【17ー1】第二幕、開幕
グリフォン、ウミネコと共に地下迷宮へと向かうことになった優花は、改めて鞄に武器を詰め直した。
トラヴィアータから借りたナイフ、即席火炎放射器のヘアスプレーとライター、そしてイーグルから託されたkf-09nのワクチン。
ワクチンは誰が持つのが良いか、グリフォン、ウミネコと相談したのだが、「サンドリヨンちゃんでいいんじゃね?」というウミネコの一言で、優花が持つことに決まった。
近接格闘タイプのグリフォンとウミネコが持つよりは、優花が持っていた方が安全だと判断したのだろう。
優花が他に何か武器になりそうな物はないか探していると、スノーホワイトがおずおずと話しかけてきた。
「あ、あ、あのっ、サンドリヨンさん、もし良かったら……これ、お守りです」
そう言ってスノーホワイトが差し出したのは、小ぶりな林檎。よく見ると、本物の林檎ではなく、作り物だった。手に持ってみると、ずっしりと重い。
「ありがとう、可愛いお守りね」
「はいっ、自信作なんですっ! ヘタの部分がピンになってて、ヘタを引っ張って抜くと、五秒で爆発します!」
「…………うん?」
「異形の頭ぐらいなら、簡単に吹き飛びますから!」
「…………うんん?」
優花は、この二階ホールの床に転がる異形の死体にちらりと目を向けた。
今までなるべく視界に入れないようにしていたのだが、改めて見ると、木っ端微塵になった頭は無残の一言に尽きる。残った皮膚には火傷の跡があり、意識すると肉の焦げたにおいがした。
(あ、あれって……まさか……)
優花が頰を引きつらせていると、サンヴェリーナが無言でコクリと頷いた。どうやら、そのまさからしい。
(そういえば、グリフォンさんが、しれっとスノーホワイトちゃんのことを戦闘要員にしてたけど……)
優花が林檎爆弾を手に乗せて硬直していると、スノーホワイトはもじもじしながら、籠からあれこれ取り出した。
「……他にも毒を塗った櫛と、毒を仕込んだ口紅と、絞殺用の飾り紐があるんですけど……何か、お役に立てますか?」
「ううん! これで充分よ!! ありがとうっ!」
優花はブンブンと首を横に振り、林檎爆弾を鞄にしまった。今まで以上に、鞄がずっしりと重く感じる。
(……いざという時は、爆弾でも何でも使うわ)
自分にそう言い聞かせていると、美花が優花の肩を叩いた。
「おねーちゃん、瓦礫とかガラスとか散らばってるし、これ履いていったら?」
美花が差し出したのは、試合中に預けていた靴だ。
イーグルが贈ってくれた、オデットのための靴。
「…………うん」
優花は僅かに躊躇い、靴を受け取った。
クロウの姫のサンドリヨンとして舞台に立つのなら、オデットの靴はふさわしくないと思い、美花に預けたけれど……騎士と姫が戦う舞台は、もう幕を閉じたのだ。
今、行われているのは、不死の異形が跋扈する、フリークス・パーティ第二幕。
もう、姫とか騎士なんて役割は関係ない。
トラヴィアータから借りたナイフ。
スノーホワイトから貰った林檎爆弾。
イーグルから贈られたオデットのための靴。
そしてサンドリヨンのドレスを纏って、優花はクリングベイル城を行く。
……「めでたし、めでたし」を手に入れるために。
* * *
地下室へと続く階段は、一階ホールの奥にある扉から、玄関とは反対方向の廊下に出て、更に入り組んだ通路を進んだ先にあるらしい。
通路はしんと静かで、人の気配も異形の声も聞こえなかった。
先頭を歩くのは道を知っているグリフォン、次が優花で、しんがりがウミネコだ。
グリフォンは慎重に周囲の様子を伺いながら、口を開く。
「一応言っとくが……地下迷宮に関しては、オレも全部は把握してねぇからな。手当たり次第に進むことになるぜ」
優花は「はい」と頷き、通路の壁や床を注意深く観察する。
床にも壁にも、足跡や血痕の類は無かった。恐らくクロウとイーグルは、まだここを通っていない……地下迷宮のどこかにいるのだ。
「地下迷宮に関して、一番詳しいのはジャバのとっつぁん……ジャバウォックだったんだ。クリングベイル城改築の指揮を取ってた」
まさか裏切るなんて、とグリフォンは暗い声で呟く。まだ、衝撃が抜け切れていないのだろう。呟く声は動揺にかすれていた。
優花はジャバウォックという男のことを、よく知らない。
ただ、燕が行方不明になり、花島カンパニーの人間と共に聴取を受けた際に、同席した男ということは覚えている。
ジャバウォックには、ヤマネもグリフォンも一目置いている雰囲気だった。
「オレぁ、今でも信じられねぇ……ジャバのとっつぁんが、フリークス・パーティを裏切ったなんてよぉ……」
グリフォンの大きく広い背中は、今は少しだけ丸まり、ショボくれていた。それほど、ジャバウォックの裏切りがショックだったのだろう。
だが、そんなグリフォンに、ウミネコが頭の後ろで手を組みながらボソリと言う。
「……オレは、そこまで驚きはしなかったけどね」
グリフォンは鋭い目で、ウミネコをギラリと睨んだ。
だが、ウミネコは怯むでもなく、丸い目でグリフォンを見つめ返す。
「ジャバのとっつぁんは、昔、白鶴って名前の騎士だったろ? 引退した時のこと、覚えてる?」
「……それがなんだってんだよ」
「とっつぁんは最後の試合……パートナー・バトルで姫殺しをしたんだ。それ以来、あの人はフリークス・パーティに出るのをやめた。あの時から、とっつぁんは、フリークス・パーティに対して思うところがあったんだろうぜ」
ウミネコの言葉にグリフォンは黙り込み、無言で歩くスピードを上げた。
きっと、グリフォンもウミネコも、ジャバウォックとは親しい関係だったのだろう。とっつぁんと呼ぶぐらいには慕っていたのだ。
(海亀さんや、笛吹さんだけでなく、そんな人まで裏切っていたなんて……)
そこまで考えて、優花は先程からずっと気になっていた疑問を口にした。
「あの……〈クラークの後継者〉の目的って、何なんでしょうか?」
優花の疑問に答えてくれたのは、ウミネコだった。
「あー、そういや、サンドリヨンちゃんは、女王様の昔話を知らないんだっけ」
「……昔話?」
「ざっくり言うと、クラーク・レヴェリッジは生前、永遠の命を手に入れる方法を研究してたんだ。でもって、溺愛している妹と永遠に生きようと目論んでた」
この場合の妹とは、〈女王〉シャーロット・レヴェリッジのことを指すのだろう。
だが、妹と永遠に生きることと、今の状況がどう関係しているのか?
「その永遠に生きる方法ってのがさー、自分の魂を生前にバックアップしといて、別の体に魂を移すってモンだったらしいんだわ」
「魂を移すって……そんなの、できるもんなんですか?」
「さぁ? ただ、その自称成功例がアインスとツヴァイ。アインスってのは、ヤマネちゃん。ツヴァイってのが銀貨ちゃん」
「……へ? え??」
混乱する優花に、ウミネコは女王の昔話を簡潔に説明した。
クラークが溺愛する妹を生かすために、彼女をキメラ化したこと。
更に、肉体強化技術の精度を高めるために、『修羅』を買収し、日本の技術者に自身の技術を提供したこと。
魂と肉体の分離研究で、アインスとツヴァイを作り出すことに成功したこと。
そして……自身の新しい肉体として、息子のエディとクローンのアリスを造ったこと。
そこまで聞いて、ようやく優花はアリスがクラークを憎悪している理由を理解した。
イーグルがアリスに「君はクラークの息子なのか?」と訊ねた時、アリスは激高して否定した。
(……アリス君が、クラークのクローンだったなんて……)
そういえば、美花がそんな感じのことを言っていたような、言っていなかったような……
優花は「うーん」と唸りながら、美花の言葉を思い出す。
『つまりねー、おねえちゃんにも分かるように言うとー、クラークさんは鬼ヤバなシスコンのパリピでー、自分のクローンまで作っちゃって、キモ! って感じ』
(わかるかぁぁぁぁぁぁっ!!)
妹の雑さ加減に内心頭を抱えていると、ウミネコが「だいじょぶ?」と心配そうに顔を覗きこんだ。
優花はへらりと力なく笑って誤魔化す。
何はともあれ、クラークの後継者の狙いが次第に優花にも読めてきた。
クラークの後継者はこの騒動のどさくさに紛れて、アリスのことを誘拐した。
「つまり、〈クラークの後継者〉達の狙いは……アリス君の体を使って、クラーク・レヴェリッジを復活させること」
「まぁ、それが妥当だよな。〈クラークの後継者〉に協力してる連中は、永遠の命のおこぼれをもらおうって腹じゃね?」
技術の核心となる部分はクラークしか完璧には理解していなかっただろう。
だからこそ、協力者達はクラークを蘇らせることでクラークに恩を着せ、自分も永遠の命にしてもらおうと考えているわけか。
(……でも、それなら、こんな計画を立てるかしら?)
ウミネコの説明を聞いても、優花の中では違和感が拭いきれない。
〈クラークの後継者〉が、クラークを尊敬し、慕っていたのなら……フリークス・パーティをここまで壊滅状態にするような作戦を立てたりするだろうか?
永遠の命に関する技法が完成しているのなら、フリークス・パーティは用済みだ。だから、フリークス・パーテイを壊滅状態にしても良いだろうと考えた……という線も無くはない。
だが、やっぱり優花は引っかかるのだ。あの放送が……
『私は〈十二番目の娘〉……安全な場所で惨劇を眺め、誰かの死を笑ったあなた方に、ガラス越しでは味わえない、本物の恐怖をプレゼントして差し上げましょう』
あの放送の声は、決して叫んだり怒鳴ったりしたわけじゃない。
それでも、血を吐くほどの激情を押し殺したような、強い憎悪と怒りに満ちていた。
あれはフリークス・パーティに対する憎悪と、怒りだ。
(……〈クラークの後継者〉の目的は、本当にクラークの復活と永遠の命を得ることなの?)
違和感がチリチリと胸を炙るが、考えても考えても答えは見つからない。
今は、アリスと〈女王〉の無事を考えよう、と優花は頭を切り替えた。
「そういえば、援護に来てくれたスノーホワイトちゃんやグレーテル達は、誰が保護してたんですか? もしかして、グリフォンさん?」
優花の問いに、グリフォンはキョトンと目を丸くして優花を見下ろした。
「あぁ、そういや……その辺も説明し損ねたな。スノーホワイト達を保護してたのはオレじゃねぇよ。あれはハヤ……」
「〈クラークの弟子〉だよ」
グリフォンの言葉にかぶせるように、ウミネコが言った。
「〈弟子〉はクラークと敵対してたんだ。で、密かにフリークス・パーティで排除されそうになった連中を助けて、その見返りに〈後継者〉を止めるのを手伝わせてたってわけ」
「……つまり、その〈クラークの弟子〉って人は、味方なんですね?」
「一応、そーゆー感じじゃね? まぁ、敵ではないだろうから、あんまり深く考えない方がいいぜ」
なるほど、つまりは一時的な味方というわけか……と優花は納得した。
ウミネコに言いくるめられていることに気づかぬまま……
〈クラークの弟子〉と、その一番の協力者が、誰なのかも知らないままで。