【幕間7】自販機王子
それは優花が近所のスーパーに買い出しに行った帰りのことだった。
その日はやけに風が冷たくて、あぁ、もうすぐ冬なんだな、早く帰って温かい飲み物を飲みたいな。なんてことを考えながら歩いていた優花は、自販機の前で不思議な少年を見かけた。
不思議というか、目立つ容姿の子どもだった。
年齢は十歳前後だろうか。脱色していない綺麗な金髪。宝石のように綺麗な青い目。白い肌。一瞬、女の子かと見まごうほど可愛らしい顔立ちだったのだが、着ている服はドレスシャツにサスペンダー付きの半ズボン。おそらく男の子だ。
いかにも良家のご子息といった風情のその美少年は、自販機にクレジットカードをペチペチと叩きつけていた。
「う~、おかしいなぁ……なんでだろ? みんなはこうやって買ってたのに……」
多分、ジュースを買いたいのだろう。少年はカードを読みこませるパネル部分に一生懸命クレジットカードを押し付けている。見かねた優花は、後ろから声をかけた。
「そのカードは、自販機じゃ使えないわよ」
「……え?」
「小銭か電子マネーは持ってないの?」
少年はしゅんとうなだれて、握りしめていたクレジットカードを優花に見せた。
「……ボク、これしか持ってないよ」
恐るべし、良家の子息。子どもにカードを持たせておいて、何故、小銭を持たせない。
そのままその場を立ち去っても良かったのだが、少年があんまりがっかりした顔をしているものだから、優花はポケットの小銭を自販機に放り込んだ。
「何が飲みたいの?」
「シュワシュワするやつ!」
炭酸飲料のことを言っているのだろう。優花は無難なサイダーを選んでボタンを押した。
ゴトン、と音を立てて缶ジュースが落ちてくると、金髪の美少年は「わぉ!」とはしゃいだ声をあげる。
優花はそのサイダーを少年に差し出した。
「はい、どうぞ」
「いいの?」
「親御さんには内緒にしてね」
自分の子どもが知らない人から物を貰っていたら、人によってはあまり良い気分はしないだろう。そう思っての発言だったのだが、少年は不思議そうに瞬きをして優花を見上げた。髪より濃い金色のまつげがパチパチと上下する。
「……おやごさん、って?」
「あなたのお父さんとお母さん」
少年は「あぁ」と頷き、ニッコリと笑顔で答えた。
「大丈夫だよ、ボク、パパもママもいないから」
「……え?」
これはもしかして、迷子? 保護者を探してあげるべき? それとも交番に連れて行くべき?
対応に悩みつつ、優花はもう少し少年から話を聞くことにした。
「ここには一人で来たの?」
「違うよ、オジサンと来たんだ。あ、そろそろ戻らなきゃオジサンに怒られちゃう!」
少年はポケットに手を突っ込むと、今時珍しい懐中時計を取り出し、時間を確認した。そして、くるりと踵を返して走り出す。
「バイバイ、おねーさん。ジュースありがとー!」
ほんの少し心配ではあったが、まぁ近くに叔父さんがいるのなら大丈夫だろう、と優花は納得し、家に向かって歩き出した。
* * *
グリフォンは頭を抱えていた。
「あのクソガキ! どこ行きやがった!」
貴重な休日、〈女王〉シャーロット・レヴェリッジに呼び出されたグリフォンは、とある少年を押し付けられた。
『一日、この子の面倒を見なさい。反論は認めなくってよ』
なんでオレが! とは思うものの、他の役員はみな忙しくて手が空いていないらしい。警備担当のグリフォンはフリークス・パーティ当日以外は割と暇人なので、断ることもできなかった。
かくして、グリフォンはその少年と一日を過ごすことになったのだが、見知らぬ子どもと二人きりで家にいても息がつまるので、散歩に連れて行くことにした。ところがこの少年、目につくものに片っ端から飛びついていく。
そうして、グリフォンが一瞬目を離した隙に、少年はいなくなっていたのだ。
少年に何かあったら、間違いなく大目玉である。グリフォンが焦りつつ、はぐれた場所周辺を歩き回っていると、反対側の道路から少年が駆け寄ってきた。手には缶ジュースを握りしめている。
「おーい、オジサーン」
「おじさん言うな! ……ったく、どこに行ってたんだ。探しただろうが!」
「ゴメンね。ジドーハンバイキってのを一度使ってみたかったんだ。日本ってスゴイね。どこに行ってもジドーハンバイキがある」
少年は缶ジュースを握りしめて、嬉しそうにくふくふ笑うと、小さく呟いた。
「……エディにも見せてあげたいな」
「エディ?」
「ボクのお兄ちゃんの名前」
今になって、グリフォンはこの少年の素性が気になってきた。
もしかして、〈女王〉の孫? シャーロット・レヴェリッジは未婚の筈だが、外で子どもを作っていないとは言い切れない。
別にそれぐらいは訊いても良いだろう、とグリフォンは少年に訊ねる。
「なぁ、お前は女王の孫なのか?」
「えぇっ! 違うよ! 全然違う!」
少年は何故か酷く驚いたような顔で、首をブンブンと横に振った。
「……そんじゃ、身内か?」
「うーん……うーん……そんなところ、かなぁ?」
少年は金色の頭を右に左に傾けながら、歯切れの悪い口調で言う。
金持ち一族の親戚関係が、愛人だの養子縁組だのでややこしいことになっているのは、まぁよくある話だ。まぁ、これ以上踏み込んで聞くこともないだろう……とグリフォンが一人頷いていると、少年は既に数メートル先を爆走していた。
「あそこにゲームセンターがある! ボク、あれ行ってみたい!」
「だぁぁ!! 勝手にフラフラするんじゃねぇぇぇ!」




