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フリークス・パーティ  作者: 依空 まつり
第13章「ハートの女王の昔話」
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【13-1】男女のすれ違いの理由なんて大抵がくだらないこと、の見本市

 それは美花が、まだ高校三年生だった時の話だ。

 何が原因だったかは、もうすっかり忘れてしまったが、とにかく姉が酷く怒っていたのは覚えている。

 腰に手を当てて、クドクドとお小言を垂れ流す姉を見ながら、美花はぼんやりと考えていた。

(優花ねぇはもっと笑った方が可愛いのになぁ)

 美花と同じ顔なのに勿体ない……と密かに嘆いていると、姉はますます目と眉を釣り上げる。

「まったく、あんたはいつも人様に迷惑かけて……って聞いてるの! 美花!」

 もちろん聞いていなかった美花は、はいはいと適当に相槌を打った。

「優花ねぇ、小言多すぎー。そんなんだと彼氏できないよー?」

 こう言えば、姉はムキになって怒りだすかと思いきや、思いのほか姉はあっさりした態度だった。

「別にいいわよ」

「……へ? え? 優花ねぇ、彼氏いらないの?」

「あんた達が全員結婚するまで、私は結婚しないし」

「えええー!!」

 美花は仰天した。

 それは困る。非常に困る。美花の完璧な人生プランに支障が出てしまう。

 美花の人生プランは明確だ。

 姉に、お金持ちで心優しいイケメンと結婚してもらい、美花達も一緒に養ってもらう。以上。

 シンプルかつ無駄のない、パーフェクトな計画である。

 美花は金持ちのイケメンが好きだが、結婚したいと思ったことは一度もない。

 異性と付き合うことは楽しいし好きだが、自分が結婚には向かない性格だということを美花は自覚していた。

 だからこそ、姉にはとびきり幸せな結婚をしてもらって、ついでに自分たちも養ってもらえば、みんなハッピーだと思っていたのに……このままでは姉が婚期を逃してしまう!

 こうなったら、自分が姉に相応しいイケメンを捕まえてこなくては、と美花は真剣に考えた。

 まず姉よりも十五センチ以上背が高くて、イケメンで、紳士的で、姉にもその家族である美花達にも優しくて、そしてなにより裕福な人がいい。アラブの石油王とまではいかずとも、年収一千万円以上は絶対条件だ。

(でも、この条件で探すなら、こんな田舎じゃ無理だよね! 都会に行かなきゃ!)

 かくして、美花は家を出ることを決意した。

 家を出ると宣言した美花に、姉は目を剥いて青ざめていたが、これも姉のためなのだ。


 ──待っててね、優花ねぇ! 美花がとびきりカッコイイ旦那様を連れて帰ってくるからね!



 * * *



 東京での暮らしはそこそこ順調だった。

 言ってしまえば、その日暮らしのようなものだが、要領の良い美花はバイトには困らなかったし、クラブで知り合った相手の家を渡り歩けば、寝る場所にも困らない。

 愛想が良く甘え上手な美花は、パトロンを見つけるのが得意だ。問題はそのパトロンのことごとくが、姉の夫候補には向かないということだろうか。年齢的な意味で。

 そんなある日、美花は笛吹という青年に街でスカウトされた。

「君、フリークスパーティに出てみない?」

「パーティ? それってイケメンのお金持ちと仲良くなれる?」

「なれるなれる」

「じゃあ、出る出るー!」

 かくして美花は、二つ返事でフリークス・パーティへの参加を決めたのである。




 美花にあてがわれたパートナーはクロウという青年だった。

「お前がオレのパートナーか」

「如月美花だよー。よろしくね♪」

 ぶっきらぼうなクロウに、美花は愛想よく笑いかけつつ、きっちり彼を観察した。

 年齢は一見すると二十代半ば程度に見えるが、見た目よりは若そうだ。もしかしたら、自分より年下かもしれない。

 ぶっきらぼうで愛想も口も悪いが、鼻筋の通った顔立ちはまぁ悪くなかった。背もそこそこ高い。

 なにより「必要な物があったら好きに買え」と押し付けられた財布には、紙幣がぎっしりと詰まっていて、それだけで美花の好感度はうなぎのぼりだった。

「え? このお金、使っていいの? クロウ、超太っ腹ー!」

 浮かれた美花は、早速コンビニに走った。

 そこで買ったのはおやつがいくつかと、期間限定のプレミアムからあげとフライドポテト。ホクホクしながら帰宅した美花はクロウにコンビニ袋を掲げてみせた。

「クロウ! クロウ! コンビニでからあげ買ってきたよ! 食べよう!」

 ソファに座ってスマホを弄っていたクロウは、呆れたような顔をしたまま何も言わない。気にせず美花は封を切って、からあげにかじりついた。

 アレルゲンの多い美花にとって、アレルゲンフリーのからあげはそれだけで贅沢品だ。乳製品を使っていないからあげを扱っているコンビニというのは案外少ない。

 もっきゅもっきゅと美花がからあげを頬張っていると、ソファにもたれていたクロウがぼそりと言う。

「……オレが言うのもなんだが」

「うん?」

「もっとマシなもん買ってきたらどうだ」

 美花はからあげを飲み込むと、唇についた油をささっと拭き取ってから言い返した。

「クロウ、分かってなーい! ただのからあげじゃないんだよ? いつものからあげより五十円お高い期間限定プレミアムからあげなんだよ? 贅沢ー!」

 クロウは何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わずに黙り込む。美花が「一ついる?」とからあげのカップを差し出すと、無言で一つつまんだ。

「ねっ、美味しいでしょ? あー、でも、久しぶりに優花ねぇのからあげも食べたいなー」

「ゆうかねぇ?」

「美花のお姉ちゃん。超料理上手なんだよ! 特に優花ねぇカレー最強!」

 美花が拳を握りしめて姉のカレーの魅力を力説する。

 クロウは最初の内こそ面食らった顔をしていたが、最後まで大人しく美花の話を聞いていた。

「お前、姉がいるのか」

「うん、あと弟が二人。クロウは……待って、当てたげる。絶対、一人っ子でしょ」

 美花が断言すると、クロウはむっと唇をへの字に曲げた。

「……なんで分かった」

 クロウは世話を焼くのも焼かれるのも慣れていない感じがしたのだ。

 美花は「女の子の勘だよ~」と言って、ウィンクを一つ返す。

 からあげを全て平らげた美花は、そういえばまだ他の部屋を見ていなかったと、クロウの部屋を見て回ることにした。

 そして寝室を覗き込み、目を丸くする。

「え、ベッド一つしかないのー? じゃあ、美花がベッドで寝るから、クロウはソファで寝てね。羽毛布団はクロウが使っていいよ。美花、やっさしーい!」

 クロウはやはり何か言いたげな顔をしていたが、結局最後は「好きにしろ」と呟いた。




 クロウと一緒に暮らすのは割と苦ではなかった。

 お金は好きに使っていいし、一日中家でゴロゴロしててもクロウは文句を言わない。

 ただ、一つ困ったのがアレルギーだった。

 美花は食物アレルギー以外にも、羽毛アレルギーがある。

 だから、普段から羽毛布団やダウンコートの類は避けているのだが、それでもクロウと暮らしていて、咳が止まらなくなることがしばしあった。

 寝室の羽毛布団は縫製のしっかりした物で、中の羽が出る心配は無さそうだったが、それでも念のためにクロウに押し付けた。また、クロウの衣類をチェックしたが、ダウンコートの類も無い。

 この部屋では鳥を飼ってはいないし、ベランダに鳥が寄ってくることもない。

 一体何が原因なのか分からないまま、しばらく経ったある日、美花は真相を知った。




 その日は天気が悪くて、いつもより髪の毛がうねっていた。

 寝癖は直したつもりだったが、それでも化粧をしていたら髪の跳ねが気になって、美花は脱衣所にあるドライヤーを取りに行った。

 ちょうどその時、クロウが脱衣所でドライヤーを使う音が聞こえたが、ほんのちょっと使うだけだから、先に貸してもらおうと思ったのだ。クロウはいつもドライヤーにかける時間が長すぎるから、いちいち待っていられない。

「クロウ、ドライヤー貸してー」

「馬鹿!! 入るな!!」

 美花が脱衣所に繋がる扉を開けると、クロウが叫ぶ。

 だが、既に扉を開けてしまった美花は見た。

 裸の上半身。その首筋から肩、二の腕にかけてを覆う黒い何か──それは、水分を含んでしっとりと重くなった羽だ。

「クロウ、その羽…」

「っ!!」

 クロウが身動ぎした瞬間、美花の鼻がむずむずした。

 あ、これヤバいやつだ、と気づいた美花は声を張り上げる。

「近づかないで!」

 クロウが真っ青になって立ち尽くす。美花は口と鼻を手で覆ってすぐさまリビングに引き返すと、貴重品の入ったミニバッグだけを引っ掴んで玄関へ走った。

「っ、待て……っ!!」

 背後でクロウが叫ぶ声が聞こえたが、美花は振り向かずにマンションを飛び出した。

(だって、こんなの話が違う! クロウにあんな羽が生えてたなんて……! 無理無理無理! 絶対無理!)



 ──美花、クシャミが止まらなくなっちゃう!!



 * * *



 クロウはこめかみに、それはそれは太い青筋を浮かべ、目を剥いて叫んだ。

「そんな理由!? それが飛び出した理由かよ!?」

 顔を引きつらせるクロウに、美花は頰を膨らませる。

「しょうがないじゃん! 美花、羽毛アレルギーなんだもん! クロウに近づくと、くしゃみが止まらなくなるんだもん!」

 そこまで言って、美花はプシュンッとクシャミをする。

 早速アレルギー反応が出たか、或いは雨で濡れたせいか。

 雨の中、傘もささずに客室に戻ってきた二人は、ずぶ濡れのまま口論をしていた。美花はシャワーを浴びたそうにしているが、今はそれどころではない。

「そういうのは先に申告しろ!」

「クロウこそ、先に言ってよー! 『自分、羽はえてます』って!」

「言えるか! お前がキメラにびびって飛び出したんだと思ったんだよ、オレは!」

 あの時の美花は青ざめながら、気分が悪そうに口と鼻を手で覆っていた。だから、吐き気がするほどキメラに嫌悪感を感じたのだとばかり思っていたのだ。

 ……それがまさかの羽毛アレルギーだなんて、どうして想像できただろう。

 しかし美花は「キメラにびびって」というクロウの言葉に心外そうな顔をした。

「キメラ? とかよく分かんないけど、美花、人を見た目で判断しないもーん! それぐらいでキモイとか怖いとか思ったりしないしー。だけど、羽は駄目。くしゃみと咳が止まらなくなるんだもん。だから、クロウの姫だけは絶対無理!」

「無理だろうがなんだろうが、やるんだよ! 今はお前がオレの姫だからな!」

「最低! 横暴! そんなんだから、お姉ちゃんにも愛想尽かされたんじゃないの!?」

「黙れ!!」

 クロウが美花の顎を鷲掴むと、美花も負けじとクロウの頰を引っ張る。

 どんどん争いが低次元化していくことに気づかぬまま二人がギャンギャンと言い争っていると、客室のドアがノックされた。

「なんだ、開いてんじゃん。オートロックじゃないのに無用心だなぁ」

 時刻は二十一時近い。

 二人の声がうるさいという苦情かと思いきや、鍵を閉め忘れた扉を開けて、勝手に中に入ってきたのはウミネコだった。

「おーい、ウミネコさんが飯をたかりに来ーたぞー! 今夜の夕飯は何?」

 ウミネコがズカズカと中に入ってきても、二人は言い争いを止めない。

「ちょっとぉー! おんにゃのほに、はにふんのよぉ〜! ……っくしゅん! っくしゅん! はっくしゅん!」

「汚い! 唾を飛ばすな!」

「だから言ったじゃん! アレルギーだって……ハックシュ! もー! 離してよー!」

 掴み合う二人に、ウミネコは「んんん?」と首を傾け、気まずそうに頰をかく。

「……えーと、もしもーし……ウミネコさんが飯をたかりに来たんだけど……もしかして痴話喧嘩なう? オレ、帰った方が良さげ?」

 ウミネコはスススとすり足で数歩下がる。

 クロウは美花の口から手を離し、ついでに自分の頰をつねる美花の手を引き剥がして、ウミネコを引き止めた。

「いや、丁度良い。この馬鹿女をもて余してたところだ」

 これに反論の声をあげたのは美花だ。

「こっちこそ、クロウと二人きりとかマジありえないしー」

「調子に乗るなよ、クソアバズレ」

「はぁ? 調子に乗ってんのは、そっちじゃん!!」

 喧嘩腰の二人をウミネコは交互に眺め、そして真顔でクロウに言う。

「……クロちゃん、何やらかしたの?」

「どういう意味だ」

「いやだって、サンドリヨンちゃんが、今までに見たことがないぐらい激オコだし」

 どうやらウミネコは勘違いをしているらしい。クロウも間違えたぐらい似ている双子なので無理もない。

 クロウは静かに首を横に振る。

「サンドリヨンじゃない」

「はい?」

「いや、今はこいつがサンドリヨンだが……お前の知ってるサンドリヨンじゃない」

「んんん? 何それ、謎かけ?」

 察しの悪いウミネコは腕組みをして首を右に左に傾けている。

 焦らす理由もないので、クロウは早々に答えを告げた。

「イーグルのパートナーのオデットだ……今は『元』がつくがな」

「はぁぁ? なにそれ、どういう状況? オレの夕飯……じゃなかった。オレの知ってるサンドリヨンちゃんはどこ行ったんだよ?」

 さりげなく失礼なことを言ってのけたウミネコの横で、美花も不服そうに声をあげる。

「私も意味分かんない! クロウが突然、お姉ちゃんと私を交換するとか言い出して、無理矢理、私を拉致したのー!」

「うるせぇ! あいつが……サンドリヨンがオレを裏切ったんだよ!」

 口にした瞬間、腹の奥からグツグツとマグマのような怒りが込み上げてきた。

 裏切った、裏切った、あぁそうだ、あいつは自分を裏切ったのだ!

 だが、クロウの怒りと対照的に、ウミネコと美花は口をポカンとさせていた。

「サンドリヨンちゃんが?」

「お姉ちゃんが?」

 二人は数秒沈黙し、声をぴったり揃える。

「「裏切ったぁ!?」」

 クロウはそんな二人に何も言わず、ソファにどっかり腰を下ろすとそっぽを向いた。

 ウミネコも美花も、クロウの言葉が信じられないらしい。

 特に美花はクロウのことを、まるで世界一の大馬鹿者でも見るかのような目で見ている。そのことにクロウが苛々していると、ウミネコが向かいのソファに腰を下ろした。

「クロちゃん、何があったのか順番に話してみろよ」

「…………」

 クロウはそっぽを向いたまま何も言わない。

 ウミネコは「仕方ないなぁ」と不貞腐れた子どもを見る大人の顔で、クロウの顔を鷲掴みにした。

 そっぽを向いていたクロウの顔が、恐ろしい力でゆっくりと、ゆっくりと、正面を向かされる。

「ほらほら、先輩に話してみなって」

 口調こそ、いかにも面倒見の良い先輩といった風だが、クロウの顔を掴む力は凶悪以外の何物でもない。

 クロウは脂汗を浮かべつつ、不承不承、事の経緯を説明した。

 サンドリヨンが薬を持ち出したこと。その後を追いかけたら、イーグルとサンドリヨンが二人きりで会っていたこと。サンドリヨンがイーグルに薬を渡したこと。

「あいつはイーグルとグルだったんだ。オレを騙して薬を盗んだんだ」

 傷ついた目で吐き捨てるクロウを、美花とウミネコは白い目で見ていた。

「…………」

「…………」

「……おい、何だよこの空気」

 ウミネコにしろ美花にしろ、クロウを見る目は裏切られた哀れな被害者を見る目ではなかった。

 別に同情してほしいわけではないが、この呆れたような馬鹿にしたような空気は一体なんなのだ。

 クロウがムッとしていると、美花が淡々と言った。

「クロウって……馬鹿?」

「んだとコラ!」

「お姉ちゃんに人を騙すとか、できるわけないじゃん」

 クロウが顔を赤黒くして激昂するが、美花は怯むどころか心底馬鹿にしたような顔をしている。

 しかも、それにウミネコまでもが同意した。

「オレもそう思うぜ。クロちゃんの勘違いか、早とちりじゃねーの?」

「オレは見たんだよ! サンドリヨンがイーグルに薬を渡す瞬間を!」

 そう言ってクロウはスマートフォンを取り出した。

 乱暴に画面をタップし、開いたのは笛吹から送られてきた写真。

「それに、サンドリヨンがイーグルとコソコソ会ってたのは事実だ! 見ろ、この写真!」

 イーグルとサンドリヨンが手を繋いで歩いている写真を目にしたウミネコは、顔を引きつらせ、寒気を覚えたかのように腕を擦った。

「……え、なにこの写真、クロちゃんが撮ったの? 隠し撮り? ストーカー? ひくわー」

「ちっげぇよ! 送られてきたんだよ! 笛吹から!」

「……笛吹ぃ?」

 ウミネコは下唇を突き出して眉をひそめると、クロウを同情の目で見る。

「クロちゃん、笛吹からまわってきた情報は、あいつの悪意を疑った方がいいぜ? 笛吹は好意で情報を流す奴じゃねーもん」

「笛吹の思惑なんて知るか。サンドリヨンがイーグルと、こそこそ会ってたのは真実だろうが」

 そう、サンドリヨンはイーグルと手を繋いで歩いていた。さっきだって、イーグルに肩を抱かれても、サンドリヨンはそれを拒まなかった。

 ……まるで、恋人同士のようだった。

 思い出して落ち込むクロウに、ウミネコがいまひとつ納得のいっていない顔で唸る。

「でも、サンドリヨンちゃんが、クロちゃんの薬を盗むかなぁ……なぁ、クロちゃん、体を維持するための薬は全部持っていかれちゃったの?」

「いや、サンドリヨンが持ち出したのは一種類だけ……今回、新しく月島にもらった物だ」

 クロウはポケットから薬の包みを取り出して、念のために個数を数えた。やはり、生命を維持するための薬は一つも減っていない。

「……無くなっているのは、身体強化用に新しく開発されたものだ」

 恐らくイーグルは、グロリアス・スター・カンパニーの新薬を狙っていたのだろう。そして、それを盗みだすために、サンドリヨンと結託したのだ。

 だが、ウミネコが「ちょい待ち」と片手を前に突き出して、疑問の声をあげた。

「それってなんかおかしくね? イーグルは先天性フリークスとして充分に強いし、なにより『作り物』を嫌うタイプだろ? 自分の実力でキメラ全員ぶっ殺すって宣言してるやつが、今更ドーピングなんかすると思う?」

「じゃあ、オレがパワーアップすると決勝戦で負けるかもしれないから、強化薬を盗んで……」

「クロちゃん、前回の試合で瞬殺されてんじゃん」

 痛いところを突かれてクロウは黙り込む。

 ウミネコの言うことは正しかった。

 後天性フリークス嫌いのイーグルが、自身に強化薬を使うとは思えない。

 かといって、クロウの戦力低下を狙うとも思えない。前回の試合でイーグルはクロウに圧勝しているのだ。どちらかというと、薬で強化されたクロウを完膚なきまでに叩きのめす方が、イーグルらしい。

 つまり、イーグルには薬を盗む理由が無いのだ。

「……それでも、サンドリヨンはオレが問いつめても何も言わなかったんだ。否定しないってことはつまり真実ってことだろ」

 違うと言ってくれ、とすがるクロウに、彼女は何も言わなかった。

 いっそ、言い訳をしてほしかった。弁明をしてほしかった。

 ……理由がほしかった。クロウを裏切るだけの理由が。

 クロウがうなだれていると、美花がポツリと呟く。

「お姉ちゃんってね、すっごいお馬鹿なのー」

「藪から棒になんだよ」

 クロウがジロリと睨んでも美花はどこ吹く風だ。

「お姉ちゃんって、周りからお前が悪いって言われるとー、それを真に受けて、本当に自分が悪いって思いこんじゃうの。そうなると、下手に真面目だから、言い訳も開き直りもできなくて、何も言えずに黙りこんじゃうんだよ……なんか、さっきのお姉ちゃん、そんな感じがした」

 美花の言うことには思い当たる節がある。

 ピーコック戦の後でクロウと衝突した時も、サンドリヨンは言い訳もせず俯いていた。

「そもそもさー、お姉ちゃんってめちゃくちゃ要領悪いんだよね。それなのに、一人じゃどうにもならないことを一人でなんとかしようとするの。で、一人で抱え込んでパンクしちゃって、うまくやれない自分が悪いんだって落ち込むの」

 自分が薄々感じていたことを美花に正確に言語化され、クロウは妙に負けたような気持ちで押し黙る。

 要領が悪いのに一人で抱え込む姉と、要領が良く甘え上手な妹。

 なんて分かりやすく、正反対な姉妹だろう。

 クロウと美花がなんとなく黙り込むと、ウミネコがソファの上で足をぶらぶらさせた。

「サンドリヨンちゃんがイーグルに脅されてる可能性もあるんじゃね?」

「サンドリヨンが……」

 おうむ返しに呟き、またクロウが黙りこんだ。

 ほんの僅かな期待と、それを裏切られる恐怖に、グラグラと心揺さぶられながら。




 ウミネコは押し黙るクロウを眺めつつ、ポケットからイチゴ飴を取り出して口に放り込む。

 頭を使うのが苦手な性分なので、真面目な話をするとどうにも糖分が欲しくなるのだ。

 舌の上で飴を転がし、ウミネコは悩める若者を眺めた。

(……まぁ、サンドリヨンちゃんが誰かを盾にされてるんだとしたら、この二人のどちらかだと思うけど)

 だが、どうしてもわからないのが、イーグルの目的だ。

 グロリアス・スター・カンパニーが開発した新薬を、イーグルが欲しがる理由が分からない。

 それも、わざわざサンドリヨンを脅して、無理矢理持ち出させて。

「なーんか、回りくどいんだよなぁー。なんでイーグルは、わざわざサンドリヨンちゃんを巻き込んだんだろ?」

 ウミネコはそれほどイーグルのことを詳しく知っているわけではないが、プライドが高く、自分の実力に自信があるタイプだということはなんとなく分かる。

 だからこそ、クロウの薬を盗む理由が見えてこないのだ。

 ウミネコは腕組みをしながら、ガリガリと飴を噛む。すると美花が口を開いた。

「二人とも鈍ーい。そんなことも分かんないのー?」

 馬鹿にするような言葉に、クロウが「どういう意味だよ」と顔をしかめれば、美花はあっけらかんと言い放つ。

「イーグルが欲しかったのはー、薬じゃなくて、お姉ちゃんに決まってんじゃん」

「……はあ!?」

「……へっ!?」

 これに仰天したのはクロウだけじゃない。ウミネコもだ。

「え? だって、イーグルってオデットちゃんに、ぞっこんラブじゃなかったの?」

 イーグルがオデットを溺愛していたのは、誰の目にも明らかだ。試合中も彼はずっとオデットを最優先で庇っていたし、試合の外では常に紳士的にエスコートしていた。

 だが、肝心の彼女は、パタパタ手を振りながら言う。

「違う違う。イーグルが好きなのは、私じゃなくて、お姉ちゃんだもの」


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