【17ー9】イラクサを編んだ姫
『新入り、お前は何のキメラなんだ? ……鳥のキメラ? ははっ、鳥なんかがまともに戦えるわけないだろう! きっとお前なんて、フリークス・パーティで真っ先に死んじまうんだろうさ!』
……懐かしい夢を見た。
クロウがまだキメラ化の手術を受けたばかりだった頃、グロリアス・スター・カンパニーにはクロウ以外にも人型のキメラが複数人存在した。そのいずれもクロウより年上で、とても強かった。
クロウは一番弱かったので、彼らはいつもクロウのことを馬鹿にした。
彼らの境遇はクロウとさほど変わらなかったので、もしかしたら仲良くなれるだろうかなんて、初めのうちは期待していたのだが、その期待は全く実ることはなかった。
彼らにとってクロウは、同じ生き残りレースに放り込まれた存在。互いに高め合うライバルではなく、蹴落とすべき競争相手だ。
だから、彼らは自分以外のキメラを敵視していたし、隙あらば蹴落とそうと嫌がらせをしてくることもあった。
いつだったか、クロウは月島から与えられた薬を紛失したことがある。キメラの生命維持に薬は絶対に必要で、毎日欠かさず服用しなければいけなかったのに。
まだ幼かったクロウは途方に暮れて、月島に縋りつき、何度も何度も謝った。
……ごめんなさい、ごめんなさい、おねがいです、みすてないでください。
泣きじゃくりながら謝るクロウに、月島はまるで母親が我が子に向けるような優しげな笑みを向けて言った。
『そうかい、安心するがいい。ちゃんと新しいお薬をあげよう。もう、無くしてはいけないよ?』
そう言って月島は、泣きじゃくる子どもに飴を与えるかのように、クロウの手に薬を握らせた。
次の日、クロウに意地悪をしていたキメラの一人が死んだ。
クロウに意地悪をして薬を隠したそのキメラは、自身の延命のために必要な薬を全て月島に取り上げられ、訓練室に放置されたのだ。
薬を与えられず苦しむ彼に、月島は容赦なく戦闘訓練用の獣型キメラをけしかけた。
『ほぅら、頑張りなさい。あと三十体殺したら、きちんとお薬をあげるからね』
月島は楽しそうに笑いながら、次から次へと獣達を訓練室へ解き放つ。
クロウに意地悪をしたその少年は、ワニのキメラだった。彼はもがき苦しみながら、それでも生き残ろうと懸命に戦ったが、やがて呼吸ができなくなったのか、喉を抑えながら痙攣しだした。
ただでさえ青白かった皮膚から血の気が完全に消え失せ、真冬に裸で外に放り出されたかのようにガタガタと震えていたのを、クロウは今でも覚えている。
『……いやだ、いやだ、しにたくない、だれか、たすけて!』
ヒゥヒゥと掠れた呼吸の合間に彼はそう叫んでいた。その手は喉を強く掻き毟り、血の滲んだ首が痛々しい。
やがて彼は叫ぶことすらできなくなると、白い泡をふきながら床を転げ回り……まだ辛うじて生きていたにも関わらず、全身を獣のキメラに食われて、死んだ。
クロウはただただ恐ろしくて、真っ青になって震えながら、その惨たらしい光景を見ていることしかできなかった。
口元を手で覆ってカタカタと震えるクロウに、月島は甘ったるい声で囁く。
『ねぇ、クロウ。お前もあぁなりたいかい?』
いやだ、いやだ、と首を横に振れば、月島はニコリと微笑みながら言った。
『だったら、これからも私の期待に応えておくれ。クロウ』
* * *
霞む視界に見える床の色は、グロリアス・スター・カンパニーの訓練室の床の色に似ていた。対戦相手に這いつくばらせられる度に目にしてきた床の色だ。
(……ここは、グロリアス・スター・カンパニーなのか?)
はやる心と裏腹に、思考が上手く働かない。血の巡りの悪い頭に苛々しつつ、クロウは自分がここに至るまでの経緯を思い出す。
フリークス・パーティ決勝戦、落とされた地下室と、そこに繋がっていた人工的な洞窟。そして、その奥にある実験室……そうだ、自分はあの実験室に閉じ込められ、ガスを吸わされたのだ。
クロウはゆっくりと起き上がり、辺りを見回した。
灰色の壁と床の窓一つない部屋は、天井に監視カメラが複数設置されている。部屋には重々しい鉄の扉が一つ。
そこは嫌になるぐらい、グロリアス・スター・カンパニーの訓練室と似ていた。だが、全く同じというわけではない。クロウが知る訓練室よりもずっと手狭だし、ギャラリー専用のガラス窓は無い。
クロウのそばには、ウミネコとグリフォンが倒れていた。
クロウも彼らも特に拘束はされていなかったし、武器も取り上げられていない。クロウのすぐそばには、愛用の槍が置いてある。
「……サンドリヨン?」
クロウは強張った声で、己の姫の名を舌に乗せた。だが、返事は無い。
「おい、サンドリヨン! どこだっ、サンドリヨン!」
クロウの声に反応し、ウミネコとグリフォンが呻き声をあげて、起き上がる。
二人ともクロウ同様に現状を把握できていないらしく、困惑顔で周囲をキョロキョロと見回していた。
「クロちゃん、おっはー。今何時?」
ウミネコの言葉に、クロウはハッとする。決勝戦の後、地下に落とされてからずっと時間の感覚が麻痺していた。
(……決勝戦が始まったのが昼過ぎ、それが終わって、地下に落ちて、迷宮歩いて……とっくに日は暮れてそうだな。下手すると日付変わってんじゃねぇのか、これ?)
問題は自分がガスで眠らされてから、どれだけ時間が過ぎているかということだ。
クロウが最後に薬を飲んだのは、決勝戦前日の夜八時前後。
薬を飲まずに自分の体がどれだけ保つか、正確な時間は分からないが、およそ三十時間が限界だとクロウは考えている。
(現時点で体に目立った異常はない。目眩がするのは睡眠ガスの影響だろう……)
しかし、日付が変わって夜が明けたら……あとは衰弱し、死に向かうのみだ。
『やぁ、おはよう、クロウ。といっても、今はもう夜なのだけどね』
頭上のスピーカーから聞こえるのは、案の定月島の声だった。
クロウは監視カメラ越しに自分達を観ているであろう月島に届くぐらい、大きな舌打ちをする。
スピーカーから、クスクスと笑い混じりの吐息が聞こえた。
『よくここまで辿り着いたねぇ。正直、kf-09nを飲んでいないお前では、決勝戦でイーグルに殺されてしまうと思っていたよ』
どんな悪態をつけば、月島の気分を害することができるだろうかとクロウは真剣に考えた。
だが、きっと月島はクロウが毒づくほど、楽しそうに笑うのだろう。この女は、人の神経を逆撫でするのが抜群に上手い。
クロウが剣呑な顔をしている横で、まだ眠たげなウミネコが「ふわぁ」と大きな欠伸をしながら、監視カメラを見上げた。
「これって、ただオレ達を閉じ込めたって訳じゃないよなぁ。拘束してないし、わざわざ武器残してるし、なにより寝てるオレ達にkf-09nを投与しなかったってことは……なんか余興用意してる感じ?」
『いかにもその通り! さぁさぁ、これより御覧にいれますは、クラーク・レヴェリッジが最後に遺したキメラに私が手を加えた、最強のバケモノ』
クロウ達の正面の扉が開き、ソレは暗闇の中から現れた。
ゆうに二メートルを越える巨体は、全身が灰色のふさふさとした体毛に覆われている。手足の爪は非常に鋭く、一本一本がナイフぐらいの太さがあった。
顔はまだ辛うじて人間らしさが残っていたが、鋭い牙がのぞく口からはグルグルと敵意に満ちた唸り声が聞こえ、濁った金色の目はギョロギョロとクロウ達を順番に眺めている……まるで、獲物の品定めをするかのように。
ボサボサの灰色の髪の毛の間からピョコンと飛び出しているのは、猫の耳。
グリフォンが顔を歪めて呻いた。
「……アリスの兄貴……エディ・レヴェリッジか」
エディの体からは、kf-09nを投与された者特有の甘ったるい腐敗臭がした。
だが、他の異形達は筋肉が異様に膨れ上がっていたのに比べて、エディは比較的引き締まった体をしている。
恐ろしく強大な力をその細い体に凝縮したような、そんな無気味な威圧感が、目の前の異形にはあった。
『さぁ! 最高のショーを始めよう! 私をとびきり楽しませておくれ!』
クロウは頭に浮かんだ有りったけの罵詈雑言を全て腹の底に沈め、低く噛み殺した声で呻く。
その水色の目に、鋭く硬質な怒りを宿して。
「サンドリヨンはどこだ。あいつに何かあったら、タダじゃおかねぇっ……」
クロウは、己を嘲笑うような返事が返ってくるに違いないと身構えていた。
だが、スピーカーから響くのは、どこか困惑混じりの声。
『……サンドリヨン? どうして、ここでお前の姫の名前が出てくるんだい?』
月島の声に滲む戸惑いは本物だ。嘘じゃない。それがクロウを混乱させた。
「お前が拉致したんだろう、サンドリヨンを」
『ここに連れてこられたのは、お前達三人だけだよ。サンドリヨンなんて知らないし、興味ないねぇ』
どういうことだ、とクロウは眉をひそめた。
月島の言うことが本当なら、睡眠ガスで眠らされたクロウ達をこの部屋に運び込んだのは、月島以外の誰かということになる。
もし、月島がサンドリヨンの存在に気付いていたら、この性格の悪い女は、kf-09nをサンドリヨンに投与して異形化し、クロウにけしかけるぐらいのことはしただろう。
もしかして〈クラークの後継者〉達は、仲間同士の連携が取れていないのだろうか?
だがなんにせよ、サンドリヨンが一人だけという状態はまずい。
クロウはエディ・レヴェリッジの成れの果てに槍の切っ先を向け、カメラの向こうで見ているであろう月島に問う。
「この余興にオレ達が勝ったら、ここから出してもらえるのか?」
『それは勿論! ご褒美がないとやる気が出ないだろう? その子の首輪に、出口の鍵がついているよ』
エディが出てきた扉は自動扉なのか、既に閉ざされていた。だが、エディの首輪の鍵を手に入れれば、ここから出られるのだという。
(その余裕、後悔させてやるぜ)
無理にエディを倒さずとも、首輪の鍵さえあれば脱出できるのだ。だったら、正面からやりあう必要はない。隙をついて首輪を切り裂けば、こちらの勝ちだ。
……だが、何故だろう。さっきから、妙に息苦しい。
「……? クロちゃん、どしたの?」
「おい、クロウ? ……いや待て、なんか様子が……」
ウミネコとグリフォンの声が、やけに遠くに聞こえたのは、一瞬酷い耳鳴りがしたせいだ。
さっきまで当然のようにしていた呼吸が上手くできない。吸った酸素が肺に半分も届いていないような、そんな息苦しさを感じる。
心配そうにこちらを見ているウミネコとグリフォンに「問題ない」と言おうとしたが、クロウの口をついて出たのは、ゼェゼェという荒い呼吸だけだった。
「……っ、ぐ…………っ!? ……カハッ……ぁっ」
ヒュッ、ヒュッと荒い呼吸を繰り返すクロウに、月島はどこまでも優しげな声で告げる。
『あぁ、そうそう。お前に最後に渡した生命維持用の薬だけどね。あれ……効果時間が通常の半分ぐらいしか無いんだよ』
さぁっとクロウの背中から血の気が引いていく。
酷い悪寒に背中が震え、指の先から少しずつ熱が失われていった。まるで、全身をめぐる血が氷水に差し替えられたかのように。
『薬が欲しい? ……ざぁんねん、お前の生命維持のための薬はもう作ってないんだ。だって、廃棄物なんて延命しても仕方ないだろう?』
絶望に、クロウの目の前が真っ暗になった。
* * *
「サンドリヨンさん、起きてください。サンドリヨンさん」
軽く肩を揺さぶられ、優花は目を覚ました。
霞む視界に見えるのは暗い地面。ひんやりと冷たく、土と苔の匂いがする。
(……洞窟の、中?)
自分は確か、洞窟の中にある研究室で意識を失った筈だ。あの研究室の床は剥き出しの地面ではなく、病院の床のようなリノリウムだった。
なら、ここは何処だろう……とゆっくり起き上がれば、やはり洞窟の岩盤が目に入る。
そして、そんな暗い洞窟の中で、カンテラ片手に優花を起こしたのは……
「エリサ、ちゃん?」
優花を見下ろしているのは、エリサだ。
今はドレスではなく、厚手の地味なコートを着ており、歩きやすそうなブーツを履いている。
フリークス・パーティでウミネコが敗退してから姿を見せなくなっていた彼女が、どうしてこの洞窟にいるのだろう?
優花の疑問を口にするより早く、エリサは「しっ」と唇に指を当て、小声で囁いた。
「クロウさんに頼まれたんです。あなたを逃してほしいって」
「……クロウ達は?」
「あの実験室の主にガスで気絶させられて、閉じ込められていたんですけど、自力で脱出しました。ほら、ウミネコさん怪力でしょう? あの人を閉じ込めるなんて、無理に決まってます」
こんな状況でもハキハキとした喋り方が、妙に懐かしい。
「エリサちゃんは、どうしてここに……?」
「詳しい事情は話せないのですが、私はとある諜報機関に所属していまして……独自にフリークス・パーティについて調査してたんですよ。ウミネコさんの姫になったのも、調査の一環です」
衝撃の事実に優花は言葉を失った。
エリサはそんな優花を立たせると「こっちです」とカンテラ片手に歩き出す。優花はふらつく足取りで、エリサの後に続いた。
「……エリサちゃんも、決勝戦の会場にいたの?」
「はい、隠れて様子を伺ってたんです。そしたら、あの騒動でしょう? 異形が城を徘徊している間も、物陰に隠れてやり過ごして……その後は、ごめんなさい、あなた方の後をこっそり尾行してたんです」
「……そう」
呟き、優花は足を止めた。エリサがそれに気付いて優花の方を振り返る。
カンテラの明かりが、エリサの困惑顔を照らした。
「大丈夫ですか、優花さん。顔色が悪いです。もしかして、ガスの後遺症が……少し休みますか?」
エリサはフリークス・パーティにおいて優花の名前を知る、数少ない人間だ。
まだエリサと出会ったばかりの頃、一緒にショッピングをして、美味しいタルトを食べて……その時に、名前の話をしたことを優花は思い出す。
優花と呼んでほしい、と言ったら、エリサは二人きりの時は優花と呼ぶと約束してくれた。
エリサは、あの時の約束をまだ覚えていてくれたのだ。
「……会場にいたってことは、エリサちゃんもあの放送を聞いてたのよね。〈十二番目の娘〉って人の」
「えぇ、若い女性の声でしたね。少々機械で音声を弄っているようでしたが」
頷くエリサに、優花は拳を握りしめて俯く。
優花が不安がっていると思ったのか、エリサは優花の腕を掴んで優花の顔を覗きこんだ。
「大丈夫ですよ、優花さん……あなたは、私が必ずここから逃してみせます」
優花を安心させようという力強い声。
それはきっと、何も気づかないままだったら、とても心強かったことだろう。
優花は一度だけ唇を噛みしめ、ゆっくりと口を開いた。
「私ね、アンデルセン童話の中でも『野の白鳥』って話が一番好きだったの。ヒロインの頑張りが、報われる話だったから」
野の白鳥の主人公の名前はエリサ。
とある王国のお姫様である彼女には十一人の兄がいた。
ある時、兄達は意地悪なお妃様の呪いで白鳥に姿を変えられてしまう。そこでエリサは兄達の呪いを解くために、トゲの生えたイラクサでシャツを編むのだ。
たとえ周囲から魔女と疑われ、罵られ、石を投げられ、処刑されそうになっても、一心不乱に。兄達を助けるために。
そして彼女の努力は実を結び、兄達の呪いは無事に解け、エリサは幸せに暮らす。
健気なエリサが最後は報われるハッピーエンドの物語が、優花はとても好きだった。
……だからこそ、気づいてしまった。
「『野の白鳥』のエリサには、十一人のお兄さんがいる……つまりエリサは、十二番目の子になる」
優花はコクリと唾を飲み、エリサの顔をまっすぐに見つめる。
どうかどうか、自分の考えすぎだと……発想が飛躍しすぎだと笑い飛ばしてほしい。
そう祈るような気持ちで。
「……エリサちゃんが〈十二番目の娘〉なの?」
エリサの顔から笑みが消える。
カンテラの光を反射する彼女の瞳は、まるで硬質な宝石のように火の色を宿し、揺れていた。
耳をつんざくような銃声が、響く。
耳が痛い、足が熱い……そう思った時には、優花は地面に突っ伏していた。
熱い、と思った右足の太腿が、少し遅れてズキズキと痛みだす。洞窟の土と苔のにおいに、血のにおいが混じった。
「っぅ……ぁあああっ!! ……ぐっ、ぅぅうう……」
優花はふぅっ、ふぅっと息を吐きながら、涙目で身悶えする。
そんな優花を見下ろすエリサは、一瞬だけ苦しげに眉を寄せ……そして、優花を心から安心させるような、優しげな笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、クロロフォルムでも持っていれば良かったんですけど、今の私には、あなたを無力化するための方法が、これしかないんです」
エリサは優花のそばにカンテラと、ポケットから取り出した匂い袋を置く。
匂い袋から漂うのは、甘い腐敗臭。kf-09nのにおいだ。
「あまり良い匂いではないんですけどね、これを持っていれば、あのバケモノ達に襲われずに済むので」
「……エリサ、ちゃ…………なん、で……」
エリサはコートのポケットに拳銃をしまい、その代わりに小さなペンライトを取り出した。
カンテラは優花のそばに残したまま、彼女はペンライトの明かりだけを頼りに、洞窟の奥へ引き返す。
「そこにいてください。さっきも言ったでしょう? あなたは、ちゃんと逃してあげます」
「待って、エリサちゃん、待っ、て……っ!」
撃たれた足を押さえながら、優花はエリサの華奢な背中に呼びかける。
エリサは一度だけ足を止めると、優花の方は振り向かずに、ポツリと小さく呟いた。
「あの童話のお姫様には、十一人の兄がいましたね。私に兄はいないけど、血の繋がらない十一人の姉がいたんです」
呟く声は幽鬼のように虚ろで、それでいて底冷えするような仄暗い冷たさを帯びている。
「みんな、みんな、死にました…………あのおぞましい、フリークス・パーティで」
地を這う優花には、背を向けているエリサの表情は見えない。
けれど、優花にはエリサがどんな顔をしているか、手にとるように分かった。
以前、エリサがフリークス・パーティの会場を見下ろしているところを優花は見ている。その時のエリサは、まるで夜の海のように昏い目で会場を見つめていたのだ。
全てを呪い、強い憎悪を静かに静かに燃やしながら。
「『愚かな騎士に制裁を、哀れな姫に救済を』……それを成し遂げるまで、この宴は終わりません…………終わらせるものですか」
最後の一言は、まるで血を吐くかのようだった。
エリサはそのまま振り返ることなく、歩き出す。陰謀渦巻く実験室へ。
優花は足の痛みに喘ぎながら、その背中を見送ることしかできなかった。