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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第14章「青い鳥はそこに」
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【14ー7】『イーグル』

 翔がまだ、キメラ達と知り合ったばかりの頃、識別ナンバーをニックネームにして呼び合うヒナミ達に、自分にもニックネームをつけてほしいとせがんだことがある。

 翔はキメラ達と違い、鷹羽家の養子としてそれなりに優遇されている。故に、名前を奪われてはいない。

 それでも、翔は自分だけ名前で呼ばれることが、ヒナミ達に対してほんの少し後ろめたかったのだ。

 翔の手枷にも「196」という数字が刻まれている。だから、自分にもニックネームをつけてほしい、と言うと、魚人のフナと熊男のゴローが額を付き合わせて、うんうん唸った。

「イクロウってぇのは、どうだい?」

「なんかパッとしねぇなぁ。それより……あぁ、そうだ。イーグルなんてどうだ。フリークス・パーティでは、参加者は鳥の名前を名乗るのが慣習らしいし、丁度いいだろう」

 ゴローの提案に翔は顔を輝かせたが、それを蛇女のヒナミが「ダメよ」と静かに嗜める。

「坊や、あんたには人間としての名前があるでしょう? あんたはまだ、人間を捨てちゃダメ。人としての名前を大事になさい」

 あぁ、そうだ。彼女達は捨てたくて名前を捨てたわけじゃないのに、自分はなんて軽率だったのだろう。

 翔がしょんぼりとうなだれると、ヒナミはひんやりと冷たい手で翔の頰を撫でた。

 そして、少しだけ悲しそうな顔で言う。

「……もしもこの先、あんたがどうしても人間でいることが辛くなった時は……その時は『イーグル』と名乗ればいいわ」



 * * *



 鷹羽芦舟の養子、鷹羽翔が鷹羽コーポレーションの社長に就任して真っ先に着手したのは、キメラ研究チームの解体だった。

 この研究に携わった者は、鷹羽コーポレーションの暗部に触れたことになる。

 彼らを他社に引き抜かれるわけにはいかなかったので、翔は研究員達に多額の口止め料を握らせ、それぞれ別部署の有力ポストにあてがった。

 ただ一人、それを拒絶したのが、キメラ研究チームの主任、ハロルド・パークだ。

 誰よりもキメラを偏愛していた彼は、最後まで研究室を動こうとしなかった。

「ダメだダメだダメだ!! このチームを解体したら、ここにいるキメラ達はどうなる!?」

「それは、あなたが知る必要の無いことだ」

 翔が短い言葉で切り捨てても、ハロルドは納得しようとしなかった。

 白衣の老人は痩せた手足をめいっぱいに伸ばして、机にしがみつき、大きな声で喚き散らす。

「生命維持のために、定期投薬や診断が必要な者はどうする!?」

「他部署に異動しても、定期的に彼らのメンテナンスには協力してもらう」

「新規キメラの開発はっ!?」

「無論、無期限中止する」

 唾を飛ばして喚き散らすハロルドに冷たい声でそう告げれば、ハロルドは血走った目で憎々しげに翔を睨んだ。

「ふざけるなっ……あれは……あれは、わしが人生を捧げて作り出した、生ける芸術品なのだぞ……それを……それを……っ!?」

 翔はハロルドの頭を手のひらで鷲掴みにし、無理やり机から引き剥がす。

 そして、目を白黒させる老人の顔を覗きこみ、低く吐き捨てた。

「……勘違いするな。彼らは芸術品なんかじゃない」

「小僧っ……貴様は分かっていない、分かっていないのだっ、キメラという生き物の美しさを……っ」

 ハロルドにとってキメラとは愛でる対象だ。

 だが、ハロルドにとって愛でる対象はキメラ達の人格ではなく、その肉体だけ──キメラ達の意思など、この老人には関係ない。

 これ以上言葉を交わしても、虫唾が走るだけだ。

 翔はハロルドを部下の方に押しやり、低く命じる。

「連れて行け」

 優秀な部下達は有無を言わさず、ハロルドを部屋から連れ出した。ハロルドは尚も大声で自身の主張を捲したてていたが、パタリと扉を閉ざせば、部屋には静寂が訪れる。

 翔はキメラ研究に関する資料を眺め、そこに記載された過酷な実験内容に歯ぎしりをした。

 翔が見ていないところでも、実験は進んでいた。翔に優しく接してくれたキメラ達が、自分の知らぬところで、こんな目に遭っていたのかと思うと、ただただ胸が痛い。

(……でも、こんな過酷な実験の日々も今日で終わりだ)

 生存しているキメラはヒナミやフナを含めて、全部で八人。

 初めて出会った頃は、三十人近くいたのに、今ではその三分の一以下になってしまった。

(ゴローおじさん、イオナ、間に合わなくてごめん……それでも、他のみんなは……僕が助けるから)

 キメラ達の生命維持に必要なメンテナンス器具や、薬は確保できている。

 あとは、彼らが穏やかに暮らせる環境を整えるだけだ。

 やることは沢山あったが、それでも翔の胸は希望に満ちていた。

 これでキメラ達を救える。解放できるのだと。翔は喜びに胸を膨らませ、ヒナミ達が閉じ込められた部屋へ向かった。




「ヒナミねえさん、フナじい、僕、やったよ! 僕が社長になったんだ! これで、みんなを自由にしてあげられる!」

 翔は会社の大人達の前では決して見せないはしゃいだ声をあげて、キメラ達の檻の鍵を一つずつ解除して回った。

 翔はヒナミ達が歓声をあげるものだとばかり思っていたのだが、キメラ達の反応は薄い。きっと、現実味がわかず、まだ自由を実感できずにいるのだろう。

 翔は、はやる気持ちを抑えて、彼らに状況を説明した。

 役員達を味方につけて、鷹羽芦舟を社長の座から引きずり下ろしたこと。

 自分が鷹羽コーポレーションの社長の座に就き、キメラ研究部署を解体したこと。

「もう、これからは酷い実験も戦闘訓練も受けなくていいんだ。フリークス・パーティに出る必要だってない。みんなで、静かに暮らしていける!」

 翔がそう宣言すると、魚のキメラであるフナが、長い長い溜息を吐いた。

「あぁ、遂にこの日がきたのか……」 

 それは、まるで肩の荷が下りたような、しみじみとした呟きだった。

 フナは魚のヒレのある裸足をペタペタと鳴らして、部屋の隅にある鉄の棒を持ち上げる。

 一メートルほどの長さのそれは、研究員達がキメラを檻の外から折檻する時に使うためのものだった。手元のスイッチ一つで電流を流すこともできる。

「翔坊や、ワシらの願いを一つ、叶えてはくれんかね?」

「願いってなんだい? フナじい?」

 一つと言わず、幾らだって叶えてあげたいと思った。今の自分にはそれを叶えるだけの力があるのだ。

 彼らの喜ぶ顔を想像して胸を膨らませる翔に、フナは折檻用の棒を差し出し、告げる。


「……ワシらを、殺してくれ」


 しばし、翔は言葉の意味が理解できず立ち尽くした。

 喜び浮かれていた頭が急速に冷えて、血の気が音を立てそうな勢いで引いていく。

 翔は引きつった笑顔で、フナを見る。

「……フナじい、何を、言ってるの? ……他のみんなも、ねぇ、なんで、黙っているんだい?」

 生き残ったキメラ達は皆、どこか悲しげに翔を見ていた。誰も、フナの言葉に異論を唱えない。冗談だと笑い飛ばしたりもしない。

 助けを求めるようにヒナミを見れば、ヒナミはゆるゆると首を横に振った。彼女の真っ白な髪が、暗闇の中サラサラと揺れる。

「あんたがアタシ達の前に現れた時にね、アタシ達は思い知ったのよ。キメラなんて必要ないんだ、って」

 研究者達は最強の生き物を求めて、実験を繰り返した。

 何度も何度も何度も何度も。継ぎ接ぎを繰り返して、薬を打って、過酷な訓練を行って、そうやってヒナミ達は「最強の生き物」になることを、求められてきた。

 だが、ある日、現れてしまった。


 ……生まれついての「最強」が。キメラには到底届かぬ高みにいる「本物」が。


 翔の存在は、キメラ達を絶望に叩き落とすには充分すぎるほどだった。

 そうして、本物の強さを知ってしまったキメラ達は己の存在意義を失った。

「キメラなんてのは、生命に対する冒瀆だわ。本来、この自然界に存在しちゃいけないのよ。賢いあんたなら分かるでしょう?」

「でも、だからって……だからって……っ」

 頭を抱えて弱々しく首を振る翔に、ヒナミは苦々しい顔で告げる。

 ……より残酷な真実を。

「イオナはね、もう手術に耐えられる体じゃなかったから……Dr.ハロルドも手術を強要したりはしなかった。それでも、あの子は自ら望んで強化実験を受けたんだ」

「…………え?」

「あの子はあんたに憧れていた。あんたに少しでも近づきたいと……自ら新しい実験を受け入れた」

 苦しみもがきながら死んでいったイオナの姿は、今も翔の脳裏に焼き付いている。

 全身を獣毛に覆われ、筋肉はいびつに膨れ上がり、手足は二本ずつ増え、とても元が人間だったとは思えないような姿だった。

 そうして理性を失い、雄叫びをあげながら暴れ狂い、泡を吹き、嘔吐し、最後は激しく痙攣し……やがて動かなくなった。

 翔はハロルド達がイオナに無理な実験を強要したのだと、疑いもしなかった。

「……Dr.ハロルドは、強化実験は焦らず、様子を見て行うべきだと主張していたわ」

 けれど、翔の才能を見出した鷹羽芦舟は、キメラ研究の規模を縮めようと考えていた。

 遅かれ早かれ、キメラ研究は廃止され、キメラ達は廃棄される運命だった。

「だから、アタシ達は、自ら強化実験を望んだの」

「……僕、の、せい?」

 ヒッ、ヒッ、と喉を震わせる翔の言葉をキメラ達は否定も肯定もしなかった。

 手術を受けることを選んだのはイオナだ。

 だが、彼女に手術を受けるきっかけを与えたのは、間違いなく翔の存在なのだ。

「そん、な……」

 力があれば、強くなれば、みんなを助けられると思っていた。この手で願いを叶えられると信じていた。

 だが、翔の圧倒的な強さが、キメラ達から生きる希望を奪った。

 生まれついて強い翔の存在があったから、芦舟はキメラ研究を縮小しようとした。

 翔の強さに近づこうとしたイオナは、無茶な実験を受けることを選び、死んだ。

「僕は……僕は……」

 強い力はただ存在するだけで、重責を伴うのだということを、翔は初めて思い知った。

 ……まして、その力を振りかざすのなら、尚のこと。

 絶望する翔の頰を、ヒナミがするりと撫でる。ひんやりと冷たい爬虫類の温度の手で。

「ねぇ、翔坊や、アタシ達はあんたを恨んじゃいないのよ。あんたがアタシ達の前に現れた時、絶望すると同時に、心のどこかでホッとしたわ……あぁ、この子がアタシ達を殺してくれるんだ、って」

 フナもまた、鱗に覆われた手で、翔に鉄の棒を握らせる。

「ワシらはな、無理な実験続きで体がボロボロなんじゃよ……毎晩、激痛にのたうち回り、目を覚ます日々……もう、楽にしてくれんかね?」

 フナの言葉に同意するように、他のキメラ達も無言で頷く。

 彼らの目は生きることを諦めていた。

 そして、翔に望んでいた。穏やかな暮らしより、安寧の死を。

「……や……いや、だ……だって、だって、だって……」

 今の翔は、岩槻源治と渡り合い、先天性フリークスを容易く叩きのめして。

 鷹羽芦舟を引きずり下ろし、鷹羽コーポレーションの社長の座について。

 腕力、権力、財力……沢山の力を持っている。

 それなのに翔は、ヒナミ達を説得する術を持たない。

 いっそ無力だったら、こんな思いをしなくて良かったのだろうか。

 だが、翔はキメラ達を殺すだけの力を持っていた。自分は無力で何もできない……という言い訳は、もうできない。

「のぅ、坊や。どうせ殺すなら、うんと残酷に惨たらしく殺してくれんかね。他の施設の奴らに知らしめるぐらい派手に」

「あぁ、それがいいわね。そうしたら、他のキメラ研究者達も目が覚めるでしょうよ……キメラなんて必要ないということを、他の連中に証明して頂戴……これ以上、アタシ達のような犠牲者が現れないように」

 そう言って、ヒナミは魚の腹のように白い腕で翔を抱き寄せる。

 翔は震えたまま動けない。その耳元で、ヒナミが囁く。

「ねぇ、お願いよ……殺して」

 ひんやりと冷たい手で翔の手を握り、血の色を透かした目に涙を滲ませ、彼女は懇願する。


「殺して頂戴………………イーグル坊や」


 最後の一言はきっと、ヒナミがくれた精一杯の気遣いだ。

 いつだったか彼女は言ってくれた。

 翔がどうしても人間でいることが辛くなった時『イーグル』と名乗ればいい……と。

 それが、今なのだ。


(僕は、キメラ達を絶望に落とした「最強」の196番……イーグル)


 翔は虚ろな目で、ヒナミ達の手首にある手枷を見た。ナンバーが刻まれた手枷は、彼らが鷹羽の所有物であることの証だ。

 それを壊して、彼らを自由にしてやりたかった。せめて、人として死なせてやりたかった。

 だが、彼らは鷹羽コーポレーションのキメラのまま、見せしめとして死ぬことを望んでいる。

 ……これ以上、キメラになる犠牲者が増えぬように。

「おやおや、翔坊や。こんなところで泣くでないよ。泣き虫を直すと、好いた娘に約束したんじゃろう」

 殊更明るい声で言うフナに、翔は袖口で涙をぬぐいながら頷く。

「……うん」

「やるべきことが終わったら、お前は自由になりなさい。そして、胸を張ってその娘に会いにいけばいい」

「……うん」

「ワシらの分も、沢山、沢山、幸せにおなり」

「…………うん」

 翔は一度だけ鼻をすすり、鉄の棒を握り直す。

 そして、静かに噛みしめる。強大な力を振るい、命を奪うことの重みを。

「……今までありがとう。おやすみなさい、フナ爺」

 そして、凶器を振り下ろす。

 鉄の棒ごしに、頭蓋骨を砕く手応えが伝わってくる。

 ぐしゃりと脳が潰れる生々しい音が、彼の鼓膜を叩く。

 彼は一人一人に「おやすみなさい」と告げて、その頭に凶器を振り下ろした。

 キメラ達が少しでも苦しまなくてすむように、己の持つ全力で。丁寧に、丁寧に、惨たらしい死体を作り上げる。

 そして最後の一人、ヒナミの前に立つと、ヒナミは美しく微笑んだ。翔はその顔をしっかりと瞼に焼き付ける。

「ありがとう、アタシ達のイーグル坊や」

「……おやすみなさい、ヒナミねえさん」

 そしてイーグルは、彼女の美しい顔ごと、その頭を叩き割る。

 骨を砕き、肉を潰す感触。ヒナミの白く長い髪が醜く血で汚れる。華奢な腕がピクピクと痙攣し、やがて動かなくなる。

 静かになったその部屋で、生きているのはキメラを殺した彼一人。

 どれくらいその場に立ち尽くしていただろう。唐突に部屋の扉が乱暴に開かれ、小太りな男が転がり込んできた。

「見つけた! 見つけたぞっ、翔っ……この恩知らずがっ!」

 口から泡を吹きながら、包丁を振り回しているのは、養父の鷹羽芦舟だった。どうやったのか、監禁していた部屋から抜け出したらしい。

「死ねっ、死ねっ、死ねぇぇぇぇっ!!」

 芦舟は部屋の惨状など目もくれず、包丁を握りしめて突進してくる。

 イーグルは血に汚れた鉄の棒を軽く持ち上げた。そして、一見無造作な仕草ながら、それでいて一片の慈悲も無い強烈な力で、芦舟に凶器を振るう。

 メキメキグシャグシャバキバキバキィと凄まじい音を立てて芦舟の体は扉の外に吹き飛び、廊下の壁に叩きつけられる。醜悪な体は潰れた蛙のように、壁に張り付いて動かなくなった。

「ここは彼らの墓だ」

 イーグルは血に汚れた顔の中、猛禽の瞳を爛々と輝かせ、壁の一部となった養父を見据える。

「お前が汚すな」

 呟き、イーグルは内側から扉を閉めた。

 死臭の篭る空間に自ら閉じこもった彼は、キメラ達の亡骸を見下ろし、ずるずるとその場にしゃがみこむ。

 血のにおいのする手で顔を覆って、体を震わせて。

「……今だけだから」

 頭の潰れたキメラ達に、彼は話しかける。

「明日から、もう、泣かないから」

 頰を伝う雫が、返り血と混ざってまだらに顔を汚していく。まるで、血の涙のように。

「……許して…………許して…………」

 その懺悔に答える者はおらず、嗚咽混じりの声は死臭漂う部屋に静かに反響するだけだった。



 * * *



 言葉を失う優花に、イーグルは悲しそうな顔で笑いかける。

「だから、僕は決めたんだ。ヒナミねえさん達の死を無駄にしないためにも……みんなの願いを叶えるためにも、僕はキメラ殺しとして、この力を振るおうって」

 優花は以前から、何故こんなにもイーグルがキメラ殺しに固執するのか不思議に思っていた。

 クロウは、キメラに恨みがあるのだろうと言っていたけれど、優花にはイーグルがキメラを憎んでいるようには見えなかったのだ。

 弱いキメラ達など存在する価値もない、と嘲笑うようなことを言いながら、しかし彼はどこか悲しんでいるようにも見えた。

 今ならその理由がよく分かる。

 彼はキメラを嘲り、先天性フリークスとして自分の力を誇示することで、キメラ研究の無意味さを訴え続けていたのだ。

「現存するキメラの中で、恐らく一番強いのが、あのカラス君だろうね。だから、半年前のシングル戦で分かりやすく叩きのめした。余裕たっぷりに、赤子の手を捻るみたいに」

 実際にそれは効果覿面だった。アルマン社もグロリアス・スター・カンパニーも新規キメラの製造を中断し、人造人間のオウルや薬物強化したトキを今回のフリークス・パーティに出場させた。

 イーグルの提唱する「キメラ不要論」は、次第にフリークス・パーティに浸透しつつある。

「明後日の決勝戦で、僕はクロウを殺す。徹底的にその弱さを知らしめて、嘲笑って、晒し者にして、殺す」

「…………っ」

 やめて、と叫びたかった。だが、イーグルの強い瞳は揺るがない。

 鷹羽コーポレーションのキメラ達を手にかけた彼は、もう引き返すことはできないのだ。

 優花が俯いていると、イーグルはスーツの内ポケットからペン形の注射器を取り出し、優花の手に握らせる。

「優花ちゃんに嫌われたくないから、これ、渡しておくね」

「……これ、は」

「kf-09nのワクチン。もし、クロウがあの危険な薬を摂取しても、このワクチンを首筋に打てば、助かるよ」

 イーグルは約束してくれた。優花が薬のことをクロウに黙っているのなら、ワクチンを用意してくれると。どうやら、その約束は今も有効らしい。

「僕は彼個人に恨みは無いから、フリークス・パーティの外で助ける分には、力を貸してあげる」

 でも……と言葉を続けるイーグルは、優しさを引っ込めて、残酷で無慈悲なフリークス・パーティの王者の顔をしていた。

「フリークス・パーティの舞台では、容赦しない。彼は殺す。徹底的にその無力さを露呈させ、見せしめにして、殺す」

 キメラを根絶するために。もうこれ以上、犠牲者を出さないために。

 イーグルが背負うものの重みを知ってしまった優花は、何も言うことができなかった。

 イーグルの不幸はいつだって、その力に起因する。

 強すぎる力故に母に疎まれ。

 力を隠すために人と距離を置いて孤立し。

 その力に目をつけられ、鷹羽芦舟に引き取られ。

 そして、その圧倒的な力はキメラ達を絶望させ、最後はその手でキメラ達を手にかけることになった。

 キメラを根絶やしにするというイーグルの意思は固い。優花が何を言ったところで、彼は考えを変えたりはしないだろう。

「キメラを根絶やしにして……レヴェリッジ家を失墜させて、フリークス・パーティの権利を取り戻し、フリークス・パーティを『修羅』に戻す……それが、僕の役割……だ」

 言葉が少し途切れ、イーグルの頭がふらつく。

 次の瞬間、彼の体が傾いて、その頭が優花の肩にもたれた。

「わっ、ちょっ、ちょっと……翔君っ」

 優花の肩のすぐそばで、あぁ、と小さな吐息が聞こえた。

 イーグルは優花の肩にもたれたまま、目だけを動かして優花を見上げる。

 なんだか少し、泣きそうな顔で。

「……君は、今も、その名前で呼んでくれるんだ」

 優花は少しだけギクリとした。

 イーグルの正体が翔だと発覚した時以来、優花は一度も彼のことを名前で呼んでいないのだ。

 彼もそれに気づいていたのだろう。

 翔、と呼ばれた彼は、優花のよく知る少年と同じ、眉を下げた顔で微笑んでいる。

 優花は一度だけ拳を握りしめ、もたれる彼の体を支えた。

 優花には今日一日、何度も訊こうとして、言えなかったことがある。


 ──優しかった翔君と、キメラ殺しのイーグルと……どっちが、本当のあなたなの?


 だが、それは彼に訊くには、あまりにも残酷な質問だ。

(…………どっちも、彼なんだわ)

 いつのまにかイーグルは、すぅすぅと寝息を立てていた。

 頭がずるりと傾いて、優花の肩から膝の上に落ちる。自分の足を枕に眠る彼の頭を撫でて、優花はポツリと呟いた。

「……なによ。本当はしっかり酔ってたんじゃない」

 岩槻達の前では、これっぽっちも酔いを感じさせず、優花の分もきっちり飲み干していた癖に。

 妙なところで我慢強い性格も、やっぱり優花のよく知る幼馴染と変わらないのだ。


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