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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第16章「フリークス・パーティ」
135/164

【16ー4】カーレン、提案する

『愚かな騎士に制裁を、哀れな姫に救済を……さぁ、惨劇を始めましょう』


 その放送を〈女王〉はヤマネ、アリスと共に、クリングベイル城内の一室で聴いていた。

「……お嬢様」

 ヤマネが強張った顔で窓や扉を警戒する。アリスもソファから立ち上がり、そわそわと周囲を気にしていた。

 その時、部屋の扉がノックも無しに開かれ、誰かが飛び込んでくる。ヤマネとアリスは一瞬身構えたが、駆け込んできた者の顔を見ると、すぐに緊張を緩めた。

 駆け込んできたのは巡回警備中だったジャバウォックだ。普段は警棒程度しか装備していないのだが、今は事態が事態なので腰に剣を下げている。

「〈女王〉様、ご無事ですかぃ」

 ジャバウォックは室内をぐるりと見回し、ヤマネとアリスも一緒にいることを確認すると、ホッとしたように息を吐く。

 女王は美しい青い目でジャバウォックを一瞥し、口を開いた。

「ジャバウォック、状況報告を」

「海亀が裏切りました。それと、おそらく笛吹もグルですねぇ。会場には例の異形が溢れかえって大騒ぎです。現在、観戦室でウミネコが、玄関ホールでグリフォンが応戦中ですが、数が多すぎる」

「地下に落とされたクロウとイーグルは」

「安否不明です、連絡もありやせん」

 クラークの後継者が何かを仕掛けてくるだろうとは予測していたが、それが決勝戦の直後というのは完全に予想外だった。

 〈女王〉が一番警戒していたのは、自身が壇上に上る開会式と閉会式だったのだ。

 女王は膝の上で指を組み替えると、ジャバウォックに問う。

「ジャバウォック」

「へい」

「会場巡回中のお前がここに来るまでに、何分ぐらいかかって?」

 〈女王〉の言葉に、アリスとヤマネが険しい顔でジャバウォックを見る。

 ジャバウォックはガリガリと頭をかきながら、息を吐いた。

「はぁ、なるほど……ちょいとばかり、早く着きすぎちまいましたかねぃ」

 ジャバウォックが通信機に連絡も入れず、真っ直ぐにこの部屋まで来たのは不自然だ。

 なにより、あの不審な放送が終わってからまだそれほど経っていないのに、あまりに早すぎる。

 となれば、考えられることはただ一つ……ジャバウォックは、最初から〈女王〉の部屋の近くに移動していたのだ。これから何が起こるか、全てを知った上で。

 ヤマネがメイド服のスカートの中から拳銃を取り出し、右手に構える。

 だが、彼女が引き金を引くより、ジャバウォックが剣を抜く方が早かった。ヤマネが銃を手にするのとほぼ同時に、距離を詰めたジャバウォックが剣を一閃させる。

 銃を握ったヤマネの右腕と右足が地に落ちた。少し遅れてバランスを失ったヤマネの胴体も、グシャリと床に落ちる。

 ヤマネは体の殆どを機械化されているため血は流れない。床に落ちた手足の切断面は、コードや機械部品がのぞいている。

 それでもヤマネは苦しげに呻き、残った左手で絨毯をかきむしった。

「……ぁ、ぅっ」

「ヤマネっ!」

 アリスが叫びながら、椅子を持ち上げ、ジャバウォックに突進する。アリスはクラークのクローンだが、肉体をある程度強化されている。そこらの大人など軽く捻り上げられる程度には強い。

 しかし、ジャバウォックはアリスが振り下ろした椅子を軽々と一刀両断し、そのまま剣の柄でアリスの背中を強く打った。

「がっ……はっ」

 アリスが床に倒れて、くぐもった息を吐く。その首筋にジャバウォックは無言で手刀を叩き込み、アリスを気絶させた。

 ジャバウォックは今でこそ運営委員会の日和見男と言われているが、かつては「剣豪」と呼ばれた凄腕の騎士である。長年の積み重ねで培われた熟練の技は今も衰えておらず、アリスが敵う相手ではない。

「……〈女王〉を、裏切ったの、ですね」

 床に転がるヤマネは、苦しげに呻きながら、それでも残された左手を懸命に伸ばして通信機を操作しようとしていた。だが、その手が通信機に触れるより早く、ジャバウォックの剣が通信機を真っ二つにする。

 ジャバウォックはヤマネの目の前に剣を突き立て、とろりと眠たげな目でヤマネを見下ろした。

「……その言葉はあまり正確じゃないねぃ。俺が裏切ったのは〈女王〉じゃなくて……俺自身だ」

「なに、を……言って……」

「一つ教えといてやるよ、ヤマネの嬢ちゃん。俺と海亀を勧誘した奴ぁ、同一人物だ。だが、そいつは〈クラークの後継者〉なんかじゃない」

 ジャバウォックはヤマネの前に突き立てた剣を抜き、気絶したアリスを片手で担ぐ。

 そうして彼は、いまだソファに座ったままの〈女王〉と向き直った。

「俺の仕事は、このお坊ちゃんを連れていくことだけでしてね。正直、あんたについては、好きにしていいと言われているんですわ」

「……そう」

 〈女王〉は淡々とした態度のまま、じっとジャバウォックを見ている。その顔に、動揺や絶望は無い。

 ジャバウォックは剣を鞘に納め、提案する。

「あんたが、これから起こることを見届けたいって言うんなら、お連れするのは吝かじゃあないんですがね」

 ジャバウォックの眠たげな瞼の下で、その目は抜き身の剣のように鋭く輝いていた。

 そんな彼の目を〈女王〉は濃いブルーの目で真っ直ぐに見つめ返し、音もなく立ち上がる。

「連れてお行き」

「かしこまりました」

 ジャバウォックはアリスを担いだまま歩きだし、その後を〈女王〉が静かについて行く。

 後には、無力さに唇を噛みしめるヤマネだけが残された。



 * * *



 優花はパウダールームを調べて回ったが、脱出できそうな場所は見当たらなかった。採光用の高窓ははめ殺しになっているし、換気用のダクトはネジでしっかり固定されている。

 また、パウダールーム内に武器になりそうな物はなく、あるのは着替えのドレスと化粧品ぐらい。

 メイク用の小さいハサミやカミソリで、頑丈な扉を破壊するのは難しいだろう。

 サンヴェリーナは部屋の隅にちょこんと座って、不安そうに俯いている。力づけてあげたいが、kf-09nの存在を知っている優花は、下手な慰めは言えなかった。

(……もしかしたら、燕さんも……あの薬を投与されているかもなんて、言える筈がない)

 優花は考えに考えた末、トラヴィアータに話しかけた。

「……あなたのナイフを貸してもらってもいい?」

「別に構やしないけど、ナイフじゃ扉は壊せないよ」

「分かってる。次に外から扉が開く時を狙うわ」

 海亀は美花を見つけたら、保護してここに連れてくると言っていた。

 海亀が次にこの扉を開けたら、すかさず取り押さえ、ここを脱出する……それが優花の作戦だ。ナイフはできれば使いたくないが、念のためである。

 トラヴィアータは「ふぅん」と頷き優花を見ていたが、ドレッサーの方に向かうと、何かを手にして戻ってきた。

 その手に握られているのは、ライターとヘアスプレーだ。

「まぁ、何もないよりはマシだろ」

 そう言ってトラヴィアータも優花のそばに腰を下ろす。他の姫達に怪訝な目で見られていた優花にとって、トラヴィアータの冷静さと行動力は正直心強かった。

 そうして扉のそばでじっとしていると、トラヴィアータが優花を見て、声のトーンを落とし、囁く。

「……あんた、何か隠してるね?」

「…………」

 優花は知っている。クラークの後継者の存在と、kf-09nという薬の効果を。そして、薬で異形にされた者達が城内で暴れていることも。

 だが、それをこの場にいる姫達に話すのは、ただただ不安と混乱を煽るだけだ。下手に話すことはできない。

(……それとも何かそれっぽいことを言って、誤魔化すべき?)

 優花が頭を抱えていると、トラヴィアータは鼻を鳴らした。

「あんたが、話さない方が良いと判断したのなら、別にいい。情報統制は徹底しな。下手な嘘で薄っぺらい希望持たされる方が酷ってもんだ」

「……ありがとう」

 トラヴィアータは、優花が嘘を下手なことなどお見通しなのだろう。

 思わず苦笑したその時、ドンと大きな音がして壁が揺れた。ドン、ドン、と繰り返される音は次第に強くなってくる。

 扉の向こう側で破壊音がした。この部屋は二重扉になっていたから、その一枚目が破壊されたのだろう。すぐに二つ目の扉も強く揺れ始める。電子ロックされているはずだが、既に扉は軋み始めていた。

 姫達が怯えたような声をあげ、部屋の隅で縮こまる。

 優花とトラヴィアータは緊張の面持ちで、それぞれナイフとヘアスプレーを構えた。

 やがて、耳をつんざくような激しい音がして、扉が内側に吹き飛ぶ。


「あぁもう! まったく美しくないったらありゃしない! なんでこのボクが! 扉に体当たりだなんて泥くさいことしなくちゃいけないわけ!? こういうのはウミネコみたいな腕力馬鹿の仕事でしょう? ねぇちょっと聞いてるの? この美しい肌に痣ができたらどうしてくれるわけ?」


「もう、大声出さないでよー。しょうがないじゃん、怪我人ばっかなんだからさぁ! ピンピンしてるのなんて、おたくと、うちのカーレンぐらいよ? オレだって本当は肉体労働要員じゃないんだから! あ〜、疲れた。今日はもう働きたくなぁ〜い!」


「…………二人とも、うるさい」


 数秒前まで扉があった場所でギャアギャアと騒いでいるのは、ピーコックとイスカだった。それと、カーレンも。

 背後には他にも数人の男達の姿が見える。おそらく、観戦室にいた騎士達なのだろう。

 トラヴィアータは持ち上げていたヘアスプレーとライターを下ろした。

「あんたが騒がしくて助かったよ、ピーコック。おかげで、その前髪を焦がさずにすんだ」

「…………」

 憮然とした顔で黙り込むピーコックの横では、イスカが不安そうな姫達に満面の笑みを振りまいている。

「囚われのお姫様達、オレが来たからにはもう大丈夫だよ。安心してね!」

 数人の姫がきゃあきゃあと言いながら、イスカの元に駆け寄り……その横をすり抜けて、カーレンの元に群がる。

 あ〜ん、怖かった〜。ありがとうございますぅ〜……と姫達に礼を言われるカーレンを見て、イスカはガクリと肩を落とした。



 * * *



 イスカの説明によると、観戦室で振舞われたワインになんらかの薬が混入しており、数人の騎士が異形化したらしい。

 ワインを飲まずに済んだ騎士達は力を合わせて、暴れる騎士達を拘束した。なんでも、ピーコックの鞭で足止めをし、テーブルクロスをロープがわりにして拘束したのだという。

 それから、彼らは力自慢のフリークス達の手で観戦室の扉を破壊し、姫達がいるパウダールームへと向かった。

 だが、パウダールームは電子錠で二重ロックされている。そこで彼らは数人がかりで、交代しながら扉を破壊して今に至る……というわけだ。

 騎士達は負傷している者が多く、ほぼ無傷なのはピーコック、イスカ、カーレンの三人ぐらいだった。それほどまでに、異形化した者達は手強かったのだ。

 優花も自分が見たものをイスカ達に説明した。

 決勝戦の後、観戦室に異形が現れたこと、クロウとイーグルが地下に落とされたこと、自分は海亀に拘束されてここに連れてこられたこと。

「海亀は、姫に危害を加えるつもりはないって言ってたわ。ここにいれば安全だとも……」

 そう言って優花はちらりと破壊された扉を見る。

 全く悪びれる様子もないピーコックとカーレンに代わり、イスカが申し訳なさそうに頰をかいた。

「……扉壊しちゃったら、もう安全じゃないよね……ごめーん」

「いえ、お陰で出られましたから……」

 これで、クロウとイーグルを探しに行ける。

 問題は、ここにいる三十人近い姫達をどうやって逃すかだ。

 もし異形が玄関ホール付近をうろついていたら、非力な姫達を逃すのは難しい。

 何より、合流した騎士達の中には怪我人もそれなりにいるのだ。重傷者は多くないが、それでも戦力としては不安がある。

 次の手を決めあぐねていると、カーレンが優花の顔を至近距離で覗き込んだ。突然目の前に現れた綺麗な顔に優花がギョッと仰け反ると、カーレンは淡々と問う。

「…………お前は、どうしたい?」

 まるで、こちらの悩みなど全部お見通しと言わんばかりの澄んだ目が、じぃっと優花を見つめている。

 優花はギュッと拳を握りしめて答えた。

「私は……クロウとイーグルを助けに行きたい」

 クロウとイーグルは一階ホールから地下に落とされた。地下への行き方が分からない以上、一階ホールの穴から地下に向かうのが一番手っ取り早いだろう。

「私は、一階ホールに戻るわ」

 無謀な優花をカーレンは咎めようとはしなかった。それどころか、あっさり「分かった」と頷き、一つの提案をする。

「……この場にいる全員を逃すなら、ここから正面玄関までの間に凶暴化した奴がいるかどうか、城の外は安全かどうか、確かめる必要がある」

 カーレンの言葉に、ピーコックも同意する。

「そうだねぇ。姫と怪我人、それと護衛をこの場に残して、誰かが偵察に行く必要があるだろうねぇ」

「私が偵察する。そのついでに、一階ホールまでサンドリヨンを送る」

 カーレンは足が速い。おまけに耳も良いから、偵察に行くには、うってつけの人材と言えるだろう。

 優花は少しだけ申し訳ない気持ちで、カーレンを見上げた。

「…………いいの?」

「偵察に行くついで。一階ホールについた後のことは、保証できない」

「ううん、充分だわ。ありがとう」

 イーグルが海亀に投与された薬は、おそらくkf-09nだ。

 そして、優花はイーグルから一つだけ、kf-09nのワクチンを貰っている。

 ペン型の注射器は、いつ必要になるか分からないから、優花は常に肌身離さずそれを持ち歩いていた。

 決勝戦でも持ち込みたくて、わざわざドレスの内側にポケットを縫い付けて、そこにワクチンを収納したのだ。これがあれば、きっとイーグルを助けられる。

(えーっと……確かスカートの内側の、このへんに…………)

 ゴソゴソとスカートを漁った優花は、注射器の手応えが無いことに気づき、さぁっと青ざめた。

 そうだ、決勝戦前夜に優花がポケットを縫いつけたドレスは、このドレスじゃない。


 ……オデットの、ドレスだ。


 そして、今そのドレスを着ているのは……



 * * *



「えー、マジヤバたんー」

「無理無理無理無理、これ死んじゃう死んじゃう死にたくないぃぃぃぃぃ!!」

 決勝戦ホール二階のカーテン裏で、美花と白兎は膝を抱えていた。

 うぉんうぉんと泣き出す白兎に、美花は唇を尖らせる。

「ちょっとー、大きい声出さないでよー、見つかっちゃうじゃんー」

「さっきからずぅぅぅぅっと通信機に助け求めてるのになんで誰も助けに来てくれないんですかぁぁぁ、ひどい、ひどすぎる、あんまりだ、死にたくないぃぃぃぃ」

「もう、うるさいってばー! あーん、もうっ! 優花ねぇ、どこ行っちゃったのー!」


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