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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第14章「青い鳥はそこに」
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【14ー4】オモシロ老人会

 如月家を出た後、イーグルが真っ直ぐに向かったのは、都心のビルの一階にあるサロンだった。

 サロンって一体、何をする店なのだろう。なんだかお洒落なイメージはあるけれど、美容院とは違うのかしら……と身構えていた優花は、パンツスーツの似合う綺麗な女性店員にイーグルと店の奥へ案内され、お茶を出された。

 ローズヒップとハイビスカスのお茶は、なんだかとてもお洒落な味がして、飲むだけで体の中から綺麗になりそうな気がした。なるほど、サロンのお姉さん達がみんな綺麗なのは、このお茶を飲んでいるからに違いない。

 女性店員は「今日はどのようになさいますか?」とにこやかな笑顔で告げた。

 イーグルと優花のどちらか片方ではなく、二人同時に話しかけたように聞こえる話し方は、客を選ぶような嫌味が無く、感じが良い。接客のプロとしての意識の高さを、細かなところで感じさせる。

 そもそもこのサロンに何をしに来たのか分かっていない優花に代わり、イーグルが女性スタッフに答えた。

「食事会があるから、彼女に服を選んでほしい。それと、ヘアセットとメイクも」

「かしこまりました。和装、洋装のご希望はございますか?」

「日本庭園のある店なのだけど……僕はどちらでも構わないかな。優花ちゃん、どっちがいい?」

 突然話をふられた優花は「へぁっ!?」と奇声を発し、視線を彷徨わせた。

 なるほど、これから行く店はドレスコードがあるらしい。着古したシャツにジーンズ、スニーカーで行くのは相応しくない場所なのだろう。

「えーと……そういうの、よく分からなくて……あまり、窮屈じゃない方が嬉しいかも」

「じゃあ、洋装にしようか。ワンピースとコートと靴と、一式頼むよ」

「かしこまりました」

 女性スタッフはコスチュームルームに優花だけを案内し、優花の希望を聞きながら服を一式選んでくれた。

 優花のはっきりとした顔立ちに映えるロイヤルブルーのワンピースはすっきりとしたIラインで、シンプルなデザインだが、サイドに上品なレースをあしらい、程よく華やかな仕上がり。

 コシが強くてまとめづらい髪は、プロの手であっという間に上品な夜会巻きにされ、パールとビジューをあしらったコームでまとめられた。

 更に、目つきと眉毛が凛々しいと評判の顔も、メイクを施されると一気に雰囲気が変わる。

 決して濃い化粧をしたわけではないのに、少し眉を整えて、目元に柔らかなブラウンのアイラインを引き、細かなラメの入ったアイシャドウをサッと乗せれば、それだけで「キツそうな顔」は「華やかな顔」に化けた。

 仕上げにローズピンクのルージュを塗って、グロスで艶をプラスすれば、ほんのりと女性らしい雰囲気が漂う。

「こ、これが私……っ」

 鏡をまじまじと眺めて、優花はほぅっと息を吐く。

(……魔法使いに魔法をかけてもらった、シンデレラの気分だわ)

 もっとも、今の自分は「サンドリヨン」を名乗る資格は無いのだけれど。

 小さく苦笑し、優花はスタッフから外出用のコートを受け取った。襟元にファーをあしらったベージュのコートは、上品で大人っぽいデザイン。

 いつもの優花には不釣り合いなコートも、上品なワンピースと合わせると、とてもよく映えた。

 お茶を飲んで待っていたイーグルは、優花が戻ってくると、パッと立ち上がり顔を綻ばせる。

「わぁ、優花ちゃん、綺麗。お姫様みたいだ」

 店員の前では紳士的に振舞っていた人が、優花を前にすると、少しだけ口調が昔に戻る。

 その笑顔は、優花にタンポポの首飾りをかけて「お姫様みたい」と無邪気に笑っていたあの少年と同じ笑顔だ。

 それなのに優花はまだ、目の前の彼をイーグルとして接するべきか、翔君として接するべきかを決められずにいた。

 大事な幼馴染を懐かしむ気持ちと、無慈悲にキメラを殺して回る彼を恐ろしく思う気持ちと、その両方が優花の中でせめぎあって、いまだに折り合いがつかないでいる。

 ……だからこそ、彼が無邪気に笑う度に、優花の胸は罪悪感でチクチクと痛むのだ。

 イーグルは気まずさに俯く優花の手を引き、近くのソファに座るように促す。

「あとは靴だね」

 優花が今履いているのは、店内を歩くための質素なミュールだ。

 イーグルはスタッフから靴の箱を受け取り、優花の前に膝をつく。

「服は優花ちゃんに選んで欲しかったから、ここのレンタル品だけど……靴だけはスタッフに事前に連絡して、取り寄せさせたんだ」

 イーグルは丁寧な手つきで紙箱から一足のパンプスを取り出した。

 上品な白のパンプスは、正面から見るとシンプルなデザインだが、ヒールの部分にオーガンジーのリボンとビジューをあしらったバックリボンタイプだ。

 後ろから見ると、バレリーナのチュチュのように繊細なリボンがふわりと揺れる。

 その時、ふと優花の頭をよぎったのは、美花の──オデットのドレス。

 白鳥の湖のヒロインであるオデット姫をモチーフにしたドレスは、白いレースとチュールをあしらった繊細なデザインだった。

 今、自分の目の前にある靴は、あのドレスのために用意された物だ。

「決勝戦で着るドレスは、今から用意しても間に合わないから、君の妹さんが着ていた物を着てもらうことになるけど……靴はぴったりな方が良いと思って、用意させたんだ」

 そう言って、イーグルは優花の足からミュールを抜き取り、恭しくパンプスを履かせる。

 サンドリヨンのガラスの靴ではなく、彼の姫──オデットのための靴を。

 パンプスは優花の足にぴったりのサイズだった。動きやすさも考慮されているらしく、ソールは程よくクッションが効いていて、ヒールもやや低めでしっかりしている。

「……うん、よく似合うね」

 嬉しそうに微笑むイーグルに、優花はどんな顔を返せば良いのか分からず、瞼を伏せて俯いた。



 罪悪感で胸がちぎれそうだ。

 ……それが、誰に対する罪悪感なのかは分からないけれど。



 * * *



 食事会の会場は、日本庭園のある店だと聞いてはいたが、実際にその料亭を前にして、優花はゴクリと唾を飲んだ。

 玉砂利が敷き詰められた美しい日本庭園には石灯籠が等間隔に並び、塀に沿って植えられた紅葉を柔らかく照らしている。苔の蒸す石に囲われた池には、錦鯉が泳いでいた。

 そして、そんな庭の奥に佇むのは、歴史を感じさせる日本家屋。

 引き戸の前には品の良い和装の女が佇んでいて、イーグルを見かけると深々と頭を下げる。

「お待ちしておりました、鷹羽社長」

「僕以外は、もう着いているかな?」

「えぇ、一時間ほど前に。皆さん既にお酒を召されていますわ」

 三和土でパンプスを脱いで中に入ると、ふわりと上等な香のにおいがした。

 行き交う従業員の合間に、華やかな着物を身につけている女性の姿がチラホラ見える。いわゆる芸者というやつだろうか。

 フリークス・パーティの会場であるホテルに初めて足を踏み入れた時も緊張したが、これはこれで、緊張するものである。

 優花は慣れないワンピースの裾が捲れないように気をつけて歩きつつ、着替えを用意してくれたイーグルに感謝した。これは確かに、普段着だとだいぶ場違いだ。

 二人が案内されたのは、丁度庭園に面した一室だった。

 襖の前にはいかにも護衛といった雰囲気の黒服の男が二人控えている。

 室内からは陽気な笑い声が聞こえた。どうやら、何人かの人間が中で酒宴をしているらしい。

 案内人の女は、黒服の護衛達に黙礼をすると、襖の向こう側に声をかける。

「失礼します。鷹羽社長がいらっしゃいました」

「おぉう、入れ入れ」

 襖を開けた先は広い宴会場で、十人ほどの老人が懐石を前に酒を飲み交わしていた。若い人間は酌をしている芸者ぐらいのものだ。

 イーグルが到着したことに気づくと、上座にいる大柄な老人が片手を振る。

「久しいな、鷹羽の」

「ご無沙汰しております。岩槻会長」

 イーグルは軽く挨拶をして下座の席に腰を下ろし、戸惑う優花を自分の隣に座らせた。

 岩槻会長と呼ばれた男は、サングラスをかけた大柄な老人だ。白髪は短く刈り込んでおり、体つきはがっしりとしている。

 身につけているスーツやネクタイの柄は遊び心のあるカジュアルなデザインで、いかにも洒落者といった雰囲気があった。

「決勝まで進んだんだって? おめでとさん」

 ニヤリと笑う岩槻に、イーグルは謙虚な態度で「ありがとうございます」礼を言う。

 岩槻は決勝戦という言葉を口にした。つまり、フリークス・パーティについて知っている……ということだ。

 そこでようやく優花は、以前イーグルが話していたことを思い出した。

(……もしかして、フリークス・パーティの前に闘技会をやってた……)

 フリークス・パーティの前身でもある、裏闘技会「修羅」

 それを取り仕切っていた、裏社会のドンと呼ばれる男──岩槻源治。

 なぜ、イーグルがそんな人物と顔見知りなのだろう?

 優花が静かに緊張していると、優花の隣にスススと一人の老人が近寄ってきた。

 頭頂部がつるりと輝いていて、眉毛が立派な和装の老人だ。

「ひょひょひょ、嬢ちゃん可愛いのぅ。じじいに名前を教えてくれんか?」

「え、えっと……如月優花です」

 フリークス・パーティでは本名を名乗るなと言われていたが、ここはフリークス・パーティの外だし構わないだろう。なにより、年配の人間に名前を名乗らないのは、失礼な気がする。

「ゆうかちゃんか、かわゆいのぅ、かわゆいのぅ。あっ、わしのことは気さくにミッキーと呼んどくれ」

「は、はぁ……」

 余談であるが、如月家のクソ親父の名前が幹雄である。できれば呼びたくない名前だなぁ、と密かに思っていると、反対側に別の老人が割り込んできた。

 こちらはアロハシャツを着た口髭の老人である。頭頂部はミッキーと同じくツルツルだが、側頭部に土星の輪が残っていた。

「なんじゃなんじゃ、ずるいぞミッキーばっか。あっ、ゆうかちゃん。ワシのことはジュウちゃん♡って呼んどくれ」

「は、はい……」

 和装のミッキーと、アロハシャツのジュウちゃん。

 二人に挟まれ狼狽える優花の手に、ミッキーがささっとお猪口を握らせ、ジュウちゃんがトクトクと日本酒を注ぐ。

「えっと……い、いただきます……」

 とりあえず口をつけねば失礼だろう、と優花がお猪口に唇を寄せると、イーグルがヒョイと手を伸ばして、優花の手からお猪口をとりあげた。

 彼はお猪口の中身を煽ると、ちろりと唇を舐めてミッキーとジュウちゃんを睨む。

「お二方とも。僕のパートナーをからかうのは、やめてください」

「おぉう……もしかして、坊主のコレか?」

 ミッキーが小指を立ててみせれば、イーグルはニコリと愛想笑いを返す。

「今、一生懸命口説いている最中なんですよ。若造を応援してはくれませんか?」

「ヒョヒョヒョ、まだ付き合っておらんのかい」

 ミッキーはニヤリと笑い、優花に擦り寄る。

「ゆうかちゃぁん、鷹羽の坊主より、うちの孫なんてどうじゃ〜。ピッチピチのが三人おるぞぃ」

「なんじゃ、ミッキー。枯れとるのぅ。ワシなら孫になんてやらんわ」

 ジュウちゃんが喉を鳴らして不敵に笑い、アロハシャツのポケットから、あろうことか札束を取り出す。

「ゆうかちゃん♡ お小遣いあげるから、ジジイの愛人になろ?」

(どうしよう、これ……)

 目の前には立派な懐石料理があるのに、食べる余裕すらない。

 優花が対応に困っていると、イーグルが深々と溜息を吐いた。

「……そろそろご遠慮願えませんか? 優花ちゃんが困っている」

 イーグルが穏やかな態度は崩さず、眼光鋭く嗜めれば、老人二人は案外あっさり引き下がった。

 ミッキーがヒョヒョヒョと陽気に笑い、イーグルのお猪口に酒を注ぐ。

「おぉう、すまんのぅ。そういや今日は、お前さんの激励会が目的じゃった」

「まぁ、老人ばかり集まれば、ただの酒宴になるのは分かりきっておったがな」

 ジュウちゃんもうんうんと頷き、手酌で酒を煽った。

 老人二人が離れたのを横目で確認し、優花はイーグルに小声で訊ねる。

「……あの、これって……どういう集まり?」

「老人会かな」

 さらりと答えて、イーグルは懐石料理に箸をつける。

「あ、これ美味しいよ、優花ちゃん」

 ニコニコしている彼に若干の毒気を抜かれつつ、優花も目の前の料理をつまんだ。炊き出しの野菜一つ取っても恐ろしく美味しい。出汁の風味を効かせつつ、野菜の味を活かすギリギリのバランスで調整された繊細な味付けだ。

 天ぷらはサクサクほっくり。美しく盛られた刺身はどれもぷりっぷりで新鮮である。

(ま、まさか、これは…………伝説の大トロ様……っ!)

 じゅるりと唾を飲み、優花は慎重な箸づかいで大トロを醤油皿に浸けた。

 魚の味を殺さぬよう、ほんの少しの醤油とわさびをつけて口に運べば、舌の上で儚くとろけるマグロの旨味が口いっぱいに広がる。

(……んぉいしぃぃぃぃ……っ!!)

 もぐもぐと大トロを噛み締めつつ、感動に体を震わせていると、岩槻がニヤリと笑う。

「いい食いっぷりだな。流石、フリークス・パーティに参加してるだけあって、腹が据わってらぁ」

「…………?」

 優花の食いっぷりと、腹が据わっていることがどう関係するのだろう?

 よく分からないまま、優花はレンコンのはさみ揚げを頬張った。サクサクシャキシャキのレンコンとプリッとしたエビの食感が楽しい一品は、好みで柚子の風味の塩をつけると、また違った味わいが楽しめる。

 ほぅ……とうっとり息を吐いて、優花は汁物を一口啜った。

 優花が膳の上を粗方食べ尽くしたところで、イーグルは口を開く。

「ここにいるのはね、フリークス・パーティの前身、裏闘技会『修羅』の関係者だよ」

「…………へ?」

 イーグルは目線だけ動かして、この場にいる老人たちをぐるりと見回す。

「角界の大御所、総合格闘技団体の創始者……あとは、『修羅』のスポンサー企業の役員達とかね」

 ちなみにミッキーは空手界の重鎮、ジュウちゃんは財閥会長だという。

 優花は頰を引きつらせて、イーグルを見た。

「……それ、なんで今言ったの?」

「先に言ったら、優花ちゃんが美味しくご飯を食べられなくなるかなって」

「……ご配慮アリガトウゴザイマス」

 イーグルはどういたしまして、とニッコリ微笑み、お猪口を傾ける。

 彼はさっきから結構なペースで酌をされているのだが、まるで顔に出なかった。酒に強い体質なのだろう。

 酒が回った老人達は「『れべりっじ』との戦争じゃ!」「『修羅』を取り戻すぞい!」と大いに盛り上がっていた。

 『修羅』が『フリークス・パーティ』に変わってしまったのは、当時『修羅』のスポンサー企業の一つだったレヴェリッジ家が、『修羅』の取りまとめ役である岩槻源治を追い込んだからだと聞いている。

 つまり、岩槻にしてみれば、レヴェリッジ家は憎い因縁の相手だ。

「よぅ、鷹羽の」

 いつのまにか、上座の岩槻がイーグルのそばに腰を下ろしていた。その手には一升瓶が握られている。

 岩槻はイーグルに枡を持たせると、そこにじゃぶじゃぶと酒を注いだ。

「ぬかりはねぇだろうな?」

「ありませんよ」

 イーグルは澄まし顔で枡の酒をクイッと一気に煽る。

 老人達がやんややんやと歓声をあげる中、イーグルは空の枡を岩槻の前に置いて不敵に笑った。

「レヴェリッジ家を追いやるためのカードは揃っている。後は、クラーク・レヴェリッジの後継者達を一掃するだけだ」

 岩槻は「それでいい」と頷き、一升瓶に残った酒を瓶から直接煽った。

「『修羅』は俺達に必要なものだ。似たようなモンを新しく立ち上げるこたぁできるが、外国の連中に奪われっぱなしじゃあ、示しがつかねぇ」

 一升瓶をドンと畳に叩きつけ、岩槻は老いを感じさせぬ凶悪な笑みを浮かべる。歯をむき出しにして、目をギラギラと輝かせて。


「取り返すぞ、俺達の『修羅』を」


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