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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第16章「フリークス・パーティ」
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【16-8】隠し事ができない男

 笛吹は澄んだ秋晴れの空を見上げ、胸いっぱいに清涼な秋の空気を吸い込んだ。

 青い空、白い雲、頰を撫でる爽やかな風。あぁ、なんて心地良いのだろう。

 クリングベイル城の方からは、いまだ悲鳴が聞こえているが、そんなの自分の知ったことじゃない。

 生きた人間がどうなろうと、笛吹はこれっぽっちも興味が無いのだ。

「これであとは、安全な場所に隠れて、全てが終わるのを待っているだけで、永遠の命はオレのもの! あははははっ!」

 クラークの後継者に協力するにあたり、笛吹が担った役割は雑用全般。

 その中でも最も大事な役割が、適度に〈女王〉に怪しまれるよう振る舞い、ジャバウォックへの疑いを逸らすことだ。

 〈女王〉は以前から笛吹のことを疑い、常に笛吹の動向を気にかけていた。

 ……その影で、もう一人の裏切り者、ジャバウォックが暗躍しているとも知らずに。

 今年のフリークス・パーティの決勝戦にクリングベイル城が選ばれたのも、そうなるようにジャバウォックが仕向けたからだ。クリングベイル城の使用を提言したのが笛吹だったら、女王は首を縦には振らなかっただろう。

 唯一、笛吹が気がかりなのは、現在行方が掴めずにいるハヤブサの存在。

 あの男は何をしでかすか分からない、とジャバウォックは常にハヤブサの動向を警戒していた。

 だから、念のためにハヤブサの娘を見つけだし、フリークス・パーティに引き込んだのだ。いざという時、人質にするために。

 予想外だったのは、ハヤブサの娘達が笛吹の手には負えない、じゃじゃ馬娘だったということだ。あの破天荒さは間違いなく父親譲りだろう。

(……だから、弟達も人質にしようと思ってたんだけどねぇ)

 カーレンに邪魔をされたので断念したが、今の様子を見る限り、問題は無いだろう。

 これでもう、自分はウミネコのようなバケモノに怯えて暮らす必要はない。

 永遠の命を手に入れて、大好きな人達と、いつまでも、いつまでも幸せに暮らすのだ。

「めでたし、めでたし……ふふ、ふふふ……」

 堪えきれずにくふくふと笑っていると、背後から何やら車のエンジン音が聞こえてきた。

 それは、都会では当たり前の環境音だが、この島では違う。この島に存在する車は、港とクリングベイル城を繋ぐ送迎用のマイクロバス一台だけなのだ。

「…………は……え?」

 車の音の不自然さに気づいた笛吹が振り向いた時には、もう目の前に、軽トラックの車体が迫っていた。

「う、わぁああああああああああ!!」

 笛吹は絶叫し、その場を飛び退る。

 軽トラックの車体は笛吹の体を掠めはしたが、ギリギリのところで衝突は免れた。

 笛吹は地面をゴロゴロと転がりながら、自分の命がある幸運に胸をなでおろし、同時に自分を轢き殺しかけたトラックを睨む。

 トラックは止まることなく猛スピードで突っ走り、クリングベイル城の方へと走っていく。

「な、なんなのあのトラック!? あんなの、作戦には無かっ……た……」

 軽トラックの荷台を見た笛吹は、目を見開き絶句する。

 だって、そこに乗っているのは……

「まさか……まさか……っ」



 * * *

 


 グリフォンは先天性フリークスの中でも、とりわけ頑丈で回復力が高いのが特徴だ。そんな彼でも、今の状況は「やばい」の一言に尽きた。

 確実に肋骨と左腕が折れている。呼吸をする度に体が痛み、口からはヒュウヒュウと不自然な呼吸が漏れた。もしかしたら、内臓も幾つか損傷しているかもしれない。

 異形の数は残り四体。カーレンとイスカの善戦で、だいぶ数が減ってきたが、ここにきてカーレンのスピードが落ち始めていた。

 スイッチの入った先天性フリークスは恐ろしく強いが、その分、体力の消費も激しい。

 イスカが撹乱し、カーレンが仕留める、という戦法で二人は戦っていたが、既にカーレンの息は上がっており、イスカも足がふらついていた。

 ただ広いだけの空間で戦うのなら、ここまで激しい消耗は無かっただろう。だが、今この玄関ホールは、外に逃げようとしている観戦客で溢れかえっている。

 そういった連中を攻撃しないように避けて動き、時に庇いながら戦うというのは、それだけ神経を使うのだ。

 イスカはその辺りの配慮が上手く、好き勝手に動く観客達を「はいはい、危ないよー、こっち寄ってねー」と誘導しながら戦っていた。

 自身が異形の注意をひきつけ、観客をなるべく安全な場所に誘導し、そしてカーレンが大立ち回りをしやすいように。

 だが、それも長くは続かない。二人とも疲労が激しすぎる。

 カーレンが異形の頭に蹴りを放つ……が、威力が足りない。異形はカーレンの足を掴み、床に叩きつけようとした。

「カーレンっ!」

 イスカが駆け寄り、ギリギリのところで床とカーレンの間に滑り込む。

 二人はもつれ合ったままゴロゴロと床を転がった。

「あー、もうっ! オレに感謝しろよな!」

「だ、れが……お前、なんか、に」

「あっれー、息が上がってるぅ? 体力無さすぎ、なんじゃなーい?」

「……お前も、な」

 もう軽口を叩く余裕なんて無いだろうに、イスカもカーレンも毒づきあいながら立ち上がる。二人とも、まだ戦うつもりなのだ。

 グリフォンは、ふぅっと大きく息を吐き出すと、軋む体に鞭打って体を起こした。

(あぁ、そうだ。この程度の傷がなんだ)

 現役時代はもっと酷い怪我をしたこともある。それこそ、初めてウミネコと戦った時なんて酷かった。

「それに比べたら、この程度ぉっ……」

 グリフォンは血を吐きながら己を奮い立たせ、異形の頭目掛けて拳を振るう。骨を砕き、肉を磨り潰す感覚が拳に伝わってくる。

「っらぁぁぁぁあああああ!!」

 振り向きざまに、背後から近寄ってきた異形の顎に膝を叩き込む。異形の動きは少し遅くなったが、まだ完全には止まらない。顎ではなく、脳を潰さないとダメなのだ。

「ぉおおおおおおおっ!!」

 大きく拳を振り抜き、異形の頭蓋を砕く。

(まだだ、まだ、オレは戦える)

 引退を決めた時からずっと燻り続けていた闘志を、グリフォンはこの瞬間、一気に燃え上がらせた。

 戦うのが楽しかった。闘技場の上で死ねたら本望だと思っていた。

 忘れていた熱が全身をくまなく行き渡り、疲弊した体を突き動かす。

(……あぁ、そうか)

 闘志にグラグラと煮えたつ頭で、グリフォンはどこか冷静に考える。


 ……ここが、オレの死に場所だ。


 グリフォンはニィッと唇を持ち上げ、不敵に笑う。

 もう、迷いは無かった。

 戦って、戦って、ぶっ壊れて、ぶっ倒れるまで戦いぬくのみだ。

「ぅぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 グリフォンはヒビの入った足で強く踏み込み、勢いを乗せて拳を振るった、その時……


 バコメキグシャァァァァッという豪快な破壊音と共に、閉ざされていた玄関の扉が吹き飛び、グリフォンの横っ面に直撃した。


「ごふぁっ!?」

 扉の直撃でゴロゴロと床を転がったグリフォンは、血を吐きながら玄関を凝視する。

 玄関には軽トラックが停まっていた。あれが勢いよく突っ込んできて、玄関の扉を吹き飛ばしたのだ。

「な、なんじゃ、ありゃ……」

 運転席でハンドルを握っているのは、鳥のマスクを被った女だった。

 見覚えがある。あれは……ピジョンの相方、インゲルだ。

 インゲルはハンドルを握りながら「うーん」と困ったように呟いた。

「やっぱ、マスクしたまんま運転するのってダメだなぁ。視界が狭くって……なんか、さっきも誰か轢きかけた気がする」

 鳥のマスクを被ったインゲルが呟けば、荷台に座っていた男が豪快にそれを笑い飛ばした。

「ガーッハッハ! この島には住人なんぞおらんし、気のせいじゃろ! それよりお前らぁ! 祭りの始まりじゃあ!」

 荷台から飛び降りた大柄な男……ハヤブサが雄叫びをあげれば、遅れて二つの影が荷台から飛び降りる。


「敵戦力は未知数。よって戦力の温存を提案する。この場は我々に任せてもらいたい」

「この程度の奴ら、アタシ達だけで余裕だわ! やるわよ……オウルっ!」


 オウルが両手の糸を素早く玄関ホールに張り巡らせる。糸の高さは、凡そ二メートル。

 それは、一般人の身長なら、ジャンプでもしない限り触れることのない高さ。だが、肉体が肥大化した異形達にとっては、首や顔に触れる嫌な位置だ。

 張り巡らされた糸に異形達が戸惑い、動きを止める。その間に観客達は我先にと、解放された玄関から逃げ出した。

 人が大勢動けば、当然戦う側も動きづらくなる……が、ドロシーはひらりと跳躍し、オウルが張った糸に飛び乗った。そうして、糸の上を渡り歩きながら異形に近づくと、ポケットから使い捨ての注射器を数本取り出す。

「やぁっ!」

 ドロシーは異形の首筋に注射器を打ち込み、すぐに糸の上を跳ねて別の異形に近づく。そうして、また首筋に注射を打つ。

 ドロシーは五分足らずで、玄関ホールにいた全ての異形に注射器を打ち込むと、ひらりと身軽に糸から飛び降りた。

 注射器を打たれた異形達はビクビクと痙攣していたが、やがてゆっくりとその場に倒れて動かなくなる。

「……何だ、あの薬は?」

 グリフォンが思わず呟くと、ドロシーが得意げに答えた。

「おかしくなった奴らを一時的に無力化する、麻酔みたいなものよ。まぁ、治療薬ではないから、元に戻すことはできないんだけど」

 そう言ってドロシーはキョロキョロと玄関を見回し「ねぇ、ところでクロウはどこ?」とグリフォンに訊ねる。

 グリフォンは混乱した。この状況で軽トラが突っ込んでくるのも驚きだが、それ以上に驚きなのが、軽トラに乗っている連中……

「……おう、ハヤブサ。こいつぁ、何の御一行様だ? お前らは味方……なのか?」

 グリフォンの問いに、ハヤブサは胸を張って答えた。

「ワシらは〈クラークの弟子〉に頼まれて、〈クラークの後継者〉の暴走を止めにきたんじゃー」

「〈クラークの弟子〉だと?」

 グリフォンは顔をしかめた。〈女王〉の昔話の中に、弟子に該当する人物なんていなかったはずだ。

 グリフォンはズキズキと痛む頭を手で押さえながら、必死で頭を巡らせた。

 ここに至るまでの戦いは「クラークの後継者」「〈女王〉」「鷹羽コーポレーション」の三つ巴の戦いだったはずだ。

 そこへ更に現れた、第四の存在「クラークの弟子」陣営。

 ハヤブサが言うには「クラークの後継者」と敵対しているようだが……一体、何者なのだろうか。

 グリフォンは慎重にハヤブサに問いかける。

「……答えろハヤブサ、その弟子っつーのは何者だ? なんで、クラークの後継者と敵対している?」

「クラークの弟子から、何者かは言わんでくれと頼まれてるのでな。ワシの口から何者かは言えん」

 ハヤブサはきっぱりと首を横に振った。

 だが、正体が分からずとも、せめて、敵か味方かぐらいはハッキリさせておかねば。

「……そいつは……〈クラークの弟子〉は、クラークの敵なのか?」

「うむ! 『クラークは、筋肉への愛とリスペクトとプロテインが足りなかった。一生分かり合えない』と憎々しげに言っておったから、間違いなく敵対しとるな!」

「いやそれ、ほぼ正体言ったも同然だろ!? お前、相変わらず隠し事下手だな!?」

 きっちりツッコミを入れて、グリフォンはゲハァと血を吐き、蹲る。

 イスカとカーレンの手当てをしていた鳥頭のインゲルが、救急箱片手にグリフォンに駆け寄った。

「おーい、大丈夫かー。手当てするから、じっとしてろよー」

「す、すまねぇ……いや、オレの手当てよりも先に、他の連中の無事を確認してくれ」

 〈女王〉の部屋にいる〈女王〉、アリス、ヤマネ。

 巡回中のジャバウォックと白兎。

 観客席の護衛中のウミネコ。

 決勝戦直後、連絡が取れなくなったクロウ。

 まずは、彼らの安全を確認しなくてはいけない。異形は突然城の中から湧いてきたから、まだ内部に残っている可能性が高いのだ。

「……あぁ、そうだ。それと、サンドリヨンの嬢ちゃんが、サンヴェリーナと一緒に、一階ホールの方に走ってくのを見たぜ」

 グリフォンがそう言えば、ドロシーとオウル、それと今までトラックの荷台に座っていた連中が口々に騒ぎ出した。

「ねぇ、ちょっと! クロウはどこなの! 早く言いなさいよ!」

「まずは、怪我人の救助を最優先すべきだ」

「ライ君、ライ君、私、サンドリヨンさんを助けてあげたいです」

「……好きにしろ」

「パパ、わたしも!」

「…………あ、ぅ」

 ハヤブサは荷台で騒ぐ者達に「ほんなら、ここからは自由行動じゃー、ほい解散!」と雑な指示を出す。

 だが、彼らが好き勝手に散開するより早く「お待ちください!」という声が、階段から響いて、その場にいる者達を引き止めた。

 一同が見上げれば、階段の上で、左足に箒の柄を括り付けて足代わりにしているヤマネが、必死の形相で叫んでいる。

「誰か……誰か、お嬢様と、アリス様を……助けて……くださいっ!」

 ヤマネは左足と左腕を失っていた。機械の体故に血は流れていないが、それでも、ボロボロになったメイド服で、足を引きずりながら歩く姿は、酷く痛々しい。

「ヤマネの嬢ちゃんっ、その姿は……誰にやられた!?」

 グリフォンが叫ぶと、ヤマネは悲痛な顔で答える。

「……海亀様と……ジャバウォック様が、裏切りになられました」

 その一言に、グリフォンとハヤブサの顔色が変わる。

 ジャバウォック……かつて、白鶴と名乗っていた古き友人の裏切りは、英雄と呼ばれたハヤブサにとっても衝撃だったのだ。


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