のりしおチップスorさくら餅
空から太陽が退勤し、月が夜勤を始めた。
世間一杯の学生達は絶賛春休み中。
そんな枠から外された正樹は、自室でパソコンを操作していた。
椅子に座る正樹の膝には、ユイがちょこんと座っている。画面を指差して、首を傾げた。
「あんちゃん、この箱何?」
「卑猥な動画を見る道具だよ」
「ひゃ……卑猥」
ユイは肩をすくませて、両手で顔を覆った。
正樹はパソコンの電源を点けた。ホーム画面が現れた。インターネットブラウザを開いた。
検索ワード入力をするため
ゆっくりとキーボードに触れて、リズミカルに打ち込んだ。
正確に、猛スピードで打ち込んだ。
ロリコン 同人誌 と打ち込んだ。
「……」
正樹は無言で、無法者三人を見て、無意識に検索ワードを消した。
「くぅうう…」
別の検索ワードを打ち込み、マウスを何度かクリックした。
画面には巨大ネット掲示板が表示されている。
ヤジウマというサイトだ。
様々なスレッドを立てて、雑談ができるサイトである。
正樹は、そのサイトの雑談カテゴリの掲示板に、あるスレッドを立ててた。
[可愛い悪魔と同居し始めたんだが、何か質問ある?]
「まさか、この俺がスレッドを立てるとはな」
正樹は唸りながら頭を抱えた。
その背後では、ランがテレビを見てゲラゲラ笑い、レンは静かに読書をしていた。
棚に置かれたアクションフィギュアの関節が外され、本棚から本が抜き取られている。
この二匹の仕業である。
ピコン、と軽い音が鳴った。
スレッドに初の書き込みがあった。
[2]ID mtpjmtlb63jpg
いやぁ、春だなぁ
書き込みを見た正樹は下唇を噛んだ。
「俺は正気だ!」
書き込みは次々に行われ、表示された。
[3] ID dkmwupgadt1506
イチキチガイスレ立て乙
[4] ID jpg大魔王
小悪魔な彼女と同居始めたって意味だろ?死ねよ
[5] ID 壊れたあかべこ
不幸決定ですね、おめでとうございます
等の書き込みが表示された。
その中で一つ質問の書き込みがあった。
[6] ID K3
可愛い悪魔ちゃんの写真撮れますか?(`・ω・´)>
見てみたいです(*ΦωΦ*)ジィー
「お……やってみるか」
正樹はパソコンデスクの引き出しから、デジタルカメラを取り出した。
本格的な一眼カメラだ。
望遠レンズがついている。遠方からでも撮影できる。幼い何かに怪しまれずに撮影できる。
「お前ら、写真撮るからそこに並べ!」
正樹はカメラを握り、座っている椅子を回転させて叫んだ。
「いいよぉ」
「嫌です」
「断る」
OKサインを出したのは、ユイだけだった。
回転椅子は、そのまま一回転した。
正樹は、再びキーボードを叩いた。
[6] ID スレ主君
ゆるふわ系悪魔がOKくれたので、今から撮影してみます。
ユイは正樹の膝の上から降りて、壁際に立った。
もじもじと身を捩って、恥ずかしそうにしている。
「えっと……ちっちゃい女の子になればいいの?」
「ダメダメ、そんな写真上げたらあんちゃんは警察のお世話になっちゃうからな?」
「ん……じゃあ撮って……」
正樹がカメラを向けると、ユイは更に身を捩った。
パシャリ、正樹はシャッターを押した。
「マジか?!映るのか……霊体とかじゃないんだな……しかしブレブレだな」
カメラのレンズはオートフォーカス無しの単焦点レンズだった。
ので、ユイがもじもじと動くたびに写真は微妙にブレた。ユイは指をくわえて、座りこんだ。
「あんちゃん、僕…恥ずか死にそう」
「恥ずか死なない為にはどうすっか……ん、よし!待ってろ」
正樹はドタドタ駆け出して、部屋を出て、バタバタと戻ってきた。
右手にはのり塩チップス、左手にはさくら餅を持っている。
それをユイに持たせた。
ユイはよだれを垂らして、まぁるい口をだらしなく開けた。
銀色の犬歯が見えている。
「オヤツやるよ」
三色悪魔には、夕飯を与えて食事をする事を確認していた。
ユイだけが物足りない様子だったのを、正樹は覚えていた。
「シャッターが鳴ったら、食べていいぞ」
「んぁ……早く早く」
ユイの動きがピタリと止まった。
正樹は、シャッターチャンスを逃さなかった。
シャッターを押し、撮影した画像をチェックした。
ブレ無く、くっきりと可愛らしいユイが撮れている。
「メモリーカード!挿!入!」
正樹は椅子を回転させながら、素早くメモリーカードをパソコンのスロットに挿入し、画像を添付して、書き込んだ。
反応の書き込みは早かった。
[7] ID 名無しさん
CGクサイ
[8] ID 560mpgadtpjm
悪魔がこんなに可愛いはずがない
手の込んだ仕込みッ!そこに痺れる憧れるぅ!
信じる者はいなかった。
正樹はため息を吐いて、パソコンを閉じた。
一晩寝かせれば、別の反応が書き込まれるだろうという考えだ。
正樹はバクバクとお菓子を貪るユイの姿を想像しながら、椅子を回転させて振り向いた。
だが予想は外れていた。
ユイは、のりしおチップスの袋を開け、ランとレンに均等に分配していた。
「これで、同じくらい」
ユイはフウッと、一仕事終えたように息を吐いた。
「レンには貸しがある、全部俺によこせ」
「一ミクロンもありませんね、ええ」
ランとレンは、また言い合いを始めた。
次にステーキナイフを取り出して、さくら餅を切り分けた。
不揃いだが、三等分だ。
あんこがぎっしり詰まった真ん中の部分が、大きめに切られている。
「喧嘩する悪い悪魔には、これでいいよね」
「「ふぁっ!?」」
ユイは大切そうに、大きめに切り分けたさくら餅を広いあげた。
テトテトと歩き、正樹に差し出した。
「あんちゃん、僕の分も食べて!」
「いいのか?」
「うん!僕のりしおチップスの方が好きだもん」
正樹はそれを受け取ると、ユイはレンとランの元に戻っていった。
真顔でさくら餅を咥えて、椅子を回転させた。
再びパソコンの電源を付けて、スレッドを開き、書き込みをした。
「悪魔はのりしおチップスが好みらしいです」
正樹は、微かな塩味を感じながら、甘いさくら餅を食べた。