新学期に躓いて転んで擦りむいた
お昼休み時間。
ランチの時間。
それは、四野川高校の生徒にとって、至福の時間となる。
四野川高校には、売店と食堂がある。
MEGAドン○ホーテか!?と突っ込まれてしまいそうなほど、種類豊富な(雑多な)の弁当を販売している売店。
食堂では、海外で修行した有名シェフ(四野川高校卒業生)が、腕に寄りをかけて作るランチが売りである。
孤独のグルメを楽しみたいボッチも、ワキャワキャ群れたいパリピも、大喜びのサービスである。
「なぜこうなったなぜこうなったなぜこうなった…なぜ…こうなった…なぜこうなった…」
正樹はトイレの個室に篭り、便座に座り、もやし爆盛り白米弁当を片手に震えていた。
「なぜ俺はここにいる?なぜ俺は怯えている?そして…なぜ俺は…この弁当を手に取った」
これは、四野川高校の売店で売っている弁当の中では、一番高価な弁当だ。
一食、3500円。
白米の上に盛られた、そびえ立つもやしの山。
活火山のマグマのように赤い、辛旨ソース。
材料費の中で最も高いのは、気が狂ったような量のもやしを収めるための、特殊形状容器。
インスタ映え確実の一品。
正樹は、それを片手に、額を手で抑えた。
「気心知れた盆暗共に問い詰められる…というのは…こんなに心身を摩耗させるのか」
美少女転校生三人と、苗字が同じであれば、事情、経緯を聞かれてしまうのは当然である。
羨まれて、恨まれて、追い回されて、追い込まれ(今ココ)たわけである。
「…苗字を変えておくべきだったか…いや、しかし…それもそれで問題だろう…帰る家が同じなだから…」
トイレの個室でモソモソと悩む人。
茹でたもやしのように、味気ない独り言が、隙間から漏れ出している。
聞いた所で、誰も興味を持たない。
「暇人達に意見を求めるか」
正樹はポケットから、スマホを取り出した。
ネット掲示板、ヤジウマのアプリケーション版を起動した。
正樹の作ったスレッドは、道端の雑草のように徐々に成長していた。
[429] ID スレ主君
悪魔ちゃんズが美少女化、学校同伴した
苗字をスレ主君と同じにしてしまった…結果……クラスメイトがパパラッチに転化して、追い回されている
腹違いの姉妹…義兄弟…彼女?
扱いどーしよう…( ゜д゜)
ピコン!
気の抜けるような音が鳴り、返信を知らせた。正樹がため息を吐く暇もなく、返信はすぐにあったようだ。
「ん…?」
正樹は画面を見つめて、口をへの字に曲げた。
[430] ID ウォールナッツは砕けない!
何でお前は美少年化オプションにしなかったんですか?バカですか?センスねぇんですか!?
志ね!!詩ね市ね師ねぇ!!
「胡桃…お前は誘ってんのか?そんなに痛めつけられたいのか?」
ピコン!ピコン!ピコン!
返信は絶え間なく続いた。
[431] ID jmg'me15806
おい春休み終わったぞ?
楽しい春休みは…終わったんだぞ…?
いい加減目を覚ませよ…(´;Д;`)
[432] ID 56mjpm186
美少女化の写真プリーズ!!
上げてみろよぉぉおおっ!?
[433] ID 服部冷蔵庫
プロデューサーさん、そのアニメの原案はボツになってますよ?
「ダメだこりゃ……」
ピコン!
[434] ID K3
悪魔ちゃんズがどんな姿になろうとも、きっときっと…キャワワ(*´∀`*)キャワワ…なんでしょうねぇ
「…仕事しろよ……ん?」
ポタ…ポタ…。
スマートフォンの画面に、透明な液体が落ちた。
「洋女三姉妹がホームステイ、という理由が良いのでは?」
その液体を気にする間も無く、素敵助言が個室の上部から、落下してきた。
正樹は視線を上に向けた。
ユイとレンが、個室の上部隙間から覗き込んでいた。
透明な液体はユイのヨダレであった。
絶賛○ンチラチャンス状態である。しかも男子トイレで。
「ふぁっんぐぅぬぅ!?」
正樹は奇声を漏らしつつ、素早く二人の額にデコピンを打ち込んだ。
「ひぐっ!」
「ひゃうっ!」
あまりの威力に、二人の顔が弾き飛ばされた。飛ばされた衝撃で、ユイのヨダレが天井に付着した。
覗きをやめさせ、二人を床に下ろした。
「おま…おまおま、おままま」
正樹は、個室のドアをジワリジワリと開け、二人を見つめた。捨て犬のように、うるうると瞳を潤ませている。
「お前ら…どうした?」
「正樹を探していたんです」
「男の子にはな、一人になって悶々とする時間がある、探さないでくれ」
「そうはいきません、私達…お腹が空きました」
レンはお腹を撫でながら、不満げな表情で唇を尖らせた。
ユイはただひたすら、爆盛りもやし弁当を凝視している。ヨダレは水溜りのように広がり、絶え間なく床を濡らした。
「…だからどうした、売店か食堂で…あ…」
正樹はハッとして、ポケットから財布を取り出した。
「…お前らに小遣いを渡してないんだっけな」
「早くお金をください」
レンは手を突き出した。
しかし正樹には、お恵を与える懐の余裕は無かった。
爆盛りもやし弁当を買ってしまったせいで、財布のライフはゼロだった。
「小銭すらねぇや」
「もー…正樹…」
レンのむくれた面が、正樹に迫ってくる。
チンピラ同士の睨み合いのように、なんならキスできそうな距離まで近づいてきた。
ただひたすらに、睨みつけるレン。
「仕方ねぇよ、耐えろ」
が、正樹は全く動じずに眉を曲げるだけだ。
「ふぇぇ…あんちゃん…お腹すぃたよぉ…」
おあずけを食らったユイは、泣き出しそうだ。
「え…女子が…あれ?」
「え?どういう事?」
駆け足で、男子トイレにエントリーしてきた男子高生二人。
正樹は、ユイレンといる現状の、この絵面がとてもマズイと、ようやく気付いた。
女子二人が男子トイレに。
正樹は財布を開き、レンはむくれた面で、金を寄越せと手を突き出している。
おまけにユイの、にょるにゅるしたヨダレで、床は濡れて、ビショビショ。
この状況、どう思われても仕方ない。
しかも目撃者は、健全な男子高校生。
無限大の妄想力で、アレコレ経緯を想像するだろう。
「「女子二人…ローション…財布を開いて…買ったのは…まさかっ!?」」
驚いて顎が外れた男子生徒二人は、正樹を指差した。
「「不純異性交遊だッッツッツ!!」」
適切な表現である。
そして、真の意味で的を射ている。
正樹は、悪魔(異性物)と交遊しているのだから。
正樹はこの場を、このどうしようもなく、しょうもない状況を、上手く切り抜ける言葉を考えた。
この状況を、先生にチクられれば、楽しい学生生活は終わる。
というか、人生が半壊する。
(考えろ…考えろッッ!!俺っ!!)
物書き、小説家の端くれならば、言葉の取捨選択は、上手いはずである。
素材を吟味し、料理を作る料理人のように。
言葉選びのセミプロならば、放つ言葉は人の心を動かせるはず、そのはず、そうでなくてはならない。
どこまで上げられたハードルでも、超えていけるはず。
2mでも3mでも、10mでも超えらるはず。
正樹は、助走をつけるように、一歩二歩、三歩前に出て、ガバッと口を開いた。
「違うっ!!異文化交遊だっツッツ!彼女らに日本の掃除文化を教えていたのだッッ!」
「「いやお前何言ってんだ」」
出来なかった。飛び上がるどころか、転んで地面に顔を擦り付けた。
二人に冷静に突っ込まれ、冷たい言葉は正樹のハートに突き刺さった。
「……ぐぅ」
ぐぅの音を吐きながら、正樹は退学処分を覚悟した。
「あーいたいた!」
眼鏡っ子生徒会長の言葉が、ひょっこりと顔を出した。
眼鏡をくいくいっと、押し上げながら、ユイが垂らしたヨダレの池に近づいた。
少し屈んで、それを観察しだした。
天井には、ユイのヨダレがシミを作っている。
天井から水漏れ…のように見えなくもない。
言葉は納得したように、小さく頷いた。
「これかい?報告にあった水漏れは…」
「「水漏れ…?」」
「そっ…具体的な場所が分からなくてね、こちらの三人に調査を依頼していたのだよ」
「「なる…ほど…」」
男子生徒二人は、生徒会長の登場に驚きつつも、正当な理由を聞かされ、納得させられていた。
言葉は両手を合わせて、謝った。
「女子禁制の場所に入っちゃってゴメンね?すぐに出るから!」
男子生徒二人は、言葉の可愛さに胸を射抜かれ、抉られた。
ハートに空いてしまった風穴を、手で抑えて、ヘラヘラ笑い始めた。
「あ、そこの捜査官三人、ちょいと屋上に来てくれるかな?」
「「「あ…はい」」」
連れション君達を納得させ、場を丸く納めた言葉。
廊下に出た言葉は、正樹に向けて小さくウィンクした。ほんの少しの色気も添えて。
「正樹、一つ貸しだよ?」
「…今のお前に、5ミクロンだけムラッとした」
「ほぅ…私は度し難い幼女趣味野郎の心を微動させる事ができたのね…5ミリクロンなら目視できんわ」
言葉はジトッとした目を向けながら、口元だで微笑んだ。
「さてっ君ら、屋上に来てもらおうか?」
「おぅ?!」
三人を屋上に連行した。
「言葉、何をする気だ?」
「んー?君らにちょっとした提案があってね、話し合いをしたいんだ」
屋上のドアが開いた。
青空、快晴、優しいそよ風。
四人以外、他に人はいない。
ランチをするには、最高の環境だ。
正樹と二匹の悪魔は、肩を並べていた。
言葉は背後手を組んで、柵の向こうの、どこか遠くを見つめている。
「ごぎゅるるるぅうう」
ユイの腹の虫が、シャウトをやめない。
「仕方ない…ユイ、これ食え」
正樹は、ユイに爆盛りもやし弁当を差し出した。
ユイは指をくわえて、弁当を見つめた。
「…あんちゃんと、レン君と、一緒に食べるから我慢する…」
「ユイ…いい子だな」
正樹は微笑みながら、ユイの頭を撫で回した。
ユイは甘ったれた子犬のように、心底嬉しそうに笑った。
「……」
レンは、言葉の背を睨むように、見つめている。
「さて、転校生二人…」
言葉は長い黒髪をなびかせながら、振り向いた。
表情は楽しげだが、放つ雰囲気は僅かに刺々しい。
言葉は微笑みながら、口を開いた。
「君達、悪魔だよね?」
言葉が放った言葉で、頬を撫でるような風がピタリと止んだ。