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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第15章「シンデレラはガラスの靴を……」
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【15ー2】家長命令

『さぁ、いよいよやってまいりました、フリークス・パーティ、ペアバトル決勝戦! 激しい戦いを勝ち抜いてきた二組のペアを紹介しましょう。まずは一組目……向かうところ敵無しの最強の男。前回のシングルバトルでも堂々の優勝! 鷹羽コーポレーション所属、破壊の貴公子イーグル! パートナーは白いドレスが可憐な寵姫オデットー!!』


 スポットライトがイーグルと優花を煌々と照らしだした。

 優花はイーグルに手を引かれながら、ホールの中央に進み出る。

(……顔を上げるのが怖い)

 向かいに立つクロウは、どんな顔をしているのだろう。

 最後に別れた時みたいに、裏切り者を見るような冷たい目をしているのだろうか。

(……それでも、私は……)


『対するは……前回のシングルバトルでの雪辱を果たせるか!? グロリアス・スター・カンパニー所属、屍肉漁りの凶鳥クロウ! パートナーは、あのオデットの双子の姉妹サンドリヨーーーン!』


 反対側にパッとスポットライトの明かりが灯る。

 優花はきつく拳を握りしめて、顔を上げ……そして、限界まで目を見開いた。

 艶やかなカラスの羽を思わせるクロウの黒髪は、目に痛いぐらい鮮やかな金色に染まっている。

 一瞬、人違いかと思いキョロキョロと周囲を見回したが、間違いない。アレはクロウだ。アレがクロウだ。

 美花がボロボロのドレスではなく、真新しいドレスを着ているというのも、まぁまぁ驚きだが、それでも金髪クロウのインパクトには敵わない。


「……クロウが、グレた」


 優花が思わず漏らした一言に、クロウの頰がピクリと引きつった。彼の横では、美花がプッスーと笑いを堪えている。

 イーグルがクロウに蔑みの眼を向けた。

「愚かしいね。何色に染めたって、カラスはカラスでしかないのに」

「……ふん」

 クロウは不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、イーグルには何も言い返さなかった。

 そのかわりとばかりに、クロウは実況のドードーをジロリと睨みつける。

「おい、実況。訂正しろ。オレはグロリアス・スター・カンパニー所属じゃねぇ」

 クロウは左腕の腕章を、見やすいように軽く引っ張った。

 本来、そこに記載されているのは選手名と所属だ。しかし、クロウの腕章は所属の部分だけマジックで黒く塗りつぶされている。

「今のオレは『無所属』だ」


『なななーんとぉぉぉぉ! クロウ選手、まさかの決勝戦で無所属宣言! 変えたのは髪の色だけじゃなかったのかぁぁぁ!』


 実況の叫びを聞きながら、優花は状況が理解できず目をぐるぐると回していた。

 クロウの髪色が変わったことも驚きだが、それよりも無所属というのが衝撃だ。

(どういうこと? それってつまり、グロリアス・スター・カンパニーと縁を切ったってこと?)

 混乱し、立ち尽くす優花にクロウが大股で近づく。イーグルが牽制するように優花を背に庇うと、クロウは足を止め、背中に隠していた右手を前に差し出した。

 黒い革手袋に覆われたクロウの手が握りしめているのは、一本の花。青紫のそれは、アヤメやカキツバタとよく似ているが、違う。

 花の根元が濃い黄色に色づいているのは、花菖蒲だ。

 花を一瞥したイーグルが不快そうに目を細めて、クロウを睨む。

「花菖蒲は本来梅雨の季節に咲く花だ。それをわざわざ用意したのは……花言葉のためかい?」

 花言葉に疎い優花が「花言葉?」と首を傾げれば、イーグルはクロウを見据えたまま静かに告げる。

「『あなたを信じる』……僕の大切な人を傷つけたカラス君が口にするには、あまりに薄っぺらい花言葉だ」

 辛辣な言葉にもクロウは動じず、ただ真っ直ぐに優花を見ていた。

 微かに動いた唇が告げるのは、ただ一言。

「……オレは、勝つ」

「それが大口ではないと言うのなら、試合で証明するがいい……だが、僕は宣言するよ、カラス君」

 イーグルは紳士的な笑みを浮かべたまま、ステッキの先端をクロウに突きつける。

 そして、朗々と響く声で宣言した。

「僕は君を殺す。四肢を捥いで、骨を砕いて、内臓を磨り潰して、その弱さ、脆さ、惨めさを会場中に露呈してから、殺す」

 数多のキメラ達の死を背負った青年は、悲壮感など微塵も感じさせぬ態度で……いっそ高慢な笑みすら浮かべて、クロウを見下してみせる。

「脆くて弱いキメラなど、この世には必要ないと……君の無様な死に様で、この会場中に知らしめておくれ」

 こんなのおかしい、と優花は思った。

 イーグルは自分の「強さ」に縛られている。

 彼は誰よりも強かったから、キメラ達を死に追いやってしまった。そのことに責任を感じ、死んだキメラ達の最期の願いを叶えようと躍起になった。

 これ以上哀れなキメラが増えぬよう、キメラの不要性を訴えるべく。

 それが、力ある強者の義務なのだと自分に言い聞かせて。

(……だったら、私にできることは)

 優花は、美花やクロウのように機転が利かない。気の利いた解決方法なんて思いつかない。

 それでも、イーグルにクロウを殺させたくない。クロウを死なせたくない。

 ……それならば、優花にできるのは、ただ一つだけ。


『決勝戦はギミック無し! スタート地点は騎士が一階ホールの中央、姫はそれぞれ二階ホールの西と東の端になります!』


 騎士は一階、姫は二階。

 つまり、組み合わせ次第では、姫同士の殺し合いもあり得たというわけだ……流石に優花と美花の間でそれはないが。

「行ってくるよ、僕のオデット」

 イーグルが優花の手を取って、その手の甲に口付ければ、クロウは露骨に舌打ちした。イーグルは、そんなクロウを鼻で笑って、ステッキを構える。

 審判の海亀が、優花と美花の二人を二階に誘導した。

 二階は一階ほどではないが、それでもそれなりの広さのホールになっている。

 ただ、周囲の壁は白い壁紙などではなく、透明なガラスになっていた。ガラス一枚隔てた向こう側は観戦席で、ソファに腰掛けてこちらの様子を見ている観客達の姿がよく見える。

 観戦席にいるのは、立派なスーツやドレスを着た紳士淑女達だ……だが、そのねっとりとした好奇の目に、優花の肌は粟だった。


 ……改めて実感する。自分達は見世物なのだと。


 その時、優花は視界の端──観客席の後方に見覚えのある人物を見つけた。

(あれって……ウミネコさん?)

 ウミネコは何故か、黒スーツとサングラスを身につけていた。正直、あまり似合っていない……というか、とても浮いている。優花がすぐにウミネコを見つけだせたのも、そのためだ。

(……なんで、ウミネコさんがあんなところにいるの?)

 優花が疑問に思っている間に、海亀は階段を下りていった。

 シャンデリアの真下でクロウとイーグルが向かい合う。

 クロウが槍を、イーグルがステッキをそれぞれ構えれば、白い仮面の審判はすっと右手を持ち上げた。


「それでは……フリークス・パーティ、パートナーバトル決勝戦…………はじめっ!」



 * * *



 審判の合図と同時に、クロウは槍の柄を旋回させた。

 キィンという硬質な音と、手首にヒビが入りそうな程の強い圧力。クロウの死角に回り込んだイーグルが、クロウの左肩目掛けてステッキを振り下ろしたのだ。

 それは前回のシングル戦で、クロウがイーグルに倒された時と全く同じ攻撃。

「……へぇ、流石に二回目は受けきれたか……だが『受ける』のが精一杯で『かわす』ほどの余裕は無いらしい」

 イーグルの口調は、とても試合中とは思えないほど穏やかだった。

 クロウは両腕で槍を握りしめて、必死でステッキを押し返しているというのに、イーグルは右手一本で余裕綽々の態度だ。

 やはり、根底から力が違う。

(だが、ウミネコほどじゃねぇ……受けきれる)

 ウミネコの攻撃はこれより凶悪なので、受けるのではなく、かわすのが基本だ。

 イーグルの攻撃はあまりに早すぎて、かわすのが難しいのだが、それでもなんとか受け止めることはできる。

(……目線が動いた!)

 イーグルの目線が動くと同時に、ステッキが別の角度からクロウを襲う。それをクロウは、またもギリギリのところで受け止める。

 イーグルの目がすぅっと細められた。

「……へぇ、まぐれではなさそうだ」

 イーグルは一度距離を取って、手の中でステッキをくるりと回す。そうしてステッキを握り直したイーグルは、フェンシングの選手のようにステッキの先端をクロウに向けた。

 これは「薙ぎ」ではなく「突き」の構えだ。

「……槍相手に、ステッキで突きを仕掛けようなんて、普通はやらねぇぜ?」

「だが、『突き』ならば、柄で受け止めるのは難しいだろう?」

「試してみたらどうだ?」

 イーグルはニコリと微笑み、一歩踏みだした。

「そうするよ」

 まるで、銃弾かと思った。

 それほどの速さの突きをクロウは槍の穂先ではなく、あえて柄尻で受ける。

 本当は槍の穂先で受けた方が様になるのだが、それをやると恐らく切っ先が欠ける。イーグルの神速の突きを受けるなら、少しでも面積の広い柄尻の方が安全なのだ。

 一発受けるたびに、手首が、肩が、じわじわと圧迫されていく。

 こんなの、至近距離で放たれる銃弾を槍で受けるのとなんら変わらない。

 それでもかろうじてクロウが攻撃を捌ききれるのは、イーグルの戦い方の特徴故にだ。

(……やっぱりな。動画を見て気づいたが……こいつ、フェイントを殆ど使わない)

 フェイントをせずとも、イーグルは回避困難な速さの一撃を放つことができる。故に、今までフェイントの類を使うという発想すら無かったのだろう。

 例えばクロウは僅かな目線の動きで、右に攻撃を仕掛けると見せかけて左に攻撃するといったフェイントや、あえて隙を見せて攻撃を誘導し、反撃するという搦め手の類をよく使う。

 これはクロウに限ったことじゃない。熟練の戦士なら、誰もが使うありふれた手法だ。

 だが、ウミネコやイーグルのように身体能力が高すぎる先天性フリークスは、あまりフェイントを多用しない。そんな小手先の技術に頼らずとも、ウミネコは腕力で、イーグルはスピードで、相手を圧倒できてしまうからだ。

(……それなら、目の動き、筋肉の動きを見ていれば、攻撃は予測できる)

 相手を徹底的に観察し、次の手を読むことが、クロウの戦い方だ。

 クロウは全神経を集中して、イーグルの一挙一動に目を走らせつつ、その攻撃を捌く。

「防戦一方だね。仕掛けてきてもいいんだよ?」

「……けっ。その手に、乗るか……よっ!」

 今のクロウの実力では、イーグルに攻撃を仕掛けたら確実に回避され、反撃される。

 悔しいがそれが現実だ。

(……だから、今はイーグルを疲れさせて、隙が出来るのを待つしかねぇ)

 ウミネコに散々地味だと言われたが、それが最善手なのだ。

 ……とは言え、戦況は圧倒的にクロウに分が悪い。

 常に頭をフル回転させてイーグルの次の手を読みつつ、全神経と筋肉を総動員して銃弾のような攻撃を小さな柄尻で受けるのだ。疲労するスピードは圧倒的にクロウの方が早い。

 後天性フリークスであるクロウは戦場での活動を想定して作られているから、スタミナには自信がある。

 だが、先天性フリークスの場合、スタミナの有無はだいぶ個人差があるのだ。クロウが知る限り、ウミネコ、ピーコック、カーレンは一般人には勝るが、さほど体力は無い。

 だが、伝説の男と言われたハヤブサはウミネコ曰く「無尽蔵の体力モンスター」だったと言う。

(……イーグルは、どのタイプだ?)

 イーグルが長時間の試合をした記録が無いから、彼がどれだけスタミナがあるのかは分からない。となれば、今のクロウにできるのはひたすら根比べをすることだけ。

 クロウの神経ばかりがすり減る攻防がしばし続いたところで、イーグルは突きを繰り出す手を止めた。

「……準備運動はこれぐらいでいいかな。次は本気で行くよ?」

 それがブラフであってほしいが、悲しきかな、イーグルの呼吸は全く乱れていない。既に汗だくなクロウと、汗一つかいていない余裕の表情のイーグル。どちらが優勢かは言わずもがな。

 イーグルがステッキを振り下ろす。今度は「突き」じゃない。「薙ぎ」だ。

 それを柄で受け止めたところでイーグルの足がしなり、鋭い蹴りを繰り出す。クロウはそれを、後方に飛んでかわす。

 そこにイーグルがすかさず連撃。薙ぎと突きだけでなく、足技や肘打ちなども織り交ぜた攻撃だ。

(まだだ、まだ反撃には早い……)

 イーグルの攻撃を、クロウは最小限のダメージになるように受ける。もはや、完全に受けきることは不可能だった。少しずつ、少しずつ、小さいダメージが蓄積していく。

 ……そして、それ以上の速さで体力と集中力が摩耗していく。



 * * *



「うっわー、イーグルが戦ってるところ、初めて見たけど、やばっ……クロウ完全に押されてるしー」

 美花は二階ホールの手すりから身を乗り出して一階の様子を眺めつつ、「クロウー、がんばー」と、のんきな声援を送っていた。

 そんな美花に、優花は大股でズンズンと歩み寄る。

「……美花」

「あっ、優花ねぇ、美花のドレス似合うねー。お化粧もうちょっと濃くしたら、もっと似合うよー。ていうか、髪型そのままなの? ヘアアレンジも美花がなんかやったげようか?」

「来、な、さ、い」

 優花が腹の底から響く声でそう告げれば、美花はコクリと生唾を飲み、一歩後ずさった。

「えーっと……優花ねぇ、なんか、その、怖いんですけどー?」

 優花は逃げ出そうとする美花の腕をむんずと掴むと、二階ホールの隅に引きずっていった。

 幸い、観客達はみな、クロウとイーグルの戦いに夢中になっている。試合が始まってからだいぶ経つが、まったく殺しあう様子のない姫二人は、観客達にとって興味のない存在なのだろう。

 二階ホールは両サイドと正面がガラス張りになっているが、四隅付近はガラス張りではない。

 隅には精緻な彫刻が施された太い柱があり、その辺りに真っ赤なカーテンが寄せられている。恐らく、試合がない時は、強化ガラスをこのカーテンで覆い隠しているのだ。

 優花は美花を引きずりながら、素早くカーテンの裏側に潜り込むと、妹に一言命じる。



「美花…………脱ぎなさい」


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