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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第16章「フリークス・パーティ」
136/164

【16ー5】サンヴェリーナ、立ち上がる

 優花とカーレンは 他の姫や騎士達をパウダールームに待機させ、玄関ホールを目指すことにした。

 優花の目的地である一階ホールは、玄関ホールから更に奥に進む必要があるので、そこまではカーレンが同行してくれるという。

 優花は美花を探してワクチンを回収し、クロウとイーグルを探すため。

 カーレンは玄関までの道が安全かを確認するため。

 早速出発しようとしたところで、それに待ったをかけたのが、イスカだった。

「カーレン一人じゃ不安だからさ、オレも一緒に行ってあげるよ」

 これに露骨に嫌そうな顔をしたのが、カーレンである。

「……足手まとい」

「歯に衣着せて!?」

 カーレンに突っ込みつつ、イスカは優花の方を向き直ると、キリリとした顔を作ってみせた。

「ほら、カーレンは語彙力がゴミカスど底辺だから、状況説明がクソ下手でしょ? 通訳が必要だと思わない? オレ、カーレン語検定一級だから、頼りになるよ?」

「妙な検定を作るな」

 カーレンがイスカの足をゲスゲスと蹴り、イスカが「痛い!」と悲鳴をあげる。

 優花としては、まぁ、イスカが来ようが来まいが、どちらでも構わないのだが……

「つまりカーレンが、心配なのね」

「オレが心配してるのは、君だよ、サンドリヨンちゃん。カーレンは殺しても死なないから、心配するだけ人生の無駄さ」

 イスカが優花の手をとって、パチンとウインクをすれば、ピーコックが死ぬほどどうでも良さそうな顔で肩を竦める。

「通訳が必要なのは、彼の方なんじゃないの?」

 同じことを優花も思ったが、追求するとイスカとカーレンが取っ組み合いを始めそうだったので、黙っておくことにした。



 * * *


 パウダールームには武器になる物は少ないが、衣類の類は充実している。その中に誰かの忘れ物らしい斜めがけバックがあったので、優花はそれを拝借して、トラヴィアータから借りたナイフと、ヘアスプレー、ライターを突っ込んだ。あの異形相手にどれだけ有効かは分からないが、武器が多いに越したことはない。

 それから優花は、まだ戦える騎士だけを集め、あの異形について自分が知っていることを話した。

 アレは薬によって変異させられたこと、頭を潰さない限り動き続けること、そして、鷹羽コーポレーションがその治療薬を開発していること。

 騎士達は不審そうな顔で優花を見ていた。そう簡単に信じてもらえないのも当然だ。

 どう言えば信じてもらえるだろう、と優花が頭を抱えていると、ピーコックが髪をかきあげながら言う。

「どうして君が、そのことを知っているのか、今は追求しないでおいてあげるよ。まずはここを脱出するのが先だからね」

 ピーコックの言葉に、イスカもこくりと頷く。

「鷹羽コーポレーションが治療薬を開発してるんなら、イーグルの保護は最優先でしょ。だったら、尚更、急がないとね。よし、行こ行こ」

 数人の騎士は納得できないような顔で優花を見ていたが、イスカが優花の肩を押して廊下の方に連れ出せば、それ以上追求はしてこなかった。

「あのっ、サンドリヨンさん……っ」

 イスカに肩を押された優花をサンヴェリーナが呼び止めた。

 彼女は泣き腫らした真っ赤な目で、優花を見ている。

 優花は罪悪感で胸が潰れそうになった。

 無責任に「燕さんも私が助けるわ」なんてことは言えない。ワクチンは美花のドレスに縫い付けた一つしかないのだ。そして、そのワクチンの存在を優花はまだ誰にも話していない。

 ……そのワクチンを、イーグルに使うために。

 イーグルを助けて、それから他のみんなの治療薬をイーグルに融通してもらうためだなんて、そんなのは耳障りのいい言い訳だ。

(私は、ただの私情で……たった一つのワクチンを、イーグルに使おうとしてる)

 誰かの命を天秤にかけるなんて、許されるはずがない。

 かつてそう口にしたのは、優花自身なのに。

 今、サンヴェリーナに「お兄様を助けて」と言われたら、きっと自分は胸を張って頷くことはできない。

 優花が途方に暮れていると、サンヴェリーナは優花の手を両手でギュッと握りしめた。

「……? サンヴェリーナちゃん?」

「サンドリヨンさん。あなたの勇気を分けてください」

 サンヴェリーナは、その華奢な手に力を込めて、優花、カーレン、イスカを順番に見る。

「わたくしも、連れていってください」

 優花は驚き、目を丸くした。カーレンは無表情なので何を考えているのか分からないが、イスカは露骨に苦笑し、サンヴェリーナの顔を覗きこむ。

「ねぇ、ここから先は危険なんだよ? この部屋でおとなしく待ってよ?」

「お願いします……足手まといだと思ったら、わたくしを囮にしても構いませんから」

「えぇ〜、いや、こんな可愛い子を囮にするのは、ちょっと……ねぇ、サンドリヨンちゃんとカーレンからも、何か言ってやってよ」

 イスカが困ったように優花とカーレンを見る。

 先に口を開いたのは、カーレンだった。

「分かった。囮にする」

「お前、返答が非道すぎない!?」

「それでもいいなら、ついてくればいい」

 あっさり言って、カーレンは優花を見る。あとは、優花の返答次第というわけか。

 サンヴェリーナは、この城のどこかに燕がいると思っている。きっとそれは正しい。海亀が燕をさらったのだとしたら、燕を異形化して戦力にすることは充分にあり得る。

 だとしたら、きっと燕はこの城の中にいる……異形化した姿で。

(燕さんを、サンヴェリーナちゃんに会わせるわけにはいかない……でも……)

 サンヴェリーナは一歩も譲らない構えだった。カーレンに「囮にする」と言われても、引き下がる気配は無い。

 いつも遠慮がちに俯いているサンヴェリーナが、今は泣き腫らした目で、それでも真っ直ぐに立って、戦おうとしている……兄を助けるために。

 その気持ちは、クロウとイーグルを助けたい優花の気持ちと変わりないのだ。

 優花は複雑な気持ちでサンヴェリーナの手を握り返す。

「…………分かった」

 了承の言葉を口にすれば、サンヴェリーナはパッと花が咲いたみたいに微笑み「ありがとうございますっ、ありがとうございますっ!」と優花に抱きついて礼を言う。

 感極まったサンヴェリーナの声を耳元で聞きながら、優花はサンヴェリーナに、この部屋にいる騎士達に、胸の内で謝罪した。

(……ごめん、ごめんなさい、本当は私、一本だけワクチンにあてがあるの。それを、私はみんなに黙って、イーグルに使おうとしている)

 罪悪感で胸が苦しい。

 それでも、優花は助けたいのだ……イーグルのことを。



 * * *



 カーレンを先頭に、優花、サンヴェリーナが続き、しんがりをイスカという並びで四人は廊下を進む。

 早足で歩けば十分足らずで玄関ホールに出られるのだが、先頭のカーレンは廊下の角を一つ曲がったところで足を止めた。

「……ここならいいか」

「どうしたの?」

 優花が緊張の面持ちで問うと、カーレンは優花とサンヴェリーナの肩を掴んでギュッと寄せ、自身が羽織っていたモッズコートを二人の頭にバサリと被せた。

 カーレンがボソリと「お守り」と呟けば、イスカが顔をしかめる。

「お前ねぇ。カッコつけるんなら、もうちょいマシなコートを貸してあげなさいよ。そんなワインの染みだらけの汚ぇコート……」

「あのバケモノは、理性は無いのに、同士討ちはしなかった」

 イスカの言葉を無視して、カーレンは淡々と言う。

 カーレンが言うには、観戦室で薬を仕込んだワインを飲んで複数人が異形化したのだが、彼らはワインを飲んでいない者だけを無差別に襲ったらしい。

「観戦室でしばらく様子を見ていたが、何故か私だけが、あいつらに狙われなかった」

「んー、言われてみりゃ、そうだったかも……カーレンがバカスカ攻撃してんのに、オレばーっかり狙われたもん」

「その理由が、これだと思う」

 カーレンはコートの染みを指さす。赤ワインがぐっしょりと染み込んだコートからは、あの甘ったるい薬のにおいがした。

「薬を飲んで異形化した連中は、みんな体臭が同じ。腐った果実みたいな、甘ったるいにおいがした」

 そのにおいに優花は心当たりがある。kf-09nのにおいだ。

「つまり、あいつらは、においでお互いを判別してるってこと?」

 優花の問いに、カーレンは「多分」と自信のない様子で頷く。

「……短時間の検証。確証がある訳ではないし、どこまで有効かは分からない。だから、そのコートはあくまで気休めのお守り」

 カーレンがそう言うと、イスカが眉をひそめてカーレンに詰め寄った。

「お前な、そーいう重要な発見は、もっと早く言いなさいよ。なんで、他の連中にそれを教えなかったの!」

「コートの奪い合いになると思ったからだ。自分だけ助かりたい奴が、暴走しないとも限らない」

 だからカーレンは、パウダールームを離れてから、優花とサンヴェリーナにコートを貸したのだ。

 ……サンヴェリーナに対して「囮にする」などと容赦のないことを言った癖に。

 優花はコートの裾をギュッと握りしめて、カーレンを見上げた。

「カーレン、ありがとう」

「ありがとうございます、カーレン様」

 優花の隣で、サンヴェリーナも深々と頭を下げる。

 カーレンは優花とサンヴェリーナの顔を、じぃっと無表情で見ていた。まるで、こちらの覚悟をはかるみたいに。

 やがて彼女はフイッと視線をそらして、廊下を歩きだす。

「……話はこれで終わりだ。行くぞ」

「そうだね、それじゃあしゅっぱーつ!」

 イスカが陽気な声で言って、優花とサンヴェリーナの後ろから無理やりコートに潜り込もうとする。

「ちょ、ちょっと、イスカさんっ!」

「きゃぁっ、スカートが……っ」

 カーレンはイスカを無言で蹴飛ばし、その頭にかかと落としを叩き込んだ。

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