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Last tear  作者: 川嶋紗矢
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1.―記憶が戻ったら―

今回二作目の小説です。まだまだ未熟者ですが、精一杯頑張るので、よろしくお願いします!ご感想など頂けたら嬉しいです。


深い海の中。


美しい歌声。


透き通った青の中に

光が揺れる。


―誰?


誰かが泣いてる。


―あなたは誰?


―どうして泣いてるの?










「…い…るい!!」


頭上から、聴き慣れた声が降ってくる。


「…んもぉ、うるさいなぁ…」


あたしは目を閉じたまま、うめき声を漏らした。


「るい!!起きろって!おい!寝るな。」


「はいはい…。」

そう返事しながらも、あたしはなかなか動かなかった。


朝は苦手だ。


カーテンを開ける音がした。


目を瞑っていても、朝日の光が部屋に差し込んできているのが分かる。


「もぉ…カーテン開けないでよ。まぶしい…。」


「いい加減目ぇ覚ませ。」

「もう起きてるよぉ。」


あたしは重たい瞼をようやく開いた。


目の前には今までの声の主である伶がいた。


「やっと、起きたか。早く着替えて降りて来い。」


伶っていうのは

あたしの兄。


伸びっぱなしの茶色っぽい髪に、ちょっと目つきの悪そうな切れ長の目。


だらしなくポケットに片手を突っ込んで、もう一方の手は頭をかきながら、欠伸をしている。


あたしはひとつ上の兄が別に嫌いじゃない。


伶は、口うるさくて、空気も読めないし、頭もそんなに良くないけど、面倒見がよくて、結構優しい兄だと思う。


でも、ちょっと過保護すぎるというか、妙に絡んでくるし、正直うざいことも。



「伶。」


「ん?」


「着替えるから出てって。」


「あぁ、そ、そうだったな。は早く降りて来いよ。」


そう言ってあわてて部屋を出て行く伶の後ろ姿が、ちょっと笑えた。



それより、

どうなんだろう。


いくら兄といえど、妹の部屋に無断で入るなんて。


何度も入るなと言ってるのに、伶は毎朝あたしを起こしにくる。別に頼んでもないのにいい迷惑だ。


伶は、兄というより、お母さんという感じで、そこがまたうっとうしかったりする。


少し前に友達のゆかに言われて気づいたのは、うちの兄のような部類の人間は、


世間一般ではシスコンと呼ばれていること。



ほんと、どうにかなんないかな…伶の奴…。



あたしは、ため息をひとつ零して、部屋をあとにした。



階段を降りてく途中、焦げ臭いにおいが鼻をついた。


リビングに入ると、キッチンに伶の姿を見つけた。


「おはよう。」


一応毎日あいさつはする。


じゃなきゃ、あとから五月蝿いし。



「はよ。パンとご飯、どっち?」


伶が全く似合わないエプロン姿であたしに訊く。


「…ご飯。」


本当は何も食べたくなかったけど、食べないとあとから五月蝿いし。


そんなことより、やっぱり何かが焦げ臭い。


まぁ大体予想はつくけど。

「ねぇ、さっきからなんかこげ臭いんだけど。」


あたしの言葉に、伶の肩がほんの一瞬だけ揺れた.


「ん?そうか?俺にはよく分かんないけどなぁ。」


「………」


―あやしすぎ。


あたしは、冷蔵庫の中から牛乳を取り出しながら、横目でチラっと伶のほうを見た。


そのとき、あたしの目に映ったのは、黒い煙がもくもく出ている真っ黒い何かが入ったフライパン。


「何それ。」


「これ?いやぁ、これ一応ハンバーグだったんだけど、さすがにちょっと焼きすぎたな。」


伶は情けなさそうに苦笑いながら、茶碗にあたしのご飯をよそった。


「はい、ご飯。」


「ありがと。…伶、前から言ってるけど、別に無理して家事とか…」


伶があたしの言葉を遮る。


「これは、俺がやりたくてやってんだから、気にすんなって。お前は余計なこと考えなくていいから、な?」


「でもさ…」

「大丈夫だって。もう少ししたら、親父達も帰ってくるから。心配すんな。」


そう言って伶は、味噌汁の入ったお碗を持っている手とは反対の手で、あたしの頭をグシャグシャとなでた。


―違うのに。


―あたしは、伶のことを心配してるのに。



うちの親は2人とも、あたしもあまりよくは知らないけど、海外のあちらこちらで働いているらしい。


伶が前にそう言ってた。


あたしは、なんじゃそりゃと思いながらも、あまり深くは追求しなかった。


なぜなら、2人のことは全然覚えていないから。


前に伶に写真でみせてもらったことがあるから顔は知っているけど、話したことは多分ないと思う。


だから、うち

「市川家」は今あたしと伶の二人暮らし。


でも、あたしは伶がいつでもそばにいてくれたから、寂しいと感じたことは一度もなかった。



「ボサボサだな。」


しばらく俯いていたあたしの顔を除きこんだ伶がプッと吹きだした。


「伶のせいじゃん。」

あたしは相変わらず俯きながら言う。

そして、また可愛くない言い方をしてしまったと反省する。


「お前はさぁ、いいかげん、お兄ちゃんって呼べよな。」


あたしの頭に手を置きながら、伶はため息混じりにそうつぶやいた。

返事に困ったあたしは、それが聴こえないふりをした。


「…いただきます。」


「シカトかよ。」


あたしは、仕方なくあいまいな返事をした。


「…記憶が戻ったら呼ぶよ。いつになるか分かんないけど…。」


あたしがそうつぶやいたとき、一瞬、伶が苦しそうな顔をした気がした。


その表情がなぜかあたしの胸をギュッと締め付けた。


けど、伶はすぐにいつもの優しい笑顔で言った。

「だったら、気長に待つしかねぇな。」


その言葉に、あたしは胸が少しだけ軽くなるのを感じた。


そして、ふと、さっき見た夢のことが思い出された。


「そういえば、あたし、変な夢見た。」


「変な夢?」


「うん。海の中で、誰かが泣いてた。」


「………」


「あと、きれいな歌。」


気づけば、伶の箸の動きが止まっていた。


それから、伶の表情が固まっていた。


「伶?」

名前を呼ぶと、またいつもの伶に戻った。


「あぁ、ごめん。で、それがどうしたんだ?」


「別に。ただの夢なんだけど、なんとなく気になるだけ。ほら、やっぱり、記憶なくす前のことかもしれないしさ…。」


あたしは、心配かけないように、なるべく明るく言った。


しばらく見つめていて目があうと、伶はニカッと笑った。


「そっか。まぁゆっくり思い出せ。」


そう言って励ましてくれるいつもの伶の笑顔に、あたしは少し安心した。


あたしには、一年以上前の記憶がない。


一年前、あたしは自分の名前すらも覚えていなかった。


両親のことも、伶のことも、何もかも思い出せなかった。


でも、伶が教えてくれた。

あたしは、

「るい」って名前で、伶の妹だということ。


伶はいつも

「ゆっくりでいいからな。」と、記憶のないあたしをいつも励ましてくれた。

記憶をなくした理由は、精神的なストレスがどうのこうのと、どこかの医者が言っていた。

一体、記憶をなくす前のあたしは、どれだけ病んでいたのだろう、思い出すのが少し怖い。


だから、伶の優しさも時々あたしを不安にさせる。


あたしの過去に何かがあって、だから優しくしてくれるのではないかと。



伶には絶対に言えないけど、あたしは伶が本当はあたしの兄じゃないことに気づいてる。


伶や伶の親との血のつながりも多分ない。


でも、あたしは伶のことをずっと本当のお兄ちゃんのように思ってる。


「お兄ちゃん」なんて呼んだことはないけど、あたしには伶が必要だから。



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