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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
最終章「ハッピーリィ・エヴァー・アフター・アフター」
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【epilogue・3】笛吹男も知らないこと

 十一月に入った頃から、クリスマスカラーの飾り付けをチラホラと見かけたが、クリスマスまであと一週間を切った今は、街の飾りつけも一層華やかだ。

 それは移動販売店の里見ベーカリーも同様で、黄色いワゴン車には星型のステッカーが貼られ、カウンターには手のひらサイズの小さなツリーが飾られている。

「師匠ー、こんなもんでいいか?」

 草太はクリスマスリースを黄色ワゴン車に固定すると、車内で作業していたアンパン大使、もとい店長の里見穂香に声をかけた。

 穂香は段ボール箱を整理する手を止めると、ワゴン車の外に出てリースの位置を確認し「バッチリだな」と満足そうに頷く。

 十月半ば頃から、しばらくこの街では見かけなくなっていた里見ベーカリーだが、十二月に入って少しした頃に、黄色いワゴン車は公園に戻ってきた。

 この街を離れていた間は、都心に出張販売に行ったり、北海道の契約農家のところで小麦を仕入れたり、小豆の開発・研究をしたりと、なにかと忙しい日々を送っていたらしい。

 一方、草太はと言うと、彼自身は特に何かが大きく変わったわけではないのだが、姉達が大変だった。

 まず、上の姉の優花は、仕事先で大怪我をして入院沙汰になったのだ。

 草太は見舞いに行くと何度も言ったが、優花は「大したことじゃないから!」と言い張り、見舞いに来るのを断固として認めなかった。今は無事に退院して家に帰ってきている。

 そして驚きだったのが、二年近く行方不明になっていた二番目の姉の美花が、優花と一緒に帰宅したことだ。なんでも、姉の婿探しのために都会に出たが、姉と偶然にも再会し、なんやかんやで家に帰る流れになったのだという。この「なんやかんや」にどれだけの騒動が詰め込まれているのか、草太は深く考えないことにしている。

 それともう一つ。これは心の底からどうでも良いことだが、姉達は父とも再会したらしい。

 父は今、北海道で農家をしているらしく、一緒に暮らさないかという提案もあったが、如月四姉弟は満場一致で否決した。

 以下、父から北海道への移住を提案された如月四姉弟のリアクションである。


『熊に喰われてしまえ』

『田舎すぎて無理〜』

『馬っ鹿じゃねぇの、あの男』

『えっ……おとーさん……まだ生きてたの?』


 最後の若葉の一言が一番辛辣だった。

 そんなわけで、久しぶりに姉弟四人が揃った如月家では、今年は四人でクリスマスパーティができると、華やいだ空気になっていた。姉の出稼ぎのおかげで、家計にも少し余裕があるらしく、今年はお腹いっぱいクリスマスケーキとチキンを食べることができそうである。

「そうだ、弟子。これ持ってけよ」

 穂香は商品棚からラッピングされたシュトーレンを一つ掴んで、草太の手に乗せた。

 ドライフルーツやナッツ、マジパンなどをたっぷりと練り込み、雪化粧のように粉砂糖がまぶされている、少し平べったい縦長のパンだ。

「クリスマスの定番、シュトーレンだ。薄くスライスして、クリスマスの日まで大事に食べるんだぞ」

「えっ、まるごと一本丸かじりしちゃダメなの?」

「恵方巻か」

 穂香が半眼でツッコミを入れたその時、カウンターのそばに一人の男が近づいてきた。客だろうか。

 邪魔にならないように草太がカウンターから一歩離れると、その男は穂香に詰め寄って叫んだ。


「穂香っ! なんなのこの男!? オレというものがありながら、若い男に手を出すなんて……っ!」


 この男、と言って彼が指差した先にいるのは、他でもない草太である。

(どういう勘違いだよ!?)

 きょうびドラマの中でも滅多にお目にかかれないようなコテッコテの修羅場の予感に、草太は一歩後ずさった。

 ヒステリックに喚き散らしているのは、穂香と同年代の青年である。年齢は二十代半ばぐらいだろうか。ちょっと驚くほど美しい顔立ちの青年だ。線が細く、どことなく女性的な雰囲気すら漂っている。黙って座っていれば、よく出来た人形のように見えたかもしれない。

 そんな美貌の青年が、パン屋のカウンターで「オレというものがありながら!」と半泣きで騒ぎ立てるという状況に、草太はただただ困惑した。

(いや、ほんと、どういう状況だよ、これ……)

 ちらりと穂香の方を見ると、カウンターの中に引っ込んでゴソゴソとダンボールを漁っていた穂香は、青年をちらりと見て、マイペースに片手を上げた。

「おぅ、久しぶり」

「久しぶりすぎて泣けてくるよ! なんの音沙汰も無いと思ったら、フランス行ったり、アメリカ行ったり……」

「最近は北海道に行ったぞ。あっ、土産いるか?」

 穂香が個包装された菓子をスッと差し出すと、青年は鼻の頭に皺を寄せ、首を横に振った。

「いらない。それより、穂香の作ったパンが食べたい。クロワッサンのサンドイッチ」

「お勧めはアンパンだぞ」

「やだ、オレ、あんこ嫌いだもん」

 穂香はむぅっと唇をへの字に曲げ、それでも黙々とパンを袋に詰める。

 その様子を眺めながら、青年はぶつぶつと愚痴を零し始めた。

「まったく、最近は踏んだり蹴ったりだよ。色々根回ししてさ、やっとお目当てのものが手に入るかと思ったら邪魔が入るし、バケモノどもがやりたい放題だし、トラックには轢かれそうになるし、オレはただ穂香と静かに暮らしたいだけなのに、久しぶりに会いにきた穂香はオレのことなんか忘れて、若い男とイチャイチャしてるし」

 彼の愚痴は半分以上が意味不明だが、草太はとりあえず最後の誤解だけは訂正しておくことにした。

「あのぉ……オレは、ただのバイトなんですけど……」

「はぁ? なに? オレ、生きてる人間嫌いだから話しかけない、で…………っ!」

 草太をギラリと睨んだ青年の顔が、どういう訳かみるみる青ざめる。

 青年は限界まで目を見開き、死にかけの魚のように口をパクパクさせた。

「な、なな、なんで、ここに……」

「へっ?」

「まさか、ハヤブサがオレを牽制するために? ……それとも、サンドリヨン……いや、賢しいオデットが……それともカーレンが……?」

 青年は草太からジリジリと距離を開けつつ、フードを目深に被り直した。まるで、逃走中の指名手配犯のような怪しさである。

 どう声をかけたものかと草太が悩んでいると、穂香がカウンターからヒョイと顔をのぞかせた。

「ほい、クロワッサンサンド。あと、新作の試作品も入れておいたぞー」

「……オレ、もう行くから」

 青年は小銭をトレイに乗せると、コートの裾を翻して脱兎の如く走り去ってしまった。

 草太はポカーンとした顔でその背中を見送り、恐る恐る穂香に問う。

「えーっと、今の……師匠の恋人?」

「うんにゃ、幼馴染」

 穂香はカウンターに頬杖をついて、遠ざかっていく幼馴染の背中を見送る。

 そうして、切なげな溜息を吐いてポツリと呟いた。

「あいつ、アンパンが嫌いなんだ」

「そう言ってたな」

「だから、あいつが『美味い!』って言ってくれるアンパンを作るのが、私の目標なんだ」

 そう言って穂香はカウンターの下から小さな包みを取り出す。透明なビニールに包まれたそれは、可愛らしい小鳥の形のパンだ。

 穂香はそれを、草太が持っているシュトーレンの上にそっと乗せた。

「新商品の試作品。北海道の契約農家の小麦粉、砂糖、ミルク、バター、そして小豆と、素材に徹底的にこだわったアンパンだ」

「結局アンパンかよ。でも、なんで鳥の形してんの?」

 里見ベーカリーには他にも数種類のアンパンがあるので、他のアンパンと差別化をするためだろうか。

 草太が不思議に思っていると、穂花は人差し指をピンと立てて左右に振った。

「商品名が『インゲル』だからな」

「……インゲル? 何それ」

「知らないのか? アンデルセン童話だ」

 草太の姉達はグリム童話やアンデルセン童話が好きで、よく絵本を読んでいたけれど、草太は読書よりも体を動かすことの方が好きで、あまり本を読まなかった。

 正直、グリム童話とアンデルセン童話の違いすら、よく分かっていない。

 草太が首を捻っていると、穂香は豊かな胸を張って得意げに言った。

「パンを粗末にしてバチが当たった娘が、後に改心して鳥の姿になり、アンパン大使としてアンパンの素晴らしさを世界中に広める話だ」

「絶対嘘だろ、それ」

 少なくともアンデルセン童話にアンパンは出てこない。絶対出てこない。

 まぁ、エピソードがなんであれ、パンが美味しそうなのは間違いないので、草太はありがたく受け取っておくことにした。

「ありがと、師匠。今夜は姉ちゃんいないし、夕飯がわりに食べるよ」

「うん? 姉ちゃんいないのか?」

 首を傾ける穂香に、草太は複雑そうな顔でボソボソと答えた。


「……姉ちゃん、今夜は………………デートなんだって」

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