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異世界ファレスティア  作者: 鳥杉クイナ
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第一章 異世界転生者ジル 二話

コンコンコン。


「エリマラです。ヒルグランド王子の精霊…ジル様をお連れいたしました。入室の許可をお願いします」


軽く三回ノックしたあとのエリマラはちゃんとした騎士で、一瞬先程盛大に転んでへにゃっと力なく笑っていた人と本当に同一人物なのか、と驚きと疑いの目を彼女に向けてしまった。

その切り替えが凄すぎて、ちょっと俺にも真似できないと心の中で称賛しておいた。

と、部屋からやや高めの…テノールくらいの爽やかなオーラを感じられる声が響いた。ジルバリオス王子の声だろうか?


「エリマラ、ご苦労様です。貴女は暫く表扉の警護についていてください」


違った。エリマラと同じ…ではなくちゃんとした護衛騎士が、青くて、エリマラよりも凝ったデザインの鎧を着て現れた。声の主はこの人のようだ。


「…マークット様!かしこまりました!ではジル様、どうぞごゆっくり」


そう言って嬉しそうにエリマラは表扉の警護についた。と、そこでマークット、と呼ばれた彼が俺の方を向いて声をかけてきた。

癖毛の金髪で瞳は赤に近いオレンジ色だ。高貴なオーラを纏っているのが…俺の主、ヒルグランド王子にちょっと似た雰囲気で、ただ何だかライオンのようなイメージ。…護衛騎士でも真面目に主人に仕えると影響を受けるもんなのかな。


「お待たせいたしました。わたくしはマークットと申します。ジルバリオス王子の護衛騎士の中の護衛騎士長を務めております、どうぞよろしく。…さて、中でジルバリオス王子が今か今かとソワソワしていらっしゃいますので、どうぞ中へお入りください」


始終無表情で言ってきたマークットだが、その言葉は何だか楽しそうで、俺はちょっと首をかしげた。しかし俺の話す間を与えず彼は歩き出す。身勝手かつ威圧的なオーラを感じるのだが、気のせいだろうか。歩む速度も俺の存在などまるで考えていないようだった。


ちょっとモヤモヤする気持ちを抱えながらマークットの後ろをついていくと、周り以上に凝ったデザインの両扉が目の前に立ち塞いだ。


「ここがジルバリオス王子の自室になります」


マークットはすぐに説明すると、一歩後ろへ退いた。


「ジルバリオス王子がお待ちです、どうぞ中へお入りください」


マークットはあくまで案内役、と言うことらしい。俺は納得いかない思いを抱えたまま、中へと入っていった。





中へ入ると扉は閉められる。俺はすぐに視力強化を使って広い部屋を一見した。

右奥に天幕付きの大きくて派手な寝台、その左横に運びやすそうな見た目のサイドテーブルがあり、寝台の前には比較的シンプルな扉が二つ。右側にはこれまた意外にもシンプルな仕切りが二つ程置かれ、仕切られた向こう側から飛び出て見えているもの…ソファーや書棚があるのを見ると、書斎のようなものだろうと判断する。

そして目の前には完全に一角だけ壁を取り払って窓を作ったらしく大きすぎる窓があり、その先にはバルコニーらしきものがあった。


一国の王子とは…本当に規格外、と俺は内心呆れ返る。


その瞬間。突然ヒュッと言う軽い、空を切る音が聴こえた。同時に見渡すなかで見当たらなかった人の気配が二つ程感じ、俺は咄嗟に魔結界を自分の周りに発動させる。


再び危機一髪…。


魔結界発動直後、魔法で作られた矢が勢いよくぶつかってバッチーーンと言う耳が痛くなるような音が響き、俺の周りをキラキラと舞った。魔法で作られたものは魔法で崩されると花弁のように舞うのか、と初めて気付いて感心していると、頭上から楽しそうな低めの声が響いた。


「成る程、ではこれは防ぎきれますか?」


その声にハッと上を向いたときには既に、声の主が見えないほど大量の魔法で作られた大小属性様々な矢がこちらを向いていた。


「まじか……」


俺の呟きが響くほどにシン…と静まり返った次の瞬間上からも下からも、四方八方関係なしに俺だけを狙ってその大量の矢が射たれた。仕方ない。


「……フル、カウンター!」


一度だけ、前世で読んだ漫画の魔攻撃返しを使ってみた。やり方は今なら何となくわかる。簡単に言ってしまえば受け流しの効果を絶対に攻撃してきた相手に返せば良いだけの話だ。しかも俺は今魔結界を発動中という絶妙なタイミング。なら魔力を少し弄れば……。


シュ…バヒュンッ!!


軽い音がなったと同時に俺に向けられた矢の四分の一が回れ右をして射ってきた相手に向かって飛んでいく…ってあれ?俺全部返すつもりだったんだけど、おかしいな。


「何!?」


バシュッバシュバシュッ。


何かカッコつけて『フル、カウンター!』とか言っときつつ四分の一程度しか返せなかったのだが、相手は予期していなかったようだ。驚いたように声を出したかと思えば滅茶苦茶攻撃当たってる音が響く…あ、もちろん俺は全て防ぎきったけど。


「カウンターか、面白いな」


突然後ろの扉が開き、俺は捕まれる…前に身体強化を全身に使って距離を取った。大体人間的に言えば四メートルほど、斜めに飛び上がったのだ。


「ほぉ…警戒心も申し分ない。マークット、もう良いぞ」


凝ったデザインの両扉から入ってきた人物は感心したようにそう言うと天井に向かって声をかけた。…え?あれ?両扉の前にいるのってさっき俺を案内してくれたマークットじゃないか?…今天井に向かってマークットって……え?


「精霊ジルよ、もう警戒を解け。これは王族命令だ」


フッと口角を上げて先程マークットと呼ばれていた護衛騎士は言った。…王族命令?





天井に張り付いていた者も降りてきて、軽く薄汚いものになっていたので、俺はすぐに駆け寄った。癒しとか色々試したかったからだ。


「申し訳ございません、大丈夫ですか?」


俺は肩に触れると彼の魔力を動かして癒しをかける。正確には魔力操作による回復増進なのだが、対外的には癒しになる。…漫画で読んだだけだからわかんないけど、恐らく自分でやるには魔力の流れと魔力量を熟知していないと難しいのではないかと思う。

それにしても…この人魔力量がかなり多い…ロワツィオには及ばないが。

そんな感じで許可もなく勝手にやっている俺をじっと見ていた……天井に張り付いていた人はニコッと微笑んだ。


この人は髪が水色のような青色のような…上から下にかけてグラデーションを描いていた。瞳も似たような色合いで、一言で言えば宝石…ダイヤモンドのような人だったーーー後で知ったことだが、マークットはジルバリオス王子の護衛騎士長だが、ここタイトアイト王国騎士団副団長でもあるらしい。騎士団の中でも若者ながら前騎士団長をも凌ぐ強さと頭脳を持ち合わせた、言わば天才。後々は宰相か総務大臣に推薦されるとか噂されているという。妖精と人間と言う違いはあれど、そんな人を不本意ながらに倒してしまった俺は自分で言いたくはないが、かなりヤバいーーー。


何だかとても先程まで攻撃してきた人に見えないのだが、何か企んでいるのか?と身構えているとその人は言う。


「その辺の妖精とは似ても似つかないほどの気品と物腰、そしてその魔力量と知能。恐れ入りました。完敗です、とても勝てない」


瞳を少年のようにキラキラと輝かせてこちらを眺めつつ丁寧に称賛してきた。…素直に受け取って礼を言っておこう。地雷を自ら踏みに行く必要はない。


「お褒めの言葉、ありがとうございます。ところで、その…」


俺はちょっと視線をさ迷わせてから聞いてみた。


「状況が呑み込めていないのですが」


すると先程までマークットだと名乗っていた方がバルコニーの前に置かれている一人がけソファーに座り、説明した。


「彼が本物の私の護衛騎士、マークットだ。其方の力を試すべく、側近皆に少々協力してもらったのだ」


そしてこちらを見定めるように見るとニッコリと笑う。その姿は王によく似ていて好奇心に満ちていた。


「我が名はガルシアラウンド。ジルバリオスと言うのは表向きの名であり、真の名ではない」


それを聞いた途端俺の前を黒い影が覆った。


「王子!何故真の名をこの者にお教えするのですか!?いくら力も知能も信用できたとはいえ…」


マークットがそう言ってジルバリオス王子…いや、ガルシアラウンド王子に詰め寄る。俺はマークットの意見に賛成する。自分で言うのもなんだが、異母弟の得たいの知れない精霊なんかに真の名と言うのを公表するのは間違っている。

…ただ真の名にどんな意味があるのかはちょっとよくわからない。

責め立てられたガルシアラウンド王子はちょっと拗ねたように口を尖らせて言う。


「良いではないか、どの道ロワツィオに成れば真の名を公表しなければならないのだし…」


それは初耳だ!気になる!と思って俺は二人のやり取りのなかに入るのをやめる。いつでもどこでも情報収集するのは、知っていても知らなくても大事なのだ。それはさっきロワツィオに謁見したときに得た教訓。あともう一つ、初めて出会った人からの突然の攻撃に遅れを取らないように、警戒は解かない。出ないとその内本当にポックリあの世行き!なんてことになりかねない…割りと本気で思った。

マークットはそれでも!と反論する。


「何度も申していますよね?真の名とはその人そのものであり、その名を呪われれば永遠に闇をさ迷う事になりうるのです!」


まぁ意味はそのままだな。


「だが父上は真の名を公表してロワツィオとして君臨しておるではないか」


ごもっともな返し。これにマークットは深く長いため息を吐く。


「一国の王になれば真の名は神に捧げられ、他のものに干渉ができなくなります。神の領域である<箱庭>への立ち入りが余儀無くされるため、しなければならない行為なのです。しかし今公表してしまえば簡単に干渉されてしまいます…お分かりですか?」


今まで以上に噛み砕いて説明いたしましたが、とマークットは主のガルシアラウンドの表情を伺い見た。ガルシアラウンドは肘掛けに腕を立てると手で顎を支えてさも面倒臭そうにため息を吐く。

俺は少しモヤモヤして、首をかしげた。

何だか変だ。

次期国王だと噂されている、と言うかほぼ決定されているジルバリオスは弟が生まれてからもその地位を揺るがすことなくここまで来ているはず。ならこんな簡単な説明を理解できないわけがない。

そんな俺の思考を余所に、彼等はまだ言い合う。


「だが、私はちゃんと信用できると思ったものにしか公表しておらん」


「ですから、何故そんなに側近を信用できるのですか!側近ですら疑うのが王子であり、次期国王ですよ!最近になるまでそんな安直単純な考え方など皆無だった王子が何故突然そんなことを言い始めるのですか…理解に苦しみますよ」


マークットはガルシアラウンドを叱り飛ばしてこめかみの辺りを抑える。

何となく魔力の流れからわかっていたのだが、マークットは常に意識的にガルシアラウンドの周りだけ高度な重複付与の魔結界を発動させている。物理攻撃から魔力攻撃、呪いの類いを全て防ぐ結界のようだが…如何せん魔力の効率が悪すぎる気がする。無駄に防御を固めたら本人の実力が何もわからない。

…あ、そっか。狙いはそれか?世間体からジルバリオス王子の真の名や実力がバレないように発動させている、だとしたら、マークットはかなり凄い。少し頭が固すぎるようだが。


ここでようやく二人のやり取りが終わったらしい。マークットは俺の方を振り向くとペコッとお辞儀した。疲労が隠しきれていない顔を見る限り、相当不味いと思う。


「申し訳ございません、ジル様。どうか他言無用でお願いします」


俺は言う。


「ええ、もちろん。…ただその、マークット様にお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」


予想外だったのだろう。一瞬驚いたように目を見開いてこちらを凝視したが、すぐに気持ちを切り替えたようで、すっと真顔になった。

俺は二人きりで話したいので、と口にする。マークットは頷いてすぐに時刻を指定してきた。


「では午後の一の鐘がなったあとに私の部屋へお越しください」


そしてガルシアラウンドに目配せする。王子はつまらなそうに一瞬外を眺めるとそのままそっぽ向く。


「また訪問しろ、これは命令だ」


拗ねた子供のような行動に少し苦笑するとマークットが申し訳なさそうに言った。


「申し訳ございません、後でしっかりと言い聞かせますので、お許しください」


俺は微笑を浮かべて返す。


「構いません。ただ今日はあまり叱らないでください」


俺は一応そう言っておいた。確信はないが、念のため。マークットはちょっと首をかしげて「何故でしょう?」と問う。俺は表情を変えないように気を付けながら言った。


「それについても後程。…それでは失礼させていただきます」


こちらを見ていないが、俺はガルシアラウンドに向かって深く、敬意を払ってお辞儀した。ガルシアラウンドは何も言わず、結局こちらを見ないで「ふんっ」と言っただけ。

俺はマークットに付いてガルシアラウンドの部屋を出た。

ここにも一応廊下があるが、よく掃除が行き届いていて、玉座の間の前の廊下より幾分綺麗な道を進む。


俺はこの世界について全くと言っても良いほど何も知らない。けど、何となくガルシアラウンド王子の様子が気になった。前世で似たような漫画は見た覚えがなくもない、と言ったところだけど…体験したことがあるようなそんな感じ。

そして大体はあの様子から推測したのだが…。


ガルシアラウンド王子は誰かに既に真の名を呪われている。


犯人とかは魔力に触れてみないとわからないが、最初にあったときの違和感は恐らく呪いによるものだろう。そしてあの護衛騎士長のマークットでない事は魔力に触れたことで確信した。そうするとガルシアラウンド王子に近くて、且つマークットよりも言葉を信用できるものによる呪い。

…側近では、ないだろう。

側近であればあの護衛騎士長が気付かない訳がない、と言うのはちょっと信じすぎているかもしれないが、先程のやり取りからマークットは護衛騎士長兼教育係と言っても過言ではない。となると、実験的に行っているのかは知らないが、さて…。


「あ、マークット様!ジル様の試験はどうなりました?」


ずっと表扉の守護についていたらしいエリマラが、扉を開けた途端笑顔で聞いてきた。こいつ、知ってたのか。


「ええ、無事合格です」


マークットはキラキラした爽やか笑顔を見せて頷いた。…うん。他人行儀だな。他の人にも同じなのだろうか。エリマラはそれを聞いた瞬間俺の方を向くと、輝かしい満面の笑みでずいっと顔を近付けてきた。


「流石です!是非この目で拝見したかったですよ!!」


あまりの圧に俺は半ば反射的に距離を取って苦笑した。


「私など結局は妖精族ですからね、ジルバリオス王子が手加減してくださったのですよ」


ほぼ直球でやんわり否定すると、キョトンとした表情になったエリマラはマークットに向かって言った。


「そうなのですか?」


一応マークットの表情を伺う。正直に強いことを言ってしまうと後が怖い。異世界だし何が起こるかわかったもんじゃない上に俺自身が手探り状態なのだから。

マークットは俺の視線に気づいて苦笑した。


「そうですねぇ…普通の妖精族に比べれば強い方でしたが、そこまで特出しているというわけではないと思いますよ。ジルバリオス王子はつまらなそうにしていましたし」


それを聞いたエリマラはぎょっとして俺を見る。

そりゃまぁ、本当の事は言わないだろ。言ったところでまた実験台にされるか見世物にされる気がするし、それこそまた別の火種になりかねない。ともかく、広めたところで不利益を被るだけなのだ。それは周りの人間も含まれる。

俺は困ったように笑って言った。


「ご期待に添えず、申し訳ございません。人間であれば良かったのですが、何分防御力が著しく低いのです」


明確にどうしようもない、と思う部分を言葉にして行くとエリマラは焦ったように謝ってきた。


「ご、ごめんなさい!責めるつもりはなくて!えっとその、それでも妖精族の中では強いのですよね!?凄いですよ!!」


必死にフォローするように見せ掛けてじりじりと距離をとっている事に気付いた。ふぅん、そう…。


「では、そろそろ魔力も残り少なくなってきたので、失礼いたしますね。…マークット様、案内をありがとうございました」


そうして少し笑うと、マークットも微笑を浮かべて頷くと言う。


「またの訪問をお待ちしています」




一旦部屋に戻ったときにはヒルグランド王子も起きているかと思ったのだが、まだお休み中だった。少し護衛騎士の交代が行われたのか、部屋に向かって飛んでいるときにあの内扉を守護していた騎士とすれ違った。俺は少し笑みを浮かべて会釈をし、通り過ぎようとすると、騎士は無表情のまま立ち止まって声をかけてきた。


「…ジル殿」


…あ、俺のことか。一瞬驚きすぎて気が付かなかったが、俺はすぐに振り返って笑顔で問う。


「どうかなさいましたか?」


彼は少し視線をさ迷わせてから口にした。


「少し、話せないか?その…夜とか、空いてる時間でいい」


無口なのはただ口下手だっただけのようだ。しかも話さないかと聞かれた。俺もちょうど話したいと思っていたのだ!もちろん了承する。


「もちろん良いですよ。では夜…ヒルグランド王子がお休みになられた頃に、そちらにお伺い致します」


すると少し嬉しそうに微笑を浮かべると言った。


「ありがとう…私はクレオド・ダリファルド。宜しく」


俺もニッコリと笑って自己紹介をする。


「妖精族のジルと申します。ジル、とお呼びください。宜しくお願いします」


軽くお辞儀すれば、彼は手を差し出して…ハッと気が付くと、人差し指を出してきた。うん、見た目はちょっと冷たいイメージだけど、案外優しい人かもしれないな、と思った。ギャップが面白い。俺は笑ってその指を掴む。

するとどうだろう。なんとクレオドはもう片方の手を口元に持ってったと思えば…口を押さえてガタガタと震え始めた。

思わずビックリして固まっていると、クレオドから言ってきた。ちょっと声が籠ってて聴こえ辛いけど。


「…今、私は、猛烈に…感動している…」


片言だがそう言っていた。…ん?


「もしかして妖精族が大好きなのですか?」


まさかそんなことは、と思っていたのだが聞いてみると、ガタガタと震えていた身体はピタリと止まり、少し間があって口元の手が離れる。


「いや、そんなことは、ない。時間取らせて、悪かった」


そっからはまた無口な冷徹氷の騎士と化して、さっさとヒルグランド王子の領域を出ていった。…何か地雷でも踏んだのだろうか、と首をかしげて既に見えなくなった廊下の先を眺める。


「ただの照れ隠しですよ」


突然真後ろから声がして、思わず「ひっ!?」と声を漏らして前に飛び退くと振り替える。そこにはニコニコしてクレオドの向かった方を眺めるセシルがいた…いや、怖いよこの人!足音何処行ったんだよ!?


「我が家は、表向きは忠実なる公爵家ですが、裏仕事として影武者や暗殺の仕事も致しておりますからね。わたくしもそれなりに動けます」


そう言ってこちらを向いた。笑顔のままそんな説明をしてきたせいか、めちゃくちゃ怖いよ!!


「そ、そうでしたか…」


「それはそうと、お帰りなさい。お忙しくされていたようですね。お疲れでしょう?王への謁見が終わる頃くらいでしょうか、ジルバリオス王子の側近がこちらに来て『暫しジル様をお借りします』とか何とか言っておりましたの。ジルバリオス王子も気紛れな方ですし…怪我一つなされておりませんのね、流石規格外の妖精、ですわ」


説明も加えてクスクスと笑いながらそう言うセシルは何だか楽しそうだ。俺も釣られて笑った。


「本当に大変でした、何度死にかけたかわからないほど。…これでまだ二の鐘ががなったばかりだとは思えませんよ」


そう、何だかんだでそこまで時間は経っていないのだ。前世の時間で言うと恐らく二時間と少しくらいだろうーーーここでは日の出の少し後になる一の鐘から一時間ごとに鐘がなるようだーーー。セシルがまた笑った。


「ロワツィオも第一王子も本当にそっくりですからね、幼い頃はよくペットに無理をさせて死なせていましたよ」


え、何その話怖すぎる。俺は思わず顔がひきつった。もしあの時魔結界を発動させていなかったとしたら、恐らく気付いたときにはあの世だったって事になっていたかもしれないのだ。まぁジルバリオス王子の時はマークットだったけど、攻撃は本気だったからな。今更ながら冷静に行動できていた俺はある意味終わってるかもしれない。

ようやく恐怖を思い出した頃、セシルがそういえば、と話を切り出す。


「そうそう、ヒルグランド王子は三の鐘がなってから起こすのですが、まだ時間がありますし側近として皆と挨拶を済ませてしまいましょう。挨拶などは早い方が良いですから」


そう言って首元にかけられていた薄緑の水晶に声をかける。


「第二会議の間に集まりなさい。すぐに来れない者は連絡を」


そして口元から話すと俺に説明する。


「これは緊急用連絡水晶の簡易版です。一定の範囲内…この水晶だとこの城全体ぐらいでしょうか、連絡用の魔石です。後ほどあなたにも渡しますね」


すると魔石が淡く光を放ち声が聴こえた。


『了解』『わかりました』『すぐ向かいます』


様々な声が聴こえてきて、少し雑音も混じっているが確かに連絡が行き届いていると感心した。もしかすると魔石自身の質もあるのかもしれないな、と気になったが今は言わないでおいた。セシルは魔石をしまうと言った。


「では会議の間の方へ向かいましょう…少しお待ちください」


そしてヒルグランド王子の自室の両扉を警護している二人の騎士に声をかけに戻る。少し離れているから会話は少し聴こえるくらいだが、警護を続けるように言っているのはわかった。

しばらくしてセイルが戻ってくると、そのまま扉の外へと向かう。恐らく側近専用の扉へと向かうのだろう。俺はすぐに後ろをついて飛んで行く。

何も言わずに外に出ると案の定側近用の扉を潜ろうとしてハッと俺を振り返った。


「そういえばジルはまだ登録していませんでしたね」


そこでようやく俺も気が付いた。そう言えばここは登録していないと確か入れない。俺はちらっとセシルを見る。彼女は少し悩んでいたが一応登録用の予備の魔石を持っていたらしく、布に包んで丁寧に腰の袋から取り出すと俺に渡しながら言った。


「短時間で出来るとは思いませんが、一応染めてください。無理そうでしたらちゃんと手続きをしてからになりますので、本当に時間はありませんが…」


困り果てた顔で、それでも渡してくれたのだから無駄にしたくはない。面倒だがまあ…何とかなるだろう。俺は魔石を受け取るなりすぐに魔力を流し込んでいく。魔力の扱いはここに来るまでに結構体験したせいか、この魔石の魔力の流れまでわかるようになってしまったようだ。そこで反発してくるような魔石の力を感じてふと思う。

魔石の魔力ってコントロールできないかな。

否、出来ないと多分効率悪い上に染め上げるので時間がかかるだろう。物は試しだ、と自分に言い聞かせて魔石の魔力コントロールに目的を変えた。


集中するために目を閉じてふう、と息を吐く。

まずは本当に少量の魔力を魔石に送り、全体に交わらせるように、溶け込ませるようにグルグルと動かす。全体に馴染んだところでまた少し、今度は多めに魔力を流してまた混ぜる。するとどうだろう。魔力は全体に完全に馴染み、反発もほとんどなく染め上げることができた。かかった時間は恐らく三分程度だろう。

俺は目を開けると腕の中の大きな魔石ーーー人間にとっては手のひら程度の小さい魔石ーーーを見てため息を吐いた。どうやら俺の魔力は全属性らしい。魔石の中を蠢いている魔力の色が虹色だったから間違ってはいないと思う。これなら文句は言われないだろうと思いセシルに渡した。


「これで良いですか?」


そしてセシルの表情を伺い見てぎょっとした。いや、だってあの始終ニコニコしていたあのセシルが驚いて目を見張っているなんて、吃驚するでしょう。しかも俺が渡しているのに状況を理解できていないのか全く反応がないのだ。


「セシル?」


俺がもう一度声をかけるとセシルはハッと我に返ったらしく魔石を受け取ってくれた。


「まさかこんな…いや、ジル様ですからこれくらいどうってことないですよね。しかし…普通に魔力豊富な人間ですら本来魔石を染め上げるのに10分はかかるものですのに…」


何だか混乱しながら魔石を左手に持って扉に埋め込むための場所を魔力を流して作っていく。なるほど、扉の管理は筆頭側仕えの仕事なのか、と眺めながら先程のセシルの独り言を思い出す。…ん?ちょっとまて、魔力豊富な人間でも染め上げるのに10分?俺が魔石を染め上げるのにかかった時間は5分足らず…。


「!」


俺は思わず絶句した。い、いや、きっと間違いだ。今回は運が良かったって事で俺は考えることを放棄する。そうして思考を巡らせている間にセシルは魔石の登録をし終えたようだ。こちらを振り返って少し引き攣った笑みを浮かべて言った。


「さて、行きますか」


俺も同じように引き攣った笑みを浮かべながら「はい、案内よろしくお願いします」と言った。


これから先は変な行動をしないように気を付けようと思いながら、セシルの後について側近用の扉を潜ったのであった。

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