正しい。クロウと美花に見習わせてやりたいものである。

(……それにしても、燕さんが来てから、周囲の雰囲気がちょっと変わった……ような……)

 尊敬と畏怖のまなざし、とでも言えば良いのだろうか。耳をすませれば、周囲の人間がヒソヒソと囁いているのが聞こえる。

「燕だ……燕が来ているぞ!」

「サンヴェリーナもいる。相変わらず美人だな」

「今年の優勝もあの二人で決まりだろう」

「いやいや、噂では期待の新人もいるらしい」

 ……もしかしてしなくても、すごい人達なのかもしれない。

 優花が密かに恐れ慄いていると、サンヴェリーナが訊ねた。

「そういえば、サンドリヨン様の騎士様はこちらにはいらっしゃらないのですか?」

 跳び蹴りかましてきたから、今頃は廊下でぶっ倒れていると思います……とは口が裂けても言えないので、曖昧に笑って誤魔化していると、燕が真摯な口調で言った。

「この会場には良からぬことを企む輩も多い。姫が一人で会場をうろつくのはあまり感心せんな」

「は、はぁ……」

「お前の騎士は控室にいるのか? なんならそこまで送ってやろう。お前の騎士は何と言う?」

「えーっと……私の騎士は……」

 口にするのも嫌だなぁ、と顔をしかめていると、背後から肩を鷲掴まれ優花は肩をすくませた。肩に置かれた手の黒革の手袋に見覚えが無ければ、悲鳴をあげているところである。

「おいこらアホ女っ!」

「うわ出た根性悪」

 露骨に不快そうな顔をしてみせると、クロウは眉を釣り上げて喚き散らした。

「誰が根性悪だ!」

「人の頭に灰をぶちまけた奴が、根性悪でなかったら何だって言うのよ」

 頰をひくつかせながら低い声で言うと、クロウはしどろもどろになりながら目を逸らした。

「あれはお前のために……」

「お前の騎士はクロウだったのか?」

 燕の言葉にクロウは動きを止めた。そうして、燕とサンヴェリーナを交互に見ると、表情を引き締める。

「……燕とサンヴェリーナか。お前達がこいつを保護してくれたのか。すまない、礼を言う」

「まぁ、なんてことを言いますの、クロウ様! 助けられたのはわたくしの方ですわ! サンドリヨンさんは勇敢にも、わたくしを暴漢から助けてくれましたのよ!」

 クロウは顔を強張らせて優花をじとりと見た。

「……おまえ、オレがいない所で何やってんだ?」

「いやちょっと、チンピラの股間を……こう……」

「いや言わなくていい。再現もしなくていい。何にせよ、その後は燕達といたんだな? ……それならいい。こいつらと一緒なら変な連中にからまれる心配もないだろ」

 あら珍しい、と優花は思った。

 クロウはちょっと斜に構えた所があり、ある程度面識のある人だと、ちょっと粗野で皮肉っぽい態度をとることが多く、それ以外には人見知りなのか、そっけない態度を取ることが多い。

 だが、クロウが燕に向ける態度は、今まで見たどれとも違う。燕に対してそれなりに敬意を払っているように感じたのだ。

「久しいな、クロウ。半年前のシングル戦以来か」

「あぁ、そうだな」

「今年はウミネコも来ているのか?」

「あぁ、来てるぜ」

「そうか、それは油断できんな。アルマン社の新型のヒューマノイドも今回の大会で初出場すると聞いた。どうやら今年は強敵が多そうだ」

 燕の言葉にクロウは少しだけ口の端を持ち上げて笑う。

「よく言うぜ、前回のパートナー・バトル優勝者が」

「お前とて優勝経験はあるだろう。油断をするつもりはない。妹と共に常に最善を尽くすのみだ。試合で当たったら、全力で挑ませてもらおう」

「あんたと当たらないことを祈るばかりだ」

 なるほど、と優花は密かに納得した。どうやら燕はフリークス・パーティにおいて結構な実力者らしい。クロウとは良い好敵手なのだろう。

「あのぅ、皆さま……そろそろ開会式の時間が近いですし、控室に移動しませんか?」

 サンヴェリーナの言葉に、クロウと燕は頷き、歩き出した。優花は三人の後についていこうとし……思わず足を止めて、俯く。

 クロウが振り返り「サンドリヨン?」と眉をひそめた。

「……私、ギリギリまで、その辺で適当に時間潰してるから、先に行ってて」

「はぁ!? 何言ってんだ!?」

「この会場は裏社会の人間も多く出入りしている。女一人でふらつくのは危険だ」

「サンドリヨンさん、ご一緒しましょう? ね?」

 クロウだけでなく、サンヴェリーナと燕も難色を示している。それでも、優花は三人について行きたくなかった。

「……だって、控室って、他の選手もいるんでしょ?」

「あぁ?」

「その、私がいると悪目立ちするから、クロウ一人で行っててよ。私も……その、ちゃんと時間になったら行くから」

 人が多い場所に行けば、また、好奇の視線に晒されるのが目に見えている。

 自分一人、場違いな格好で恥ずかしい思いをするのはもうたくさんだ。さっきもクロウに跳び蹴りしたせいで悪目立ちしてしまったし。

「控室は個室だ」

 クロウがガリガリと髪をかきながら言った。優花が「えっ」と顔を上げると、なぜか目をそらして口を尖らせる。

「驚くようなことじゃない。大会でそこそこの実績を残してる奴は、控室なんかが優遇されるんだ」

「そしたら控室で一緒にお茶をしましょう! わたくし、サンドリヨンさんともっとお話がしたいです」

 サンヴェリーナの提案に優花の心がぐらつく。

 ちょうどそのタイミングで、エリサとウミネコがこちらにやってきた。

「あ、いたいた。サンドリヨンさーん!」

「無事に見つかったのかー。おっ、燕とサンヴェリーナちゃんも一緒かぁ。よっ、サンヴェリーナちゃん! 相変わらず美人だな! 今度デートしよ?」

「ご無沙汰しております、ウミネコ様。お隣の方はウミネコ様の姫君でいらっしゃいますか?」

「どうも、初めまして。ウミネコさんのパートナーのエリサと申します。燕さんとサンヴェリーナさんですよね? お噂はかねがね」

 サンヴェリーナとエリサが互いに挨拶をしていると、ウミネコがスススと足音を殺してクロウに近づき、ニヤニヤ笑いながら言った。

「クロちゃん、ちゃんとサンドリヨンちゃんには謝った?」

「うるせぇ。何でオレが謝るんだ」

「あはははは、オレ、匙投げていい?」

 優花とエリサはフリークス・パーティに初参加なので他の参加者との交流が無いのだが、クロウ、ウミネコ、燕の三人は顔見知りらしい。ついでにサンヴェリーナも。

 一気に大所帯になると、周囲の視線がますますこちらに集中した。

「ウミネコだ……」

「あいつとだけは当たりたくねぇな……」

「オレはクロウの方が苦手だな」

「馬鹿、お前はウミネコの怖さを知らないんだ」

「いや、でもあいつより、前回優勝の燕の方が……」

「サンヴェリーナちゃん可愛いなぁ」

「ウミネコの姫はあの赤毛か? 可哀そうに」

「というか、一人、明らかに変な格好の女がいるぞ」

「まさか、あれがクロウの姫ってことはないよな……」

 そろそろ勘弁してほしい。

 優花が頭を抱えていると、エリサが両手をパンパンと叩いて、声を張り上げた。

「皆さん、そろそろ控室に移動しませんか?」

「そだなー。そんじゃ、燕の控室に集合ー!」

「何故、俺のところなのだ」

「だって、前回優勝者の部屋って一番豪華じゃんー」

 燕は物言いたげにウミネコの方を向いていたが、サンヴェリーナが「わたくしは構いませんわ、お兄様」と言うとあっさり了承した。

 こうして一行は燕の控え室に移動をすることになったのだが、その途中でエリサが優花の服の裾を引いて、こっそり耳打ちする。

「サンドリヨンさん。私、洗顔石鹸買ってきましたから、控え室で顔洗っちゃいましょう」

 つくづく自分の周りの女の子は良い子ばかりだと、優花はしみじみ思った。



 * * *



 クロウ、ウミネコ、燕の三人がフリークス・パーティで一目置かれている存在なのだと、移動中に優花は改めて思い知らされた。

 すれ違った人はだいたい振り向くし、中には意味ありげな笑顔で手を振ってくる綺麗なお姉さんもいる(それに笑顔で応えてたのは、ウミネコだけだったが)

 更に、サンヴェリーナとエリサという美人がいるから、男性の視線も釘付けだ(そして、優花はイロモノ的な意味で視線が釘付けになっていた。いい加減泣きたい)

 パーティ会場のホテルは縦にも横にも広く、おまけにホテルの横には大型スタジアムが併設されている。試合はこのスタジアムで行われるらしい。

 選手の控室はこのスタジアムへの連絡通路がある、ホテル三階の東棟だ。

 歩きながら、経験者のサンヴェリーナがフリークスパーティのことを色々と教えてくれた。

「試合はスタジアムで行われることも多いですが、ここではない別の施設で行われて、それを中継される場合もあるんです」

 エリサが納得顔で相槌をうつ。

「試合数も多いですからねぇ。この施設だけで全ての試合をするわけにはいかないんでしょう」

「はい。ただ、開会式の後に行われるエキシビジョンマッチだけは、この施設で行われるそうですね。わたくしの試合は明日の午前中なのですが……」

「私とウミネコさんは、明日の午後の最初の試合ですねぇ。サンドリヨンさんはどうですか?」

 エリサに話を振られ、優花はクロウに聞いた日程を思い出した。クロウの最初の試合は明日の夕方だ。それを二人に伝えると、二人とも絶対に応援に行くと言ってくれた。

 どうやら、初戦からウミネコや燕と当たらずには済んだらしい、と優花は密かに胸をなでおろす。

 エレベーターを降りて、控え室が並ぶフロアに到着すると、誰かが揉めている声が聞こえた。少年の声と青年の声だ。どうやら、少年の方が青年に食ってかかっているらしい。

「だぁかぁらぁ、納得いかないんですけどー?」

「いや、それは規則なので……」

「はぁ? 意味分かんねぇ。どんな規則だよ? 言ってみろよ?」

 フロアの少しひらけた所で、騎士の制服を着た小柄な少年が、スーツ姿の青年に食ってかかっている。スーツ姿の青年は「運営委員会」の腕章を付けていた。

 クロウが「通行の邪魔だ」と顔をしかめて足を止めるが、揉めている二人はクロウ達に気づいていないらしい。

「なんで、このオレの控室が個室じゃなくて、タコ部屋なわけ? チョー納得いかねぇんだけど?」

「規則は規則なんですよぉ~。部屋数には限りがあるので成績優秀選手から個室は使っていただいていて……」

「はっ! 成績優秀とかマジ笑わせるんだけど。どいつもこいつもオレより弱い奴ばっかじゃん! そんな奴らが個室扱いで、オレがタコ部屋とか納得できるかよ」

「いやだから、君は初出場だから……」

「はぁあ? それがなに? 初出場だからって舐めてんじゃねぇぞ、オッサン」

「ひぃぃぃぃ……」

 少年の方はまだ中学生ぐらいにしか見えない。それなのに、二十歳程度の青年は涙目でビクビクしていた。見かねた燕が「何の騒ぎだ」と割って入ると、涙目になっていた青年が燕に泣きつく。

「ああああ! 燕さぁぁぁん!! 助けて下さいぃぃぃ!!」

 鼻水を垂らしてみっともないことこの上ない。そんな青年にクロウとウミネコが呆れたような目を向けた。

「……運営委員会が選手に泣きついてどーすんだ」

「まぁ、白兎(はくと)君だしなぁ」

 運営委員会の青年、白兎はメソメソと泣きじゃくりながら訴えかけた。

「この子……トキ君が、控室が個室じゃないのは納得できないって」

「……よくある問題ではあるが、こればかりは仕方あるまい」

「何度もそう言ってるんですけど納得してくれないんですよ~」

 燕に諭されても泣き続ける白兎に、クロウがしかめっ面で言った。

「正直に言ってやれよ。いつ負けるか分からねぇ雑魚選手に、わざわざ個室を用意してやるほど、運営委員会も暇じゃありません、って」

 トキ、と呼ばれた少年がピクリと片方の眉を跳ねあげて、クロウを睨む。 

「その雑魚ってオレのこと? 随分言ってくれるじゃん」

 トキは猫目をぎらつかせてクロウを見上げると、にんまりと口の端を持ち上げて不敵に笑った。

「あんた、クロウだろ? 知ってるぜ、前回のシングル戦で無様に初戦敗退した奴だ。雑魚選手ってさぁ、自分のことを言ってんの? ぶっはー! 自虐ネタ? 超ウケる!」

 ゲラゲラと腹を抱えてトキは笑った。クロウはそんなトキを怒るでもなく、ただ無表情に見下ろしている。

 クロウが何も言い返さないことに気を良くしたのか、トキはますます声を張り上げた。

「そこの燕が個室ってのは分かるぜ? 前回のパートナーバトル優勝者だし? でも、何でシングルで初戦敗退した奴が個室なわけ?」

「ク、クロウさんもパートナーバトルは優勝経験者ですよ……」

 白兎が小声で言うと、トキはフンと高慢に鼻を鳴らした。

「知ってるよ。でも、シングルではカスなんだろ? あれか、もしかして女の子の応援が無くちゃ勝てませーん、ってか!」

 やはり、クロウは何も言わない。

 クロウに代わって静かにトキを窘めたのは燕だった。

「小僧、いたずらに人を貶めると、いずれ自分に全て返ってくるぞ」

「はぁ? オレは本当のことを言っただけなんですけどぉー?」

 猫目がギョロリと動いて次のターゲットに狙いを定める。トキが視線を向けた先にいるのは、ウミネコだ。

「そっちのあんたはウミネコだろ? 昔はすごかったらしいけど、今は全然大したことないらしいじゃん!」

「え、マジ? 昔のオレってすごかったの?」

 何故かクロウと燕が口をへの字に曲げて黙り込んだ。

 トキはますますヒートアップしていく。

「まぁ、あんたがどれだけ凄くても、どうせオレが勝つしぃ? なんてったってオレは伝説の騎士ハヤブサを超える男だからな!」

「うんうん、夢がでっかいのは良いことだよな」

「手始めにハヤブサのライバルだったあんたから、ケチョンケチョンにしてやるよ! あんた、オレの初戦の相手だろ?」

 ウミネコはパチンと瞬きをすると「そーなの?」と言ってエリサを見た。

 エリサが呆れた顔で首を横に振る。

「チェックしてなかったんですか……私達の初戦の対戦相手は、トキ・銀貨ペアです」

「そっかぁー、オレの対戦相手だったのかぁ。あ、じゃあこうしようぜ! 初戦でお前が勝ったらさ、オレの個室、お前が使っていいよ」

 朗らかに提案するウミネコに、トキはほんの少し警戒するような顔をした。

「へぇ……強者の余裕って奴?」

「だって、初戦でオレが敗退したら、個室が無駄になっちまうだろー。いいよな、白兎?」

 話を振られた白兎は鼻水をティッシュでかみながら、ブンブンと頷く。

「は、はいっ、ウミネコさんがそれで良いなら……」

「んじゃ、きっまりー。明日はよろしくなー!」

「ふん、せいぜい余裕かましてろよ、ばぁーか!」

 トキは捨て台詞を吐いて、その場を走り去ってしまった。

 その後ろ姿を見送りながら、エリサがウミネコに話しかける。

「良かったんですか、ウミネコさん。あんなこと言っちゃって」

「大丈夫、大丈夫、オレ、あーいう生意気なチビッ子、嫌いじゃないぜ? 試合でも気持ち良く胸を貸してやるさ」

 何故かクロウと燕が視線を下に落とした。二人は、さっきからずっと同じ顔をしている。気のせいか、二人とも顔色が悪いような……

 不思議に思いつつ、優花はクロウに話しかける。

「珍しいわね。クロウが何も言い返さないなんて」

 クロウは死人のようにげっそりとした顔で、ぼそりと小さく呟いた。

「……ああいう調子に乗った新人はな、必ず洗礼を受けるんだよ……トラウマ・メーカーのな」



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