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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第3章 「ネバーランドに逝った少女に捧ぐ」
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【3ー3】モズの贄

 雨の音で優花は目を覚ました。

(洗濯物、とりこまなくちゃ……)

 そう思うのに体が上手く動かない。手足が痺れて指先の感覚が無い。酷く、寒い。

 その時、優花の耳が誰かの足音をとらえた。本当に微かな足音だ。優花の前で足音を殺す意味も無いので、わざと足音を殺しているのではなく、それが習慣になって染みついているのだろう。

 やがて、その足音は優花のすぐ近くで止まる。ビニールが擦れるシャカシャカという音が聞こえた。優花はこの音をよく知っている。レインコートが擦れる音だ。

「哀れな女だ。あの男の姫になどならなければ、こんな目に合わずにすんだものを」

「……だ、れ」

 舌がピリピリしてうまく喋れず、酷く擦れた声になってしまった。それでも、男の耳には届いたらしい。

 唐突に優花はシャツの襟首を掴まれ、無理やり体を引きずり起こされた。首が絞まり、口からカハッと息の塊が溢れる。

 体の節がギシギシ痛い。抵抗しようとした優花は、そこで初めて、自分が縛られ拘束されていることに気がついた。手首が体の後ろできつく縛られている。

 足は縛られていないが、それでもうまく力が入らない。男を蹴り飛ばしてやりたいのに、自分の体を支えることすらままならなかった。

(もしかして、変な薬を飲まされた?)

 そういえば、意識を失う直前に首筋に鋭い痛みを感じたが、あの時に何かされたのだろうか?

 それでもやられっぱなしは性に合わないので、せめて一矢報いてやりたい。自分を締めあげる相手を優花は睨みつけ……そして、言葉を失った。

「コレが珍しいか? お嬢さん」

 男はレインコートのフードを外していた。むき出しになったその顔は、とても人間の顔には思えない。

 遠目には、つるりとしたスキンヘッドに見えるかもしれない。だが、産毛すら生えていないその顔には、代わりにツヤツヤとした緑色の鱗が生えていた。昔見た映画の蛇男そのものみたいに。

 鱗が生えているのは顔だけじゃない。優花の首を絞める手にも爪は無く、その代わりに小さな鱗がびっしりと生えている。

 その手はひんやりと冷たくて、まるで血が通っていないかのようだ。

「キメラを見るのは初めてではないだろう? お前はクロウの姫なんだから」

「……キメ、ラ?」

「オレ達のような、化け物のことさ」

 そう言って、男は喉をひきつらせるみたいに笑った。

 シューシューと呼吸を漏らすような笑い方が、ますます蛇じみている。

「あなた、誰……クロウの、知り合い?」

「知る必要はないことだ、お嬢さん。お前は、まもなくオレに殺される。あいつが来ようが来まいが殺される。抵抗は無駄だ。オレの牙から神経毒を流し込んでやったからな。死ぬような毒じゃないが、しばらくは体が動かない」

 気を失う前に首筋に酷い痛みがあったが、あれはこの男に噛まれたのか。

 それにしても、牙から毒? まるで本当に蛇みたいじゃないか。

「……あなた、は、人間?」

「言っただろう、オレはキメラだ。あの男と同じでな」

「…………」

 男は優花の首を掴み、引きずりながら歩き出した。

 地面を擦る足が痛いのに、縛られている優花には抵抗ができない。それでもなんとか現状を把握しようと、優花は必死で周囲に視線を巡らせた。

 ここは、どうやら作りかけのビルらしい。鉄筋の殆どがむき出しになっていて、何のための施設かまでは分からない。

 優花を引きずるレインコートの男が足を止めたのは、吹き抜けの手前。まだ手すりも何もないそこは、一歩足を踏み出せば、一番下の階までまっ逆さまだ。

「……見ろ」

 男が優花の頭を掴んで、下の階を覗きこませる。優花は高所恐怖症ではないが、それでもあまりの高さに頭がクラクラした。

 暗い暗いコンクリートの塔の最下層には、むき出しになった鉄柱が複数、天に向かって伸びている。

「ここから突き落とせば……お前は串刺しだ。モズの早贄みたいになぁ」

 鉄柱が己の体を貫く瞬間を想像してしまい、優花の背すじが凍る。

「なん、で……」

「言っただろう? お前が知る必要はないことだ。せいぜい、クロウを恨んで死ね」

 ずる、と優花の体が前に引っ張られる。

「や、だっ!」

 とっさに後ろに下がろうとしたが、男の力は凄まじかった。鱗の生えた冷たい手が、優花の体を少しずつ前に引きずっていく。

 手を縛られた優花には、抵抗ができない。

「……やっ、いやぁっ!!」

 既に胸から上の部分が吹き抜けを超えている。あとほんの少しバランスを崩すだけで、頭から真っ逆さまだ。

 麻痺して動かない体に鞭打って、なんとか上半身を逸らしていると、男が優花から手を離した。

「来たか」

 男のものとは違う激しい足音は、ダンダンと乱暴に階段を駆け上る音だ。やがて、足音の主が黒いコートの裾を翻して現れる。

「サンドリヨン!!」

 体勢のせいで姿は見えないが、聞き覚えのある声に涙が出そうになった。

「……クロ、ウっ」

「無事か……怪我はないか?」

 その声が思ったよりも優しい響きだったことに驚いた。てっきり「何ヘマしてやがるこのボケ!」ぐらい言われると思っていたのに。

 噛まれた首筋はズキズキ痛いし、引きずられた手足も傷むが、大きな怪我はしていない。

「だいじょぶ、だよ」

 途切れ途切れにそう告げると、クロウが「そうか」とホッとした声で呟くのが聞こえた。

 その時、優花は再び首根っこを掴まれ、レインコートの男に持ち上げられる。まるで猫の子でも摘むかのように。

「動くなよ、クロウ。お前の姫を助けたければ、まずは武器を捨てろ」

 駄目! と優花が叫ぶより早く、クロウは手に握りしめていた棍を放り捨てた。カラン、と棍が床にぶつかる音に、激しい銃声が重なる。

 硝煙のにおいがし、クロウは苦しげに顔を歪めて膝をついた。その脇腹に赤い染みが出来ている。

「……よぉ、モズ。珍しい玩具を持ってるじゃねぇか。どこで手に入れたんだ、そんなモン」

「お前が知る必要はないことだ」

 クロウはレインコートの男、モズと知り合いらしい。優花は息を飲んで、二人のやりとりを見守る。

「……モズ、お前は銃なんざ使わなくても充分に強かった。戦士としてのプライドはドブに捨てたか?」

「あぁ、あぁ! お前を殺す為なら、何だってドブに捨ててやる! プライドも! 金も! 命だって惜しくない!」

 爬虫類じみたのっぺりとした顔を怒りと憎悪に赤黒く染めて、男は血を吐くように叫んだ。

 状況から見て追い詰められているのはクロウの筈なのに、男の方がよほど追い詰められているように見えるのは何故だろう。

「……シアルート製薬から逃亡したお前に待つのは、緩やかな死だけだぞ」

「言っただろう? 命すら惜しまん、となぁ!」

 モズが再び引き金を引く。二発目の銃撃はクロウの足を掠めただけだった。それでも、クロウの服からじわじわと滲む血に、優花の背すじが寒くなる。

(あんなに血が出たら死んじゃう……っ!)

 クロウはパタパタと床に落ちた血の雫を、どこかぼんやりとした目で見つめていた。

「全てを捨ててでもオレを殺したい……と?」

「あぁ、そうだ! お前なんて生きている価値も無い! 存在そのものが悪だ!! クズだ! 害虫だ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」

 息が切れるまで喚き散らすモズに、クロウはポツリと呟く。

「……その意見には、概ね賛成だ」

 クロウらしからぬ態度に、優花は言葉を失った。いつものクロウなら百倍にして言い返しそうなのに。

 水色の目に怒りはなく、ただそこにあるのは、ほんの少しの憐憫。

「オレを殺せばいい。代わりに、そいつを解放しろ」

 クロウの言葉に、モズは気が狂ったかのように笑いだした。体を激しく痙攣さえながら。

「ふっ、はははっ、あひゃははははははははははは! オレは、オレの姫を殺したお前が憎かった! あの女の死を嘲笑ったお前を、この手で苦痛に歪めてやることだけが我が悲願だった! たとえ、お前がこの女に執着しておらずとも、目の前で姫を殺し、お前に無力さを味わわせてやりたかった……だが、これは嬉しい誤算だ」

 モズは優花の首を掴むと、高々と持ち上げた。優花は足をぷらぷらと揺らしながら、弱々しくもがくことしかできない。

 男の不自然に細い指が、優花の喉を少しずつ圧迫していく。

「今まで何人の女が死んでも顔色一つ変えなかったお前が! あの、死肉漁りの凶鳥が!! 自分の命と引き換えに女の命乞いをするなんて!」

 モズは視線をクロウから優花に移すと、しゅうしゅうと喉を鳴らして笑った。

「これで我が復讐は成就する。心の底からありがとう、お嬢さん」

「──っ、やめろっ!」

 クロウの悲鳴と同時に、優花の首を締め付けていた手がパッと開いた。

 優花は解放される──が、そこに床は無い。


 投げ出された優花は真っ逆さまに落ちていく。走馬灯なんてものは見えない。ただ、恐怖と絶望が優花の頭を真っ白に塗り潰す。


 落ちた。


 死、ぬ。

                 死ぬの?


 死ぬんだ、私。


           死ぬ死ぬ死、死ぬ、死死死死死死死死


「サンドリヨンっ!」

 その声は思ったよりずっと近くで聞こえた。落下している優花の視界にうつる、黒い影。

(……うそ。うそだ)

 クロウが、優花に手を伸ばしていた。なんであんたも落ちてるの、と優花は声もなく叫ぶ。

 このままだと二人とも死んでしまう!

 クロウは棍の端で優花の服をすくうように引っ掛け、自分の方に手繰り寄せた。そうして、優花の体をしっかりと抱きよせる。

 優花はクロウの腕の中で、唇を動かした。

「あんた、ばか?」

「この状況で言うに事欠いてそれかっ!?」

「二人とも、落ち、ちゃう」

「黙ってろ!」

 クロウはコンクリートのとっかかりに棍を突き立てた。衝撃でガックンと大きく体が揺れるが、クロウが優花の体をしっかりと抱き込んでくれたので、優花だけが落ちるということはなかった。

 とりあえず落下は免れたが、棍を壁にほぼ垂直に突き立てて、そこに優花を抱えたクロウがぶら下がっている状況である。このままでは、また落ちてしまうのは時間の問題だ。

 だが、クロウは振り子のように体を振ると、壁を蹴って横に跳ぶ。ウミネコとの戦闘訓練で見せたあの超人的な跳躍力だ。

 そうして安全な位置に着地すると、コートのポケットから取り出したナイフで、手際良く優花の手首を縛る縄を切ってくれた。

「あり、が、とう」

 もつれる舌を動かして礼を言うと、クロウはキリキリと眉を釣り上げて優花を睨む。

「……お前」

 これは怒鳴りだす前兆だ。察した優花が肩をすくめるのと同時に、案の定クロウが怒鳴る。

「何が大丈夫だ!! ケガしまくってんじゃねぇか!!」

 優花に言わせてみれば、明らかに怪我が酷いのはクロウだ。脇腹と足を銃で撃たれて平気な筈がない。

 クロウの怪我の具合を確認したかったが、まだ痺れが抜けていないので、仕方なく優花はクロウの服の裾を掴んで、痺れる唇で問いかけた。

「けが、大丈夫? 血、いっぱい、出てる」

「だから、オレよりお前が……」

 そこで言葉を切って、クロウはナイフを身構えた。靴の音が上から下に降りてくる。まさか、と思いきや案の定、レインコートを着たモズが、ゆらりと物陰から姿を現わした。右手に拳銃を握りしめたままで。

「……運の良いやつだ。次は……逃がさない」

 モズの目は血走って濁っていた。口からは泡を吹き、全身は酷く痙攣していて、明らかに様子が普通じゃない。

 クロウが哀れむようにモズを見て、首を横に振る。

「てめぇに次なんてねぇよ」

「黙れっ! オレのっ……オレの姫を殺したお前を、オレは絶対に許さないっ!」

 胸をビリビリに引きちぎられたような悲痛な叫びだ。

 それでも、クロウの表情は変わらない。

「……言っただろう、お前に次なんてもんは無いんだよ」

「黙れぇぇぇっ!!!」

 モズが拳銃でクロウに狙いを定めたその時……


 ──男の腕が消えた。


 少し遅れてボトリという音がする。赤黒い血の海に、拳銃を握ったモズの腕が落ちた。

「――ぇ、ぁ」

 モズは、何が起こったか分かっていない顔で、右手があった場所を呆然と見ている。


「トカゲってさぁ、尻尾切ると新しく生えてくるって言うじゃん?」


 場違いなくらい呑気な声がした。

「蛇の場合はどーなの? やっぱ、トカゲみたく新しく生えてくるの?」

 モズの背後に、身の丈よりも大きな斧を担いだウミネコが佇んでいる。小柄な体躯に不釣り合いなバトルアクスは血に汚れていた。

「きっ、さまぁあああああああ」

 モズが絶叫した瞬間、ウミネコは斧を横薙ぎに振るう。ゾブリ、と肉と骨を立つ音がした。

 モズの腹から上半分が地面に落ちる。少し遅れて、下半身も血の海に沈んだ。

 優花はひぃっと息をのみ、口元を手で覆う。離れていても、血のにおいが漂ってきて、胃がひっくり返りそうだ。

 一方クロウは、この手の光景には見慣れているのか、顔色一つ変えずにウミネコに話しかける。

「……生かして捕らえた方が良かったんじゃないのか」

「連れ戻されて、生きたまま解剖されるより良いだろ? オレってば、やっさしーい」

 ウミネコは悪びれる様子もなく言って、斧に付いた血を振り払う。

 クロウはモズの上半身に近づき、膝を折った。モズの体は真っ二つにされてもなお、ぴくぴくと動いていた。血に汚れた口はパクパクと動いて、呪詛の言葉を吐き出している。

 そんなモズを見下ろし、クロウは無表情に告げた。

「あの女のように、楽に死ねなくて残念だったな」

「きっ、さまっ……」

「同情はしねぇよ。お前だって今まで姫殺しをしたことが無いわけじゃないだろう。大会に出る以上、殺す覚悟も殺される覚悟もしていた筈だ」

 唯一残されたモズの左手が、クロウのコートの裾を握りしめた。クロウはそれを振り払ったりはせず、静かに言葉を続ける。

「オレは同情も謝罪も後悔もしない。することすら、オレ達には許されない……そうだろう?」

 モズはしばし沈黙していたが、やがてひび割れ掠れた声で呻いた。

「……お前の姫も……サンドリヨンと言うのか……」

 クロウが「あぁ」と頷くと、モズは残った体を痙攣させて、血の泡を吹きながら笑う。

「……くっ、くく、くはっ……傑作、だ。いずれ、お前もオレと同じ末路を辿るだろう……その時はせいぜい苦しめばいい……オレのように、なぁ!!」

 ヒィッ、ヒィッ、と喉を震わせて笑っていた声は次第に小さくなり、体の痙攣も弱くなる。やがて、クロウのコートを掴む手がパタリと落ちた。


「あぁ……オレも……今、逝く……サンドリヨン」


 それが最後の言葉だった。

 動かなくなったモズの体を見ているクロウの横顔は酷く辛そうで、それがやけに優花の目に焼き付いて離れない。

「サンドリヨン」

「…………」

「サンドリヨン!」

 クロウが叫んで優花に手を伸ばす。

(サンドリヨン……あ、そうか、私の名前だ)

 そしてその名前はきっと、真っ二つになって死んだ、あの鱗の男の姫の名前でもあったのだ。


 不意に、今朝の笛吹の言葉が頭をよぎる。


『あぁ、そう。クロウは話してくれなかったんだ。このパーティは……』


 クロウに遮られ、最後まで紡がれることのなかった言葉が、今なら分かる。


 このパーティは……人在らざるモノ達の殺し合いだ。



 * * *



 地面に崩れ落ちた優花の体をクロウは慌てて抱き上げた。どうやら既に意識は無いらしく、ぐったりとして動かない。だが、脈はしっかりと感じられる。

「サンドリヨン、おい、サンドリヨン……」

「気を失っているだけだよ。まぁ、こんな惨状を見たら、誰だってショックだよなぁ」

 まさにその惨状を作り上げた張本人が能天気な口調で言う。

 優花に目立つ傷は無かったが、毒の後遺症が怖かった。モズはその牙に複数の毒を持っていることを、クロウは知っている。

「念のため、病院に連れて行く」

「その必要はないのです」

 優花を抱き上げて立ち上がったクロウを、幼い少女の声が制止する。

 声の方に目を向けると、そこにはメイド服の少女──ヤマネが佇んでいた。隣には褐色の肌の大男も一緒だ。クロウは男の顔と名前を知っている。確か名前はグリフォン。ヤマネ同様、フリークス・パーティ運営委員会の一人だ。

 グリフォンは無精髭の生えた顎を手のひらで撫でて、顔をしかめた。

「こりゃまた、派手にぶちまけたもんだ」

「おっ、ヤマネちゃんじゃん。それにグリフォンのおっさんも」

 ウミネコが場違いに明るい声で言うと、グリフォンは顔をしかめてウミネコを睨んだ。

「おっさん言うな。この惨状はお前の仕業か、バーサーカー」

「お掃除よろしくぅ!」

「お前も手伝うんだよ!!」

 グリフォンがでかい拳をウミネコの頭に振り下ろす。ウミネコは頭を押さえて「ちぇー」と唇を尖らせた。

 一方ヤマネは優花の怪我の具合をテキパキと確かめると、鞄から毛布を取り出して優花の体を包む。「クロウ様、サンドリヨン様と一緒に速やかに運営委員会本部に赴き、医者の治療をお受け下さいませなのです」

「別に、オレは――」

「既に運営委員会の医者を手配しております。不服なようでしたら、貴方様の専属医……グロリアス・スター・カンパニーの月島様に連絡をいたしますが、いかがいたしますか?」

 月島の名前を出され、クロウは舌打ちした。怪我の治療で月島の手を煩わせれば、また嫌味を言われるのが目に見えている。

 舌打ちしつつも引き下がると、ヤマネは「ご理解いただけたようで、幸いなのです」と言って、メイド服のスカートをちょこんと摘まみ、可愛らしくお辞儀をする。

 大男のグリフォンは肩に下げていたバッグから清掃用具を取り出し、ウミネコに押し付けながら口を開いた。

「ここは、オレ達が片付けといてやるから、さっさと行け」

「でもさー、クロちゃんとか見るからに血まみれで怪我人じゃん? そのままぞろぞろ移動するのまずくね?」

 ウミネコが押し付けられた雑巾を広げながら言うと、ヤマネが薄い胸をドンと叩く。

「だいじょーぶなのです! お車で来たから余裕なのです!」

「……ヤマネちゃんが運転してきたの?」

「はいなのです!」

 そこはグリフォンに運転させるところではないだろうか。

 ウミネコは頰をかきながら訊ねた。

「レヴェリッジ家ご自慢の黒塗りベンツを?」

「今日はロールスロイスな気分だったのです!」

 ウミネコはなんとも言い難い顔で「そっかー」と相槌を打った。

「……補導されないようになー」

「運転免許は持ってきたので大丈夫なのです。えっへん」

「……あぁ、うん、そういう意味じゃないんだけどね」

 ヤマネの年齢についてウミネコはあえて触れなかった。世の中には知らなくていいことが沢山あるのである。


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