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【幕間31】「丸太っていいなぁ。怖い思いをしなくていいんだもの」 はるを

 ドイツ人のハルト・マルシュナー青年は、昔から間の悪い人間だと言われていた。

 街を歩けば鳥のフンを頭にかぶり、男女の修羅場に遭遇し、受験の日は交通事故に巻き込まれ、ビアホールにいけば、ほぼ確実に頭からビールをかぶる。

 かつてハルトの従兄弟は真面目くさった顔で、こう言った。

「お前みたいなのを、日本では巻き込まれ主人公体質って言うんだぜ」

 なるほど従兄弟が勧める日本のサブカルチャー作品を見てみれば、ハルトのように運の悪い「巻き込まれ体質」の主人公が数多く存在する。

 だが彼らは「主人公」なのだ。だから、彼らの周りには頼りになる仲間や、可愛くてちょっぴりエッチなヒロインがいる。

 しかし、ハルトはどうあがいたって脇役なのだ。彼の周りには、可愛くてちょっぴりエッチで貧乳を気にしているツンデレツインテールのヒロインなんてものは存在しない。

 ちなみにハルトは巨乳で包容力のあるお姉さんの方がタイプなのだが、なんにせよ、彼女どころか女友達もいない彼には無縁の存在である。




 就職活動で失敗に失敗を重ね、ようやく内定を掴み取った会社が就職して半年で倒産した時、ハルトは改めて自分の運の悪さを自覚した。

 それでも、救いの手は存在した。会社の取引先の人間が、ハルトに仕事を紹介してくれたのだ。

 なんでも、とある資産家が日本語の分かる使用人を探しているらしい。

 ハルトは母親が日本人で、日本に留学した経験もある。当然、日本語は得意だ。

 詳しい話を聞いて採用試験を受けたハルトは即採用され、資産家──クラーク・レヴェリッジの執事補佐として雇われることになった。

 レヴェリッジ家は、元々は国内で工場経営をしていたのだが、現当主クラーク・レヴェリッジの代になってから、日本企業とも多く取引をするようになったらしい。

 そのため、レヴェリッジ家には日本からの郵便物が多く届くので、日本語を理解できる使用人は重宝された。

 ハルトの役職は執事補佐だが、主な仕事内容は日本からの客人の案内や、日本語の郵便物の仕分け、文書の作成などだ。客人の案内を除けば裏方の仕事が多いので、ハルトとしては比較的気が楽だった。

 まして、天下のレヴェリッジ家ともなれば、流石に就職半年で倒産なんてこともないだろう。




 レヴェリッジ家はちょっと特殊な家庭環境で、母親のいない息子と、どこからか引き取ってきたらしい少年が暮らしていた。

 たまに、引き取られた方の少年──アリスが、日本語を教えてほしいとハルトにせがむことがあったが、まぁ、その程度なら大した苦痛でもなかった。

 ハルトは子どもが嫌いではなかったし、アリスに日本語を教えることで、主人の心象が良くなるのなら、それに越したことはない。

 この館の主人、クラーク・レヴェリッジはどういうわけか、実の息子よりも、このアリスという少年を目にかけていた。

 理由は分からなくもない。アリスはとても頭の良い少年だったし、何より容姿がクラークによく似ていた。艶々の金髪に濃いブルーの瞳。まるで絵本の中から飛び出してきた王子様のようだ。

 それに比べて実子のエディ・レヴェリッジは凡庸な成績で、容姿も冴えない。おまけに人懐っこいアリスとは正反対で、愛想が悪い。クラークは息子の存在を無視しているようにも見えた。

 きっと、アリスはクラークがよそで作った隠し子で、いずれ養子にするつもりなのだろう、というのが使用人一同の見解だ。

 他にもレヴェリッジ家には、胡散臭い噂が数多くある。

 地下室で夜毎怪しい魔術が行われているとか、幽霊メイドが出るとか……だがまぁ、これも、金持ちの家ではよくある噂……のはずだ。多分。

 なんにせよ、自分には関係のないことだと、ハルトは高を括っていた。


 ……自分の巻き込まれ体質のことを、すっかり忘れて。



 * * *



 ハルトは上司である執事に頼まれて、クラークを探していた。

 この屋敷の旦那様は多忙な人で、屋敷の中にいても、あまりゆったりとくつろいでいる姿を見ることはない。大概は書斎か私室に篭って、仕事をしている。

 レヴェリッジ家は全ての部屋に内線が置いてあるのだが、二階の書斎と私室にコールをしてもクラークは内線に出なかった。

 一階のどこかにいるのだとしたら、内線をするより直接見に行った方が早い。一階は使用人が大勢出入りしているから、誰かしら目撃しているだろう。

 だが、一階の使用人達の誰に聞いても、クラークを見ていないと言う。

 外出をした様子も無いし、一体どこに……と首を捻っていると、人の少ない廊下の角に、綺麗な金色の髪がちらりと見えた。

 一瞬、クラークのものかと思ったが、それにしては高さが低い。

 もしやと思いきや、案の定、廊下の角からちょこんと頭をのぞかせたのは、アリスだった。

「日本語が上手なオニーサン」

「ハルトです。こんなところで、何をしてるんですか?」

「…………こっち。来て」

 アリスは廊下の角からチョイチョイと手招きをする。

 だが、ハルトは今、仕事中なのだ。

「ボクは今、旦那様を探している最中なんですよぅ」

「クラークなら、こっちにいるよ」

「えっ? そうなんですか?」

 廊下を曲がったところには、地下室につながる階段があるはずだ。地下室は家宝の類を収納しているから、使用人は立ち入りを禁止されている。

「アリス様、地下室は立ち入り禁止ですよ。勝手に入ったら、クラーク様に怒られ…………っ」

 小言を言いながら廊下の角を曲がった瞬間、アリスとメイド服の少女が、勢いよくハルトに飛びかかった。

「ごめんね、オニーサン!」

「ごめんなさいなのです!」

 アリスは八歳の少年とは思えない力で、ハルトを床に引きずり倒し、ハルトの手をコードのような物で縛りあげる。そして、メイド服の少女がすかさずハルトの口にガムテープを貼り付けた。

 少年少女の流れるような連携プレイに、ハルトは声なき声で悲鳴をあげる。

「──んんーっ!? んんんんんんーーーーっ!?」

 子どものいたずらにしては、あまりに悪質だ。いくらクラークに目をかけられているからって、やって良いことと悪いことがある。

 だが、アリスとメイド服の少女はハルトの悲鳴を無視し、二人がかりでハルトを肩に担ぎ上た。まるで、丸太を担ぐような雑さで。

 前がアリス、後ろがメイド服の少女、という並びで、二人はハルトを肩に担いだまま、地下室へ続く扉を開けて、えっさほいさと階段を降り始める。

 肩に担がれたハルトは、幼い二人がいつ自分を落っことすのかとヒヤヒヤした。

 しかも、階段を降りているものだから、体がゆっさゆっさと上下するのがまた怖い。下手に抵抗したら階段を転げ落ちる羽目になるのは目に見えていたので、ハルトは緊張に体を強張らせた。

 ボクは丸太、ボクは丸太……と自己暗示をかけていると、だんだん自分の前世が丸太だったような気がしてくる。

(うん、なんかもう、いっそ丸太でいいや、ボク……丸太なら怖いこともないし……ははっ)

 と現実逃避しかけたところで階段は終わる。

「オバサン、丁度良い共犯者、捕まえてきたよ」

 アリスが声をかけると、扉が内側から開いた。扉を開けたのは、体中に包帯を巻いた綺麗な女性だ。美人だけど、気が強そうだし、胸は無いのであまりハルトの好みではない……それはさておき。

(今、何て言った? きょーはんしゃ? ……共犯者?)

 アリスとメイド服の少女は室内に入ると、丁寧にハルトを床に下ろし、手の拘束はそのままに口のガムテープだけ剥がした。

 丸太から人間に復活したハルトは、パチパチと瞬きをしながら辺りを見回す。

 地下室は思っていた以上に広かった。何かの研究室なのか、机の上には実験器具らしき物があり、棚にはホルマリン漬けの瓶がずらりと並んでいる。

 だが、それ以上に目を惹くのは、床の上にあるソレだ。

 白いシーツで包んだ塊は、ちょうど成人男性ぐらいの大きさがあり、ところどころに血が滲んでいる。

「あ、あのぅ……これって、その…………中身はアレですよね、限りなく人間っぽい形をした人間以外の何かですよね?」

 頼む、そうであってくれ、と切望するハルトに、アリスが静かに告げた。

「クラークだよ」

 ハルトがヒィッと息をのむと、金髪の女が口を挟む。

「その表現は正確ではないわね」

 あぁ、違うんだ。なーんだ良かった。そうだよなぁ、こんなこと現実にあるはずがないじゃないか、ははは……とハルトは胸を撫で下ろした。

 甘かった。

「正確には、クラーク・レヴェリッジの遺体よ。お前には、これの処分を手伝ってもらうわ」

「な、なな、なんっ、なんで……っ、なんで、ボクがっ……」

 たしかに自分は間の悪い人間だ。

 最悪のタイミングで物事に出くわし、痛い目を見たことは一度や二度や三度じゃない。

 だからって! あぁ、だからって! 


 ──死体遺棄現場に出くわすなんて、誰が想像できただろう!


 はるか東の島国、日本では、上流家庭の秘密を見てしまうのは家政婦だと相場が決まっているらしい。なんでも、家政婦が見たとか見てないとか、そんな感じのドラマがあったと従兄弟が言っていた。

 自分は家政婦ではなく執事見習いなのに! ここがドイツだからか? ドイツでは「執事見習いは見た」がトレンドなのか? そうなのか?

 錯乱するハルトに、アリスが申し訳なさそうな顔をする。

「……ごめんね、オニーサン。でも、ボク達には協力者が必要なんだ」

 そんなしおらしい態度を取ったって、騙されないぞ。とハルトは思った。

 だが、強く言い返せないのは、金髪の女性から強いプレッシャーを感じるからだ。この女性、絶対に只者じゃない。

「あたくしは、クラークの妹、シャーロット・レヴェリッジ。これから、この家を継ぐ人間よ」

 そう言って、シャーロットはハルトを見た。どうやら名乗れということらしい。

 高圧的な人間に弱いハルトは、馬鹿正直にフルネームを名乗る。

「……ハルト・マルシュナーです」

「お前、もしかして日系?」

「……母が日本人です」

 ボソボソと答えるハルトの横で、アリスがシャーロットに耳打ちする。

「執事見習いで、日本語が上手だよ」

「……そう、それは好都合ね」

 シャーロット達にとっての好都合が、ハルトにとっての好都合とは限らない……ということに、察しの良いハルトは気づいていた。

 ハルトは間の悪い青年だ。今までも数多くの災難に直面してきた。

 だが、そんな過去の経験が可愛く思えてくるぐらいに、自分は今、恐ろしいことに巻き込まれている。

「ハルト・マルシュナー。あたくし達に協力なさい。あたくしの目的が達成した暁には、お前が望むだけの褒美をくれてやるわ」

 高圧的なシャーロットの言葉を聞きながら、ハルトは思った。


 ……じゃあ、ボクは丸太になりたいです、と。


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