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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
最終章「ハッピーリィ・エヴァー・アフター・アフター」
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【epilogue・6】ディア マイ フレンド

 一月半ばの東京は早くもお正月ムードが払拭され、バレンタイン商戦の告知に忙しい。

 至るところに飾られているハートマークの可愛らしいディスプレイを眺めつつ、優花は待ち合わせのレストランの扉を開けた。

 優花の地元でも見かける洋食系ファミリーレストランは、昼食の時間を過ぎたというのに随分と混雑している。

 ぐるりと店内を見回した優花は、禁煙席に見覚えのある茶髪の後頭部を見つけ、足を向けた。

「こんにちは、ウミネコさん」

 声をかければ、癖っ毛頭がくるりと振り向き「よっ」と気さくに片手を持ち上げる。

 愛嬌のある童顔は優花の記憶と寸分違わぬが、身につけている服は彼にしては珍しいブラックスーツだ。

 フリークス・パーティの騎士の衣装を除けば、ウミネコは大抵パーカーにジーンズというラフな格好をしていたので、スーツ姿はなかなか新鮮だった。

「お仕事中だったんですか」

「うん、そう。今日はもう、あがりだけど」

 ウミネコは現在、都内のある裕福な家でボディガードの仕事をしているらしい。

 フリークス・パーティの騎士は、フリークス・パーティが無い期間は、その腕っ節を活かして傭兵やボディガードの仕事をしている者が多いという。ウミネコもその例に漏れず、というわけだ。

 ウミネコの頬には小さな火傷の痕ができていた。もしかして、ボディガードの仕事中にできたものなのだろうか。

 優花は火炎放射器を振り回す屈強な大男と戦うウミネコを想像し、俄かに表情を固くする。

「……ボディガードのお仕事って、大変なんですね」

「実際んところはただの雑用係だよ。この平和な日本で、銃でドンパチなんてそうそうあるわけないじゃん? お茶汲みしてることの方がずっと多いって」

「でも、その火傷……」

 優花がウミネコの頬の火傷をちらりと見れば、ウミネコは「あぁ、これ?」と指先で頬をなぞり、肩を竦めた。

「雇い主が超わがままでさぁ。お茶の時間に紅茶とコーヒー間違えたら、カップぶん投げられた」

「……た、大変なんですね」

「んー、雑用多いから、まぁまぁ大変かな。でも、最近は後輩ができたから、まぁまぁ楽になったよ」

 軽い口調で言って、ウミネコはドリンクバーのコーヒーをずずーと啜る。

 優花はクロウの名前を口にしようか迷ったが、結局口にせずに言葉を飲み込み、メニュー表を手に取った。


 クロウが目を覚ましたという連絡を受けて一ヶ月。

 いまだ、優花はクロウと会えていないし、言葉一つ交わしていない。



 * * *



 グレーテルから、クロウが目を覚ましたとの電話を受けた時、本当はすぐにでも声を聞きたかったが、クロウは意識を取り戻してすぐに、また寝てしまったらしい。だから、クロウの容態が安定したら連絡してほしいとグレーテルに言伝を頼み、優花は連絡を待った。

 クロウは優花の電話番号を知っている筈だから、元気になったらきっと連絡をくれるはずだ……と思ったのだが、いまだ優花の元には電話は疎か、メールの一つも届かない。

 フリークス・パーティが終わったら「姫」とはもう赤の他人である。そこで途切れる関係も、まぁ珍しくはないのだろうけれど……それでも、優花はどうしても、クロウに伝えなくてはいけないことがあった。

 優花は注文した食事を彼女にしては遅いペースで平らげ、ドリンクバーのジュースをちびちびと飲みつつ、ウミネコの話に耳を傾ける。

「それで、燕が目ぇ覚ましたら、右腕が万能ナイフみたいになっててブチ切れてさぁ。一悶着あったらしいんだけど、そこに缶切り探してるサンヴェリーナちゃんがやってきて、燕が缶を開けて一件落着」

 軽快な語り口の近況報告は聞いていて楽しいが、その中にクロウの名前が出てくることはない。

 きっと、ウミネコもクロウとは会っていないのだろう。

 優花はグラスの底に溜まった氷をストローでつつく。

(……もう、私のことは、忘れちゃったのかな)

 優花にとって、フリークス・パーティはきっと一生忘れられない体験だ。恐ろしく、悲しく、辛い記憶が多いけれど、それでも、そこで得た出会いは一生大事にしたいと思っている。

 けれど、クロウにとって優花は何人もいた姫の中の一人でしかない。

 フリークス・パーティが終われば、それでおしまいの関係……そう思うと、胸の奥がツキリと痛い。

 優花が暗い顔で俯くと、ウミネコは「あぁ、そうだ」と何かを思い出したような顔で、椅子に乗せていた紙袋に目を向けた。

 上品なネイビーの紙袋はシールでリボンが留められていて、一目で誰かへのプレゼントだと分かる仕様だ。もしかして、この後、誰かと会う用事でもあるのだろうか。

 優花の視線が紙袋に留まると、ウミネコは悪戯っぽく唇の端を持ち上げ、紙袋を机越しに差し出す。

「ほい、メリークリスマス」

「えっ?」

 優花は目を白黒させた。クリスマスどころか正月だって終わっているのだ。メリークリスマスには遅すぎる。

 一体どういう意図の贈り物なのだろう、と伺うような優花の視線に、ウミネコはパチンとウインクを返した。

「オレからじゃないよ」

「…………え?」

 開けてみ? とウミネコが促すので、優花は紙袋を広げた。

 紙袋の中には洒落たビニール巾着が収められている。ネイビーに雪の結晶の模様をあしらった洒落たデザインだ。

 そして、そんなビニール巾着には、小さなメッセージカードが添えられている。

 メッセージカードには綺麗な女性の字で、たった一言。


『ゆうかさんへ』


 フリークス・パーティの関係者で優花の本名を知る者は少ない。運営委員会の人間を除くと、ほんの一握りだ。

 一瞬クロウの顔が浮かんだが、クロウは優花の名前を漢字で「優しい花」と書くことを知っている。

 なにより、クロウなら絶対に優花をさん付けで呼んだりはしないだろう。

(……まさか)

 巾着袋をそっと開けてみれば、チョコレートブラウンの布地が見える。

 それは上品なロングスカートだった。腰にはベルトが、サイドにはボタンがついている。甘すぎず大人っぽい、落ち着いたデザインだ。

「それさ、クリスマス前にオレんちに届いたんだよね。きっと住所が分からないから、オレから渡せってことなんだろうなぁ」

 ウミネコの言葉は半分ぐらいしか優花の耳に届かない。優花の脳裏に浮かぶのは、お洒落なブティックで真剣にスカートを吟味する赤毛の少女。

 きっと似合いますよ! と太鼓判を押してくれる快活な声が頭の奥に蘇る。

 優花は一度だけ鼻を啜ると、涙の雫で濡れぬよう、スカートを袋の中にそっと戻す。

 優花の足の銃創はエリサの手によるものだが、それでも優花はエリサを憎むことができなかった。

 ただただ、復讐に取り憑かれた彼女のことを思うと悲しかった。

 自分がいかに何も知らなかったか。無力だったかを思い知らされ、泣き叫びたくなる。

「きっと、また会えるさ」

 くしゃくしゃに顔を歪めている優花に、ウミネコは見た目に似合わぬ大人の穏やかさで呟く。

 ウミネコは手元のおしぼりをくるくると巻いてひよこを作ると、涙に濡れた優花の頬をひよこの嘴でチョンチョンとつついた。

「エリサちゃんは、五年後にボンキュッボーンのナイスバディになってオレに会いに来てくれる予定だから」

「なんですか、その予定」

 優花は苦笑しつつ、受け取ったひよこおしぼりを広げて頬を拭いた。

 優花がそうして目元の腫れをどうにか落ち着かせている間に、ウミネコはさっと席を立つ。そうして、優花の顔が少しはマシになった頃合いを見計らってドリンクバーから戻ってきた。その手に禍々しい色のドリンクを携えて。

「……なんですか、それ?」

「ドリンクバーミックスドリンク『俺スペシャル』」

 さっきまでの大人な対応はどこへやら。やっていることは、まるっきり男子高校生のそれである。

 ウミネコは禍々しい色のドリンクをチューチュー飲んで「うわ、微妙」などと呟きつつ、優花をちらりと見た。

「そういや、こっちで就職するんだっけ? 妹ちゃんと」

「はい、深海会長の紹介で」

「オレの職場も近いから、飯行こうよ。クロちゃんも一緒にさ」

 唐突に飛び出したクロウの名前に、優花はギクリと凍りつく。

 優花の顔が強張ったのを見て、ウミネコも笑顔を引きつらせた。

「あれ? オレ、なんかマズイこと言った?」

「……クロウと、連絡を、取ってるん、ですか?」

「いや、連絡取るも何も……いや、あの、ちょっとタンマ。もしかして、クロちゃん…………連絡寄越してないの? 何も言ってないの? えっ、マジ?」

 優花が無表情で黙りこめば、それが返事だとウミネコも察したらしい。

 ウミネコは額に手を当てて「あー……」と気まずそうな声を漏らす。

 優花は強張った顔に無理やり笑みを貼りつけて、殊更明るい声を出した。

「やっぱ、フリークス・パーティが終わったら、私なんて用無しですもんね。うんうん、クロウだって、別に……会いたくない、ですよね……ははっ」

「いや、あのな、うん、えーっと……」

 珍しく言葉を選んでいる様子のウミネコに、優花はボソリと呟く。


「……クロウに言わなくちゃいけないことが、あるのに」


 気まずい沈黙の中、ウミネコはポリポリと頬をかいていたが、やがて腕時計に目を走らせ、口を開いた。

「この後さ、時間ある?」

「……? はい、大丈夫です、けど」

 優花がこくりと頷くと、ウミネコは伝票をヒョイと抜き取り、いたずらっぽく笑った。

「オレの職場、見てかない?」



 * * *



 ウミネコの仕事は、とある裕福な家のボディガードである。

 当然にその職場である家も立派なもので、大豪邸という程ではないが、歴史と趣きを感じさせる瀟洒な洋館だった。

 離れた場所から見ても美しかったが、近づいてみれば、鉄柵や窓枠にも凝った模様が施されていることが分かる。庭に見える緑の葉はきっと薔薇だ。冬の今は花をつけていないけれど、木々は自然と調和するように美しく整えられている。

 優花が今までに見てきた西洋建築物の中だと、一番雰囲気が似ているのはクリングベイル城だろうか。目の前の建築物は、流石に城と呼べるほどの規模ではないけれど。

「ここが、オレの雇い主の家」

 屋敷の裏側から、ウミネコは外壁伝いに正門へと歩いていく。優花はその後ろをついて歩きながら、思いついたことを口にした。

「もしかして……今の雇用主さんって、フリークス・パーティの関係者なんですか?」

「うーん、半分正解、半分不正解。この家は、フリークス・パーティにも修羅にも味方していない……いわば、中立の存在なんだ」

 中立ならば、フリークス・パーティの関係者とは言えないだろう。なのに、何故半分正解で半分不正解なのか。優花が首を捻っていると、ウミネコはあっさりとその理由を説明してくれた。

「クラーク・レヴェリッジの遺物の中にはさ、レヴェリッジの新当主としては手放したいけれど、歴史的価値がありすぎて、処分に困る物がいっぱいあったらしいんだよね。ちょっとオカルト寄りの蔵書とか」

 いらない物なら売るなり捨てるなりしてしまえばいい、と優花は思うのだが、事情はそう単純な物ではないらしい。

 売り払うにしても、フリークス・パーティ関係者に売るか、修羅関係者に売るかで、争いの火種になることもあるという。

「そこで、そーいう処分に困る品を買い取って代わりに処分したり管理したりしているのが、今のオレの雇用主ってわけ。世界中飛び回ったりもするわけよ」

「じゃあ、ウミネコさんも海外に行くことが?」

「そうそう、海外にも護衛でついていくことになるだろうね」

 彼の雇用主の家は、表向きは男性当主が日本国内で病院や学校などを経営し、裏で女性当主が世界を飛び回って、曰く付きの古物の管理をしているらしい。ウミネコの雇用主は、この女性当主の方というわけだ。

「でも、オレ、日本語以外はさっぱり分かんなくてさぁ」

「……う。私もです……」

 受付嬢になると決めた時、優花は主要取引相手の国の言語を学ぼうと決意したのだが、この主要取引相手が実にバリエーションに飛んでいるのである。

 まずは英語から……と思ったものの、優花の知識は高校の授業どまりだった。

 ボディランゲージと単語だけでなんとなく意味が通じてしまう美花が羨ましいことこの上ない。

 優花がそんなエピソードをボソリと零すと、ウミネコは「そりゃちょうどいいや」と手を打った。

「実はさ、最近優秀な後輩ができたんだ。英語、ドイツ語がペラペラで、中国語とフランス語とロシア語もちょっと分かるらしくてさ」

「へぇ、すごいですね!」

 素直に感嘆の声をあげれば、ウミネコはニィッと唇の端を持ち上げ、屋敷の角を軽やかな足取りで曲がる。

「一緒に英語教えてもらおうぜ。紹介するよ。オレの後輩」

 角を曲がればすぐのところに立派な門があり、そこに門番らしき黒服姿の青年が佇んでいた。

 鼻筋の通った白い横顔、透明感ある水色の目、カラスの羽のように艶やかな漆黒の髪……


「オレの後輩の、黒須ディートリヒ。通称クロちゃんでっす」


 白い横顔がハッと振り向き、こちらを見る。

 彼は最初はウミネコを見て訝しげな顔をしていたが、ウミネコの背後の優花に気づくと、水色の目を限界まで見開いた。

「……お前、なんで……」

 優花の足は考えるよりも先に動いていた。ウミネコの背後から駆け出し、懐かしい彼の元へ駆け寄る。

「ク、ロウ……」

 大した距離を走った訳でもないのに、息が切れる。

 大きく吐き出した息が白く曇り、驚いているクロウの顔を一瞬隠して、また露わにする。

「私、クロウに……どうしても言わなくちゃいけないことが、あるの」

 真剣な顔で言う優花に、クロウがコクリと唾を飲んだ。優花よりも白い頬が、動揺のためかサッと朱に染まる。

 ウミネコは気を利かせたようなしたり顔で、そろりそろりとその場を離れた。そんな彼の姿が曲がり角の向こう側に消えるより早く、優花は告げる。



「あんた……振込金額、間違ってる!」



 ウミネコが曲がり角の向こう側で、すてーんと転ぶ音がした。

 優花はトートバッグから通帳を取り出すと、パッと開いて該当ページをクロウに突きつける。

 クロウは頬を引きつらせて、眼前に突きつけられた通帳と優花を交互に睨んだ。

「……お前、それ、ここで言うか? 今言うか?」

「だって、お金のことはきちんとしなくちゃ……しかも、こんな金額!」

 クロウ名義で優花の口座に振り込まれた報酬金額は、最初にクロウが提示した金額の二倍である。

 レヴェリッジ家から振り込まれてきた見舞金だって、ちょっと目を疑うような額だったのに、クロウから振り込まれた金額はそれに匹敵するのだ。

 優花がこのままにはしておけない、と力説すると、クロウは黒手袋をした手を眉間に添えて、ゲンナリと肩を落とす。

「いいから、貰っとけ。迷惑料代わりだ」

「貰えるわけないでしょ! 寧ろ迷惑かけたのは美花なのに!」

 クロウは「いいから受け取れ」と繰り返すが、優花は一歩も引かない。

 二人が言い争う空気になると、地面であぐらをかいていたウミネコが深々と溜息を吐きながら立ち上がった。

「クロちゃん。今、門番の仕事中だよな? 先輩が代わってやるから、ちょっと休憩してきな」

「……オレは、別に……」

 ウミネコは口ごもるクロウの首根っこを掴むと、曲がり角の方へポイと雑に放り投げる。

「いいから行ってこいって。先輩命令」

 気が済んだら戻ってこいよ、と手を振るウミネコは、なるほど確かに先輩の顔をしていた。


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