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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第15章「シンデレラはガラスの靴を……」
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【15ー4】すごくすごい作戦(語彙力)

 美花は子どもの頃「お姫様ごっこ」が好きだった。

 持っているスカートの中で一番可愛いスカートをはいて、紙やアルミホイルでティアラやアクセサリーを作って。

 特にこの遊びは、姉と一緒にするのが好きだった。自分と同じ顔の姉を同じように着飾らせて、そうして可愛い可愛い双子のお姫様になるのだ。

 幼い頃の姉は、美花以上に「お姫様」や「王子様」というものに憧れていたと思う。

 特に姉は「シンデレラ」の絵本が好きで、シンデレラが魔法をかけられたシーンを何回も何回も読み返していた。

 けれど、母が死んで、父が行方不明になって、家族を養うことに必死になっている内に姉は夢を見ることをやめてしまった。

 魔法使いも王子様もいなくても、幸せになってやるんだ……そう自分に言い聞かせて。

(優花ねぇ、昔はお姫様が大好きだったのにねー)

 美花は手の中にある、優花から預かった靴を見下ろす。

 白いバックリボンの可憐な靴は、今まで美花が「オデット」として出場していた時に履いていた物とは別物だ。おそらく、イーグルがこれを優花に贈ったのだろう。

 イーグルが、優花のことを心から大切にしているのは、美花にも分かる。

 イーグルならきっと、優花の王子様になってくれるだろう。

(でも、優花ねぇは、とっくに王子様なんて諦めてたんだよねぇ。せっかく、美花が素敵な王子様を探してあげようとしたのにー)

 内心そんなことをぼやきつつ、美花は一階を見下ろし、顔をしかめた。

 「うっわぁ……」

 一階では、とても決勝戦とは思えない、それはそれは泥臭い戦いが繰り広げられていた。



 * * *



 まず、最初に動いたのはイーグルだった。

 目にも留まらぬ速さで踏み込んだ彼は、高速の連続攻撃をクロウに仕掛ける。宣言通りの殺意を込めて。

 それをクロウが槍で受けながら、じりじりと後ずさる。

 イーグルがクロウに猛攻を仕掛けたのは、優花が割り込みづらくするためだ。イーグルとクロウが武器を振り回しているところに、素手の優花が割って入るのは難しい。

 だが優花とて、ただ突っ立って見ているつもりはなかった。

 劣勢のクロウがイーグルの一撃を左手に受ける。槍を落とすとまではいかなかったが、穂先が傾く。

 その瞬間、優花はその場にしゃがみこみ、叫んだ。

「クロウ、飛んで!」

 察したクロウが大きく飛び上がる。だが、空中では態勢の立て直しがきかず、隙ができやすい。

 イーグルがクロウめがけて、ステッキを大きくスイングする。そのタイミングで優花は赤い絨毯を思い切り引っ張った。

「……っ!?」

 しっかりと絨毯を踏みしめていたイーグルのバランスが崩れる。

 それでも彼は無様に尻餅をつくような真似はしなかった。ギリギリのところで踏みとどまり、空中からクロウが仕掛けた突きをステッキで払う。

 だが、ステッキはクロウの槍を完全に受け流すことはできず、穂先がイーグルの手の甲に薄い傷を残した。


『おーっと、ここにきて初めてクロウ選手からの攻撃です! ほんのかすり傷ですが、クロウ選手が一矢報いました!』


 イーグルは血に汚れた白手袋を見て、ほんの少しだけ眉根を寄せる。そのわずか二秒の間に、優花は拳を握りしめてイーグルに殴りかかっていた。

「っらぁ!」

 顔面めがけて繰り出された攻撃を、イーグルは片手で受け流す。

「うーん、困ったなぁ……君に怪我をさせたくないんだ」

 拙いながら、勢いだけはしっかり乗った優花の拳をイーグルは受け流す。それは、武道の師範が新入りの拙い攻撃を捌くのに似ていた。拳を受け止めると手首を痛めかねないからと、イーグルは優花が怪我をしないように丁寧に丁寧に攻撃を受け流す。

 拳を受け流された優花は、勢い余って前につんのめった。

「なんのっ……!」

 優花はその場に踏ん張ると、シルクの長手袋を口で引き抜き、鞭のようにしならせる。手袋の先端がぺチリとイーグルの頰を叩いた。

 無論、そんなものダメージになるはずがない……が、確かにイーグルの意識は一瞬手袋に向けられた。

 その隙にクロウがイーグルの死角から槍を繰り出す。槍の穂先はイーグルの頰に一筋の赤い線を残した。

 イーグルがクロウを牽制しようとそちらに意識を向ければ、今度は優花が死角から足払いを仕掛ける。

「……やりづらいね」

 イーグルはステッキでクロウの槍を受け流し、一度二人と距離を開けた。



 * * *



 クロウが槍でイーグルを牽制しつつ、優花をチラリと見れば、彼女はキョロキョロと周囲を見回していた。どうやら何かを探しているらしい。

「……何やってんだ?」

「石みたいに硬くて重い物があれば、手袋に詰めて武器にできるんだけどなーって思って」

 案外無いものねぇ、と落胆したように呟く優花に、クロウは思わず肩を落とした。

「お前、それは姫としてどうなんだ……」

「何言ってんの? 使えるモンは、なんでも使うのが喧嘩の流儀でしょ?」

「……まったく、頼もしい限りだぜ」

 苦笑しつつ、クロウは思考を巡らせる。

 戦闘の素人である優花の参戦は、決してクロウのプラスにならないが、確実にイーグルにとって大きなマイナスとなっていた。

 イーグルはサンドリヨンを殺せないし、極力怪我をさせないように動く。だからサンドリヨンが前線に出てチョロチョロと動き回るだけで、充分にイーグルの動きを制限できる。

「サンドリヨン。お前の力じゃ、いくら殴ってもイーグルにダメージを与えることはできねぇ。だから、お前は妨害に集中しろ」

 クロウがそう指示を出すと、優花は鼻を鳴らして不敵に笑った。

「それじゃあ、イーグルの意表を突けないでしょうが」

「それが最善手なんだよ」

「喧嘩ってのはね、不意打ちでデカイのをガツンとかました方が勝つのよ」

「…………」

 優花がイーグルの妨害をし、クロウがダメージを与えるというスタイルが、最善手であることは間違いない。

 だが、クロウには懸念していることが一つあった。

 そんなクロウの思考を読んだかのように、優花が小声で問う。

「ねぇ、クロウ。イーグルが次に取る手は、なんだと思う?」

 それこそがクロウが懸念している、イーグルの次の一手。

 おそらく、イーグルが次に取る行動は……

「……お前の無力化だ」

 イーグルは、クロウを見せしめにして嬲り殺すと宣言している。だが、優花がいては妨害されるのは明白。

 だとしたら、イーグルはなんらかの手段で優花を無力化しようとするだろう。騎士が気絶したら戦闘終了だが、姫が気絶しても試合は続くのだから。

 優花さえ気絶させてしまえば、イーグルは一切邪魔が入らない状態で、悠々とクロウを嬲り殺すことができる。

 そうなる前に、イーグルを倒さなくてはならない……が、イーグルを気絶させられるだけの強烈な一撃を入れるとなると、やはり隙を突く必要がある。

 その方法が思い付かず、歯ぎしりするクロウに、優花が目を爛々と輝かせて提案した。

「聞いて。すごくすごい作戦を考えたの」

「とりあえず言ってみろ」

「私が先にガツンとかまして、その後、クロウがガツンとかます」

「…………」

 優花は左手の手のひらに右の拳を叩きつけた。パァンと気持ちの良い音がする。

 距離を開けて様子を伺っていたイーグルが口を挟んだ。

「作戦会議は終わったかい?」

「えぇ、バッチリ」

(何もバッチリじゃねぇぇぇ!!)

 クロウが声に出さずに叫んでいると、イーグルがステッキを握り直した。

 イーグルは一見温厚そうな笑みを浮かべつつ、器用にクロウにだけ殺意を向けている。



 * * *



「それじゃあ、続きを始めよう」

 イーグルがそう宣言すると同時に、優花が壁際に向かって走り出した。イーグルはクロウには目もくれず、優花に向かって真っ直ぐ走る。

 優花とクロウの予想通り、彼はまず先に優花を無力化しようと考えていた。

(狙うのは首筋か、鳩尾か……)

 迷っていると、優花は壁に背を向けた状態でくるりとイーグルに向き直った。壁があるから、後ろに回り込むことはできない。となると、狙うは鳩尾一択だ。

 なるべく彼女を傷つけたくはないのだが、クロウとの戦闘に割り込まれて、大怪我をされるよりはいい。

 イーグルは加速して一気に距離を詰めると、左手を優花の背中に回し、右手の掌で優花の鳩尾を打った。強すぎず、弱すぎず、繊細な力加減で放たれた掌底に、優花がカハッと息の塊を吐き出す。

 後ろに傾いた優花の体が壁に叩きつけれらないよう、イーグルは左手で優花の背中を支えた……が、違和感にイーグルは眉をひそめる。

 思いのほか、左手に負荷がかからない。意識を失った人間の体はそれなりに重いはずなのに。

 ハッとして優花を見れば、優花は犬歯を剥き出しにした凶暴な笑みを浮かべていた。

 優花は両手を下ろして、鳩尾をガードしていた。おそらく彼女は、最初からイーグルが鳩尾を狙うよう誘導していたのだ。

 優花が戦闘を妨害すれば、イーグルは真っ先に優花を気絶させることを考える。

 その上で、あえて壁際に逃げて、イーグルが鳩尾を狙うように誘導した。

「……つ、か、ま、え、た」

 優花はイーグルの胸元に飛び込み、縋りつくみたいにイーグルの服をギュゥっと強く握りしめる。

 そうして、ゆっくりと顎を持ち上げて、イーグルを見た。

 まるでキスでもするみたいな至近距離に、初恋を忘れられない少年の心がトクンと跳ねる。

 優花はイーグルを見つめて笑った……とびきり、凶悪な悪ガキ面で。

 イーグルの服を掴む手に、力が篭る。


「──っらぁ!!」


 勢いよく振り下ろされた優花の頭は、イーグルの額を強かに打った。

 あぁ、なんという既視感! そうだ、優花ちゃん、ボクより石頭だった!!

 イーグルの目の前を星がチカチカと舞い、くわんくわんと視界が揺れる。

 イーグルがふらつけば、優花も若干涙目になりつつ、イーグルからパッと手を離して後ろによろめいた。

 その後ろから飛び出してきたのは、槍の柄。クロウは優花の体を隠れ蓑にして、その影から槍を振るったのだ。

 頭突きの余韻でふらついていたイーグルは、攻撃をかわすことができず、鳩尾に槍の柄を受けた。

 咄嗟に腹筋に力を込めて、気絶するのはなんとか堪えるが、勢いを完全に殺すことはできず、後ろ向きに倒れる。

 クロウは槍を旋回させてイーグルの上に馬乗りになり、イーグルの喉に槍の穂先を突きつけた。

 審判の海亀の切羽詰まったような声が響く。


「勝負あり! 勝者……クロウ&サンドリヨン!」

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