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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第14章「青い鳥はそこに」
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【14-5】お茶目ジジイのいらん気遣い(ジュウちゃんからのプレゼントじゃ♡)

 老人会、もとい『修羅』関係者によるイーグルの激励会は夜遅くまで続いた。

 浴びるように酒を飲まされたイーグルは顔色一つ変えぬまま、手際良く運転代行サービスを呼び、料亭のすぐそばにあるホテルでチェックインの手続きを済ませる。

 恐らくは、あの料亭の利用者が使うことを想定したホテルなのだろう。レベリッジ家が管理するホテルに劣らぬ、ラグジュアリーな高級ホテルだった。

「部屋、空いてて良かったね」

「岩槻会長が予約してくれてたんだ。餞別だってさ」

 そう言ってカードキーで部屋の扉を開けたイーグルは、扉を開けたまま数秒動きを止めた。

「……どうしたの?」

「うーん……」

 イーグルは困ったように笑って、扉を大きく開ける。

 部屋に足を踏み入れれば、そこにはスイートルームが広がっていた。

 ふかふかの絨毯、高級感のある革張りのソファ、きらめくシャンデリア。入って正面の壁は一面が硝子張りになっていて、美しい夜景が見える。

 ……だが、それよりもなによりも特筆すべきは、マホガニーのローテーブルにデデンと置かれたマムシ酒である。

 更にソファには「YES」「NO」がプリントされたクッション。寝室を覗いてみれば、キングサイズの天蓋付きベッドには、これ見よがしに薔薇の花びらが散りばめられている。

 高級感漂うスイートルームに施されたチープな演出のギャップは、見る者の言葉を奪うには充分すぎるほどのインパクトがあった。

「お年寄りは冗談が好きで参るね」

「そ、そうね……」

 優花がアハハとから笑いをすると、イーグルはソファに腰かけネクタイを緩めた。

 ふぅ、と息を吐いたイーグルは、彼なりに疲れていたのかもしれない。なにせ、ひっきりなしにご老人がやってきては、酒を注いでいくのである。優花に勧められた酒も、彼が代わりに飲んでいたから、確実に一升瓶は空けているはずだ。

「……お水、飲む?」

「うん」

 優花がコップに水を注いで持っていくと、イーグルは礼を言って受け取り、コップの水を一気に飲み干した。

 水を飲み干す度に動く喉は成人男性のそれで、横顔も幼い頃の丸みを帯びたものとは全然違う。

 イーグルは空のコップをローテーブルに置いて、ソファの近くに佇んだままの優花を見上げた。

「座らないの?」

「……へ、あぁ、うん」

 優花はしばし迷った末に、イーグルの座っているソファの端にちょこんと座った。

「今日は一日連れ回してごめんね。疲れたかい?」

「まぁ、慣れないことしたからそれなりに。でも、楽しかったわよ」

 率直に答えれば、イーグルは「良かった」と目尻を下げて笑う。

「今日は僕のわがままに付き合ってくれて、ありがとう、優花ちゃん」

 ニコリと微笑む顔は、やっぱり優花のよく知る少年のものだった。

 今日一日、彼と一緒に行動して、何度も幼い頃との違いを目の当たりにしては、その合間に見え隠れする少年の面影に優花は混乱した。

 それでも今、こうして柔らかく笑う彼を見て、優花は確信する。やっぱり彼は「翔君」なのだと。

 だからこそ……絶望せずにはいられない。

「……なんで」

 掠れた声で呻く優花に、イーグルが気遣わしげな目を向ける。

 優花はゆるゆると首を横に振り、食いしばった歯の隙間から呻いた。

「なんで……キメラを殺すの」

 鳥の雛を手のひらに乗せて、可愛いねと微笑んでいた少年が、今はフリークス・パーティで「キメラ殺し」と呼ばれ、恐れられている。

「虫一匹殺せなかった弱虫の癖に……どうして……」

 優花の知っている「翔君」は、誰よりも臆病で優しかった。

 そんな彼が顔色一つ変えず、虫の足を千切るみたいにキメラの手足を捥いで、「キメラに生きる価値など無い」と冷たく吐き捨てる。その事実が、優花には受け止めきれない。

 イーグルは無言で優花を見ていたが、やがて恐々と優花に手を伸ばし、俯く優花の前髪に指の先で触れる。

「僕がキメラを殺すのは、そうする必要があるからだよ」

「なんでよ!? なんで!? なんで!? なん、で……っ」

 優花はイーグルの手を振り払い、キッと睨みつける。

 イーグルは悲しそうな顔で、振り払われた手を見ていた。

 転校するんだ、と彼が告げた時と同じだ。あの時も彼は、感情的になる優花を困ったような顔で見ていた。自分ではどうにもならない事情を抱えて。

 ……けれど、もう優花も彼も子どもではないのだ。どこにでも行っちゃえだなんて思ってもいないことを叫んだりはしない。

「……教えてよ。転校した後……何があったの」

 イーグルは手を伸ばし、優花の膝の上に垂れた手に触れた。指の先を頼りなく触れる程度に。

 優花がそれを振り払わないことに、イーグルはほんの少し安堵したような顔をする。

「鷹羽コーポレーション先代社長、鷹羽芦舟が僕を養子にした時、一番最初にしたことは何だと思う?」

 イーグルは左腕を持ち上げ、カフスボタンを外し、袖を少しだけめくった。

 露わになった左手首には腕時計の類は無く、そのかわりに手首をぐるりと一周するような火傷の痕がある。

「……ペットが逃げたりしないよう、手枷をつけることだ」

「その、火傷の痕、は……」

「手枷はリモコンのボタン一つで電流が流れる仕組みになっていたんだ。ペットの躾用にそういうのがあるだろう? ……あの男は、それを僕につけて管理したんだ」

 イーグルは火傷の痕を指でなぞっていたが、優花の顔が泣きそうに歪んだのを見て、すぐに袖を元に戻す。

 シルバーのカフスボタンを手の中で転がしながら、彼は言葉を続けた。

「学校には行かせてもらえなかった……どころか、完全に暮らしを徹底管理されてたよ。午前中はひたすら勉強。午後は戦闘訓練」

「戦闘訓練、って……」

「鷹羽コーポレーションが保有するキメラと戦うんだ」

 イーグルはなんでもないことのようにサラリと言うが、当時十歳だった彼は、どれだけ恐ろしかっただろう。

 フリークス・パーティと同じようなことを、彼が十歳の時からずっと味わってきたのだと思うと、優花の全身から血の気が引いた。

「そんな顔しないで、優花ちゃん。勉強も戦闘訓練も……僕にとって、さほど大変なことじゃなかったんだ」

「……え?」

「勉強はもともと嫌いじゃなかったし、戦闘訓練も最初こそ恐ろしかったけれど……とても、とても、イージーだったんだよ」

 イーグルは手の中で転がしていたカフスボタンを、親指と人差し指でつまむ。

 大して力を込めたようには見えないのに、シルバーのカフスボタンはパキリと音を立てて砕けた。まるで、プラスチックを砕いたかのように、呆気なく。

「手加減をするなと養父に言われたから、本気を出したら……あまりにも簡単に勝ってしまった」

 本当に簡単だったんだ、とイーグルは呟く。

 少し意識を集中するだけで、相手の次の行動が手に取るように分かった。

 ちょっと力を込めて殴るだけで、相手は簡単に吹き飛んだ。

 異形のキメラも、生まれつきの異形の前ではあまりに無力だった。

「油断したら化け物に殺されると思っていたから、無我夢中ではあったけど……それでも、僕は一度も負けなかったし、怪我らしい怪我もしなかった」

 ポツポツと呟く彼は、しかし、自分の力を誇るでもなく、寧ろ暗い顔をしている。

 過ぎた力は彼にとって、誇りでもなんでもない。

 母に疎まれ、人の輪に入れなくなるだけの呪いだ。

「訓練に勝てば、養父は褒めてくれたけれど、嬉しくもなんともなかった……よくできたバケモノって言われたみたいで……だから、僕はずっと探していたんだ。あの地獄から抜け出す方法を」

 そうして少年は部屋を抜け出すことを覚え、研究施設を歩き回ることを覚え……そこで、もっと酷い地獄を見た。



 * * *



 翔が鷹羽芦舟(ろしゅう)の養子になってから一年。彼が考えたのは、この環境から抜け出すためには、養父の弱みを握る必要があるということだ。

 そのために彼は周囲の目をかいくぐり、研究施設を歩き回った。

 研究施設で働く人間の数は、それほど多くはない。主任であるハロルド・パークと、その部下が数人。研究者達はみな、研究に熱中すると周りが見えなくなる性分の者ばかりだったので、目を盗んで中に入り込むのは、さほど難しくはなかった。

(……今日は建物全体の構造を把握するだけに努めよう)

 そう考えた彼は、戦闘訓練で使う設備とは別の通路を足音を殺して歩いた。

 そして、目についた「管理室」という部屋の扉をそっと開ける。

 室内の空気は淀んでいて、獣のにおいで満たされていた。

 暗くて広い部屋には、檻がいくつも並び、その中に複数のキメラが収容されている。

 キメラは戦闘訓練で何度も見ているけれど、改めて見ると、そのおぞましさに肌が粟だった。

 無理やりツギハギされた肉体は酷く歪つで、人間らしい形を残した部位も、濃い体毛や鱗、羽毛などで覆われている。率直に言って、気味が悪かった。

 この部屋から早く出たい。そんな本能の声に従って、少年が廊下に引き返そうとしたその時……


「おや、いつもの坊やじゃないの」


 背後で女の声がした。振り向けば、一番手前の檻にいる女のキメラが、暗闇の中、じぃっと翔を見ている。暗闇に浮かび上がる肌はぬらりと白く、その体の至るところが銀色の鱗で覆われていた。スカートの下から覗くのは人間の足ではなく、大蛇のそれ……女は白蛇のキメラなのだ。

「喋っ、た……?」

「そりゃ、喋れるよ。元人間だもの……まぁ、喋れなくなっちゃったやつもいるけどさ」

 てっきりキメラは喋れないものだと思っていた翔は仰天した。戦闘訓練の時、キメラは人語を発したりはしないから、人間としての意識も存在しないものだとばかり思い込んでいたのだ。

 一瞬、翔はこの場を立ち去るべきかどうか悩んだ。もし、キメラ達が人語を解しているのなら、自分がこの部屋に忍び込んだことを養父に知られてしまう。

 だが、目の前にいる女型のキメラも、他のキメラ達も、誰も大声で研究員を呼んだりはしなかった。ただ、好奇の目で翔を見ている。

 白蛇女の隣の檻で、熊に近い体をしたキメラの男が、くぐもった声をあげた。

「おぅ、あのめちゃくちゃ強い坊主か。昨日、オレも吹っ飛ばされた」

「ごっ、ごめんなさいっ……!」

 翔は咄嗟に頭を下げて謝った。

 彼はキメラ達のことを自我のないバケモノだと思っていたのだ。だからこそ、思い切り殴りとばすことができた。

 だが、熊男は喉を仰け反らせてカラカラと笑う。

「なに、なに、オレだって本気でやってるんだ。お互い様だから気にすんな。しっかし、お前さん強いなぁ。なんのキメラなんだ?」

「……僕、キメラじゃないです……」

 翔がフルフルと首を横に振ると、今度は奥の檻の魚のようなヒレを持つ痩せた老人が、しゃがれた声で言う。

「坊主は……アレだ。先天性フリークスってやつじゃろう。フリークス・パーティで、そういう奴がいるのを見たことがある」

「……先天性フリークス? フリークス・パーティ?」

「おや、坊主は聞かされていないのかえ。自分が何の研究のために、戦っているか」

 老人は水かきのある手で顎髭を撫でながら、翔に先天性フリークスと後天性フリークスの違いや、フリークスが戦うフリークス・パーティという催しのことを教えてくれた。

 老人の説明によると、生まれつき力が強かった翔は、先天性フリークスという存在らしい。

「先天性フリークスは、それはそれは強いからのぅ……ワシ達、キメラなんかじゃ束になっても敵わんよ。じゃから、鷹羽も先天性フリークスを引き取ったのじゃろうて」

「……僕も、いずれ、キメラに?」

 自分の体に別の生き物の部位が植えつけられる様を想像し、翔が青ざめると、魚の老人はふーむと首を左右に振った。

「どうだかのぅ……必ずしもキメラにすれば強くなるというもんでも無いじゃろうて。少なくとも、お前さんがワシらを圧倒している間は、お前さんをキメラにしようとは思わないんじゃないかね?」




 それから、翔は部屋のキメラ達と沢山の話をした。

 身の上話や、この研究所のこと、フリークス・パーティという催しのことなど。

 ここにいるキメラ達は、翔のように親に売られた者、なんらかの形で借金を背負った者、浮浪者だった者など、様々だ。

 彼らの話を聞いていると、養子として扱ってもらえている自分は相当に恵まれていると思えたが、それでも、翔が自分の身の上話をすれば、彼らは翔に同情してくれた。

「坊主も大変だったんだなぁ」

「先天性も楽じゃないのねぇ」

 しみじみと相槌を打つ彼らは、見た目こそ恐ろしいがとても人間的で、養父や研究者より、よっぽど親しみが持てた。

 キメラ達はみな、人間の頃の名前を捨てて、今はナンバーで管理されている。

 彼らは皆、翔と同じ手枷を付けられていて、手枷にはそれぞれのナンバーが記されていた。

 白蛇の女は173、熊男は56、魚の老人は27。翔の手枷も同様に「196」とナンバーが記されている。

 彼らは研究員の見ていないところでは、この数字をもじったニックネームで違いを呼び合っているようだった。

「アタシは173だから、ヒナミって呼ばれてるよ」

「オレは56だから、ゴローな」

「ワシは、フナじゃよ。魚の体に合うとるじゃろ」

 三人が名乗りをあげれば、他のキメラ達も我も我もと名乗り上げた。娯楽に飢えている彼らは、小さな客人に興味津々だったらしい。

 改造の過程で口がきけなくなってしまった者は、代わりに他の者が通訳を買って出た。

 中には翔より小さい女の子もいた。ナンバーは107、ニックネームはイオナ。イヌ科のキメラである彼女も、やはり口がきけなくなったキメラの一人だ。

 イオナは最初の内こそ翔のことを怯えた目で見ていたが、翔の身の上話を聞いてからは、翔に対して好意的な態度をとるようになった。彼女もまた、翔と同じように親に売られたらしい。

 ここにいるキメラは、誰もが一度は戦闘訓練で翔に叩きのめされた者達だ。だが、いっそ不思議なぐらい、彼らは翔のことを恨んだり憎んだりはしていなかった。

 なんでも、翔が来る前はキメラ同士での戦闘訓練もあったらしい。だからこそ彼らは、訓練場を出たら戦闘訓練の勝敗は引きずらないということを、暗黙の了解としていた。




 その日から、翔とキメラ達との交流は始まった。

 戦闘訓練で翔は少しずつ手を抜くようになった。とは言え、目に見える形で手を抜いたら仕置を受けるから、研究員達にはバレないように、見かけだけ派手な攻撃を心がけた。

 そして、暇さえあれば私室を抜け出し、翔はキメラ達に会いに行った。

 彼らは翔のことを弟のように可愛がってくれたし、いろんな話を聞かせてくれる。

 交流を続けてしばらくした頃、翔はヒナミに訊ねた。

「……どうしてみんな、戦闘訓練の時、喋らないの?」

 翔の疑問に、ヒナミは蛇の足を左右に振りながら答えた。

「喋ったら、坊やが戦いづらいでしょう?」

 キメラを人とも思わない研究者達より、ヒナミ達の方がよっぽど人間だと翔は思った。

 それからも、水面下での交流はずっと続いた。

 翔は何度か鷹羽芦舟の息子として、フリークス・パーティの観戦席にも連れていかれた。

 お前はいずれ鷹羽コーポレーションの代表として、この舞台に立つのだと、養父は言う。

 その年のフリークス・パーティで、鷹羽コーポレーションからは三体のキメラが出場し、全員先天性フリークスに殺された。

 ……その中には、熊男のゴローもいた。

 翔は拳を血が出るほど強く握りしめ、泣き叫びたいのを堪えた。ここで自分が泣いたら、秘密裏にキメラ達と交流をしていることがバレてしまう。それだけは避けなくてはいけない。

 ゴローの死に心が引き裂かれそうにな翔に、養父は顔色一つ変えずに問う。

「翔、この試合を見てどう思う?」

「僕なら、もっと上手に全員殺せます」

 百点満点の答えに、養父は満足そうに頷き、翔の頭を撫でる。父親が息子にするように。

 その手のひらを汚らわしく思いながら、翔は静かにゴローの冥福を祈り、同時に養父への憎悪を募らせていった。

 地獄みたいな日々の中で、優花との優しい思い出と、キメラ達とのささやかな交流だけが、翔の救いだった。

 けれど、翔に優しくしてくれたキメラ達は一人、また一人と死んでいく。

 ある者は強化手術の後遺症で。ある者はフリークス・パーティで。

 当初は三十人程度いた鷹羽コーポレーションのキメラも、翔が十七歳になる頃には半分以下まで減っていた。



 * * *



「優花ちゃんは、先天性フリークスと後天性フリークス、どちらが強いと思う?」

 イーグルは昔話を中断して、突然優花にそんなことを訊ねた。

 優花は今まで自分が見てきた試合を振り返ってみるが、どうしたってキメラの基準はクロウになる。

 優花がパッと思いつく先天性フリークスといえば、まずはウミネコ。

 次に思い浮かぶのが初戦で戦ったピーコックと、三回戦で戦ったカーレン。

 そのいずれともクロウは良い勝負をしているし、ピーコックとカーレンに勝利している。

「……相性にもよるだろうけど……五分五分じゃないの?」

「これは鷹羽芦舟の残したデータなのだけどね……一般人の戦闘能力を百とした時、後天性フリークスは百二十から百五十、先天性フリークスは二百から三百と言われているんだ。更に言うと、後天性フリークスの中でも、サイボーグの類と比べて、キメラは圧倒的に弱い」

 イーグルの言う「先天性>後天性サイボーグ後天性キメラ」という構図が、優花にはすぐにはピンとこなかった。

「でも、クロウは過去のフリークス・パーティで優勝経験があるって……」

「そう。本来なら弱いはずのキメラが、フリークス・パーティで優勝したことで、グロリアス・スター・カンパニーはキメラ研究でも頭一つ抜きん出た存在になった」

 それまで、キメラ研究においては、鷹羽コーポレーションの方が圧倒的優位に立っていたという。

 なんといっても、鷹羽コーポレーションは所有しているキメラの数がずば抜けて多い。

 他社が平均三体前後なのに対し、鷹羽コーポレーションは一時期は三十体近いキメラを抱えていたのだ。

「人間をキメラ化する手術の成功率って、何パーセントだと思う? およそ十パーセントだ。そして、手術に成功したキメラが一年以上生存する確率が三十パーセント……いかに生存率が低いか分かるだろう?」

 だからこそ、大量のキメラを抱えている鷹羽コーポレーションは優位に立っていた。

 だが、その図式をクロウの優勝がひっくり返してしまったのだと彼は言う。

 優花はクロウと他のキメラをあまり比較したことがないのだが、どうやら、クロウはキメラの中でも特別出来の良い存在だったらしい。

 ドロシーがクロウを特別視していたのも、それが理由なのだろう。

「キメラ研究のトップから失墜した鷹羽コーポレーションは焦り出し、研究はどんどん過激化していった……沢山のキメラが、無茶な強化手術を受けて死んだんだ」

 イーグルは表情こそ穏やかだが、声が少しだけ震えていた。

「キメラはね、そもそもそんなに強くない……繊細で脆い生き物なんだ。だってそうだろう? 他の生物の体の部位を移植しただけで、簡単に強くなれるはずがない。むしろ生き物としては非常に不安定な状態だ。普通の人間ではありえないような些細なことが致命的になることもある」

 どんなに肉体を強化しても、生まれつき高い戦闘センスを持つ先天性フリークスには敵わない。

 それでも、グロリアス・スター・カンパニーのキメラが優勝したという実績が、キメラ研究者に希望を与えてしまった。

 キメラは最強の生き物になれる……と。

「養父はキメラが最強にはなれない、という事実に薄々気づき始めていた。だからこそ先天性フリークスの僕を引き取ったんだろう。だが、それに鷹羽コーポレーションのキメラ研究者達は反発した。キメラでも最強になれると提唱し、無理な研究を繰り返し……そして、僕より年下だったイオナが死んだ」

 初めて出会った時から人間の言葉を喋れなくなってたイオナは全身の肉体を弄られ、最後は人とは思えないような姿になって死んだ。

 泡を吹いて床を転げ回るイオナに、研究員達は何回も何回も注射を打った。その度にイオナの体は激しく痙攣し……そして、とうとう動かなくなった。

「その時、僕は決めたんだ。みんなを見捨てて、僕だけ鷹羽コーポレーションから逃げるなんてできない。だから……」

 イーグルの瞳が、猛禽のように輝く。

 優しい翔君とは真逆の、鋭さと獰猛さを宿して。


「養父から、鷹羽コーポレーションを奪おう、と」


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