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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第4章「白鳥は歌う」
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【4ー1】カラスの宝物

 長いようであっという間だった二週間が過ぎ、とうとうやってきた十月十五日。

 今日からフリークス・パーティが始まる。

 初日は開会式が行われるとのことで、優花はウミネコ、エリサと共にクロウが運転する車で会場までやってきたのだが、到着した施設に思わず言葉を失った。

 目の前にあるのは都心にある立派なホテルだ。それも、高級ホテルとは無縁の優花ですら名前を知っているような、超一流の。

 呆然としている優花の横でウミネコが「まぁ、最初はびっくりするよなー」とのんびりした口調で言い、エリサをちらりと見る。

「そういやさぁ、エリサちゃんもフリークス・パーティは初めてだったよな? あんまりびっくりしてないね?」

「事前にある程度調べてありますから。ここは外資系ホテルですから、レヴェリッジ家と何らかの関係があるのでしょうね」

 聞き覚えのない名前に戸惑い、優花が「レヴェリッジ家?」と呟けば、クロウが説明してくれた。

「このフリークス・パーティの主催者だ。ここの先代当主のクラーク・レヴェリッジってやつが、三十年ぐらい前にフリークス・パーティを始めたんだよ……その辺の事情は知らなくても良いが、レヴェリッジ家の名前だけは覚えておけ」

 クロウが真剣な顔をしていたので、優花は素直に頷いた。

 ホテルの玄関を抜けてエントランスに入ると、見るからに旅行客といった雰囲気の人々が行き交っている。彼らは何も知らない一般人ではなく、このフリークス・パーティの観客なのだという。

 フリークス・パーティは一日で終わるものではない。日付をまたいで行われるのだ。クロウの話では、一ヶ月程度はかかるらしい。

 それゆえ、フリークス・パーティの期間中、このホテルはフリークス・パーティの観客と参加選手だけを宿泊客として受け入れている。

 ロビーでビジネスの話をしている穏やかそうな紳士や、ティーラウンジで優雅に紅茶を味わっている貴婦人も、みな、フリークス・パーティを……命を賭けた戦いを観に来たのだ。

 そう思うと、なんだかこの空間そのものが恐ろしく思えてきて、優花は無意識に拳を握りしめる。

 すると、正面から見覚えのあるメイド服の少女が近づいてきた。ヤマネだ。

「ご無沙汰しております、サンドリヨン様、エリサ様、お迎えに参りました。お二人を更衣室にご案内いたしますなのです」

 ヤマネが先導して歩き出すと、ウミネコがヒラヒラと片手を振った。

「それじゃ、オレ達も着替えてくるからさ。着替え終わったらロビーで合流しようぜ」

「ふふふ、それじゃあ、おめかししてきます。行きましょう、サンドリヨンさん」

 エリサに肩を押され、優花は曖昧に頷きつつ、クロウを見た。

「えっと、それじゃ着替えてくるわ」

「あぁ」

 この時、クロウが意味深な笑みを浮かべたことに、優花は気づいていなかった。



 * * *



 優花は物心ついた日から今日まで、ドレスというものを着たことが無い。優花にとっての一張羅は、たった一着だけしかないリクルートスーツである。

 それゆえ、フリークス・パーティという物騒な舞台でこんなことを思うのも不謹慎かもしれないが、ほんの少し……そう、ほんの少しだけ、楽しみにしていたのだ。

 私のドレスって、どんな感じなのだろう……と。



 ドレスに着替えた優花は、ズンズンと早足でロビーへ向かった。男性の方が先に着替え終わっていたらしく、クロウもウミネコも詰襟の軍服のような衣装に着替えている。

 クロウは襟まできっちり締め、ウミネコは襟元を緩めてだいぶ着崩していたが、デザインは基本的に同じだ。二人ともそれぞれ腕に腕章をつけていて、そこに選手名と所属が刺繍されていた。

 なるほど、騎士というのに相応しい装いである。特に精悍な顔立ちのクロウは、そういった服が実によく似合う。

 だが、今の優花はそんな感想をクロウに伝える気には到底なれなかった。クロウを視界に映すと同時に、優花は腹の底から怒鳴る。

「クロウっ!!」

 ウミネコと会話をしていたクロウは顔を上げて優花を見ると、満足げな顔をした。

「オレの見立て通りだな」

「何をどう見立てたのよ!? これって、どこから見ても……」

 クロウに詰め寄って怒鳴る優花の姿を、ウミネコが上から下まで眺め、言った。

「うん、どこから見ても立派なシンデレラだよな……魔法使いに魔法をかけてもらう前の」

 継ぎ接ぎだらけでくすんだ色のワンピースとエプロン、そして頭には三角巾、足元は当然ガラスの靴なんかではなく、頑丈そうなブーツだ。

 そんな優花を見て、クロウは「注文通りだな」とうんうん頷いている。

 ウミネコが半眼でクロウを見た。

「……クロちゃん、なんて注文したの?」

「露出が無くて地味ダサいドレスがいい。つぎはぎが当てられてると、なおいい。あの不細工な顔を隠すほっかむりも必須だな。まぁ、せいぜい誰にも見初められないぐらい、安っぽくて惨めで残念な感じに仕立ててくれ……と」

「不細工な上に安っぽくて惨めで残念な感じで悪かったわねっ!」

 怒鳴り散らす優花の背後から、ドレスに着替えたエリサが駆け寄ってきた。優花が着替え終わると同時に鬼の形相で更衣室を飛び出してしまったので、慌てて追いかけてきたのだろう。

 エリサはふんわりとした白いドレスに小さなティアラをつけていた。まるでお人形のように可愛らしい仕上がりである。

「すみません、お待たせいたしました」

 ぺこりと頭を下げるエリサを、ウミネコが「おー、可愛い可愛い」とおっさんのような口調で褒める。

「エリサちゃんは『野の白鳥』だから、鳥モチーフかぁ。うん、いいじゃんいいじゃん。これで胸があれば完璧なんだけど」

「あはははは。ウミネコさんこそ、服に着られていて素敵ですね。童顔に詰め襟がとてもよくお似合いです。まるで入学式に参加する中学生みたいで」

「ははははは」

「うふふふふ」

 ウミネコと朗らかに笑い合うエリサを、優花はじっと眺めた。

 赤毛を綺麗に巻いた髪型に、お姫様らしい白いドレスはとてもよく似合っている。

 エリサだけじゃない。周りを見れば、他の姫もみんな綺麗なドレスを着ていた。優花だけが場違いなのだ。


「なにあの格好?」

「かわいそー」

「ウケ狙いなんじゃない?」


 何人かが優花を見て、クスクスと笑っている。

 優花は子どもの頃、友達の誕生日会に行った時のことを思い出した。

 主役の子もお呼ばれした子も、みんなが綺麗な服を着ていた中で、優花だけがいつもの服で行って、居たたまれない思いをしたことがある。

 あぁ、そうだ。あの時もこんな気持ちだった。惨めで悔しくて、なんで私だけ、と卑屈になって……そういう時、優花は一生懸命自分に言い聞かせるのだ。

(私は全然気にしてない。全然悔しくなんかない。これが私には分相応なんだもの。別に、お洒落なんて、興味ない、もん……)

 考えれば考えるほど気持ちは沈んでいくので、優花はいっそポジティブに考えることにした。

 自分はダンスパーティに来たわけではないのだから、服装は動きやすい方が良いに決まっている。きっと、クロウもそのことを考慮して動きやすい服を選んでくれたのだ。

 そうやって無理やり気持ちを浮上させていると、真剣に優花を見ているクロウと目が合った。

「……なによ?」

「何か足りないと思ったんだが……あぁ、そうか」

 クロウは納得顔でポンと手を叩くと、ロビーに置かれていた灰皿を手に取る。

 そうして彼は、灰皿の灰を優花の頭上にぶちまけた。灰がパラパラと舞い散り、吸い殻がボトボトと床に落ちる。元からくすんだ色合いだった優花のワンピースは更に薄汚れた色になり、比較的白かったエプロンはもはや見る影もない。

 呆然と立ち尽くす優花に、クロウは過去最高に得意げなドヤ顔で言った。

「『灰かぶり』なんだから、これぐらいやらないとな!」

 優花は無言でクロウに背を向け、歩き出す。そうしてきっちり十歩ほど離れたところで、くるりと向き直り、クロウめがけて猛ダッシュした。床を蹴り軽やかに跳躍した優花はスカートの裾をたくし上げ……

「──っの、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 絶叫とともに、クロウの横っ面に豪快な跳び蹴りをぶちかます。

 そうして、床に倒れたクロウを乗り越えて、優花はその場を走り去った。

 もう一秒だってこの場所にいたくなかったのだ。



 * * *



 ウミネコは走り去る優花の背中と、地面に倒れているクロウを交互に見て「あー、はいはい、なるほどねー」と一人納得顔で頷く。

 そんなウミネコをエリサが不思議そうに見ていたので、ウミネコは肩を竦めてみせた。

「カラスってさぁ、キラキラ光る物を巣に持ちかえる習性があるじゃん?」

「……つまり?」

「宝物は人に見せびらかしたりしないで、巣に持ち帰って隠しておきたいんだろ」

 そう言ってクロウを顎でしゃくってみせれば、エリサはため息混じりに頷いた。

「……納得しました。ただ、そうだったとしても、今のは完っ全にクロウさんが悪いですよ。情状酌量の余地もありません」

「同感だ。そーいう訳だから早くお姫様を探しに行けよ、クロちゃん」

 床に倒れているクロウをウミネコがブーツの先でツンツンとつつけば、クロウは勢いよく起き上がって喚き散らした。

「なんなんだよあいつ! いきなり人に跳び蹴りなんて何考えてやがる!」

 エリサが白い目でクロウを見た。

「いきなり人に灰をぶちまけた人の台詞じゃないですよね、それ」

 クロウはエリサの言葉など耳にも入らぬ様子で、ぶちぶちと文句を垂れ流している。

 ウミネコはやれやれと首を横に振ると、床に落ちている灰皿を拾い上げ、クロウの前に立った。

「あのな、クロちゃん。ちゃんとサンドリヨンちゃんにごめんなさいしようなー?」

「なんでオレが……っ!?」

 怒鳴るクロウの口に、ウミネコは灰皿をつきつける。そして、彼はいつもと変わらぬ無邪気さで……それでいて、背すじが冷たくなるような壮絶な笑みを浮かべ、言った。

「……なぁ、クロちゃん。口に灰皿ねじこまれたくなけりゃ、今すぐあの子を迎えに行って来い」

 灰皿はよく見かけるデザインの、円盤状のシルバーの灰皿だ。当然だが、クロウの口に入るような大きさではない……が、ウミネコの馬鹿力なら容易いことだ。灰皿が入るまで、ちょいと口を裂いてやればいい。

 クロウの顔色が目に見えて悪くなった。年よりも落ち着いて見える大人びた顔には、玉のような汗がびっしり浮かんでいる。

 ウミネコはケラケラと笑いながら、クロウの肩をポンポン叩いた。

「ほらほら、早く行けってば~。サンドリヨンちゃん、ここに来るの初めてだろ? ぜってー迷子になって困ってるぜー?」

「……わ、分かった」

 クロウはふらふら立ち上がると、覚束ない足取りで優花が逃げ去った方へ向かい走り出した。

 その後ろ姿を見送りながら、ウミネコは童顔に似合わぬ仕草で肩を竦める。

「……やれやれ、世話の焼ける弟分だ」

 エリサが無言でウミネコに拍手を贈った。

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