【幕間4】化け物の定義
スーパーで特売の米をゲットした優花が意気揚々と凱旋していると、途中でウミネコと会った。どうやら、近くのコンビニで買い物をした帰りだったらしく、手には小さなビニール袋をぶら下げているウミネコは、優花の姿を見て、どんぐり眼を丸くした。
「サンドリヨンちゃん、すげー大荷物だね」
「夕方からの特売で新潟県産コシヒカリが安かったんです。あと、大根が一本十円で……」
今の優花は左右の手首にスーパーの袋を二個ずつぶら下げ、それとは別に脇に十キロの米袋を抱えている。得意げに戦果を語る優花の手から、ウミネコは米袋をヒョイと抜き取った。
「持つよ。どーせ、今から帰るところだし」
そう言ってウミネコは、スーパーの袋も二つ引き受けてくれた。
他の人なら遠慮するところだが、ウミネコが恐ろしく怪力であることを知っているので、優花は素直に甘えることにする。
そうしてしばらく世間話をしながら少し歩いたところで、優花は以前から気になっていたことをウミネコに訊くことにした。
「あのですね、ウミネコさんに訊きたいことがあるんです」
「なになに? 彼女ならいないよ? 年中募集中〜」
そうじゃなくて、と優花は首を横に振り、ずっと抱えていた疑問を口にした。
「ウミネコさんもフリークスなんですか?」
「多分そうなんじゃねー?」
返ってきたのは、随分とアバウトな答えだった。
フリークスとは、奇形や化け物という意味を持つ言葉だ。あまり気分の良い言葉ではないから、クロウはフリークスと呼ばれることを嫌がっている節がある。
けれど、ウミネコはフリークスという言葉にさほど嫌悪を感じていないようだった。それどころか、関心が無いようにも感じる。
「サンドリヨンちゃんは、クロちゃんのことはもう知ってるんだっけ?」
ウミネコはおそらく、クロウの体のことを言っているのだろう。優花は無言で小さく頷く。
羽の生えた体、鱗に覆われ、変形した手。それをクロウは酷く気にしているようだった。
(……ふかふかの羽とか、ちょっと可愛いと思うんだけどな)
またふかふかしたいなぁ……と優花は密かに思っている。
「フリークスって一言で言っても、まぁ色んな種類がいるんだけど、一番大きな違いは『先天性』か『後天性』かってことかな」
「……先天性と、後天性?」
「先天性フリークスってのは、生まれつき身体能力が異常に高い奴のこと。あるいは生まれた時から奇形だった奴とかな。そーいうタイプは腕力だとか脚力だとか、身体能力が部分特化している奴が多い」
ちなみに、生まれつき人よりも力持ちだったウミネコは、腕力特化型の先天性フリークスと言うらしい。
「なんか、偉いセンセーは脳のリミッターが常に外れてやばいとか、筋肉の繊維の丈夫さとバネが半端無いとか、そんな感じのこと言ってた」
「……偉い先生は、そんなくだけた言い方をしないと思います」
「ん~、なんか難しいこと言われたんだけど、オレ、ぜんっぜん分かんなかったんだよなー。まぁ、人より力持ちってことでOKじゃね?」
自分の体のことなのに、なんともアバウトな話である。
「でもってフリークスの種類の続きに戻るけど、後天性フリークスってのは……こっちはとにかく種類が多い。後天性──つまりは普通の人間にあれこれ手を加えて、化け物にしちゃったってことさ。機械人間とか合成獣とか」
「サイボーグなんてのも……いるんですか?」
「いるよー。てか、結構多いかも。ベースは人間だけど部分的に機械化した奴とかな。大会では火薬の使用は禁止だから銃とか火炎放射器は持ちこめないけど、ボウガンとかスタンガンとかチェーンソーとかは全然有りだから」
フリークス・パーティでは騎士のみ武器の持ち込みを許可されている。
ちなみにウミネコはバトルアクス、クロウは槍とナイフが基本装備らしい。
「あとは後天性フリークスで多いのが、遺伝子操作されたバイオロイドやキメラ。クロちゃんは鳥がベースのキメラだけど、他にも狼とか猫なんかがベースのキメラもいるんだぜ?」
バイオロイドというのは、あまりピンとこなかったが、キメラならなんとか想像することができた。
モズのように体に鱗が生えていたり、クロウのように羽が生えていたり、つまり人間以外の生物を合成した存在なのだろう。
「……大体分かりました。それと、もう一つ訊きたいんですけど」
「なになに? オレの好みのタイプとか?」
「クロウがウミネコさんは『無所属』だって言ってたんですけど、それってどういう意味ですか?」
「まぁ、言葉の通りって感じかな。クロちゃんみたいな後天性フリークスってのは大抵がスポンサーがバックについてるわけよ。理由は言わなくても分かるだろ?」
優花は、クロウが自分の置かれた状況を語る時、こう言っていたことを思い出す。
自分はグロリアス・スター・カンパニーの商品なのだと。
「所属とかスポンサーとかって、結局は飼い主って意味と同義なんだよ。みんな、自分達の飼い主には逆らえない」
「……ウミネコさんは違うんですか?」
「さっきも言ったけど、オレは先天性フリークスだから、この体質は生まれつきなんだよ。だから、どこかの企業にメス入れられたわけじゃないし、契約もしてない。フリークス・パーティが無い時は普通の一般人だぜ、オレ?」
確かに、ウミネコはクロウと違って羽が生えたりしているわけではない。恐ろしく童顔だが、社会に出て仕事をする分には問題ないだろう。スーツを着てサラリーマンをしている姿は、あまり想像できないけれど。
「……なら、どうしてフリークス・パーティに参加するんですか?」
クロウはグロリアス・スター・カンパニーから提供される薬がないと生きられないから、会社の言いなりになるしかないのだと言っていた。
だけど、どこにも所属していないウミネコには、そういった制約は無い筈だ。
「オレはお金のためだよ。分かりやすいだろー?」
確かにフリークス・パーティに参加すれば多額のお金が手に入るかもしれない。だが、優花は納得できなかった。
ウミネコほどの身体能力があれば、お金を稼ぐ方法は他にもあるのではないだろうか?
「……本当にお金の為だけですか?」
ウミネコはすぐには答えず、優花の数歩先を歩いた。優花に見えるのは、ヒョコヒョコと揺れる薄茶の髪の後ろ頭だけで、その表情は見えない。
いつしか日は暮れ始め、空は赤く染まっていた。
「世の中にはさぁ、悲鳴と慟哭がこだまする生きるか死ぬかの戦場や、骨を砕いて肉を引き裂く血臭漂う生き地獄みたいな世界でしか生きられないような、頭のイカレた奴がいるんだぜ」
呟く声は少年の声なのに、年相応の落ち着きが滲んでいる……否、或いは落ち着きではなく諦念だろうか。
「きっとそういう奴らのことを言うんだろうなぁ。本物の怪物って」
優花はウミネコが何の躊躇もなくクロウに武器を振り下ろすところを見ている。自分を誘拐した男を、斧で真っ二つにしているところも。
それなのに優花は初めてウミネコを怖いと思った。
空の色がだんだんと夕焼けで赤く染まっていく。沈む日の方へと歩く彼が、血まみれの地獄へと歩いていく知らない人に見える。
「でも、そーいう連中はさ、お前は頭がオカシイって言われても分からないんだ。何度言われても、自分の何がオカシイのか全然わっかんないんだ」
風に乗って聞こえた呟きは、優花に聞かせるためのものではなく、まるで独り言みたいだった。
「……人の痛みが分からないなら、きっと、それは本当の化け物だよ。人と化け物の境界線はそこにあるんだろうなぁ」
──それなら、あなたは境界線のどちら側にいるんですか?
その一言が優花には言えなかった。




