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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第13章「ハートの女王の昔話」
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【13-4】あの時の彼女は、ただ夜食が食べたかっただけだということを彼は知らない

 ここはフリークス・パーティ

 異形の鳥が、か弱い姫が、己の欲望のまま踊る舞台

 誰もかれもが欲を抱え、何かを、誰かを、望んでいる


 屍肉漁りの凶鳥は灰かぶりとの再会を

 裏切りオデットは姉妹の幸福を

 狂戦士は好奇心を満たすことを

 老いたグリフォンは宴の継続を

 幼いアリスは猫を取り戻すことを



 ……では、老いた〈女王〉の願いとは?



 * * *



 アリスがクロウ達を連れてきたのは、クリングベイル城別館の最上階。

 最上階は運営委員会のための部屋が並んでおり、そこを通り抜けると奥には更に上へと続く階段がある。外から見た時、城の尖塔に当たる部分だ。

 グリフォンが階段を見て、顔を強張らせる。

「おい、坊主。この先にあるのは……」

「そう、〈女王〉のプライベートルームだ」

 螺旋状の階段を上りきった先には、美しい装飾の施された扉があった。明らかに他の部屋とは雰囲気が違う。

 アリスが軽くノックをすれば、内側から扉が開いた。扉を開けたのはメイド服を着た少女、ヤマネだ。

「おかえりなさいませ、アリス様。そして、ようこそ皆々様。クイーンがお待ちなのです」

 恭しく頭を下げるヤマネを、クロウが眉をひそめて睨みつける。

「まるで、オレ達が来るのを知ってたかのような口ぶりだな」

「どうぞこちらへ」

 ヤマネは顔色一つ変えずにクロウ達を奥へと促した。

 室内は広くゆったりとしていた。上品な壁紙に、タッセル付きの天鵞絨のカーテン、繊細なシャンデリア。

 ここは客室ではなく、女主人の部屋だ。

 そして部屋の中央には、瀟洒なテーブルセットがあり、そこに一人の女が腰かけていた。

 折れそうなほど細い、華奢な女だ。身につけているのは首元まで覆うデザインの露出の少ないドレスで、手元までもが手袋に包まれている。淡い金色の髪はきっちりとまとめて、顔は黒いベールで覆い隠していた。

 その姿はフリークス・パーティの参加者なら誰もが知っている。

 彼女こそがフリークス・パーティの〈女王〉──レヴェリッジ家当主シャーロット・レヴェリッジだ。

 〈女王〉は長椅子に腰かけたまま、ベールに覆われた顔をアリスに向けた。

『どういうつもりかしら、アリス』

 ベールの奥から響く機械音声は、どことなく苛立ちが滲んでいた。

 〈女王〉は華奢な女性だが、表情が読めないからこそ、不気味さと静かな威圧感がある。

 だが、アリスはどこまでも自然体で〈女王〉を見据えていた。

「ただいま、オバサン」

 フリークス・パーティの支配者を、まさかの「オバサン」呼ばわり。

 オバサンとは中年女性全般を指すのか、それとも血縁の叔母を意味するのか。

 一体、アリスと〈女王〉はどのような関係なのだろう。

 クロウ達が息をのんで見守っている間にも、〈女王〉とアリスの会話は続く。

『お前には、部屋でおとなしくしているように言ったはずよ』

「ボクがおとなしくしてるハズがないって、分かってたくせに。だから、グリフォンのオジサンを護衛につけたんでしょ」

 これにはグリフォンが怪訝そうに顔をしかめた。

「あぁ? どういうことだ?」

「〈女王〉がオジサンを警備のお仕事から外したのは、オジサンが信頼できるからだよ。疑わしい人間にボクの護衛は任せられないもんね?」

 最後の言葉は〈女王〉に向けられたものだったが、彼女はそれを黙殺した。

 まさか自分が信頼されているとは思っていなかったのだろう。グリフォンは意外そうな顔で〈女王〉とアリスを交互に見ている。


『クロウ、ウミネコ、オデット』


 唐突に〈女王〉は三人の名を口にした。

 だが、ベールの奥の視線は、やはりアリスにだけ向けられたまま。

『この三人を連れてきた理由は、あたくしを納得させるに足るものなのかしら? ……返答次第では、この場で全員の口を封じることになってよ?』

 平淡に響く機械音声が、その場にいる者を威圧する。だが、アリスは怯まず、一歩前に進みでた。

 

 ──その姿が、かき消える。


 そう錯覚したのは、アリスが素早くクロウ達の視界から外れたからだ。

 クロウは咄嗟に視線を上に向けた。

 〈女王〉の部屋は天井の高い部屋だ。アリスはその天井ギリギリの高さまで飛び上がり、〈女王〉の目の前に着地する。まるで猫のような身軽さで。

「お嬢様っ!!」

 ヤマネが悲鳴をあげて振り向いた時には、アリスの手は〈女王〉のベールを握りしめていた。

 露わになったベールの下の素顔に、クロウ達は息を飲む。

 シミ一つない白い肌、長い睫毛に縁取られた青い瞳、形の良い唇。

 最高級のビスクドールのように美しいその顔は、どう見ても二十歳前後の若い女性のものだ。

「いや、いや、待て、待て、おかしいだろ……」

 グリフォンが掠れた声で呻く。そうだ、彼が動揺するのも無理はない。

 レヴェリッジ家当主シャーロット・レヴェリッジは現在七十歳以上の高齢者のはず。

「この姉ちゃんは誰なんだ? 本物の〈女王〉はもう婆さんのはずだろ?」

「チガウよ、オジサン。この人はニセモノなんかじゃない。本物のシャーロット・レヴェリッジだ」

 信じられないものを見るような顔をしているグリフォンに、アリスが淡々と言う。

 絶句するグリフォンの横で、ウミネコと美花がクロウにヒソヒソ声で話しかけた。

「女王様、若作りすごくね?」

「お前が言うなウミネコ」

「アンチエイジングやばっ、どんなコスメ使ってるのか超気になるー」

「お前は黙ってろアホ娘」

 クロウはウミネコと美花の頭を交互にペシペシ叩き、〈女王〉を名乗る女をじろりと見る。

 どう見ても若すぎる〈女王〉の姿から、考えられることはただ一つ。

「……後天性フリークスか」

 そして、人間離れした跳躍力を見るに、恐らくアリスもまた……

 だが、身体能力を強化した後天性フリークスは何人も見てきたが、若さを維持するフリークスなんて聞いたことがない(ウミネコの童顔は例外である)

 くだんの〈女王〉はクロウ達には目もくれず、アリスを無表情に見下ろしていた。

 その横顔も、髪や目の色もアリスとよく似ている。まるで姉弟のように。

 〈女王〉は襟元に着けていたマイクのスイッチをオフにすると、形の良い唇を開いた。

「……お前は自分が何をしたか、分かっていて?」

 鈴を転がすように美しい声は、やはり若い女性のそれだ。

 だが、その声には若さに似合わぬ凄みと威圧感がある。目の前にいる者を平伏させる、女王の威厳だ。

 氷のような無表情が、アリスを睥睨する。

 アリスは幼いながら真っ直ぐな力強い目で、女王を見返した。

「コレで、この場にいる人間は〈女王〉シャーロット・レヴェリッジのヒミツを知ってしまった。もう、後戻りはできない……今が、フリークス・パーティを蝕む『悪意』にうち勝つタメの、最後のチャンスなんだ」

 最後の一言に力をこめて、アリスは〈女王〉に言い募る。

 〈女王〉はアリスを見返したまま何も言わない。だが、その白い横顔は無表情のまま、思案を巡らせているようでもあった。

 張りつめた空気の中、クロウが静かに口を挟む。

「前置きはもういい。いい加減、本題に入ってもらおうか。サンドリヨンは何に巻き込まれた? イーグルは何を企んでいる? お前の言う『悪意』の正体とは何だ?」

 クロウの問いにアリスが答えるより早く、〈女王〉が口を開いた。


「ヤマネ」


 決して大きくないがよく響く声が、場の空気を支配する。

 ヤマネが「はいなのです」と姿勢を正すと〈女王〉は短く命じた。

「紅茶の用意を」

「かしこまりましたなのです」

 ヤマネはテキパキと動いて、すぐに人数分のティーセットを用意した。

 ……それが、女王の答えなのだ。どうやら追い返されることはないらしい。

 ウミネコがクロウに耳打ちする。

「お茶漬けが出されなくて良かったなぁ」

「……? なんで茶漬け?」

「クロちゃん知らないの? 客にお茶漬けを出すのは、はよ帰れって意味なんだぜ。サンドリヨンちゃんが無言でお茶漬けドンって出したら、速攻機嫌取った方がいいよ」

 初めて聞く文化にクロウは目を剥いた。茶漬け一つにそんなメッセージが!

 そういえば、夜食の時間にサンドリヨンから「お茶漬け食べる?」と勧められたことが何度かある。

 その時は夜食を必要としないクロウの横で、サンドリヨンだけモリモリと茶漬けを食っていたから、あいつはなんて食い意地が張っているんだと密かに慄いていたのだが……あれはもしかして、なんらかの意思表示だったのだろうか?

 クロウが密かにぐるぐると頭を悩ませていると〈女王〉がクロウ達を長椅子に促す。

「おかけなさい。長い話になるわ」

 クロウはすぐに椅子には座らず、真意を探るように〈女王〉を見返した。

 しかし、そんなクロウを尻目に、ウミネコと美花は迷わず長椅子にダイブする。

「そんじゃ、お言葉に甘えてー。おっ、ふかふかじゃん。クッション効いてるぅー」

「この椅子、アンティークで超可愛くない? バエない? 自撮りしていい?」

 ウミネコと美花を見ていたら、色々とどうでもよくなって、結局クロウも長椅子に腰を下ろした。ただし、浅く腰かけてすぐに立ち上がれるようにするのを忘れない。

 少し遅れてグリフォンも同じように腰かけると、ヤマネが全員の前に紅茶のカップを置いた。

 〈女王〉は美しい所作で紅茶を一口だけ飲み、無表情のままふぅと息を吐く。

「さて、どこから話したものかしら」

「最初から全部だよ、オバサン。クロウ達に全てを理解してもらうには、フリークス・パーティの成り立ちから話さないと」

 アリスが口を挟むと、〈女王〉はどこか気怠げに首を横に振った。

「わざわざ身内の恥を晒さなくてはならないだなんて、憂鬱だこと」

 その呟きは、美花のことをボヤく優花のそれと少しだけ似ている。

 〈女王〉は身内の恥、と言った。

 〈女王〉の身内と言われて思い浮かぶのは、やはりただ一人……


「全ての元凶は稀代の錬金術師クラーク・レヴェリッジ。あたくしの兄よ」


 かくして〈女王〉は語り始める。

 狂気と歪んだ愛情の物語を……


 全ての悪夢の始まりを。



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