【幕間32】セイレーンの女王様
「こ、これがライブハウス……」
人生初のライブハウスに足を踏み入れた草太は、ゴクリと唾を飲んだ。
草太が想像していたより倍以上広い空間は、既に半分近くが客で埋まっている。
特に指定席があるわけでもないので、どこに行けば良いのか分からずウロウロしていると、藤咲が草太と若葉にドリンクチケットを渡して、背中を押した。
「ささっ、入り口に固まってても邪魔になるから移動するよ〜」
「は、はいっ、あの……こういうのって、どこで見るのが良いんですかね? ……やっぱ、一番前?」
草太が訊ねると、藤咲は「うーん」と首を捻った。
「今日は若葉君もいるし、少し後ろで見ようか。モッシュに巻き込まれたら危ないし」
「……モ、モッシュ?」
「おしくらまんじゅうのこと。ライブが盛り上がるとね、おしくらまんじゅうみたくなるんだよ」
おしくらまんじゅうもライブ用語にするとなんだかお洒落だなぁ、としみじみ感心しつつ、草太はぐるりと周囲を見回した。
観客の数は草太が想像していたより、はるかに多い。現時点で二、三百人ぐらいはいそうだ。
男女比はだいたい半々ぐらいだろうか。着ている服は様々だが、草太や若葉のようにジーンズにTシャツというラフな格好の者が多い。ほたるもそうだ。どうやら自分の選択はライブのドレスコードから大きく外れてはいないらしいと草太はこっそり安堵の息を吐いた。
「草太にぃ、すごい人だねぇ」
「お、おぅ……ライブハウスって大きいんだなぁ」
草太が若葉の呟きに頷くと、ほたるが「すごいでしょ」と自分のことのように誇らしげに言う。
「インディーズだけど、ワンマンでこのキャパのハコを埋めるぐらい人気なの」
「お、おぅ?」
ワンマンでキャパのハコを埋めるってなんだろう? と思いつつ、草太はフンフンと相槌を打つ。
ほたるは姉のことを語れるのが嬉しくて仕方がないようだった。目がキラキラとしている。
草太は今更ながら、ほたるの姉が所属するバンドの名前すら知らないことに気がついた。今更すぎる。こっそりチケットを見れば「SIREN−Q」ワンマンライブと印刷されていた。
「ねぇ、これってなんて読むの? さいれんきゅー?」
若葉が無邪気に訊ねれば、藤咲が「サイレンだよ」とウィンクをして答える。若葉は不思議そうにQの文字を指差した。
「このQは、何か意味があるんですか?」
「QueenのQだよ。SIRENって単語は、セイレーンが語源って説があってね。あぁ、セイレーンって分かる? 美しい歌声で船乗り達を惑わし、破滅させる魔物のことさ」
藤咲はニンマリと唇の端を持ち上げ、意味深に目を細めて笑う。
「『セイレーンの女王様』……つまり、あいつのことだよ」
正直「はぁ、なるほど」ぐらいの感想しか出てこなかったのは、草太がいまだにほたるの姉がバンドのヴォーカルだと信じられないからだ。
かなめの中性的な容姿はとても綺麗で目を惹くけれど、基本的に俯いてボソボソしゃべることが多く、腹から声を出すのは藤咲を罵る時だけなのだ。とても人前で歌を歌うようには見えない。
「さて、開始まであと十五分ってところかな。トイレは大丈夫? 携帯電話の電源切った?」
「あ、オレ、トイレ行ってきます。若葉、お前は大丈夫か?」
若葉が「ぼくは大丈夫〜」と頷いたので、草太は若葉を藤咲とほたるに見ててもらい、その間に手洗いに行くことにした。
手洗いはカウンターの横を抜けて、階段を半分ほど上った踊り場にある。
用を足して男子トイレを出た草太は、ふと、下の階からカン、カン、と規則正しい音が聴こえることに気がついた。
何かを蹴っているような軽い音なのだが、そのリズムはやけに正確だ。それが妙に気になって、草太はライブステージのフロアから更に一つ下の階に降りる。
下の階はスタッフオンリーの倉庫などが並ぶフロアになっていた。勝手に出入りするのは良くないし、引き返そうかと思ったが、通路の奥に人影を見つけて草太は足を止める。
その人物は、コーヒーの空き缶でリフティングをしていた。
それだけなら草太でも真似できるが、聴こえてくる音のリズムが尋常じゃない。
カン、カン、カカカン、カン、カカカン、カカカン、カン、カン、コン、コココン……と刻まれるリズムは、メトロノームに合わせたかのように正確だ。
恐ろしく正確な足捌きで空き缶を蹴っているのは、一之瀬ほたるの姉、かなめである。
襟元にファーをあしらったナポレオンコートに、細い革パンツ、服装の全てが黒でまとめられている中で、チェリーレッドのブーツがやけに鮮やかだ。
そのチェリーレッドの上をコーヒーの空き缶がクルクルと回転しながら右に左に、時に垂直に宙を舞う。
思わず見とれてしまったが、ふと草太は気がついた。
ライブ開始まであと十分かそこらしかない。こんなところで、缶蹴りなんかしてて良いのだろうか。
「……あのぉ」
「…………」
恐る恐る声をかけても返事はなく、缶を蹴る音だけが同じリズムで返ってくる。
「……一之瀬のお姉さーん」
「…………」
「ライブ、そろそろ始まるんじゃ……」
「…………」
流石に無視されっぱなしというのも気分が良くない。
草太は小走りでかなめに近づくと、缶が水平に飛び上がった瞬間を見計らって、右足で缶を攫おうとした。だが、草太の足が缶に触れるより早く、缶の軌道が変わる。
空き缶はまるで草太をからかうかのように縦横無尽に宙を舞い、大きな弧を描いて、かなめの前方から後方に落ちる。それをチェリーレッドのブーツの踵がきっちり捕らえた。
かなめは背後を振り向きもせず、踵だけで缶を蹴る。
ココン、ココン、ココン……
そして、最後に缶を大きく蹴り上げ、つま先にピタリと乗せたところで、足の動きは止まった。
かなめはのろのろと顔を上げて草太を見ると、ぼんやりとした顔で首をことりと傾ける。
「…………ほたるの、友達」
「あの、こんなところで何やってたんですか?」
色々と突っ込みたいことはあるが、とりあえず一番気になった点を訊ねると、かなめは言葉を整理するように虚空を見つめた。そして数秒経ってから、ポツリポツリと喋りだす。
「……すごく緊張して」
「はぁ」
「……このままだと、緊張で胃がボーンってなりそうで」
「ボーン?」
「……爆発」
オレは今幼稚園児と会話をしているのだろうか。
そんな失礼なことを草太が考えている間にも、かなめは俯いたままボソボソ呟く。
「……気を紛らわせようと思って、缶蹴りしてたら、新曲を思いついて。ずっとその曲のこと、考えてた」
そこで言葉を切り、かなめは青白い顔を両手で覆ってうなだれる。
「……思い出したら、緊張してきた。胃がボーンってなる……ボーン……」
もしかしたら、さっきの缶蹴りは、彼女なりの集中方法だったのかもしれない。それを邪魔してしまったという罪悪感に焦った草太は、咄嗟に話をそらそうとした。
「あの! えっと……一之瀬のお姉さんって、サッカーやってたんすか?」
「……してない」
「でも、さっきの足さばき、すごかったですよね!」
「……サッカーはしてないけど、喧嘩はいっぱいした。蹴るの、得意」
「…………」
どうしよう。もしかして、すげーやべー人かもしれない。
青ざめる草太を、かなめはマジマジと眺めた。特に足を重点的に眺めて、目を細める。
「……お前は、サッカーしてるんだな」
「あ、はいっ、サッカー部です」
「だから、動きが読みやすい」
一瞬ギクリとしたのは、サッカー部でコーチからよく言われる言葉を思い出したからだ。
お前は視野が狭い。もっと相手の動きをよく読んで、ゲームメイクしろ、と。
「あの、そんなに分かりやすかったですか、オレの動き」
「……ルール無用の喧嘩と違って、サッカーはスポーツだ。ルールがあるから、できることに制限がある……だから、目線と、重心の動きを見れば……相手の行動は、なんとなく分かる」
目線や重心は、サッカーでフェイントをする上でも重要なポイントだ。かなめが言いたいことは理解できる。理解できるのだが、それでも、あんな短時間で自分の目線や重心の動きを読まれていたのだと思うと空恐ろしい。
草太が言葉を失っていると、かなめが身を乗り出した。
切れ長の目に鼻筋の通った端正な顔が目の前にある。
草太がドギマギしていると、かなめは凛々しいと評判の草太の眉毛を細い指先でなぞった。
「……思い出した。キサラギ、ソウタ」
「あ、はいっ」
「ソウタは、ほたると来たのか?」
草太はギクリとした。ほたると二人でライブに来たなんて言ったら、妙な誤解をされてしまうかもしれない。
「あのっ、藤咲さんに誘われてっ、うちの弟も一緒に……っ」
「……藤咲?」
かなめの頰がヒクリと引き攣る。
あっ、しまった。と草太は青ざめた。
藤咲がライブに来ることに、かなめは良い顔をしないのだ。
「……あのバカが、来てるのか?」
「えっとですね、藤咲さんは、オレ達の保護者役というかですねっ、そうだっ、オレ、ライブ初めてで、全然勝手が分からないから、藤咲さんが色々教えてくれたんですよ!」
咄嗟に藤咲のフォローをすると、かなめはパチンと瞬きをして草太を見下ろした。
何かまずいことを言っただろうか、と内心ドキドキしていると、かなめはポツリと言う。
「……初めて?」
「へっ?」
「…………ライブ」
「は、はいっ、初めてですっ」
ガクガクと頷く草太に、かなめは目尻を下げ、唇をムズムズさせる。
「人生初のライブに、うちのバンドを選んでくれたのか…………うれしい」
頰を染めるかなめに、草太は酷く申し訳ない気持ちになった。
だって、草太は音楽なんてこれっぽっちも興味がなくて、今日のライブだって藤咲に誘われなければ、わざわざ来ようとは思わなかった。彼女のバンドの曲どころか、バンド名だって知らなかった。
罪悪感に草太が目をそらしていると、パタパタとこちらに駆け寄る足音が聞こえる。
見れば、ギターを抱えた小柄な女性が、血相を変えてこちらに駆け寄ってくるところだった。
「かなめっ! もうっ、こんなところで何してるの! ライブ始まるわよっ!」
どうやら女性は、バンドのマネージャーか何からしい。
明るい亜麻色の髪をきっちりとまとめたその女性は、抱えていたギターをかなめに押し付ける。
「ほらっ、ギター持って! シャンとして!」
女性からギターを受け取ると、今までどこかぼんやりとしていたかなめの顔つきが変わった。
切れ長の目に輝きが宿り、薄い唇に自信に満ちた笑みが浮かぶ。
唇の端から赤い舌がちろりとのぞいて唇を舐めた。たったそれだけのことなのに、目が離せない。
「クソ藤咲が来てるなら、あいつのすかした面に、とびきりの音を叩きつけてやらないとな」
ボソボソとしていた声が、滑舌を取り戻す。
決して大声を出しているわけではないのに、その声はよく響いた。
かなめは右手の親指と人差し指を立ててピストルの形を作ると、草太の額にトンとその銃口を押し当てる。
「脳天撃ち抜いてやる。腰抜かすなよ」
かなめはナポレオンコートの裾を翻し、草太に背を向ける。その背中はピンと伸びて、堂々としていた。
バクバクと煩い心臓を押さえている草太に、マネージャーらしき女性が「大丈夫?」と声をかける。
「あなた未成年よね。もうすぐライブが始まるけど、戻り方は分かる?」
草太はコクコクと頷きながら、すっかり遠くなってしまったかなめの背中を目で追う。
「あの、なんか……かっこいいっすね」
自分が感じた衝撃を上手く言語化できない。
それでも拙い言葉で、感じたものをそのまま口にすれば、女性は得意げな顔で頷いた。
「そうよ、ステージに立ったかなめは、世界一カッコいいんだから!」
* * *
「如月君、遅かったね」
「草太にぃ、迷子になってたの?」
草太が戻ると、ほたる達はホッとしたような顔をした。トイレに行ったっきり戻ってこない草太を心配していたのだろう。
「あー、トイレ、ちょっと混んでてさ」
あの短い時間で感じた衝撃をまだ上手く消化できない草太は、誤魔化し笑いを浮かべた。
その時、照明がパッと落ちて辺りが暗くなる。
まるで嵐の前のように客席がさぁっと静まり、ステージをスポットライトが照らすと同時に、激しいギターの音が響き渡る。
舞台の上に立つのは、ヴォーカル兼ギターのかなめ。それと、ギター、ベース、ドラム、キーボードの五人。
ギターの音にベースが重なり厚みを持たせる。キーボードがメロディを膨らませる。激しいドラムがそれを盛り上げる。
音のうねりが一点に集中して頂点に達した瞬間、かなめが口を開く。
メロウ、メロウ、跪け
メロウ、メロウ、無い脚で
メロウ、メロウ、愛を乞え
メロウ、メロウ、歌しか知らない、その唇で
少し鼻にかかったようなハスキーボイスは、時に甘く切なく掠れて脳を揺さぶり、時に力強く胸を打つ。強い演奏に負けない、圧倒的な存在感のある歌声は、会場にいる全てを魅了した。
草太がライブに誘われた時、藤咲と交わした言葉を思い出す。
何故、仲が悪いのに毎回ライブに顔を出すのかと問う草太に、藤咲は言った。
あいつの歌を聴けば分かるよ、と。
その気持ちが今なら分かる。
(……すっげぇ、すげぇ……)
草太もほたるも藤咲も、会場にいる者全てが、歌姫の歌声に聴き入っていた。
ここまでに強く人の心を鷲掴み、脳天を撃ち抜く強烈な歌声を草太は他に知らない。
鋭く刻むようなハードな曲は、聴いているだけで自然と体が動き出す。
しっとりとしたバラードは、切なく胸を震わせる。
そうしてあっという間に時間が過ぎ、アンコールの声が響くと、かなめはドラム担当の手からスティックを抜き取り、ドラムを軽く叩いてリズムを取った。どうやら、メンバーに何か指示を出しているらしい。
カン、カン、カカカン、カン、カカカン、カカカン、カン、カン、コン、コココン……響くリズムには、聞き覚えがあった。
(あれって、さっきの……)
更にかなめは自身のギターでいくつかのコードをかき鳴らして、メンバーを見回す。
一体、何が始まるのだろうと期待にざわつく観客達に、かなめはマイクを握って語りかける。
「今からやるのは、さっき思いついた新曲。今歌いたいから、歌う」
その声はいつもの自信なさげな態度とは真逆の、高飛車で高慢なセイレーンの女王様のそれだった。
私が歌いたいから歌うんだ。文句はないな? と魅了された船乗り達を見下ろすみたいに、彼女は笑う。
「腰を抜かすなよ?」
激しく刻むようなギターの音が響き渡る。それは、さっき彼女が蹴っていた缶が奏でるリズムと全く同じだ。
かなめがワンフレーズを弾き終えると、それに他のメンバーが即興で音を合わせ、重ねる。即興とは思えないクォリティだ。だが、草太はこれが事前に打ち合わせされたものではないと確信している。
だって、これはさっき彼女が思いついた曲だ。
疾走感の中、正確に刻まれる音が心地良い。それは、サッカーをしている最中にプレイが最高に上手く決まった瞬間の心地良さに似ていた。
紡がれる歌詞は英単語をつなげ、同じフレーズを繰り返すだけのものだが、彼女の声そのものが楽器となって、曲を更に盛り上げる。
僅か一分足らずの短い演奏を終えると、かなめは歌の余韻にとろけた、壮絶に婀娜っぽい顔で言う。
「曲名は…………缶蹴りの歌」
もっとマシなのにしろ! とドラムの男が怒鳴り、会場に笑いが広がった。
ライブが終わった後、草太は若葉と相談して物販コーナーに立ち寄った。
物販のカウンターには、あの亜麻色の髪の女性がいて、草太に気づくとニコリと笑いかける。
「ねっ、カッコ良かったでしょ?」
草太は「はい!」と力強く頷いた。
それから若葉と相談して小遣いを出し合い、CDを一枚買った。
きっと、初めて買ったこのCDは、自分達の宝物になるだろう。今日の鮮烈な思い出と一緒に。
姉が帰ってきたら、このCDを聴きながら、今日の思い出を話して聞かせるのだ。
草太は弾む気持ちで、CDの袋をキュッと握りしめた。
* * *
ライブハウスから流れていく人の中、ひとけのない道に入り、一人歩く女がいた。
その女を追っていたかなめは、女の肩を掴み「おい」と声をかける。
長い黒髪に白いワンピースの清楚な格好の女だ。あまりライブ向きの服装ではないから、見つけるのは難しくなかった。
声をかけられた女は立ち止まり「はい?」と小首を傾げてかなめを見る。
女はまるで、何故自分が話しかけられたのか分からないとでも言いたげな顔をしていた。
そんな彼女をじろりと睨んで、かなめは口を開く。
「何故、お前がここにいる? 笛吹」
「…………あれぇ、おかしいなぁ。こんなに完璧な変装なのに」
美しい女は唇に嫌味な笑みを浮かべ、かなめを見た。
その顔は、紛れもなくフリークス・パーティにかなめをスカウトした男のものだった。
線が細く中性的な美しさを持つ男なので、女装がとても様になっている。かなめと並べば、笛吹の方が女らしいと誰もが口を揃えて言うだろう。
それほどまでに徹底した女装で、この男はかなめのライブに紛れ込んでいた。
「いやぁ、実はオレ、君のバンドのファンでさぁ」
「ステージの上から客席はよく見える。お前はずっと、ステージじゃなく、ソウタとその弟を見ていた」
断言するかなめに、笛吹は言葉の代わりに意味深な笑みを返す。
互いに黙り合うこと数秒。
笛吹は、降参とばかりに両手をあげた。
「はいはい、分かった分かった。あの兄弟に手を出すのはやめておくよ。その代わり、君達だけでもちゃーんと決勝戦、観に来てよね? ほら、君のライブ聴きに来てあげたんだからさぁ」
「聴いてもいなかった癖に、よく言う」
「セイレーンの歌声は、オレみたいに繊細な人間には刺激が強すぎるんだよ」
そう言って笛吹はチロリと舌を出して、スカートの裾を翻す。
「それでは、クリングベイル城で待ってるよ。赤い靴のカーレン」
クスクスと嘲笑混じりの言葉を残し、笛吹はその場を立ち去る。
かなめは鼻をヒクヒクと動かし、眉をひそめた。笛吹の姿が見えなくなった後も、彼の残り香がする。
鼻の良いかなめは、それが何かのにおいに似ていることに気がついた。
丁度タイミング良く足元に野良猫が寄ってきたので、かなめは抱き上げてスンスンと鼻をひくつかせる。
(やっぱりそうだ。あれは……)
色々なものが混ざった、複雑なにおい。その中心にあるのは猫のにおい。
そして、それを包み込むように強烈な、腐った果実のような甘ったるいにおい。
「……悪意のにおいだ」
ポツリと呟けば、抱き上げられた野良猫が不服そうにニャアンと鳴いた。