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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第15章「シンデレラはガラスの靴を……」
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【15-1】盗んだバイクで走り出すお年頃

 フリークス・パーティ決勝戦はクリングベイル城の中央ホールで行われる。

 中央ホールは赤い絨毯の敷かれた美しいダンスホールで、中央の階段を上れば、二階ホールに移動もできる。この一階と二階が決勝戦の舞台というわけだ。

 そして、この中央ホール二階は、強化ガラスが張り巡らされており、死闘が行われるホールとガラス一枚隔てたところに、観客席が設けられている。

 観客達は安全な強化ガラス越しに、決勝戦を観戦出来るというわけだ。

 また、VIP専用の観客席とは別に、フリークス・パーティに出場した選手が観戦するための観戦室が設けられている。

 ピーコックとトラヴィアータもまた、この観戦室で試合を観戦するために、クリングベイル城まで足を運んでいた。

「あぁ、まったく、この僕を芋部屋で観戦させようだなんて、運営も良い度胸しているよ」

 ピーコックが不満タラタラにボヤけば、隣に立つトラヴィアータはフンと鼻を鳴らして、横目で行き交う人々を見る。

 美しく着飾った紳士淑女達は皆、このフリークス・パーティにおけるVIPだ。彼らは自分達の観戦席が血生臭いフリークス達と一緒になることを殊更嫌う。

 彼らは血生臭い争いを観るのは好きでも、フリークスと同じ空気を吸いたくないのだ。

(お貴族様は吸う空気まで選ばなくちゃいけないから、大変だねぇ……まぁ、お貴族様の面倒臭さも、この男の面倒臭さに比べれば可愛いものだけど)

 冷めた目でそんなことを思いつつ、カツカツとヒールを鳴らして歩けば、ピーコックが「ねぇ」と不満そうな声をあげた。

「この場で誰よりも美しい僕が隣にいるんだから、ちゃんとエスコートされてくれる?」

「おやおや、金でも取られそうだ」

 皮肉っぽく笑ってピーコックの二の腕にするりと腕を絡めれば、二人の姿はこの場にいる誰よりも目を惹いた。

 高価なスーツやドレスを身につけた紳士淑女も、ピーコックの華やかさには敵わない。彼が美しい笑みを浮かべ、長い足を交互に繰り出して赤い絨毯を歩くだけで、誰もがその美貌の虜となる。

 トラヴィアータにはピーコックの持つ圧倒的な華やかさは無い。それでも彼女はエスコートされる術を心得ていた。

 頭のてっぺんから、指先、つま先まで意識した振る舞いをすれば、トラヴィアータの存在は、ピーコックの強烈な存在感と剥離することなく自然と調和する。

「君の、その『エスコートされる』側のテクニックは、どうやっているんだい?」

「なぁに、簡単さ『絶世の美貌を持つ男にエスコートされる女』を演じるだけでいい」

 トラヴィアータの返しに、ピーコックは気を良くしたように鼻を鳴らした。

「僕ほどの男にエスコートされるなんて、ハリウッドのレッドカーペットでも叶わないね。自慢していいよ」

「はいはい」

 慣れた軽口を叩きながら、二人はクリングベイル城の門をくぐる。

 受付に招待状を差し出すと、スタッフは「右手奥の通路へどうぞ」と通路を示した。

 VIP用のレッドカーペットが敷かれた通路とは明らかに違う、いかにも従業員や裏方が使いそうな通路である。

 対応の違いにピーコックは鼻の頭に皺を寄せたが、トラヴィアータは構わずそちらへピーコックを促した。

 通路は一本道なのだが、やけに曲がりくねっていて、なかなか観戦室まで辿り着かない。方向感覚を狂わせる嫌な道だ。

 しばし歩いたところで、道は二手に分かれた。

 左の通路には「フリークス・パーティ決勝戦、選手用観戦室」という張り紙。

 右の通路には「女性客専用パウダールーム、各種ドレス、メイク用品も用意しております。是非ご利用ください」という張り紙。

 それを見たピーコックは、不満そうに唇を尖らせた。

「ねぇ、なんで男性用のパウダールームは無いんだい? 髪の手入れと肌の手入れに関して、僕ほどこだわっているやつなんて、女でもそうそういないよ?」

「欲しい物があれば、拝借してくるけれど」

 トラヴィアータが気を利かせてそう言えば、ピーコックはあっさり「いらない」と首を横に振る。

「僕のこの美しい髪も肌も、適当な物で手入れするなんて嫌だからね。あぁでも、あぶらとり紙を切らしていたから、あったら貰ってきて」

「はいはい」

 トラヴィアータは軽く肩を竦めて右の通路へ歩き出す。その背中をほんの少しだけ見送ってから、ピーコックは左の通路へ歩き出した。



 ……数分後。



「へぇ、女性客専用パウダールーム! 気が利くねぇ。しかも、ドレスも用意してるって!」

 歓声をあげるイスカの横をすり抜けて、カーレンは左の通路──観戦室への道をスタスタと進む。そのモッズコートの襟首を、イスカは素早く掴んだ。

 ぐえっ、と呻いたカーレンは、苛立たしげにイスカを睨む。

「……離せ」

「女性客専用パウダールームだってさ!」

「知らん」

 カーレンが素っ気なく返せば、イスカはギラギラとした目でカーレンに詰め寄る。

「ドレスもあるって!」

「そんなにドレスが着たいのか。そうか。私の視界に入るなよ」

「お、ま、え、がっ! 着、る、のっ!」

 唾を飛ばして怒鳴るイスカに、カーレンは心の底から嫌そうな顔をする。

 試合中に着た赤いドレスだけで充分うんざりだったのに、何故、観戦中までそんな物を着なくてはいけないのか。

「興味ない」

 バッサリと一言で切り捨てて、カーレンは観戦室へ歩き出す。その両肩にイスカが手を置いて引き止めようとしたが、カーレンはイスカを肩からぶら下げたまま、ずんずんと通路を進んでいった。

「着ーーろーーよーー! 着てってばーー! ドーーレーースーー!」

「重い」

「お前がッ! ドレスを着るまでッ! ぶら下がるのをッ! やめないッ!」

「うざい」

「今更その程度の悪態で、オレが引き下がると思ったら大間違いだからな!」

 ぶら下がりながら力強く叫ぶイスカに、カーレンは氷のような眼差しを向けて一言。

「キモい」

「あっ、それはちょっと傷つくからやめてっ!?」

 案外打たれ弱いイスカが、わぁわぁと喚き散らすのを聞き流しつつ、カーレンは観戦室へ向かい歩き出す。

 やがて辿り着いた観戦室はゆったりとした広い部屋だった。品の良い調度品に囲まれていて、前方には大きなスクリーンが設置されている。どうやらそこに試合の様子が映し出されるらしい。

「へぇ、悪くない部屋じゃん。ソファもあるし、軽食も用意されてる」

 イスカはようやくカーレンの肩から手を離し、部屋をぐるりと見回す。

 観戦室には、座って観戦するためのソファや軽食なども用意されていた。思っていたより待遇は悪くない。

 室内では既に十数人の選手が好き勝手に寛いでいる。だが、カーレンは違和感を覚え、眉を寄せた。

 その僅かな表情の変化に気づいたイスカが、カナッペを摘みながらカーレンを見る。

「どうしたよ? そんな怖い顔して」

「……姫が、一人もいない」

「お前を除いてな。みんな、おめかしをしに行ってるんだろ」

 だからお前もドレス着ればいいのにー、とイスカの愚痴が始まったので、カーレンは両耳を指で塞いで、思案する。

 試合開始までは、まだだいぶ時間がある。戻ってきていない姫がいるのは、おかしなことじゃない。

(……だが、一人も戻ってきていないのは、おかしくないか?)

 カーレンはちらりと横目で、部屋の入り口を見た。

 また一人、騎士が入ってくる。しかし、連れの姫の姿は無い。

 小さな違和感に、カーレンの胸がざわついた。



 * * *



 決勝戦当日の朝。

 クロウの姿を見たウミネコは、開口一番真顔で言った。


「……クロちゃんがグレた」


「どういう意味だ、ごるぁ」

 頰を引きつらせてウミネコを睨むクロウの髪は、それはそれは鮮やかな金色に染まっていた。

 元々、西洋的な顔立ちに水色の目をしているので、似合わないわけではないのだが、黒髪に見慣れているウミネコにはどうしても違和感が強い。

「クロちゃん、日本にはな、グレた若者が髪を染めて盗んだバイクで走りだすっていう文化があるんだぜ」

「オレは! 元々! こっちが地毛だ!! 月島の奴が、カラスなのに金髪はおかしいとかいう、訳の分からんこだわりを発揮して、オレの髪色を弄ったんだよ!!」

 そのしょうもないこだわりのためだけに、彼は色素を弄られたのだという。

 なんという技術の無駄遣い、とウミネコは慄きつつ、首を捻った。

「色素を弄られてるってことは、今の地毛は黒なんだよな? それ、自分で染めたの?」

「……悪いかよ」

 つまるところ、クロウは月島への反発心で髪を金色に染めたらしい。

 自分はグロリアス・スター・カンパニーのカラスじゃない、と。

(……やっぱり反抗期じゃん)

 ウミネコはニヤニヤと笑って、クロウを眺める。

 老け顔、老け顔とからかわれている彼だが、髪色が明るくなると、なるほど若造感が強くなった(ウミネコとしては、若者ではなく若造と言いたい)

「つーか、眉毛も染めたの?」

「それはねぇー、私がやってあげたのー。金髪なのに眉毛黒いって、まんまヤンキーじゃん? だから、眉用マスカラで染めたのー」

 クロウの後ろからひょいと姿を見せたのは、元オデット嬢だった。

 今は彼女をサンドリヨンと呼ぶべきなのだが、ウミネコとしてはやはり、サンドリヨンというとクロウを叱り飛ばしている彼女の印象の方が強いので、双子の妹である彼女のことを、元オデット嬢と呼んでいる。

 そんな元オデット嬢は、魔法をかけられる前のボロボロドレスではなく、真新しい白いドレスを身につけていた。

 ドレスの型はシンプルだが、光沢のある生地は光の加減で水色がかって見えてとても美しい。一歩歩く度にスカートのドレープが揺れて、見る者の目を惹いた。

 靴は流石にガラスの靴ではないが、ドレスに合わせた色の物で、ガラスに似たきらめきのクラッシュクリスタルがあしらわれている。

 灰に汚れてくすんでいたほっかむりも無くなり、その代わり頭には銀色の可愛らしいティアラが乗せられていた。

「わーお、誰に魔法をかけてもらったのさ?」

 ウミネコが目を丸くすると、クロウがげんなりした顔でぼやいた。

「……元々、ヤマネが用意していたらしい。決勝戦でボロボロのドレスはあんまりだとか言ってな」

「そうだよー! あんなボロボロの服じゃ、気分アガんないじゃーん! お姉ちゃん、よく今まであんなので我慢してたよねー」

 ウミネコがもの言いたげな目でクロウを見れば、クロウは無言で目をそらす。

 元オデット嬢はくるりとその場でターンして、真新しいドレスをお披露目すると、今更気がついたようにウミネコを見た。

「ていうかー、ウミネコはなんで黒スーツなの?」

「オレは決勝戦の間、VIP席に紛れて待機することになってるからなー。これは目立たないようにするための変装」

 クラークの後継者が何を企んでいるかは分からないが、常に警戒をしているに越したことはない。

 そこで、ウミネコは〈女王〉から観客席の護衛を任されていた。勿論、報酬はきっちりともらっている。

 ウミネコは、ポケットからサングラスを取り出すと、それを顔にかけてみせた。

「ほらほら、SPっぽいだろー。要人護衛って感じじゃね?」

「SPは高身長って決まってんだよ。お前のそれは、ちびっこギャングだ」

「ははは、言ったな、不良息子……で、イーグルに勝つ方法は思いついたの?」

 返事は無い。

 ウミネコはずるりと傾いたサングラスもそのままに、クロウを見上げた。

「えっ、マジで何も思いついてないの?? あんなに動画見てお勉強したのに??」

「……奴の、動きのパターンは覚えた」

「で、勝ち筋は?」

「……長期戦にもつれこませて、奴の隙を狙う。以上」

 なんとも泥臭い作戦である。

 ウミネコはずれたサングラスを掛け直しながら、真顔でクロウに進言した。

「今からでもオレの必殺技を伝授しようか? その名も『顔面おろし金』」

「いらん」



 * * *



 クロウは決勝戦が始まる前に〈女王〉と今後の打ち合わせをする約束をしている。

 美花とウミネコを伴って〈女王〉の部屋に顔を出すと、そこで待機していた面子──アリス、ヤマネ、グリフォン、白兎、ジャバウォックは、全員ギョッとしたような顔で、金色に染まったクロウの頭を見た。唯一、黒いベールを被った〈女王〉だけは、その表情が分からない。

 一同を代表して、ジャバウォックが無精髭を撫でながら口を開く。

「あー……反抗期か、坊主?」

「ジャバのとっつぁん、そのネタ、もうオレがやったから」

 ウミネコが口を挟めば、ジャバウォックは気まずそうに頭をかきながら目をそらした。

「いやぁ、悪いねぃ。おじさん、最近の若者のお洒落とかよく分かんなくてさ。盗んだバイクで走り出すとか、そういう時代の人間だからさ」

「……もういいから、さっさとブリーフィングを始めてくれ」

 クロウが疲れた顔で呻けば、ヤマネが一同を席へと促した。

 ここにいるのは全て〈女王〉一派の人間。

 エディ・レヴェリッジを誘拐し、脅迫状を送ってきたクラークの後継者を見つけだし、捕まえることが目的だ。

 特にクロウは、クラークの後継者陣営にいる月島をなんとしても捕まえて、生命維持の薬を確保する必要がある。

 ジャバウォックは会場の見取り図を広げると、この場にいる全員をぐるりと見回した。

「まず、クラークの後継者についてだが、現時点で確定しているのが、グロリアス・スター・カンパニーの月島だ。そこで、月島にターゲットを絞って確保したい」

 月島はその性格上、きっとクロウの決勝戦を観に来るだろう。それを確保するのがウミネコとグリフォンの役割だ。

 グリフォンは受付、ウミネコはVIP席付近に待機して、月島が姿を見せるのを待つ。

 〈女王〉とアリスは、ヤマネと共にこの部屋で待機。ジャバウォックと白兎は会場全体の巡回。

 見取り図と全員の動きを再確認したクロウは、改めて、こちらの人手不足を痛感した。

 そんなクロウの焦りを察したのか、ウミネコがバシバシとクロウの背中を叩く。

「まぁクロちゃんは、決勝戦に集中しなよ。オレ達が月島を確保しても、イーグルにぶっ殺されたら元も子も無いんだぜ」

「……分かってる」

 クロウが生き残るためには、イーグルとの戦いに生き延び、なおかつ月島を確保して薬を確保する必要がある。なんと勝算の低い賭けだろう。

 そして何より……

(ただ生き残るだけじゃ、ダメなんだ)

 サンドリヨンを取り戻すためには、絶対に試合に勝たなくてはいけない。

 彼女のことを信じられず、傷つけて、手放したのはクロウだ。

 自分が絶対に彼女の王子様にはなれないのは分かっている。それでも……


(……あいつに、ちゃんと謝るんだ)



 * * *



 優花は身につけていた服を脱ぐと、「オデット」の白いドレスを身につけ、イーグルから貰った真新しいパンプスに足を通す。

 ヒールにリボンとビジューをあしらったそれは、イーグルの姫……オデットのための靴だ。

「準備はできたかい? 優花ちゃん……いや」

 イーグルは言葉を切り、童話の王子が姫にするように、優花に手を差し伸べる。

「……僕の、オデット」

 優花は差し伸べられた手に、自分の手を重ねた。


「いきましょう、イーグル」


 その瞳の奥に、静かな戦意を燃やしながら。

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