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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第17章「十二番目の娘の願い」
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【17ー5】『どうしようもない』大人

 イーグルはキメラ達の亡骸を前に瞑目していたが、やがて顔を上げてゆっくりと振り向いた。

「槍をありがとう、カラス君」

 そういってイーグルは、槍を差す。ただし、クロウではなく、グリフォンに。

 傷口の止血をしていたグリフォンは、気まずそうな顔でイーグルを見た。

「あ〜……オレぁ、クロウじゃねーんだが」

「おっと、失礼」

 イーグルはくるりと向きを変えて、今度はウミネコに槍を差し出す。

 ウミネコは肩をふるふると震わせながら眉間に皺を寄せ、当社比いつもよりキリリとした顔をしてみせた。

「『誰がカラスだ、ぶっ殺すぞ、ごるぁ』」

「おい待て、それはオレか。オレの真似のつもりなのか」

「似てた?」

 得意げにクロウの顔真似をしてみせるウミネコの頰を、クロウはギチギチと引っ張る。

 そんな二人のやりとりに、イーグルは困ったように首を捻っていた。

 優花はずんずんと早足でイーグルに詰め寄る。

「もしかして、またコンタクトレンズを落としたの?」

 優花の追求に、イーグルはあっさり「うん」と頷く。

 優花は頰を引きつらせた。この暗い地下迷宮でコンタクトレンズ探し……あれだけ暴れまわったのだ。踏んで割ってしまった可能性が高いし、見つけ出すのは絶望的だろう。

「じゃあ、私の顔も見えないの?」

「もう少し近くなら見えるかな」

 優花は、むむぅっと唇をへの字に曲げて、イーグルの顔を覗きこんだ。

「これぐらい?」

「もうちょっと近くなら」

「じゃあ、これぐらい?」

「もう少し」

 優花が鼻先が触れそうなほど顔を近づけると、真っ黒な鳥の手が優花とイーグルの間に割り込んだ。クロウの手だ。

 鱗に覆われたその手は、優花の顔を鷲掴みにして、イーグルから引き離す。

「痛い痛い痛いっ! ちょっと、クロウって! 痛いってば! 鱗が顔に食い込んでるっ!」

「近いんだよ。くそっ!」

 クロウは苛立たしげに舌打ちをし、槍をふんだくって、イーグルをぎろりと睨んだ。

 だが、イーグルはクロウの顔などまるで見えていないのだろう。いつもと変わらない調子で優花に話しかける。

「ところで、優花ちゃん、今はどういう状況なんだい? ボクとカラス君が地下に落とされた後、何があった?」

「〈クラークの後継者〉が、クリングベイル城にあの異形達を放ったの。観客達は避難中。それと、その騒動のドサクサで……〈女王〉とアリス君が攫われたわ」

「……そう。予想以上に連中の動きが早かったな。僕のミスだ」

 〈クラークの後継者〉が何かを仕掛けてくるのなら、閉会式だと彼は読んでいたらしい。

 悔しそうな顔をするイーグルに、グリフォンが頭をかきながら言う。

「今、手の空いてる奴らで城の中を探させてる。いずれ〈女王〉もアリスの坊主も見つかるはずだ」

「……城の中を?」

 イーグルはピクリと片眉を跳ね上げると、何かを考えるように口元に手を当てる。

 そうして彼は、ボソリと呟いた。

「……多分、城じゃない」

「なに?」

「洞窟の中にあった研究施設のことは覚えているかい?」

 その施設のことは優花も覚えている。

 アリス、グリフォン、優花の三人で洞窟探検をしていたら、偶然見つけた研究施設。

 薬で理性を失った異形と初めて遭遇したのも、あの洞窟だった。

「あの洞窟と、この地下迷宮は繋がっているんだよ。この迷宮の西側の行き止まりに隠し扉がある」

 洞窟と地下迷宮が繋がっているのなら、色々な点が腑に落ちる。

 例えば、突如城内に現れた異形達。あれは恐らく、洞窟から地下迷宮を通じて中に連れこみ、隠し部屋に待機させたのだ。

 クリングベイル城本館は、試合で使う時以外は基本的に閉鎖されているから、夜中にこっそり作業をすれば、気づかれる可能性は低い。運営委員会の海亀とジャバウォックなら、尚のこと容易いだろう。

 グリフォンが苦い顔で、イーグルに訊ねた。

「イーグル、お前さん、あの洞窟ん中の研究施設はどこまで把握してる?」

「君や優花ちゃんに見せたのは、ほんの一部。薬品棚の後ろに隠し扉があるけれど、鍵がかかっていて、僕の腕力でも破壊できなかった」

「鍵ってさぁ、もしかしてこれじゃね?」

 ハッターの遺体を漁っていたウミネコが内ポケットから何かを引っ張り出して、掲げてみせた。それは銀色の鍵と小型無線機だ。

「まぁ、この鍵がその隠し扉のかは分かんないけどさ、その洞窟の実験施設には行ってみる価値あるんじゃね? どうせ、城の方は他のみんなが手分けして探してくれてんだからさ」

 ウミネコの言葉にクロウが「同感だな」と相槌を打ち、グリフォンとイーグルも無言で頷く。

「サンドリヨンちゃんも、それでOK?」

「……はい」

 優花が頷くと、ウミネコはにんまり笑って無線機を口元に当てた。


「そーゆー訳だからさ。今からそっちに行くぜ。首洗って待ってなよ、〈クラークの後継者〉さん?」



 * * *



 左腕でアリスを肩に担いでいたジャバウォックは、右手を耳に伸ばしてイヤホンに触れた。

「……どうやら、追いつかれるのは時間の問題のようで」

「そう」

 〈女王〉が素っ気なく言葉を返せば、ジャバウォックは何も言わず軽く肩を竦めて、〈女王〉の先を歩く。

 クリングベイル城本館の最上階にある〈女王〉の部屋のすぐそば、廊下の奥には隠し階段が設置されていた。それは地下まで続く長い、長い螺旋階段だ。

 僅かな明かりは灯っているが、螺旋階段の底は地獄のように真っ暗で、何も見えない。

 〈女王〉はこの隠し階段の存在自体を知らなかった。クリングベイル城の改築の際、ジャバウォックから完成図や見取り図を見せてもらったが、そこにはこんな隠し階段の存在など記載されていなかった。恐らく、都合の悪い部分は修正した物を〈女王〉に見せたのだろう。

 正直に言うと、〈女王〉は海亀とジャバウォックの裏切りが意外だった。

 海亀にしろジャバウォックにしろ、運営委員会に勧誘する際に、クラーク・レヴェリッジとの繋がりが無いかを徹底的に調査したのだ。

 海亀とジャバウォックは、どちらもフリークス・パーティの元騎士だ。それも先天性フリークスなので、後天性フリークスのような企業との繋がりはない。だからこそ〈女王〉はこの二人を、運営委員会に勧誘した。

「お前達が裏切りを決めたのは、いつかしら?」

「海亀のやつぁ、割と最近らしいですがね。オレぁ一年前だったかなぁ……」

「……兄の死後?」

「でしたねぇ」

 ジャバウォックが裏切りを決意した理由が分からず、〈女王〉は僅かに眉根をよせる。

 前を歩くジャバウォックは、〈女王〉の表情の変化など分からないはずだが、それでも女王の疑問に答えるように、ポツリポツリと語り出した。

「オレが引退した理由ってご存知ですかい?」

「姫殺しをしたと、聞いていてよ」

「フリークス・パーティに参加する騎士にはねぇ、大体三パターンいるんですよ。率先して姫殺しをするやつ。率先してはしないが必要ならするやつ。そして、姫殺しは絶対にしないやつ」

 例えば、ジャバウォックと親しいハヤブサは三番目だ。彼はどんなにピンチになっても、絶対に姫殺しはしなかった。当時キツツキと名乗っていたグリフォンも、ペアバトルには参加しなかったので、ある意味三番と言ってもいいだろう。

「俺ぁ、自分が三番だと思ってたんですがね……どうやら、二番の『必要だったらするタイプ』だったらしい」

 当時、白鶴と名乗っていたジャバウォックが引退を決めた最後の試合。

 深手を負い、追い詰められた彼は偶然敵の姫と遭遇し、その姫を手にかけた。

 せめて少しでも苦しまぬようにと、一瞬で首を刎ねて。

 そうして彼は試合に勝ち、莫大な賞金を手に入れ……そして、引退した。

「意外かもしれませんが、俺ぁ別れた嫁さんとの間に娘が一人いましてね」

「意外でもなんでもなくてよ。お前は嫁の一人や二人に逃げられたような甲斐性の無さが、顔に滲み出ているわ」

「おっと、こいつぁ手厳しい。まぁ、その娘が重い病気でね、延命にはとにかく金が必要だった」

 ジャバウォックは力無く笑い、顎髭を撫でる。

「ハヤブサやキツツキの奴と出会ってね、俺ぁ、あいつらと同類になれた気でいたんですよ。だから、姫殺しはしないと勝手に決めていた……それを、自分で破っちまった」

 彼が無力な姫の首を刎ねた時、頭をよぎったのは病気の娘のことだったのか。或いは、自分がただ助かりたかったのか。はたまた、その両方か。〈女王〉には分からない。

 ただ、どんな理由があれ、彼は敵の姫を殺した。それだけが揺るぎない事実。

「その賞金握りしめて、娘の病院に行ったらねぇ……娘は容態が急変して、死んじまってたんですよ……あぁ、神様ってのはいるんだなぁって思いましたねぇ」

 〈女王〉はふと、ジャバウォックの言葉を思い出した。

『俺が裏切ったのは〈女王〉じゃなくて……俺自身だ』

 あれは自らの誓いを破り、姫殺しをしてしまったことを言っていたのだろう。

 かつて彼は「姫は殺さない」という、自分に課した誓いを裏切った。

 そして、その果てに娘を失った。

 娘の死は偶然だったのだろう。だが、彼にはそれが天罰に思えたに違いない。

 姫殺しをしたから、自分の娘は死んだのだ、と。

「だからね、俺ぁ、俺が殺した姫の身内が復讐に来たら、殺されてやるつもりでいたんだ。ところが、殺された姫の騎士は、金で買った姫に執着なんて無かったもんだから、また別の姫を金で買ってオシマイ。まぁ、結局その次の年には、その騎士も試合で殺されちまいましたがね」

 それは、フリークス・パーティではありふれた光景だ。

 運営委員会から斡旋する姫は、基本的に身寄りのない者や借金を抱えた者ばかりで、死んでも悲しむ者は殆どいない。

 姫が死んだら、また新しい姫を買えばいい。ただ、それだけのこと。

「そうやって誰も俺を殺してくれないまま、時間だけが過ぎてったある日……ようやく神様が遣いを寄越してくれたんですわ。俺ぁ『あぁ、やっと殺してもらえる』と思ったんですがねぃ……そいつは俺を殺してはくれなかった。もっともっと苦しんでから、地獄に堕ちろと言う」

 海亀とジャバウォックの引退試合は、まるで真逆だ。

 海亀は自分の姫を殺され、ジャバウォックは誰かの姫を殺した。

 ただ一つだけ、共通点があるとしたら……海亀もジャバウォックも、死んだ姫の死を悼んでいたということ。

「お前の言う『遣い』というのは……〈十二番目の娘〉なのかしら?」

「ご名答。そいつが、〈クラークの後継者〉を影で操っている。より優れたキメラ技術が欲しかった月島とハッター、永遠の命が欲しかった笛吹、そしてクラークに会いたかったツヴァイ……どの願いも、クラークの旦那を蘇らせれば叶うんですがね。あいつらはみーんな〈十二番目の娘〉に踊らされてるだけでさぁ」

 それはつまり、〈十二番目の娘〉の目的は、ただクラークを復活させることではない、ということになる。

 その目的が次第に〈女王〉にも見えてきた。

 もし〈十二番目の娘〉の願いが〈女王〉の予想通りだとしたら……

「壮大な茶番劇ね。そのために、どれだけの犠牲を出すつもり?」

「ははっ、茶番劇ねぇ。返す言葉もありませんや。ただねぇ、世知辛いもんで、自分がやってることが正しいか悪いかで言ったら、まぁ、悪いことだって分かってる。分かっているけれど、『どうしようもない』んですよ」

 ジャバウォックは抱えたアリスの体を担ぎ直して、ふぅっと息を吐く。酷く年寄りじみた仕草で。

「あんたも同じでしょう、女王様。クラークの死後、フリークス・パーティを速やかに解体して、犠牲者を減らすべきだとあんたは分かっていた。けれど、できなかった」

「…………」

 フリークス・パーティはあまりにも規模が大きくなり過ぎていた。それこそレヴェリッジ家当主になったばかりの〈女王〉の手には余るほどに。

 強制的にフリークス・パーティを終わらせようものなら、スポンサーにフリークス・パーティそのものを乗っ取られかねない。だから、〈女王〉は少しずつ規模を小さくしていくしかなかった。

 本当は、こんなおぞましい催しものなど、すぐに中止にしてしまいたかったのに。

 密かに唇を噛む〈女王〉に、ジャバウォックは諦念と憐れみに満ちた目を向ける。

「みーんな『どうしようもない』大人だと思いませんかぃ? フリークス・パーティを終わらせられなかったあんたも……復讐に縛られる〈十二番目の娘〉も、それに逆らえない俺も」

 ジャバウォックは、ふぅっと息を吐いて前を向く。

「みんな、みぃーんな『どうしようもない』大人だ」

 どこか草臥れたような呟きは、螺旋階段の底に沈んで消えた。

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