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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
最終章「ハッピーリィ・エヴァー・アフター・アフター」
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【最終話】Meine Prinzessin

 一ヶ月以上眠り続けたクロウが目を覚ました時、最初に目に飛び込んできたのは、窓から見える雪景色だった。灰色の空を埋め尽くすように降る雪は、しんしんと大地を白く染めていく。

 その雪景色は故郷の雪景色と、どこか重なって見えた。彼が眠るベッドも、部屋の壁紙も、質素な窓枠も生まれ育った家とは似ても似つかないのに。

 意識を取り戻したばかりの彼は自分が故郷にいるような錯覚を起こし、微睡みながらぼんやりと考える。

 あぁ、早く起きてお祖母様の手伝いをしないと「いつまで寝ているのですか、ディートリヒ」と叱られてしまう。

 目を窓と反対の方に向ければ、視界の端で柔らかな金髪が揺れる。


「……Mutti(お母様)?」


 掠れた声で呟けば、ベッドサイドに座っていた女は足を組み替えながら答えた。


「そうよ、アタシがMuttiよぉん。さぁ、その傷ついた筋肉をアタシに委ねなさぁい」


 かくしてクロウは一瞬で現実に引き戻された。

 両手の指をわきわきと怪しく動かしているヘイヤから距離を取ろうとベッドの上で身を捩れば、全身を走る激痛にクロウは声を上げることすらできず悶絶する。

「……っ……ぅぐぅぅぅぅ…………」

「まだ動いちゃダーメ。移植された細胞が剥離しかけてたのよぉ。処置がもう少し遅れてたら、上半身の皮膚が腐ってベロッと剥がれてたわね」

 ヘイヤはとんでもなく物騒なことをサラリと言うと、わきわきと動かしていた手を引っ込めて、カルテにペンを走らせた。

「あなたの体の維持に必要なお薬……グロリアス・スター・カンパニーはわざと、お粗末な代物を与えていたみたいねぇ。あの会社の規模なら、副作用も持続時間も、もっとマシな物が作れたでしょうに」

 クロウが最後に貰った薬は、わざと成分を半分にしたのだと月島は言っていた。だが、それ以前から与えられていた薬も、決して質の良い物ではなかったのだろう。薬を飲んだ後は、目眩や吐き気がすることがしばしあった。月島は、元からクロウを長く生かすつもりなど無かったのだ。

「安心して。グロリアス・スター・カンパニーが作ったものよりは、マシな薬を作ってあげるわ」

「……随分と羽振りのいい話だな。見返りはなんだ?」

 ヘイヤがクラーク・レヴェリッジの弟子であったことや、その確執を知らないクロウは、ヘイヤが何故自分を助けてくれるのかが理解できない。

 慎重に探るような目をするクロウに、ヘイヤはルージュに彩られた唇を、美しい笑みの形にして告げる。

「薬一ヶ月分につき、五百マッスルでいいわよ」

「待て、なんだその単位」

「一マッスルにつき一回、筋肉を好き放題させてもらうわ。五百マッスルで五百回」

「皮膚が擦り剥けるわ」

 マッスル云々はさておき、とりあえず薬を都合してもらえるという事実にクロウはこっそり胸を撫で下ろす。

 クロウにとって、生きることは簡単なことじゃない。

 月島の期待に応えるべく、フリークス・パーティを生き抜いて、戦績を上げて……そうやって、常に月島の顔色を伺い、薬をもらわなければ、彼は生きることができなかった。

「……月島は、見つかったのか?」

「レヴェリッジ家が血眼になって探してるけど、見つかっていないらしいわねぇ。国外逃亡したって噂もあるわ」

 確かに国外逃亡説は有力だが、あの女はきっとまたこの国に戻ってくるだろう、とクロウは密かに確信していた。

 ウミネコの強さを盲目的に慕っている彼女は、きっとまた新しい兵器を引っ提げて、ウミネコにちょっかいをだすに決まっている。

 願わくば、その時は自分を巻き込まないでほしい。やるならよそでやれ。いっそ宇宙でやってくれ。

「他に何か確認したいことはあるかしらん? なければ、もう一眠りして筋肉の回復に努めなさいな」

「……サンドリヨンは」

 崩壊する洞窟の中で、腕に抱いた温もりを思い出す。

 足と腹を撃たれていた彼女は、内臓に損傷はないようだったが、出血がだいぶ多かった。

 無茶で無謀な彼女のことだから、きっとクロウの知らないところで、怪我をしたまま動き回ったのだ。

「深海財閥傘下の病院に運び込まれて、とっくに退院したって聞いたわよ」

「……そう、か」

 ほぅっと安堵の息を吐き、クロウはベッドに身を沈めて目を閉じる。

 ヘイヤがずれた毛布をかけ直し、そっと部屋を後にした。パタン、と扉の閉じる音を聞きながら、クロウは包帯だらけの手を持ち上げて、目を覆う。


「……生きてるんだな。オレも……あいつも」


 グロリアス・スター・カンパニーに売られた日から、ずっとずっとクロウは死の恐怖と戦いながら生きてきた。

 時に他の誰かを見殺しにし、時に自分の手を血で染めて。

 死んでしまえば楽になれるだろうかという誘惑と、死の恐怖の間で板挟みになりながら、それでも地を這い、屍肉を啄ばんで、生き汚く足掻いて、足掻いて……

 そして今、クロウはグロリアス・スター・カンパニーから自由になって、生きている……生きているのだ。

 白い頬を一筋の雫がつたい、枕を濡らす。

 胸に込み上げる思いは、言葉にできるようなものではなかった。



 * * *



 クロウのリハビリは順調だった。移植された細胞がきちんと定着さえすれば、クロウの体は常人よりも頑丈だし、回復力も早い。

 目覚めて一週間もする頃には、今まで通りとまではいかずとも、日常生活に支障が出ない程度には復活することができた。

 その間に、自分がいる施設の事情や、フリークス・パーティのその後の話もグリフォンから聞かされた。

 クロウが運び込まれたのは、あのハヤブサが運営する農園で、行き場の無いキメラ達を匿っているらしい。

 農園では、企業に捨てられたキメラ達が農作業をして静かに暮らしている。農作業を手伝えばきちんと報酬が貰えるし、身体維持に必要な薬もヘイヤが用意してくれる。キメラ達にとって、まさに安寧の地だ。

 だが、クロウはここに骨を埋めるつもりはなかった。

 ある程度体が動くようになったクロウは、真っ先にウミネコに連絡を取った。ウミネコはあれで意外と顔が広いから、仕事の斡旋を頼もうと思ったのだ。

 グロリアス・スター・カンパニーに所属していた頃のクロウは、フリークス・パーティが無いシーズンは、実戦訓練も兼ねて、ボディガードや傭兵紛いの仕事をさせられていた。

 その時の経験を活かして何か仕事をできないかと思い、ウミネコに相談すると、彼は自分が今働いているという家を紹介してくれた。


『ちょうど、今の職場が人手不足だったんだよね。いいよ、紹介したげるから、リハビリ終わったらこっちおいでよ』

「……助かる」

『どーいたしまして。いやぁ、これでオレも楽できるわぁー』


 面接の日時等を打ち合わせて通話を終えたクロウの服を、幼い手がちょんちょんと引っ張る。視線を斜め下に落とせば、グレーテルが丸い目でじぃっとクロウを見上げていた。

 フリークス・パーティの二回戦で対峙し、クロウに槍を向けられたというのに、少女は物怖じする様子はない。

「サンドリヨンのおねーさんに、連絡はした?」

「…………」

 目を覚まして一週間、クロウはいまだサンドリヨン……優花に連絡をしていない。

 彼のスマートフォンには優花のアドレスが登録されている。それなのに、クロウの指は何度もアドレス帳を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。

 フリークス・パーティが終わった今、クロウは優花の騎士でも何でもない。ただの他人なのだ。


 ──パーティが終わればそこでサヨウナラ


 ──君がガラスの靴を差し出しても、彼女はそれを受け取ってはくれないよ


 ──だって、君は彼女の王子様じゃない


 悪意に満ちた笛吹の言葉はトゲのようにクロウの心に刺さり、今も抜けないままでいた。

 トゲが刺した場所から、勇気とか意気地とか、そういったものがポロポロと零れ落ち、クロウの足元に流れ出す。そうしてクロウは電話をかけようとする手を止めて、スマートフォンをポケットに押し戻すのだ。

 優花の銀行口座に、姫としての報酬は振り込んである。報酬の金さえ渡してしまえば、彼女にとってクロウはもう用無しなのではないだろうか……そんな考えが頭をよぎって離れない。

 心の奥では、お人好しのあの女がクロウを疎んだりしないと分かっている。それでも、クロウは「騎士」という役目を失った今、どういう立ち位置で彼女に接すれば良いのかが分からなかった。

 グレーテルの追求の眼差しに沈黙を貫いていると、廊下の角を曲がってハヤブサが顔を出した。

「おぅ、お前ら、ここにおったんかー! 喜べ、今夜はご馳走じゃぞ!」

 この農園の主のハヤブサのことが、クロウは未だによく理解できない。

 ヘイヤと手を組んで、企業から捨てられたキメラを助けたり、クラークの後継者と密かに対峙していたりと、彼が味方であることは間違いないのだが、準々決勝で対峙した時に、優花がこの男のことを酷く毛嫌いしていたのが気にかかる。

 ハヤブサを前にした時の彼女は、まるで親の仇でも見るかのような目をしていた。

 ……とは言え、ハヤブサはクロウにとって命の恩人であるのも、また事実。

 結局、クロウは未だこの男と優花の間で、何があったのかを訊けずにいた。

「今夜は宴会じゃあ!」

「……毎日が宴会みたいなもんじゃねぇか」

 この農園での食卓は、基本的に大人数でワイワイと騒がしいのだ。クロウに言わせてみれば、充分に宴会である。

 だが、ハヤブサは肩に担いだ箱をペシペシと叩いて、豪快に笑った。

「がっはは! 今夜は特別じゃあ。何せ娘婿から、お歳暮で良い酒が届いてのぅ!」

「娘婿?」

 ハヤブサに娘がいたのか、とクロウは驚きに目を丸くした。

 まぁ、ハヤブサの年齢を考えればいてもおかしくはないのだけれど……きっとハヤブサに似た、豪快で無鉄砲で目つきが鋭く眉毛の太い女なのだろう。

(……うん?)

 ハヤブサの精悍な顔が、不意に誰かの面影と重なる。

 知人で誰か似ている人物がいたような……気のせいだろうか? と首を捻りつつ、クロウはハヤブサの娘婿とやらが送ってきた箱に目を向けた。

 プレミアムビールの箱には、白い熨斗が貼り付けられている。

 熨斗に記された贈り主の名は「鷹羽コーポレーション」

「……お前の、娘婿って?」

「鷹羽の社長じゃ! ……んんっ? まだ結婚はしとらんかったか? まぁ、そのうち結婚するじゃろうし、問題ないじゃろ」

 鷹羽の社長。つまりはクロウがこの世で最も嫌いな男の一人……イーグルである。

 優花を慕っているのが誰の目にも明らかだったあの男が、ハヤブサの娘婿?

 頭に浮かんだ仮説に、クロウの胃がさぁっと冷たくなる。

 クロウはヒクヒクと頬を震わせながら、ハヤブサに訊ねた。

「……お前の、娘って?」

「お前さん、うちの娘とペア組んどったろうが」

 何の? と問い返すほどクロウも愚かではない。

 真っ青になって震えているクロウに、ハヤブサは何かを思い出したような顔で手を打つ。

「あぁ、そう言えば……あの試合の最中、お前さんのことを婿候補って言ったら娘がブチ切れたのは、イーグルが本命だったからなんじゃなぁ! がはは、そいつは悪いことしたのぅ!」


 その後、立ったまま気絶するという器用な芸当を披露したクロウに、農園は騒然となり、宴会は翌日に延期となった。



 * * *



 ウミネコに休憩してこい、と放り出されたクロウは、隣を歩く優花の横顔をチラチラと眺めながら、無表情の下で静かに焦燥を募らせる。

(……こいつは、イーグルと付き合ってんのか?)

 だが、ストレートにそれを訊ねるだけの勇気もなく、クロウは唇をむっつりとへの字に曲げた。

 その様子を拗ねていると受け取ったのか、優花がクロウの顔を見上げる。

「髪、黒に戻したんだ」

「……お前らが、散々酷評してくれたからな」

 実際のところ髪色を戻した理由は、周囲からグレたのなんだのと冷やかされたのが面倒だったというのが半分、日本国内で活動するなら黒髪の方が悪目立ちしなくて良いからというのが半分である。

 なにより今は黒が地毛なので、一度黒くしておけば、染め直す手間が無い。

 クロウが素っ気なく答えれば、優花は「そう」と短く相槌を打って黙りこんだ。

 その沈黙の気まずさに耐えきれず、クロウは口を開く。

「再会するなり、いきなり金の心配かよ。はんっ、お前らしいぜ」

 クロウは高慢に鼻を鳴らしつつ、内心(しくじった!)と頭を抱えていた。こんな意地の悪いことが言いたかったわけじゃないのに!!

 それでも動揺を表情に出さず、横目でちらりと優花を見れば、優花はジトリとした目でクロウを睨んでいた。まずい。あれは、だいぶキレている顔だ。

「……私が、あんたを心配してないとでも、思ってたの?」

 火山が噴火する予感に、クロウは思わず一歩後ずさる。その一歩を優花は大股で詰めると、容赦なくクロウのスーツの襟を鷲掴んだ。

「すっごい心配したわよっ! 死んじゃったらどうしようって、ずっとずっと思ってた! 本当は電話だってしたかったけど、どれだけ容態が悪いか分からないから、元気になったら電話ちょうだいってグレーテルに言付けしたのに、待てど暮らせどあんたから連絡はないし、なんでかあんたはウミネコさんの職場にいるし……っ」

 優花は鼻の頭を赤くして、吃逆でも起こしたかのように言葉を詰まらせる。その目が潤んでいるのを見て、漸くクロウは彼女が嗚咽を我慢したのだと気がついた。

 優花の声が、鼻声になる。

「……フリークス・パーティが終わったら、ペアは解消だから? だから、連絡しなかったの……?」

「ちがっ……」

 クロウは言い訳の言葉をずらりと頭の中に並べた。だが、結局はそれらの言い訳を口にすることを諦めて、ボソボソと歯切れの悪い声で、正直に本音を吐露する。

「お前が……イーグルの元に、身を寄せてると、思って」

 そんなクロウの本音に、優花はパチクリと瞬きをして首を傾ける。

 嘘の下手な彼女のことだ、今のは絶対に演技なんかじゃない。

「……なんで、ここでイーグルの名前が出てくるの? 私がお世話になるのは、深海会長よ?」

「は? え? ……おい、お前……まさか、金に困って老いぼれの愛人に……」

 優花が物騒な笑みを浮かべて、首を後ろに傾けた。

 頭突きの前触れを察したクロウは、素早く優花の額を手で押さえる。

「待て、待て、待て、どういうことだ、おい」

 クロウが早口で訊ねれば、額を押さえられた優花は不服そうな顔をしながら、自分が深海財閥の受付嬢になることを説明した。

「……つまり、お前……上京する、のか?」

「そうなるわね。今はアパート探しをしてる最中」

 今の話の流れから察するに、抜け目のない性格のイーグルが、ハヤブサにちゃっかり自分を売り込んだだけで、優花とイーグルが付き合っているわけではないのだろう。

「それなら……」

 クロウは優花の額から手を離し、革手袋をした手を握りしめる。クロウの緊張の度合いを表すかのように、黒革がキュッと軋んだ音を立てた。

 クロウは乾いた口腔を唾で湿らせて、さりげなさを装った口調で提案する。


「……オレと、暮らすか?」


 早鐘を打つ心臓を宥めながら返事を待つクロウに、優花はゆっくりと瞬きをした。

「美花も一緒に?」

「なんでだよ!?」

「いや、だって、美花も一緒に受付嬢するから。住む部屋シェアするのは、もう決めてたし……そういえば、あんた達、割と仲が良いわよね」

 良くねぇぇぇぇ! という叫びをクロウは喉の奥でグッと飲み込んだ。

 ここが高級住宅街でなかったら、きっと叫んでいただろう。

 それでもクロウは、クールな表情を取り繕い、なるべく落ち着いた声音で言った。

「オレは、お前に、提案したんだが?」

「……もしかして、ちゃんとご飯食べてないの?」

 どうやら優花は、クロウの同棲の誘いを、優花を食事当番として必要としている……と解釈したらしい。実に彼女らしい解釈である。

(あぁ、畜生。どうせ、オレのことなんて、世話の焼ける弟分ぐらいにしか思ってねぇんだろ!)

 酷くムシャクシャした気持ちで叫び出したいのを堪えていると、優花が俯き、クロウの襟首から手を離した。

 一度ダラリと垂れた手が、今度は躊躇いがちにクロウのジャケットの裾を掴む。

「やっぱり、ちょっと痩せた」

「ほっとけ」

 変な希望を持った自分が馬鹿だった。不貞腐れながら、素っ気ない声で返せば、優花はしゅんと肩を落とす。まるで、捨てられた子犬みたいに。

「……そりゃ、あんたにとって私は、沢山いる姫の内の一人かもしれないけど……私の騎士はあんただけなんだから、心配ぐらいさせてよ」

 優花にしては珍しくしおらしい態度が、寂しげな顔が、クロウの心を揺さぶる。

 期待してもいいだろうか? まだ「騎士」でいてもいいのだと。

(……お前はオレの「姫」なのだと)

 クロウは咄嗟に、ジャケットを摘まむ優花の手を包み込むように握る。


Du bist da(オレの生涯で)s Beste, was mir i(お前が一番だよ)n meinem Leben passiert ist」


「……へ? え?」

 戸惑いに丸くなった優花の目を覗きこみ、クロウは畳み掛けるように言う。


「……Ich will n(オレは)ur noch mit (お前と一緒にいたい)dir zusammen sein」


 いつもなら口にするだけで恥ずかしくなるような甘い言葉も、母国の言葉にすれば、案外するりと口をついて出た。

 クロウは握った手に力を込めて、水色の目を少しだけ熱っぽく潤ませて囁く。


Der rest m(残りの人生)eines lebens i(全部お前に捧げるから)st mit dir」


「待って、待って、なんで急に英語!?」

「ドイツ語だ、バカ」

 クロウはくつくつと喉を鳴らし、優花の手を握ったまま歩き出した。

 寛大な先輩のお言葉に甘えて、今は仕事のことは忘れて、彼女と過ごす時間を大事にさせてもらおう。

「お前、ドイツ語覚えろよ。教えてやるから」

「いや、できれば先に英語を教えてほしいんだけど」

「じゃあ、両方覚えろ」

 さらりとそう提案すれば、いつも勝気な優花が泣きそうな顔で眉を下げた。

「……待って、私、英語の知識が高校で……ううん、下手したら中学で止まってて……」

What's you(お名前は)r name?」

 唐突に振られた英語に、優花の顔がピキンと強張る。なんだこれ、面白い。

 クロウが意地悪く笑いながら、ゆっくりと同じ問いを繰り返せば、優花はしどろもどろに答えた。

「ま、まいねーむ、いず、ゆうか、きさらぎ……」

 酷い発音だ。今時、中学生でももう少しまともな発音ができるだろうに。

 だが、クロウはそんな意地の悪い言葉を飲み込むと、ニィッと薄い唇を持ち上げる。

 そうして、まるで騎士が自分の姫にするかのように優花の手を取り、その手の甲に唇で触れた。



「Ich bin Dietri(黒須ディートリヒだ)ch Kurosu……Freut mich(初めまして)Meine Prin(オレのお姫様)zessin」





















 ハッピーエンドの向こう側、騎士と姫の物語は終わらない。

 例えその命が途絶えても、きっと誰かが語り継ぐだろう。


 フリークス・パーティの物語を。


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