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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第17章「十二番目の娘の願い」
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【17ー14】〈女王〉の報復

 クロウを全力でぶん投げたウミネコは、肩をぐるぐる回しながら陽気に口笛を吹いた。

「ナイッシュー、オレ。よしよし、今の技を『人間カタパルト』と名付けよう」

 人間おろし金、人間くるみ割り人形に続く、物騒極まりない必殺技である。

 グリフォンはゲンナリした顔でウミネコを押し退け、室内に駆けこんだ。

 途中、ジャバウォックとエリサの二人がグリフォンの視界に入る。言いたいことは山ほどあったが、今はそれよりも優先することがあった。

 グリフォンはアリスと〈女王〉の元へ駆け寄る。椅子に拘束されていたアリスは泣きそうな顔でグリフォンを見上げた。

「……おじ、さん」

「男が泣くんじゃねぇよ。もう大丈夫だ」

 アリスと〈女王〉を解放してやりたいが、二人は金属製のベルトで手首を固定されている。素手で破壊するのは難しいだろう。

「おぅ、ウミネコ! 手伝えや」

「ほいほい」

 ウミネコが拘束具をグイッと引っ張れば、金属が歪むことはなかったが、固定具のボルトがシャンパンの蓋のようにポンと軽い音を立てて外れた。

 解放されたアリスは、立ち上がると視線をエディとサンドリヨンの間で交互に彷徨わせる。

 囚われていた兄との再会を喜びたい気持ちと、サンドリヨンを心配する気持ちの間で揺れているのだろう。

 グリフォンはアリスの肩を軽く叩いて、エディの方に顎をしゃくった。

「お姫様との感動の再会はクロウに譲ってやれ。お前は、兄貴との再会を喜んでいいんだよ」

 アリスは泣きそうに顔を歪めて一度だけ頷くと、一目散にエディの元へ駆け寄った。

「エディ! ……エディ〜〜〜〜〜っ!」

 アリスはエディの体に顔を埋めてわんわんと泣きじゃくる。

 エディはやはり虚ろな声で「ありすありす、ありす」と繰り返していたが、アリスの頭をそっと撫でる手は、間違いなく弟想いの兄の仕草だった。



 * * *



 ウミネコは破壊した拘束具のネジを拾い上げ、指の力だけでグニグニと折り曲げる手遊びをしつつ、ジャバウォックとエリサに視線を向けた。

 ジャバウォックはいつもと変わらぬ眠たげな目で、それでも油断なく周囲の様子を伺っている。この男はいつだってそうだ。

 執着も未練も失った熱の無い目で、それでも常に何かを探し続けていた。

 それがきっと、ジャバウォックが背中に庇っている少女なのだ。

「よっ、エリサちゃん。おひさ」

「……あなたは、どこまで知っていたんです?」

 ジャバウォックの背に庇われたエリサが、暗く虚ろな目でウミネコを見る。

 ウミネコは、エリサとペアを組んでいた時と変わらぬ口調でケロリと答えた。

「知ってたって、エリサちゃんの事情のこと? なーんにも知らないよ。だって、興味ないもん」

「…………」

 ウミネコはエリサの事情を知らない。ただ、それなりに察しの良いウミネコは、エリサがこの場にいて、かつ裏切ったジャバウォックが庇っているという状況を見ただけで、凡その事情は想像できた。

「少し考えりゃ誰にだって分かるさ。『愚かな騎士に制裁を、哀れな姫に救済を』……そんなこと言うやつの目的なんて、姫を殺された奴の復讐に決まってんじゃん」

 ウミネコは率先して姫殺しをしたりはしないが、戦闘に夢中になっている間に自分の姫が殺されていたことはある。それと、自身が大暴れをしてそれに姫を巻き込み、怪我をさせたことも。

 それに対してウミネコは「悪いことをしたなぁ、可哀想になぁ」と思いこそすれど、罪悪感を抱くことはない。

 彼女達が死んだのは弱かったからだ。弱い生き物は淘汰されていく。ただそれだけのことにウミネコは罪悪感なんて抱かない。守れなかったことを悔いたりもしない。行きずりの姫に執心し、心を寄せるような感性をウミネコは最初から持ち合わせていない。

「オレが死なせた姫の中に、エリサちゃんの身内はいた?」

「……転落死した、ラプンツェル」

 エリサが絞り出した言葉に、ウミネコは「……あぁ」と昔日を懐かしむような声を漏らす。

「覚えてる。何年か前にペアを組んだ髪の長い綺麗な子だ。合流できないまま、ギミックで殺された」

 ペア・バトルでは姫と離れた配置にされることがしばしある。そうして姫と合流できないまま、姫がギミックで殺されるというのは珍しいことではなかった。

 ラプンツェルがそうだ。ギミックで高所に吊るされた彼女を、ウミネコは助けることができなかった。敵の騎士を探して迷宮を彷徨っている間にギミックのロープを敵に切られて、哀れラプンツェルは転落死。

 ウミネコは戦闘すらできぬまま、敵の騎士に姫を殺されて敗北した。

 そんなウミネコとペアを組んだエリサは、共同生活の中でどれほどの殺意と憎悪を押し殺してきたのだろう。

 きっと、マンションの屋上に立つウミネコの背中を、突き飛ばしてやりたいという衝動に駆られたこともあったはずだ。無防備に寝ているウミネコの首を絞め殺したいと思ったこともあっただろう。

「別に復讐を否定はしないよ。したけりゃすりゃいいじゃん。オレだって、身内殺されたらぶち切れるもん。ただ、大人しく殺されてやるつもりはないし、オレの前に立ち塞がるんなら、潰すぜ」

 エリサはギリィッと音がするほど強く歯軋りをすると、軋む歯の隙間から低く呻いた。

「……転落死した姉の、グチャグチャに潰れた遺体を見て……あなたは、何を思いましたか」

 愚かな質問だと、ウミネコは哀れみの目をエリサに向ける。

 例えここで、ウミネコが「心から悔やんでいる」と言ったところで、エリサの心が満たされることはないのだ。

 ……だからこそ、ウミネコは正直に答えた。

「死んじまって可哀想だなぁ、以上の感情は抱けないよ、オレは。ジャバのとっつぁんみたいに、罪悪感に苛まれる、まともな神経なんて持ちあわせちゃいないんだ」

 例えウミネコがエリサに拷問にかけられても、きっと懺悔も後悔もできないだろう。なぜなら、ウミネコはそういう「バケモノ」だから。

 それの何がいけないのか、何が間違っているのか、どんなに言葉を尽くして語られたところで、理解はできても共感はできない。

 エリサはノロノロと右手に銃を握る。だが、彼女はその銃口をウミネコに向けず、銃を握る手をダラリと垂らした。

「あなたは、ここで私に殺されてくれますか?」

「うーん、エリサちゃんがナイスバディーの良い女で、何回か寝た後でだったら、殺されてたかもなー」

「……なんですか、それ」

「オレが『殺されてもいい』って思えるぐらいの良い女になったら、五年後ぐらいに再チャレンジしなよ」

 エリサは薄まることのない憎悪に満ちた目でウミネコを見据えていたが、やはり、銃を構えようとはしなかった。それどころか、今のエリサは酷く注意力が散漫になっている。

 ウミネコと話している間も、彼女はチラチラと床に倒れているサンドリヨンの方を気にしていた。

 サンドリヨンを完全に踏みにじれなかった時点で、エリサの復讐は詰んでいたのだとウミネコは思う。

(エリサちゃんは、サンドリヨンちゃんの元に駆け寄りたそうにしてるけど……もう少しオッサンの相手をしてもらおうかな)

 どんぐり眼をくるりと動かせば、サンドリヨンをクロウが抱き起こしているのが見えた。

 クロウの体はもう限界に近い。今のクロウが動き回ることができるのは、途中立ち寄った実験室で偶然見つけたモルヒネのおかげだ。激痛を一時的に麻痺させているだけで、体の崩壊は加速度的に進んでいる。

 もう、クロウに残された時間は少ないのだ。



 * * *



 足に銃弾を撃ち込まれた時は、全身が発熱しているかのようにじっとりと熱かったのに、今は体がやけに冷たい。血を流しすぎたせいだろうか。

 目を開けることすら億劫で、油断すると目蓋が落ちそうになる。

 それでも、霞む目を無理矢理持ち上げると、クロウと目が合った。

「……サンドリヨン」

 クロウは丸めたハンカチで優花の腹の傷口を押さえ、それを覆うように自身の上着を上から巻いた。

 上着を脱ぎ、シャツ一枚になった彼の首回りは、不自然に羽が剥がれている。今も、少し身動ぎするだけでポロポロと羽が抜けて床に散った。

「……ク、ロ…………羽、が……」

「人の心配してる場合か、馬鹿」

 クロウは苦笑しながら毒づいて、優花の体を抱き上げた。

 そうして、消えそうな声でポツリと呟く。

「……良かった……会えて」

 クロウは泣き笑いみたいな表情を浮かべていた。どうして、そんな顔をするのだろう。

 その時、クロウの背後で物音がした。

 優花が注意を促すより早く、クロウが反応する。彼が振り向いた先では、頭を穿たれたツヴァイが、フラフラと手を彷徨わせながら、それでも確かな足取りで立ち上がるところだった。

 目が完全に潰れるほど大きく穿たれた顔の穴からは、ぼたぼたと脳の残骸や体液らしき物が流れ出し、辛うじて原型を留めている鼻筋から白い顎を伝って落ちる。

「あぁ、あぁ、なんて酷いことを。ツヴァイが死んでしまったじゃないか」

 少女の唇が、悲痛な声で嘆く。

 この少女人形の体には二つの人格が宿っていた。脳の部分にはツヴァイが、そして機械部分の記憶領域にクラークの人格が。

 クロウの槍は脳に宿るツヴァイの人格を殺したが、それでもまだクラークの人格は生きているのだ。


「可哀想なツヴァイ。この子は、星から降り注ぐ両手に持ちきれないほどの銀貨を手に入れるだけの資格があった。それだけの優しい心を持っていたというのに……あぁ、きっときっと私が蘇らせてあげようね。お前の魂の記録はまだ残っている。またやり直そう。何度でも、何度でも、あの日から」


 ベラベラと語り出したクラークに、場の空気が凍りつく。

 まだ生きていた。死んでいなかった。

 クロウが、ウミネコが、グリフォンが、アリスが、ジャバウォックが、エリサが、各々身構え武器を握りしめる中、クロウに抱かれた優花は見た。

 〈女王〉がその手にはめていた手袋を外す。繊細なレースに縁取られた手袋の下から現れた手は、クロウの鳥の手によく似ていた。漆黒ではなく薄茶の鱗に覆われ、鋭い爪を生やした手だ。

「お兄様」

 〈女王〉の一言は、決して大きくないのによく響いた。

 クラークは目が無くともその状況を把握しているのか、〈女王〉の方に穴の開いた顔を向ける。愛しい妹に呼ばれたためか、少女人形の唇には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

「なんだい、私の可愛いシャーロット。あぁ、そういえば背中の羽はどうしたんだい? あんなに美しかったのに、もしかして切り落としてしまったのかな? あぁ、もしかして違う羽が良かったのかな? それなら今度はもっと美しく立派な羽をつけてあげようね」

 弾む声でペラペラと喋るクラークに、〈女王〉は無表情のまま、ふぅっと息を吐く。

「……ねぇ、お兄様。当時のあたくしが言語化できなかった気持ちを、あたくしの半分も生きていない小娘が、的確に表現していましたの。それを今この場で、お兄様にお伝えいたしますわ」

 そうして今の今までずっと無表情の仮面を貼り付けていた彼女が、その美しい顔に初めて晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、告げる。



「『妹に鳥の羽つけて、天使みたい〜はキモすぎてドン引き』……でしてよ、お兄様?」



 空気が、凍った。

 顔の上半分を失った少女人形は、それでも動揺しているのは誰の目にも明らかだった。半開きになった唇がわなわなと震えている。

「シャーロット、もしかして怒っているのかい? あぁ、もしかして鳥じゃなくて別の生き物が良かった? それならお前が望むようにしてあげ……」

「あたくしは、ずっと後悔していましたの……死ぬタイミングを見誤ったことを。本当なら、この醜い姿になった時に……」

 〈女王〉はそこで言葉を切り、己の心臓の上に手を当ててゆるゆると首を横に振った。

 今もなお鼓動する心臓は、本来の彼女の物ではない。

「いいえ、本当は心臓の病になった時に、あたくしは死ぬべきだった。お母様を犠牲にして生き延びるべきではなかったのよ」

「そんな悲しいことを言わないでおくれ、シャーロット。そんなことを言われたら、私は悲しみで胸が張り裂けてしまうよ」

 芝居がかった仕草と口調で大袈裟に悲しんでみせるクラークに、〈女王〉は「そう」と冷めた相槌を打ち、己の胸に鋭い爪を押し当てる。


「……それなら、その胸が張り裂けるほどの絶望を思い知るがいいわ」


 ぞぶり、と皮膚が裂け、肉を抉る音をあげ、〈女王〉シャーロット・レヴェリッジの爪は、自身の心臓を貫いた。

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