【14-8】決戦前々夜
グロリアス・スター・カンパニーへと向かう車の中、助手席に座るクロウは険しい顔でスマートフォンを睨んでいた。
運転席のウミネコは信号が赤になると、どんぐり眼をくるりと回してクロウの手元を見る。
「クロちゃん、何見てんの? ……動画? イーグルの試合の?」
「〈女王〉と交渉して、譲ってもらった」
本来、フリークス・パーティは撮影を禁止されており、データは全てレヴェリッジ家で厳重に管理されている。
そこでクロウは今回〈女王〉に協力する見返りとして、イーグルの試合のデータを要求した。
全ては決勝戦で、イーグルに勝つために。
「クロちゃんさぁ、グロリアス・スター・カンパニーを裏切るんだろ? だったら、無理に決勝戦に出なくても良くない?」
「ダメだ。出る」
サンドリヨンを取り戻すためにクロウができるのはただ一つだけ……ファイトマネーを放棄し、姫を譲り受ける〈宣誓〉だ。
そのためにも、絶対にイーグルには負けられない。
「少年漫画ならさぁ、ライバルとの対決の直前に修行して、必殺技を編み出したりするとこじゃん? 動画で研究って、なんか地味じゃね?」
「アホか。一日二日で、そんな都合の良い必殺技を覚えられるわけねーだろうが」
「オレの必殺技、伝授してあげようか? その名も『とりあえずジャイアントスイング』」
「いらん」
ウミネコの必殺技は、あの馬鹿力あってのものなのだ。クロウに真似できるはずがない。
決勝戦は明後日。それまでに、飛躍的に身体能力を上げるなど不可能だ。まして、無謀な特訓をして体を壊したら元も子もない。
クロウにできるのはひたすらイーグルの動きを研究し、それに合わせて自分の戦闘スタイルを微調整すること。ただそれだけだ。
「なぁ、クロちゃん。決勝戦目前に、ずるっこして敵の情報もらって、ひたすら弱点を研究ってさぁ……それ、三流悪役がやるやつ」
「イーグル相手に、手段なんか選んでられるか」
「うん、それも三流悪役の台詞」
クロウはウミネコの声を無視し、ひたすら動画を睨みつけた。
動画は半年前のフリークス・パーティ、シングルバトル決勝戦。イーグルVS燕のものだ。
イーグルは半年前のシングルバトルが初出場なので、とにかくデータが少ない。しかも、試合の殆どを一撃で終わらせてしまうので、まともな記録がないのだ(悲しいことにクロウも一撃で倒されている)
唯一、試合らしい試合になったのが燕との試合。
シングル戦故にサンヴェリーナは舞台におらず、ただイーグルと燕だけが対峙している。
審判の試合開始の合図と同時に、イーグルがステッキを振るった。燕はまだ抜刀はせず、イーグルのステッキをかわすだけに留める。
燕の得意スタイルは、敵の攻撃を待ち、カウンターを仕掛けること。だが、燕はなかなかカウンターの一撃を繰り出さない。そのまましばらく、イーグルの攻撃を燕がかわすだけのやり取りが続く。
燕は体を機械化された後天性フリークスだが、恐らく元々先天性フリークスだったのだろうとクロウは推測している。
特に、カーレンとよく似た五感の優れたタイプだ。だからこそ、視力を失ってもなお人間離れをした動きができる。
燕がたまに口にする「風を読んだ」という表現も、恐らくは聴覚や触覚などで必要な情報を感知しているのだろう。
「イーグルは先天性フリークスの中でも、どのタイプだと思う?」
クロウの問いに、ハンドルを握るウミネコは前方を見据えたまま「うーん」と唸った。
「多分だけどバランス型かな。腕力はオレより、やや下ぐらいだと思うぜ。それでもだいぶ強いけど」
「……なるほど」
先天性フリークスは、普通の人間の強さを百とした時、そこから更に百から二百の数字を上乗せした強さがあると言われている。
ただ、この上乗せした数字の配分は、個々の先天性フリークスによって異なるのだ。
例えばウミネコはその数字の殆どが腕力に割り振られている。カーレンなら脚力と五感。ピーコックは全体に満遍なく。
この配分によって、先天性フリークスは大まかに三つのタイプに分けられる。
それが「パワー型」「感覚型」「バランス型」だ。
パワー型は分かりやすく力が強い、ウミネコ。
感覚型は五感が鋭い、カーレンや燕。
バランス型は全てがバランス良く高い、ピーコック。
準々決勝でクロウが戦ったピジョン、もとい、かつてフリークス・パーティの伝説と呼ばれたハヤブサは、恐らくパワー型寄りのバランス型だろう。
満遍なく強い上に、ウミネコに匹敵するパワーを持つ、桁外れに高い身体能力の持ち主だ。
そして、イーグルは恐らくバランス型……なのだが、彼もまた割り振られている数字が並外れて大きいのだろう。他の先天性フリークスが百から二百の上乗せだとしたら、イーグルだけ三百ぐらい上乗せされている印象がある。
(……それでも、パワーはウミネコ以下ってのが、辛うじて救いだな)
これで、イーグルのパワーがウミネコ以上だったら、いよいよ絶望的である。
(イーグルは「姫殺し」はしないだろうし、持久戦に持ち込むか? ……だが、それまでオレの体が持つかどうか……)
イーグルの攻撃は一撃でもくらえば、戦闘不能になる可能性が高い。長期戦に持ち込むのは決して簡単なことではないだろう。
クロウは自分の能力とイーグルの能力を比較し、最も勝率の高い戦い方を探ろうとするが、イーグルの戦い方は腹が立つほど、そつがなかった。
ウミネコのようなムラっけもないし、カーレンのように足技に限定されることもない。
「……くそっ、奴の動きを見れば見るほど腹が立ってくるぜ。シンプルに強いから、付け入る隙がない」
「イーグルってさぁ、先天性フリークスにしちゃあ、理性的だよなぁ。あんまり好戦的じゃないっつーか?」
「……お前と真逆だな」
先天性フリークスは、総じて好戦的なタイプが多い。
そして、激昂したり高揚したり、なんらかの形で「スイッチ」が入ると、爆発的な力を発揮する。
これは、スタミナの消費が激しいし、隙も大きくなる諸刃の剣だ。
だが、フリークス・パーティにおけるイーグルの戦いぶりを見ている限り、イーグルは一度も「スイッチ」が入っていない。だからこそ、付け入る隙が見つからない。
(イーグルを揺さぶるのに一番有効な手段は、姫を狙うことだが……それじゃあダメなんだ)
クロウは「姫殺し」以外の方法で、イーグルに勝たなくてはならない。
そうして、いつもクロウを振り回してきたあの女に、宣誓の花を捧げなくてはならないのだ。
「クロちゃん、そろそろ着くぜ」
ウミネコは人の少ない道に入っていくと、車を端に寄せてカーナビをタッチする。
現在地点のすぐそばに表示されているのは、グロリアス・スター・カンパニーの研究施設。
〈女王〉に協力すると決めたクロウが真っ先に提案したのは、グロリアス・スター・カンパニーの襲撃だ。グロリアス・スター・カンパニーは、確実にクラークの後継者と繋がっている。
ならば、月島を締め上げて白状させれば、芋づる式にクラークの後継者のことが分かるかもしれない。
研究施設の警備はそれなりに厳しいが、クロウは普段から出入りしている施設だ。月島がクロウの裏切りに気づいていないのなら、問題なく出入りできるだろう。
ウミネコはいざという時のバックアップ要員だ。
「そんじゃ、オレは車で待ってるから。気をつけてなー」
「……あぁ」
手を振るウミネコに頷き返し、クロウは助手席を降りる。
懐と袖にスローイングナイフを数本忍ばせてはいるが、目立つのを避けるため、槍は車に積んだままだ。戦力としては少し心許ないが、研究員である月島を連れ出すだけなら、問題ないだろう。
今回のクロウの目的は二つ。
月島を拉致して〈女王〉の元に連れて行くことと、クロウの生命維持に必要な薬の確保だ。
特に薬に関しては、可能なら詳細なデータが欲しい。薬のデータさえあれば、同じ物を量産することができる。
月島はいつだって、クロウが薬の成分を外部企業に委託して調べることができないよう、生命維持にギリギリ必要な分しか与えてくれなかった。
今も、手元には残り二日分の薬しかない。
決勝戦が終わった後も生き続けるためには、絶対に薬を確保しなくてはいけないのだ。
* * *
研究施設の前まで来たクロウは、違和感に眉をひそめた。守衛はいつもと変わらないのだが、建物に違和感がある。
(……灯りが点いている部屋が、いつもより少ない気がする)
灯りが消えているのは三階東側、月島の研究室付近だ。
嫌な胸騒ぎを覚えつつ、クロウは扉の暗証番号を入力する。扉は問題なく開いた。網膜認証も問題なくクリアしたから、クロウの裏切りはまだバレていないはずだ。
エレベーターを降りたクロウは、薬品のにおいのする廊下を警戒しつつ歩く。
やがて月島の研究室の前までやってきたクロウは、しばし考え、軽く扉をノックした。返事は無い。
ドアノブを回すと、扉は呆気なく開いた。
室内は明かりが点いておらず、真っ暗だ。
クロウは鳥のキメラだが、鳥目ではない。寧ろ諜報活動をすることも想定し、夜目が利くように作られている。
部屋の明かりは点けず、クロウは室内を見回した。いつもデスクの上にあったノートパソコンが無い。それ以外にも記録媒体の類は殆ど持ち去られている。
そして、物の少なくなったデスクの上には、これ見よがしに鍵が一つ置かれていた。鍵には「資料室」というタグが付いている。
丁度、この部屋の奥に扉があるのだ。資料室、というプレートのかかった扉が。
(……露骨な罠だ)
だが、手ぶらで帰るわけにはいかない。
クロウは鍵を手に取り、資料室の扉に近づいた。扉の中からは、ゴソゴソという物音がする。
(誰かが閉じ込められている?)
扉を軽くノックし「誰かいるのか?」と声をかけても、返事は無い。物音はやはり続いている。
クロウは鍵を差し込んで、カチリと回す。そして、一呼吸置いて扉を開けた。
六畳程度の広さの資料室は、やはり灯りは点いておらず、窓が無いため、研究室以上に真っ暗だ。
それでも目を凝らせば、資料棚がひっくり返され、ファイルやコピー用紙が床に散らばっているのが見える。
そして、資料室の中央には小柄な人影が一つ。
「……お前は」
まだ十代前半のその少年には、見覚えがあった。
初戦でウミネコに敗退したトキだ。
もしかして、ウミネコに負けた仕置きでこの部屋に閉じ込められていたのだろうか?
トキは部屋の中央に立ち尽くし、俯いている。クロウが扉を開けても、何の反応も見せない。
「……おい」
クロウが声をかけると、トキはゆっくりと顔を上げてクロウを見た。
その目は赤く充血し、眼球がぐるぐると不気味に動いている。弛緩した口からは、舌がでろりとはみ出していた。
「……あ、ぁぁ、が、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ」
意味のない呟きを漏らす口から、ポタリ、ポタリと涎が垂れて床を濡らす。
トキが右腕を持ち上げると、その腕はボコボコと隆起し、不自然に膨れ上がった。
「が、ぁぁあああああああっ!!」
獣のような咆哮を上げ、トキはクロウに襲いかかる。
クロウは頭上から振り下ろされた拳を受け流し、トキの鳩尾に掌底を叩き込んだ。トキはゴロゴロと床を転がり、そしてすぐに何事もなかったかのように立ち上がる。
明らかに尋常ではないその様子に、クロウは心当たりがあった。
クロウは〈女王〉の部屋でアリスが言っていた言葉を思い出す。
『クラークの後継者は……最強のフリークスを作る過程で、kf-09nという薬を作り出した。飲むと超人的な力を得て、不死身に近い体になるケド……代わりに自我を失った化け物になってしまう、というとても危険なモノだよ』
目の前で獰猛に唸っているトキを見て、クロウは思わず自嘲の笑みを浮かべた。
「……なるほどな、オレもあの薬を飲んでたら……こうなってたわけか」
倒すには頭を叩き潰すしかない、とグリフォンは言っていた。
この時、クロウの頭に浮かんだ選択肢は二つ。
一つ目、この場でトキの頭を叩き潰して殺す。
二つ目、資料室の扉を閉めて鍵をかけ、トキを閉じ込める。
今までの自分ならきっと、このどちらかを選択していただろう。
だが、そんなクロウの頭をサンドリヨンの顔がよぎる。
(……あいつなら、こういう時、どうする?)
クロウは改めて、目の前にいる異形に成り果てた少年を見据える。
投薬実験の果てに理性も人格も奪われた、哀れなバケモノ。
……この少年の姿は、クロウの末路だ。
そして、きっとこの場にサンドリヨンがいたら、あの女は大真面目にこう言うのだ。
助けましょう、と。
「……あぁ、くそ、我ながら馬鹿げてるぜ」
トキの頭を潰せば、活動停止することは分かっている。
だが、クロウが手を汚したと知ったら、サンドリヨンはきっと悲しむだろう。
ここで、トキを見捨てるという選択肢に逃げたら、きっと自分は胸を張ってサンドリヨンに会えない。
クロウは腹を括って、トキと対峙する。
薬で強化されたトキの身体能力は、恐らくクロウ以上……だが、理性を失った獣など自分の敵じゃない。
「お前を助けて、死ぬほど恩を売ってやるから、覚悟しろよクソガキ」
* * *
車の運転席でウミネコは四つ目のキャンディを取り出して、口の中に放り込んだ。
クロウが研究施設に乗り込んで、そろそろ一時間が経つ。
念のためにスマートフォンをチェックしたが、クロウからの連絡は無かった。
ウミネコは欠伸をしながら、スマートフォンをポケットに戻す。
ふと、サイドミラーに小さな人影が映った。およっ、と呟き目を凝らせば、大きな何かを抱えて走るクロウの姿が見える。
「おーおー、戻ってきた戻ってきた。抱えてんのは、例の研究者かな?」
ウミネコが車の窓から身を乗り出してクロウに手を振ると、クロウが鋭く叫んだ。
「後部座席を開けろっ!」
「ほいほい、ポチッとなー」
軽い口調で言いながら、ウミネコは開閉ボタンを押して後部座席の扉を開けた。
車に駆け寄ったクロウは、抱えていた物を後部座席に放り込む。
後部座席に放り込まれたそれは、コードで手足を拘束された上から、更に全身をガムテープでぐるぐる巻きにされた少年だった。
その顔は理性を失い、いびつに引きつっているが、うっすらと見覚えがある。
「クロちゃん、誰それ?」
助手席に乗り込んだクロウに訊ねると、クロウは何故か悲壮な顔でウミネコを見た。
「お前……っ、初戦で戦っただろうが……っ!」
「んんー? あー、あー……はいはい、うんうん覚えてる覚えてる。槍使いの、なんとか君だ。ところで車出していい?」
「……あぁ、頼む」
ウミネコはクロウがシートベルトを留めたのを確認し、車を発進させた。向かう先はレヴェリッジ家の船が待つ港だ。
「それで、どうだったの? めぼしい情報はあった?」
「……無い。月島は逃げ出した後で、データの類も全て持ち出されていた。こいつは資料室に閉じ込められていたんだ」
こいつ、と言って、クロウは後部座席で芋虫のようにのたうっている少年を親指で示す。
ウミネコはミラー越しに後部座席の少年の顔を見るが、やはり名前までは思いだせなかった。基本的に、人の顔と名前を覚えるのが苦手な性分なのだ。
「えーと、なに君だっけ? 確か、クロちゃんの後輩だったよな?」
「……対戦相手の名前ぐらい覚えとけ。トキだ」
ウミネコは「あー、はいはい」と雑な相槌を打ちつつ、思考を巡らせる。
トキの様子は明らかに尋常ではなかった。恐らくは、アリス達が言っていたkf-09nとやらを投薬されたのだろう。
「よく捕まえられたね。見たところ、かなりドーピングされてたっぽいじゃん」
「どんなに強くても、理性が無い奴なんざ獣と同じだ。罠を仕掛けてやればいい」
クロウは暴れるトキを一度資料室に閉じ込めると、研究室内にあるコードと荷造り紐で簡易トラップを作り、トキを捕縛したらしい。
「随分と、手間のかかることすんのな。頭を叩き割れば一発なのに。もしかして同情した?」
「……生かしておけば、役に立つと思っただけだ」
「役に立つぅ? お荷物が増えただけじゃん。しかも物騒なのが」
訝しげな顔をするウミネコに、クロウは首を横に振り、指を三本立てた。
「今、オレ達が置かれている状況は、簡潔に言えば三つ巴だ。クラークの研究を完成させようとしているクラークの後継者陣営、それを妨害しようとしている〈女王〉陣営、そしてそのどちらも敵視しているイーグル陣営……この中で、一番遅れをとっているのは?」
「圧倒的に〈女王〉様陣営だわな」
なんと言っても〈女王〉陣営は人手が足りない。味方を増やそうにも、どこにクラークの後継者の魔の手が伸びているか分からないから、下手に動けないのだ。
クロウは一つ頷き、視線だけ動かしてトキを見る。
「何よりも不利なのは、〈女王〉陣営はkf-09nを扱える人間がいないという点だ」
kf-09nを開発したクラークの後継者一味が技術力で抜きん出ているのは言うまでもない。少なくとも、グロリアス・スター・カンパニーの技術者が味方しているのだ。
そして、イーグル陣営も鷹羽コーポレーションの技術力で、kf-09nのワクチンを開発している。
つまるところ、唯一〈女王〉陣営だけが、kf-09nに対抗する術を持たないのだ。
「島にある隠し研究所にいた被験体は、全部イーグルにぶっ殺されてんだろ。研究資料もイーグルが全て持ち出していると考えるのが妥当だ」
「あー、なるほど。つまり……このチビが、唯一の生きた被験体ってことか」
「そうだ。上手くすれば、こいつを調べてワクチンを作れるかもしれない」
正直、そう簡単に上手くいくかねぇ、というのがウミネコの本音だった。
ウミネコは医療関係には詳しくないが、それでも被験体からワクチンを作り出すのに、途方も無い時間と金がかかることは、なんとなく分かる。
(トキを殺さないための、言い訳みたいに聞こえるぜ、クロちゃん)
そう思ったけど口にしなかったのは、先輩なりの優しさというやつだ。
「しっかし、わざわざ遠征したのに、手がかりは無しかぁー」
「……いや、もう一つ、手に入ったものがある」
そう言ってクロウはコートのポケットから布の塊を取り出した。手のひらに乗る程度の粗末な布の包みだ。
「何それ?」
「トキの服の、背中のあたりに縫い付けられていた」
クロウの指が布を捲れば、中から出てきたのはボイスレコーダーだ。
「月島からの伝言か」
そう言ってクロウは再生ボタンを押す。
『やぁ、クロウ。これを聞いているということは、君は私を裏切ったのだろうねぇ。ふふっ、薬のデータが欲しかったのかな? ざーんねん、この研究所にデータは一つも残していないよ。あぁ、可哀想なクロウ! このままだと、お前の体はいずれ、腐って崩れ落ちるだろうねぇ……そんな哀れな君に最後のチャンスをあげよう。フリークス・パーティの決勝戦……イーグルに勝つことができたなら、お前を生かしてあげる』
クスクスという笑い声混じりの女の声は『……私の期待に応えておくれよ、クロウ?』という一言で終わった。
どうやら、グロリアス・スター・カンパニーの女研究者は、あまり性格がよろしくないらしい。多分、笛吹と似たようなタイプなのだろう。
クロウはボイスレコーダーを睨みつけ、フンと鼻を鳴らす。
「……言われなくても、勝ってやるよ」
呟く声は不安に沈んでいた。今回の襲撃で、延命のための薬が見つからなかったのだから無理もない。
「オレが決勝戦に出れば、月島は必ずそれをどこかで見ているはずだ。そこをグリフォン達で取り押さえる」
月島さえ確保すれば、クロウの延命のための薬も、クラークの後継者に関する情報も手に入る。
「三つ巴のこの状況で、まず、押さえるべきはクラークの後継者陣営だ。イーグルより先にクラークの後継者を捕まえて、その上で、イーグルと交渉でもなんでもすればいい」
クロウの言うことは、まぁ間違っていない。
三つ巴のこの状況で、最も戦力が少ない〈女王〉陣営にできるのは、一つずつ困難を片付けていくことだけ。
しかし、ウミネコには一つ懸念していることがあった。
「この状況って、ほんとに三つ巴なのかなぁ」
「……はぁ?」
怪訝な顔をするクロウに、ウミネコはヘラリと笑う。
「いやさぁ、第四陣営とか出てきたら、面白いなぁって」
「何も面白くねぇよ、これ以上話をややこしくすんな」
まぁ、そうだけどね。と頷き、ウミネコは声に出さずに呟く。
(……でもオレは、話をややこしくする天才の……超絶お祭り男を知ってるんだよ)