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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第17章「十二番目の娘の願い」
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【17-10】ご挨拶

 イーグルの拳が、また一つ異形の頭を粉々に砕く。でたらめに拳を振り回していても、彼ほどの力があれば、異形の破壊は難しくなかった。

 だが、数が多い。疲労の蓄積した体は少しずつ動きが重くなり、敵の攻撃に対する反応も遅くなる。

 何より、目がろくに見えていない状況で戦う彼は、常に神経を研ぎ澄ませていなければならなかった。僅かな音で、風の動きで、敵の位置を把握するというのは、いかに天才と言われる彼でも容易いことではない。

(あと、何体いる?)

 霞む視界で影が動いた。少なくとも、まだ二体はいる。

 攻撃する手を止めるわけにはいかなかった。目が見えていない今の彼は、敵の攻撃を回避することが難しい。だから、常に攻撃する側に回らなくてはいけない。

 だが、自分の左側で微かな音がした時、イーグルはそれが何なのかを理解できず、攻撃が遅れた。

 風と風の隙間を縫うようにイーグルの腹を穿ったのは、海亀が握る細身剣。

「…………くっ、はっ……」

 こぷり、と血を吐きながらイーグルは後方に跳ぶ。イーグルが立っていた場所を異形の太い腕が通り過ぎた。あと少し回避が遅れていたら、間違いなく壁に叩きつけられていただろう。

 イーグルは口の中に溜まった血を吐き捨てて、脇腹の傷に手を添える。

「……そういえば、君は元騎士だったらしいね、審判さん? 名前は……そうだ、ロビン。レイピア使いのロビン。ライチョウに敗北して、引退、したのだったっけ?」

「えぇ、仰るとおりです」

 海亀はずれた白い仮面をかぶり直し、手元の細身剣を見つめて苛立たしげに呟く。

「私の武器が細身剣でなければ、ライチョウに勝てていたかもしれない……私の姫を、死なせずに済んだかもしれない」

 細身剣による刺突攻撃は強力だが、特殊合金でできたサイボーグとは相性が悪い。

 特にライチョウは、頑丈さには定評のあるオートコパール社のサイボーグだ。細身剣ではダメージを与えることすら叶わなかっただろう。

「私は、あの時死ぬ筈だったんです。けれど、私の姫……ウェンディに生かされたこの命。自ら絶つなど、できるはずがない」

 ロビンは本来、ライチョウに殺される筈だった。だが、ロビンの姫ウェンディが身を呈してロビンを庇い……そして、自らの命を絶つことで、試合を終わらせ、ロビンの命を救った。

「だから、この命をウェンディの妹である〈十二番目の娘〉のために、使うことにしたんです…………私も、ジャバウォックさんも」

 ようやく〈クラークの後継者〉達に感じていた違和感の正体が見えてきた、とイーグルは呼吸を整えながら考える。

 〈クラークの後継者達〉は本来、クラークを慕う者、或いはクラークの研究成果を欲している者達の集まりだ。

 だが、〈十二番目の娘〉の目的は違う。

 恐らく〈十二番目の娘〉は、不老不死に目が眩んだフリをして〈クラークの後継者〉一味に潜り込み、彼らに協力しながら、機会を待っていたのだ。


 ……蘇ったクラーク・レヴェリッジに復讐する機会を。


(それなら、観客達を巻き込んだのも、姫達に危害を加えないよう徹底していたのも頷ける)

 フリークス・パーティで姉を喪った〈十二番目の娘〉は、フリークス・パーティに関わるあらゆる者を憎んでいる。

 運営するレヴェリッジ家も、姫を殺した騎士達も、姫の死を笑った観客も。

 唯一の例外が、常にフリークス・パーティの犠牲者側であった姫だ。だから〈十二番目の娘〉は姫に危害を加えないようにした。

 海亀が優花だけは逃すと言ったのも、それが理由だろう。

 イーグルはふぅっと息を吐き、霞む目を閉じた。光が閉ざされた世界では、いつだって彼の腕白なお姫様が笑っている。

「復讐の虚しさを、君に説く気は無いよ。ただ、僕には勝ち取りたい未来がある。だから、その障害である君をそのままにはできない」

「……その目、もう殆ど見えていないのでしょう? それなのにここまで戦えるなんて、やはり貴方は恐ろしい」

 海亀の気配が動く。彼は細身剣でイーグルを牽制すると見せかけて、イーグルの横をすり抜けて隠し扉へ向かった。追いかけようとした瞬間、背後から衝撃。異形の一体に背中を殴られたイーグルは、壁に叩きつけられ、ずるりと床に崩れ落ちる。

 隠し扉を開ける音が聞こえた。海亀が扉の向こう側に行こうとしているのだ。

 立ち上がろうとするイーグルに、海亀は静かな声で告げる。

「あなたに恨みはないけれど……あぁ、でも私はあなたの強さが妬ましい。さようなら、最強のフリークスさん」

 ズゥンと重い音を立てて扉が閉まる。

 追いかけなくては。海亀は優花に危害を加えたりはしないだろうけれど、それでも放置するのはあまりに危険すぎる。

 だが、壁際で這うイーグルの元に、残った異形が群がり始めた。その一体がイーグルの頭を鷲掴みにして、持ち上げる。

 イーグルの頭を覆うほど巨大な手は、それに見合うだけの凶悪な握力を持っており、イーグルの頭蓋が軋む。食い込んだ爪が皮膚を破り、血が頬を、首筋を伝う。

「……っ、ぐ……」

 まだだ、こんなところで死ぬ訳にはいかない。

 自分は絶対に生き残って……幸せに、ならなくてはいけないのだ。ヒナミやイオナ達の分も。

 衰弱した体を叱咤し、己の中にある全ての力を振り絞って異形の腕を握りつぶそうとした、その時。



「夏祭りスペシャル! ナイアガラ百連発!!」



 ドゴンドゴンドゴンという小刻みな殴打音が遠くから聞こえた。音は次第に大きくなり、それに合わせて異形の断末魔が響く。

 イーグルを鷲掴みにしていた異形もまた、ブキュッという頭の潰れる音を最後に、イーグルを手放した。

「どうじゃあ! 頭上から降り注ぐ拳の雨は、花火大会のクライマックス、ナイアガラの滝の如く! 今思いついた新必殺技じゃぁ!」

「きゃあ! ダーリン素敵ぃ!」

「ちなみに、それは本当に百発打っているのですか?」

「知らん! 適当じゃい!」

 腹の底から響くような男の声と、甘ったるい妙齢の女の声、そして可愛らしい少女の声。

 少女の声の方は、何度か聞いたので覚えている。

「……ヤマネ君、かな?」

「はいなのです。シャーロットお嬢様の侍女ヤマネ。遅ればせながら馳せ参じましたのです」

 ヤマネは小柄な少女の筈だが、その声は随分と頭上高くから聞こえた。イーグルが床に座り込んでいることを差し引いても尚、高い。

 首を上に持ち上げれば、霞む視界に異形達に劣らぬ巨体が見えた。その肩に小さな影が見えるから、ヤマネは誰かの肩に乗せられているのだろう。

 その横に、男より華奢な影が見えるから、こちらがもう一人の女だ。

「手酷くやられたわねぇん。あぁ、折角の筋肉がズタボロに……でも、安心して。筋肉は痛めつけて痛めつけて痛めつけられた後に、更なる強靭さをもって蘇るのよ、不死鳥のように何度でも」

「…………」

 その強さ故に医務室と無縁のイーグルは、目の前の女性が医務室の人間だとすぐには気づかなかった。

 女はひととおり傷の具合を確かめ、そのついでにセクハラ紛いの手つきで腹筋やら胸筋やらを撫でてから、キリリと医者らしい声で言う。

「腹部の刺し傷は内臓には達してないわ。マッスルに救われたわね。これからも腹筋を続けなさい」

「……失礼だけど、どちらかな? 生憎と、視力に異常をきたしているんだ」

「アタシのことは、さすらいのマッスルハンターと呼んで頂戴」

 できれば、他の呼び方を教えてほしいところである。

 これ以上彼女と会話をしても、有益な情報を得るのには時間がかかりそうだと判断したイーグルは、もう一人の大男の方を見た。

「……あなたは?」

「わしゃあ、ハヤブサ。フリークス・パーティのお祭り男とはワシのことじゃい」

(……ハヤブサ? あぁ、思い出した。カラス君に負けた、元最強の……)

 ハヤブサと名乗った男の影が、ずいっとイーグルに近づく。ふんす、という鼻息が目の前で聞こえた。

 フリークス・パーティ中はピジョンと名乗り、鳥頭のマスクをかぶっていたはずだが、今はマスクはかぶっていないらしい。

「お前さんは……アレじゃな、覚えとるぞ。美花のボーイフレンドの」

「美花さんをご存知で?」

「娘じゃ」

 これに驚いたのは、イーグルだけではなかった。

 ハヤブサの肩の上で、ヤマネが「ふぇぇぇぇぇっ!?」と悲鳴じみた声をあげる。

「ははは初耳なのですよぅっ!? じゃ、じゃあ、サンドリヨン様も……っ!?」

「おぅ、うちの長女じゃ」

 イーグルは見えない目もなんのその、電光石火の速さで居住まいを正した。

「初めまして、優花さんの友人の宮越翔と申します。彼女には子供の頃、大変お世話になりました。今も親しくお付き合いをさせていただいております」

 そう言ってイーグルは礼儀正しく頭を下げた。

 それはもう、誰が見ても好青年のような爽やかさで。



 * * *



 優花はスカートを裂くと、太腿の傷をきつく縛った。

 幸か不幸か銃弾は完全に貫通している。骨に異常も無さそうだが、立ち上がるとそれだけで傷口がずくずくと熱を持って疼いた。

「ふぬぅぅぅぅぅう……」

 優花はエリサが残していったカンテラと匂い袋を握りしめ、岩肌に手をつきながら右足を引きずるように歩きだす。

 泥と血で汚れた顔には、病的な汗が滲んでいた。

 体が熱い。撃たれたのは足の筈なのに、その傷口の熱がじんわりと全身を蝕んでいるかのようだ。

「……ふぅっ…………ふぅっ……ぅぅぅぅぅうう」

 武器になりそうな物を入れた鞄は取り上げられていたが、エリサはポケットの中を見落としていたらしい。

 優花のポケットには、ハッターの遺体から見つけた鍵が残っている。

 この鍵が、どこの鍵かは分からない。最悪、ハッターの自宅の鍵なんていう酷いオチが待っているかもしれない。

 それでも優花は一縷の望みにかけた。

 優花が目を覚ましたのは洞窟の入り口付近。以前、アリスと探検した時に出入りした辺りだ。

 エリサの消えていった方向を追いかければ、見覚えのある少し開けた空間が見えた。猫のバッチが落ちていた場所だ。

 そして、優花から見て右側の通路から誰かが出てくる。優花は岩陰に隠れて様子を伺った。通路を出てきたのは海亀だ。

 海亀がここにいるということは、イーグルはどうなったのだろう?

 優花はこみ上げてくる不吉な考えを振り払い、海亀の様子を伺った。海亀は三つに分かれた道の真ん中へと進んでいく……あれは、実験室のある道だ。

 優花は海亀の姿が完全に見えなくなったのを確認し、自身も真ん中の道へ進んだ。そうすれば、実験室へと続く隠し扉が見える。

 さっきはこの隠し扉を開けて実験室に入ったところで、閉じ込められて、ガスで眠らされたのだ。

(閉じ込められた時、扉は……自動で閉まったみたいだった)

 そうっと扉を開けて中を覗き込めば、研究室内に海亀の姿はない。

 優花は手頃な大きさの石を扉の隙間に置いて、扉が勝手に閉まらないようにした。これで、またガスのトラップを仕掛けられても退避できる。

(……イーグルは、言ってた、棚の後ろ、隠し扉、ある、って)

 朦朧とする意識の中、優花は必死で足を動かして前へと進む。

 今は誰も監視していないのか、或いは優花など取るに足らないと思われているのか、ガストラップが発動する気配はない。

 優花は薬品棚にもたれると、そのままぐっと左足だけで踏ん張って、棚を押した。足元にレールのついた棚は、一度動き出せば案外スムーズに動き出す。

「……あった、隠し、扉……」

 優花はポケットから取り出した鍵を握りしめ、祈るような気持ちで鍵穴に差し込む。

(……お願い、動いて)

 熱のこもったじとりと熱い手の中で、銀色の鍵がカチリと音を立てて回った。

 優花はこくりと唾を飲み、この隠し扉の隙間にも石を置いて、自動で閉まらないようにしておく。

 ここから先は、イーグルも知らない未知の領域だ。

 だが、きっと、この先にクロウ達がいる……それに、エリサも。

(……待ってて)

 自分に何かができるなんて、思っていない。

 エリサを説得する気の利いた言葉だって、何一つ思い浮かばない。

 それでも、行かなくてはと優花は思ったのだ。



 このまま何もせずに日常に戻ったら、ハッピーエンドなんて掴めない。


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