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【幕間5】寂しがりやのカラス

 クロウは基本的にフリークス・パーティの姫は、運営委員会から斡旋してもらっている。

 二週間一緒に暮らしていく上で関係を持つことはあっても、あくまでそれはビジネスライクなものであって愛情なんてものはなかった。

 雇われた女達はクロウが化け物だと知っているから、必要以上に干渉してこない。与えられた金でささやかな贅沢を楽しみ、その代償に夜になると体を売る。

 そんな時、女達はいつも懇願した。

「どうか明かりはつけないで」

 その言葉が恥じらいからではなく、恐怖と嫌悪からくるものだと分かっていたから、クロウは明かりをつけなかったし、上着も手袋も外さなかった。

 大会において、姫とは駒のようなものだと彼は思っている。

 いかに効率良く動かして、戦闘に勝利するか。そのためには最低限のコミュニケーションさえあればそれで良い。どうせ戦うのは騎士なのだ。姫の存在なんてその程度のものだと思っていた。

 それでも、どうしても忘れられない光景がある。

 あれは一年前の大会のことだった。

 偶々観戦した試合は分かりやすいワンサイドゲームで、片方の騎士が優位に立ち、もう片方の騎士はぼろぼろの満身創痍。それでも、審判は試合終了の判定を下さなかった。

 試合の終了条件は「騎士もしくは姫の死亡及び、騎士の戦意喪失」

 つまり、審判が騎士が戦意喪失していないと判断すれば試合は続く。

 審判がギリギリまで判定を引き延ばして、この手の殺戮ショーを長引かせるのはよくある話だ。

 まして、満身創痍の騎士は顔を重点的に狙われたのか、口が切れてまともに声を出せる状態ではなかった。あれではギブアップを告げることもできないだろう。

 優位に立っている騎士は残虐非道で、対戦相手を散々いたぶってから殺すことで有名だった。

 きっと、あの顔の潰れた憐れな騎士は更にいたぶられてから殺されるのだろう。可哀想に。

 会場では顔の潰れた騎士に同情する声よりも、これから始まる惨劇を期待する声の方が遥かに大きい。

 優位に立っていた騎士は無表情に武器のブレードを振りかざした。切っ先が向けられたのは足。

 どうやら四肢を一つずつ切り落としていく趣向らしい。

 ギロチンのような刃が、満身創痍の騎士に振り下ろされた、その時……


「やめて!」


 満身創痍の騎士の姫が飛び出し、刃の前に身を晒した。

 白銀の刃が姫の体を深々と切り裂き、鮮血が宙を舞う。

 それでもまだその姫は生きていた。急いで手術すれば助かるかもしれない。

 なのに、その姫はうっすらと笑みを浮かべ、降り下ろされたブレードの刃で自らの首をかき切ったのだ。

 姫の死はそのまま試合終了を意味する。その女は自らの死で試合を終わらせることで、自分の騎士を守ったのだ。

「ウェンディ! あぁ、あ、あああああああ」

 みっともなく泣きわめきながら血塗れの姫にすがりつく満身創痍の騎士を見て、クロウは思った。

(……あぁ、こいつはなんて幸せ者なのだろう)

 あの姫は、自らの命を投げ捨てて、自分の騎士を守ろうとした。あそこまで愛されたあの騎士は幸せ者だ。

 クロウのために命を投げ出す者なんていない。家族は自分の利益のために、クロウをグロリアス・スター・カンパニーに売り払ったのだ。

 そこで初めて、クロウは自分を愛してくれる人間どころか、自分が死んだ時に泣いてくれる人間すらいないのだと気づき、途端に恐ろしくなった。

 そうだ、自分が死んでもパートナーの姫は嘆き悲しんだりはしないだろう。

 契約金が貰えて、ついでに自分の命が危険に晒される心配もなくなるから、寧ろ喜ぶかもしれない。

 せいぜい月島が自分の作品を失ったことを嘆くぐらいで、誰もクロウの死を悲しまない。

 それはとても悲しくて恐ろしいことだと思った。

 だけど、ビジネスライクな関係を望んだのはクロウ自身だ。

 もし、もっと違う態度を取ったら何かが変わるのだろうか。

 自分を愛してくれなくていい。ただ、クロウが死んだ時、ちょっとでもいいから哀れんで、そして泣いて欲しい。




 その後に行われた試合で、クロウは対戦相手の姫を殺した。

 相手の騎士は姫の死を嘆き、そしてクロウを憎悪に満ちた目で睨んでいる。

 男の悪意を一身に受けながら、クロウは自分が殺した姫を見下ろしていた。


 この男に愛されて良かったな。オレはお前が羨ましいよ。

 誰かから愛されて、こうして死を悼んで貰えるお前が羨ましい。

 ……なぁ、それでも苦しまないように一撃で死なせてやっただけ、優しいだろう?

 あの女は自分で喉をかき切って死んだんだ。


「……楽に死ねて良かったな」


 自嘲まじりに呟いて、何だか酷く空しい気持ちになった。

 自分が世界一惨めな存在になった気分だった。



 * * *



「今年は運営委員会が用意するマンションを使うって聞いたよ。どういう風の吹き回しだい? わざわざ金を払ってまで、狭いマンションを使うなんて」

 月島は何度も何度もクロウにそう追求した。

 ただの気紛れだ、と返したが、月島はとても理解できないという顔をしている。

 本当は、姫に対して一歩だけ歩み寄ってみようと思ったのだ。そうしたら、その姫はクロウが死んだ時に泣いてくれるかもしれない。

 そう思って、クロウはいつもより小さいマンションを借りることにした。

 ベッドが一つしかない小さい部屋。これで少しでも姫との距離が縮んで、仲良くなれたら良い。

 そうだ、今回は自分がキメラであることを隠して、なるべく優しく接してやろう。そうすればきっと上手くいくに違いない。

 有り余る愛情なんて望まない。ただ、僅かな憐憫と自分のために流される一滴の涙が欲しかった。

 ただ、それだけだった……筈なのに。



 * * *



 ソファに座ってしかめっ面をしていると、優花がクロウの顔を覗きこんだ。

「どうしたの、そんなに難しい顔して。お腹減った?」

「……なぁ」

「なぁに?」

「お前はオレのために死ねるか?」

 優花は真顔で「ははは」と笑った。このクソアマは案外良い性格している。

「何それフザケンナー。私は誰のためだって死なないわよ」

「なら、オレが死んだら、お前は悲しいか?」

「顔見知りが死んだら、普通は悲しむでしょ」

 優花はさらりとそう答えた。

 おかしい。誰かが悲しんでくれるだけで良かった筈なのに。足りない。全然足りない。

 もっと欲しい。もっと、もっと……

「お前は、もっとオレのことを考えるべきだ」

「考えてるわよ。例えば、どうやってその羽をフカフカさせてもらおうかなーとか」

「させねぇからな!?」

 自分の素性を明かしてからも、優花の態度に変わりはない──が、たまにネズミを見つけた猫みたいな顔で、クロウの肩を見てうずうずしていると思いきや……思った以上にロクでもないことを考えていたらしい。

「羽のことばっかじゃねーか、他にはねぇのかよ」

「うーん……あとはクロウはどんなご飯が好きなのかなーとか、どんなおやつが好きなのかなーとか」

 今度は食べ物のことばかりである。

 もういい、と不貞腐れながらソファにもたれると、優花はクロウの前に小さな器を置いた。白くて丸い団子に黄色い粉と黒いシロップがかかっている。

「白玉団子、昨日雑誌で真剣に見てたでしょ?」

「…………」

「食べたいのかと思ってたんだけど、違った?」

 確かにクロウは、どこそこの美味しいと評判の和菓子屋の特集ページを見ていた。サンドリヨンはこういうのが好きなんじゃないか、取り寄せたら喜ぶんじゃないかと思って。

(お前に食わせるために見てたんだよ!)

 まぁ、結局は自分が食べたことがない物だったので味の想像ができず、迷いつつも雑誌を閉じたのだけど。

「……お前、オレのことを見てる割に、発想が斜め上だよな」

「きな粉と黒蜜は嫌だった? みたらしならすぐに作れるけど」

 駄目だ、これ以上突っ込んだら、ますます斜め上にぶっ飛んでしまう。

 彼の姫はいかんせん、思考が食べ物に直結しすぎている。

「あっ、それともあんこが良かった?」

「これでいい」

 クロウはスプーンで団子をすくって頬張った。

 初めて食べた白玉団子はモチモチして、黄色い粉と黒いシロップ(キナコとクロミツと言うらしい)が不思議な味だが、なかなか悪くはなかった。

「元気出ない時とか落ち込んでる時って、美味しい物を食べると元気出るわよね」

「……は?」

「なんか、元気ないみたいに見えたから……違った?」

 まったく、彼の姫はクロウのことをよく見てるんだか、見てないんだか。それでも、誰かに気にかけて貰えるというのは案外悪くない気分だった。

「……まぁまぁ美味い」

「そう? ふふっ、良かった」

 今はこの笑顔が見れるだけで良いとしよう。



「なんでこれで結婚してないの、お前ら? ……もぐもぐ、白玉うめー」

「もう熟年夫婦みたいですよね。……もぐもぐ、黒蜜最高ですー」

 ダイニングキッチンから声がしたので目を向ければ、ウミネコとエリサが白玉団子をもりもり食べている。

 クロウはこめかみに青筋を浮かべて絶叫した。

「出ていけ不法侵入者!!」



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