【13ー7】一番目の子、二番目の子
「可愛い可愛い、私のシャーロット。お前の好きな童話のハッピーエンドを再現してあげる。いつまでも、いつまでも、幸せに暮らそう?」
そう言った兄は、移植手術を施したシャーロットを地下室に軟禁し、不老不死の研究に取りかかった。
肉体の強化、寿命の長い生き物との合成、身体の機械化、果てには死者の蘇生をする方法まで、様々な角度から研究を進めていく過程で、兄が出した犠牲者の数は二桁では足りない。
時に浮浪者に金を握らせ、時に自分が所属していた病院で権力者と取引をし、兄は何人もの人間の体に違法手術を施してきた。
そうして兄が辿り着いたのが「新しい肉体を用意し、そこに自分の魂を移す」という方法。
「魂」というものの解釈は、地域や伝承、宗教によって扱い方が微妙に異なる。
クラークの提唱する実験における「魂」の定義は、人格や生前の記憶など、一人の人間の脳に収められたすべてをデータ化したものを指した。
その人間の人格、記憶、すべてをデータ化して「魂」の記録を作り、それを別の肉体にインストールする。それを繰り返すことで、何度でも蘇ることができるというわけだ。
とはいえ、一人の人間の人格をデータ化にするには、あまりにもデータ量が膨大すぎるし、それを別の肉体に定着させるなど容易にできることではない。
シャーロットは、自身も移植手術の後遺症に苦しみながら、兄の凶行をただ見ていることしかできなかった。
移植手術の後遺症は常にシャーロットを苛み、自由を奪う。
なにより、歪んだ手は物を上手く握ることすらできず、骨を削られた足は長く歩くことすら叶わない。これなら病気で寝込んでいた方がマシだったと思わせるような不自由にシャーロットは苦しんだ。
そんなある日のこと、兄はシャーロットに二人の少女を紹介した。
「シャーロット、今日はお前にこの子達を紹介しよう。アインスとツヴァイだ」
アインスと呼ばれたのは、薄茶の髪の愛嬌のある少女。
ツヴァイと呼ばれたのは、ブルネットの落ち着いた雰囲気の少女。
どちらも年齢は十代前半ぐらいで、使用人の服を身につけている。
「ようやく魂を別の肉体に定着させる技術に成功してね。この二人はその実験の成功体なんだ……とは言え、元の記憶や人格は殆ど消えてしまったけれど。まぁ、正気を保ったまま自律行動が出来る程度の意志を残せただけ、今は上々かな」
つまり、兄はどこぞの誰かの魂をデータ化して、それをこの少女の肉体に定着させたらしい。
そうなると、この少女達の肉体はどこから用意したのだろうか? 見たところ、いたって健康そうな普通の少女に見える。
「この二人の肉体は、九割が機械だ。私の精子と一般女性の卵子で人工授精をし、作り出した子どもの肉体を改造して、その殆どを機械に取り替えてみた……そういう意味では、私の娘ということになるのかな。シャーロットにとっては姪になるね」
人工授精。この男は、そんなことにまで手を出していたのか、とシャーロットは今更ながら兄に嫌悪感を覚えた。
思えば、母を言いなりにさせるためだけに、性行為をできるような人なのだ。神への冒涜なんて言葉は、この男の耳には届かないのだろう。
「永遠に若い姿でいられるのなら、機械化が望ましいかと思ったのだけど、身体の大部分が機械だと魂の定着率があまり良くは無いみたいだね。やはり、器にするのは生身の人間の方が良いらしい」
人工授精とは言え、この男は生まれてきた自分の娘達を肉の器としか見ていないのだ。だからこそ、平気でその身体を機械にすげ替え、他者の魂を無理やり上書きした。
……おぞましさに吐き気がする。
「これからは、シャーロットの世話はアインスに、私の助手はツヴァイに頼もうと思ってるんだ。どうか仲良くしてやっておくれ」
クラークが二人の娘の背中を叩くと、娘達はぺこりとお辞儀をした。
「アインスと申しますなのです。お嬢様のお世話係を勤めさせていただきます。よろしくお願いいたしますなのです」
「……ツヴァイ。お父様の、助手……」
アインスは辿々しい口調で名乗って深々と頭を下げ、ツヴァイは淡々としていてニコリともしない。なんと対照的な二人だろう。
だが、この娘達もある意味シャーロットと同じ境遇なのだ。冷たくする理由は無い。
なにより、兄と二人きりの軟禁生活にはすっかり嫌気が差していたところだったのだ。
「よろしく、アインス、ツヴァイ」
久しぶりに口を開いたシャーロットに、クラークは大袈裟なぐらい目を見開いて感動していた。
「あぁ、あぁ、シャーロット! 久しぶりに口をきいてくれたね! 最近は、話しかけても全然返事をしてくれないから、とても寂しかったんだ。研究にかまけて、お前に構ってあげられないから、拗ねていたのだろう?」
シャーロットは極力兄の方を見ないようにしながら、アインスとツヴァイに「仲良くしてね」と笑いかけた。
* * *
アインスは元の人格と記憶が殆ど失われているらしく、言動が幼かったが、素直な良い娘だった。元の人格もきっと善良で優しい人間だったのだろう。
彼女は本来の肉体から魂を引き剥がされ、クラークの娘の肉体に魂を定着された存在だ。そして、彼女がそんな目に遭ったのは、兄のせい──ひいては、シャーロットのせいだ。
シャーロットがいたから、兄は二人で永遠を生きるだなんて馬鹿な夢を見て、おぞましい実験に手を出したのだ。
そう思うと、アインスに対して申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだった。
だからこそ、シャーロットはアインスに世話を焼かれっぱなしというのが心苦しくて、リハビリを今まで以上に頑張るようになった。
今までは、いつ死んでも構わない、寧ろ死んでしまいたいという気持ちでいたけれど、アインスが世話係になってから、シャーロットは少しずつ変わり始めていた。
「ねぇ、アインス。今、レヴェリッジ家はどうなっているの?」
ある時、シャーロットは思い切ってアインスに訊ねてみた。
自分の扱いはどうなっているのか、兄はきちんと家を管理しているのか、リーゼロッテ達は元気にしているのか……前々から気になっていたのだが、兄は「何も心配いらないよ」というだけで、シャーロットには何も教えてくれなかったのだ。
「レヴェリッジ家は、現在もクラーク様が問題なく管理していらっしゃいますなのです」
「使用人のみんなは、元気?」
アインスは困ったように眉を下げ、視線を足元に落とす。
そして、もじもじと指をこねながら言った。
「お嬢様が知っている使用人さんは、今のレヴェリッジ家には一人もいないのです」
「……えっ」
アインスが言うには、レヴェリッジ家の使用人は、シャーロットの移植手術の時期にがらりと入れ替わってしまったらしい。
あの忠義者のリーゼロッテですらも、暇を出されたのだという。
その理由は容易に想像できた。シャーロットの存在を完璧に隠匿するためだ。
声も出せずに打ちひしがれていると、アインスはオロオロと狼狽え、シャーロットの顔を覗きこんた。
「あのですね、お嬢様! えっと……そう、何か、欲しい物はありませんか? アインスに用意できる物なら、なんでも言ってくださいなのです!」
きっと、アインスなりにシャーロットを元気づけようとしてくれたのだろう。
だが、そんなことをしたら彼女がクラークに咎められてしまう。あの男は、シャーロットを完全に外界から隔絶しており、暇潰しに読む本や新聞すらも選別しているのだ。
だが、アインスは平らな胸を元気よく叩いた。
「大丈夫なのです! 今夜から、クラーク様はしばらく日本に行かれると仰っていたのです!」
「……日本、に?」
「はい、なんでも日本で、パーティの主催を務めることになったとかなんとか……」
突如出てきたケンゴの故郷の名前に、シャーロットの胸が早鐘を打つ。
あぁ、そうだ。手術が終わったら、日本に行って、ケンゴに会いたいとずっとずっと思っていたのに……この体を弄られた時から、考えることをやめていた。
こんな体になってしまった今、自由に外を出て歩くことは叶わない。当然、日本に行くなんて絶望的だ。
だから、無意識に考えることをやめていたのに、日本という単語を聞いた瞬間、忘れかけていた夢がシャーロットの胸をじりじりと炙った。
「……アインス、お願いがあるの」
「なんなりとお申し付けくださいなのです」
びしりと姿勢を正したアインスに、シャーロットは小さく笑って己の願いを告げた。
「お嬢様、ご本をお持ちしましたなのです」
アインスが抱えてきた本を見て、シャーロットは「まぁ」と声をあげた。
シャーロットがリクエストしたのは、昔から親しんでいた童話集と鳥類図鑑。
ただ、幼い頃から愛用していた物は、きっと兄が捨ててしまっただろうから、新しい物を買ってきてほしいと頼んだのだ。
だが、アインスが持ってきたのは、シャーロットが幼い頃から愛用しているボロボロに擦り切れた本だった。
シャーロットは震える手で本を手に取る。懐かしい感触に、胸がぎゅぅっと締めつけられた。
この本を最後に手に取ったのは、手術の前日だった。
あの時はまだ、自分の体がこんな姿になるなんて夢にも思わなかった。手術を受けたら日本に行くのだと、夢と希望を抱いていた。
「それとですね、これを……」
そう言ってアインスは、紙袋から何かを取り出した。表面に装飾を施した木の箱は、ケンゴがくれたオルゴールだ。
「……あ、あぁ……っ」
蓋を開ければ、可愛らしい野ネズミのヤマネがつぶらな瞳でシャーロットを見上げていた。
ネジをゆっくりと巻いて手を離せば、ポロン、ポロン、と懐かしいメロディが流れ出す。
さくら、さくら、やよいの空は見わたす限り
かすみか雲か、匂いぞ出ずる
いざや、いざや、見にゆかん
ケンゴが帰国した後に、シャーロットはこの歌のタイトルと歌詞を懸命に調べたのだ。
桜の花はドイツでも咲くけれど、それでも、日本人にとって一際思い入れの深い花なのだということをシャーロットは知っていた。
『実家の庭に、柿と桜の木があるんだ。どっちも落ち葉が多いから、落ち葉掃きを散々やらされたもんだ。だが、春になるとそれは綺麗な桜が咲いて、秋は柿の木に実がたくさんなるんだ』
口数の少ない彼が、珍しく饒舌にそんなことを言っていたのを、シャーロットは今でも覚えている。
「お嬢様」
アインスがそっとハンカチを差し出した。シャーロットはハンカチで目元を拭い、もう一度オルゴールを見る。
オルゴールは移植手術の前に病室に持ち込んだ時と、何一つ変わっていない。傷もなく、埃もかぶっていない、綺麗な状態のままだ。
「これは……どこで見つけたの?」
「お屋敷の外で、リーゼロッテという女性から託されたのです」
懐かしい名前にシャーロットの涙腺がまた緩む。
「あぁ、リーゼロッテは……元気にしていた?」
「はい、とても」
シャーロットより一歳歳上のリーゼロッテは、お茶を淹れるのが上手で、気が利いて、しっかり者で、いつだってシャーロットのわがままを聞いてくれた。
シャーロットが移植手術を受ける際に使用人は全て解雇してしまったと聞いていたから、リーゼロッテのその後を、シャーロットはいつも心配していた。
リーゼロッテが今も元気にしているのなら、こんなに嬉しいことはない。
「ありがとう、アインス」
涙を拭いながら微笑むシャーロットに、アインスはニコリと微笑んだ。
* * *
ヤマネが全員のティーカップに茶を注ぎ、小皿にクッキーを乗せてテーブルにことりと置いた。真っ先に手を伸ばしたのはウミネコだ。
彼はサクサクとクッキーを頬張ると、それを紅茶で流しこみ「もしかしてさぁ」と唇を舐める。
「その時、クラークが日本に行ってた理由って……フリークス・パーティ?」
ウミネコの呟きにクロウは「おそらく、そうだろうな」と頷く。
クロウはフリークス・パーティ参加歴はまだ十年に満たないが、それでもフリークス・パーティの歴史はある程度、月島から聞いていた。
当時、日本では地下組織が主体となって行われる裏闘技会がいくつかあった。その中でも最も過激で、規模が大きかったのが『修羅』という大会だ。主催者は当時、日本の裏社会を牛耳っていた岩槻源治。
レヴェリッジ家は『修羅』のスポンサー企業の一つであったが、年々出資額を増やしていき、最後は『修羅』を乗っ取った。
そして、『修羅』は『フリークス・パーティ』に名称を変えたのだ。
クロウは頭の中で年表を開き、指折り数える。
「オレの記憶が確かなら、フリークス・パーティが始まったのが、ベルリンの壁崩壊の少し前だったはずだ……確か三十五年前、ぐらいか?」
「そうよ。当時のあたくしは地下に閉じ込められていたから、ベルリンの壁の崩壊のことは新聞で知ったけれど」
懐かしいこと……と、ため息混じりに呟いて、〈女王〉は紅茶のカップを指でなぞる。
その仕草は洗練されていて、とても骨格が歪んでいるようには見えなかった。
クロウも同じ手をしているから分かる。移植手術を受けたばかりの頃は、ティーカップを上手に持ち上げることすら困難だったのだ。
食器を握り、本のページを捲る。たったそれだけのために、クロウは血の滲むような努力を必要とした。〈女王〉もきっとそうだったのだろう。
〈女王〉は紅茶を一口飲んで、音を立てずにカップをソーサーに戻した。
「兄はフリークス・パーティを始める少し前から、秘密裏に自分の技術を日本の企業に流し始めたわ。そうして、企業同士の競争を煽った」
シャーロットに用いられた生体移植、遺伝子操作に関する技術は、生物関係に強い企業に。
アインスとツヴァイに用いられた肉体の機械化に関する技術は、機械に強い企業に。
そうやって企業に適した技術を提供し、競争の場としてフリークス・パーティを提供する。
クロウは自分の体に使われている技術が、〈女王〉のそれと酷似している理由を理解した。
キメラの技術は、月島が独自に開発したのではなく、元々はクラークが開発したものだったのだ。
「……つまり、フリークス・パーティの始まりと同時に、後天性フリークスが爆発的に増えたのは……クラークの差し金だった、ってことか?」
「そうよ、あの男はあえて自分の技術を日本の企業に提供することで、研究のスピードを上げた」
最先端の優れた技術は、莫大な利益を生み出す。だからこそ、どこの企業も技術を秘匿し、独占しようとする。だが、クラークは敢えて技術を日本企業に提供した。
彼の目的は利益を得ることではなく、自分が生きている間に不老不死の研究を完成させることだからだ。
だからこそ、自身の研究のスピードを早めるために、日本企業に技術を提供し、それをフリークス・パーティで競わせ、データを収集した。
それ即ち、現存する後天性フリークスは、その殆どがクラーク・レヴェリッジの技術が大元にあるということを意味する。
「……企業側がやけに素直に、レヴェリッジ家に選手の情報を提供するのは、そのためか」
クロウは以前から不思議に思っていたのだ。
フリークス・パーティでは参加する選手の身体データの提出が義務づけられている。だが、企業側にしてみれば、自社が開発した選手のデータは機密の塊だ。
それなのに、やけに素直にデータを提出しているのは何故かと不思議だったのだが、大元の技術をレヴェリッジ家が提供していたのだとしたら、納得はいく。
「兄は、自分の技術をタダ同然で日本企業に流したのよ。フリークス・パーティで選手のデータを提出すること、フリークス・パーティで死亡した選手の遺体の処理はレヴェリッジ家に委ねること、これらの条件を守れば、あとは与えた技術は軍事転用しようが何をしようが構わない、といってね」
「……そいつは、大盤振る舞いだな」
「兄は、戦時中に何度も命の危機に脅かされたと聞いたわ。だからこそ、あの男は永遠の命だけでなく、どんな脅威もはねのける最強の肉体を欲した」
フリークス・パーティで日本企業に最強の肉体を作らせ、そして、クラーク個人で魂の定着に関する研究を進める。
そうして、ゆくゆくはフリークス・パーティで集めた技術で最強の器を作り出し、そこに自分の魂を定着させるつもりだったのだ。
クラーク・レヴェリッジの目的は「妹と二人で永遠に生きること」
たったそれだけの歪んだ欲望のために、ここまで壮大かつ手の込んだことをしたという事実が恐ろしい。
突き詰めていけば、クロウがキメラにされたのも、クラークが己の技術を日本企業にばらまいたせいだ。
無言で拳を握りしめているクロウの横で、ウミネコが五枚目のクッキーをサクサクと頬張りながら言った。
「だったらさぁ、オレが戦ったオウルはクラークの理想じゃね? 生まれた時から、安定した性能と戦闘力があるし、多分だけど量産も利くだろ。壊れたら取り替えられる優秀な体なんて、クラークの理想にピッタリじゃん」
「……そうね、アルマン社の研究があと十年早く進んでいれば、アリスは生まれなかったかもしれないわ」
そう言って〈女王〉はアリスを見た。
クラークのクローン。
いずれは、クラークの魂を受け入れるために生まれた存在。
「最強の肉体作りと並行して行われた魂の定着技術は、それなりに難航したわ」
むしろ、そちらの方が圧倒的に困難だったと言ってもいい。だからこそ、クラークは肉体作りの方は日本企業に丸投げしたのだ。
「魂の定着は、肉体が自分の物に近いほど安定しやすいと兄は考えた。そこで兄は一般人の女に金を与えて、自分の子を産ませたわ……それが、エディ・レヴェリッジよ」
アインスとツヴァイは、非公式の人工授精で生まれ、そして体の殆どを機械とすげ替えられた存在だ。だから、公にはクラークの子どもとして認められていない。
だが、エディは一般女性の腹から自然分娩で産まれた子どもだ。だからこそ、エディはレヴェリッジ家の跡継ぎ息子として育てられた。
「クラークは自分の息子……エディを自分の肉体の器にして、乗っ取ることも視野に入れていたわ。そうすれば、エディを乗っ取った後でレヴェリッジ家を継いで、財産を自分のものにできるし、面倒が少ない」
そうして、エディの体で別の女との間に子を作り、またそれを自分が乗っ取る。それを繰り返せば、永遠にレヴェリッジ家の当主として君臨できるというわけだ。
更に、フリークス・パーティで得たデータをもとに、エディの肉体に改造を施せば、最強の肉体も手に入れられる。
「けれど、エディはクラークのお眼鏡に叶わなかった。生まれつき体が弱く、運動神経は人並み以下、物覚えも悪く、なにより容姿があまりにもクラークに似ていなかった」
クラーク・レヴェリッジは、美しい金色の髪に青い瞳の美男子だった。運動神経も人並み以上、そして幼少期から神童と呼ばれた天才児だ。
そんな彼は、灰色の髪にそばかすだらけの顔で、何をやっても人並み以下の冴えない息子を疎んでいた。嫌悪していたと言ってもいい。
クラークの技術なら、肉体改造を施してエディの容姿を変えることも、運動能力を高めることもできただろう。
だが、プライドの高いクラークは、できの悪い息子の肉体を使うことを嫌がった。
「更に間の悪いことに、そのタイミングで兄は不能になってしまった」
この一言に、ウミネコと美花は「「うっわ」」と声を揃え、クロウとグリフォンは首を傾げた。あまり日本語が得意ではない二人は、女王の言う「不能」の意味をすぐに理解できなかったのだ。
クロウとグリフォンが、どういう意味だとウミネコを見る。
ウミネコは頬をかきながら、二人に耳打ちした。
「つまり……男の子の大事な……ゴニョゴニョ……が使いものにならなくなった、ってことな。カワイソウダネー」
たちまち、クロウとグリフォンの顔色が悪くなり、微妙に同情するような空気が漂う。
〈女王〉がちろりとウミネコ達を見た。
「話を戻してもよろしくて?」
「あ、はいっ、サーセン。どうぞどうぞ〜」
ウミネコがパタパタと手を振ると、〈女王〉は無表情に言葉を続けた。
「魂の定着には血縁者の肉体が望ましい。けれど、兄はもう子どもを作れない。そこで、兄は自身のクローンを作ることを考えた」
「そうして作られたのが、ボクだよ」
アリスは膝の上でキュッと拳を握りしめて、口を開く。
幼い顔に、決意の色を滲ませて。
「ここからは、ボクとエディの話だ。ドウカ、聞いてほしい。ボクがどうして…………クラークをコロスことになったのかを」
最後の一言に、グリフォンが目を剥いてアリスを見る。
アリスは、どこか悲しげな顔で話し始めた。
……彼と、彼が兄と慕った少年のことを。