第一章 異世界転生者ジル 一話
僕は戸川凌空だったもの。今は新たにこの異世界…ファレスティアと言う世界でジルと言う名の妖精に転生した。しかし不思議な事に前世と言うべきなのか、前の戸川凌空としての記憶を保持したまま転生と言う形になっている。まあその人生も色々あって本来ならもっと早く死んでいるはずだったのだから、不思議なことが延長になったと思えばそこまで気にならないのだが…。
さて今日は記念すべき異世界生活第一日目だ。この世界の事はあまりよく分かっていない上に何も知らない。何から知って行けばいいのすらわからないまま、朝目が覚めてしまった。
気が付いた場所は…昨日名をくれたこの国の第二王子ヒルグランドの部屋だった。妖精だからだろうか、簡易ベッドーーー貴公子とか王子の部屋のベットのような豪華で高級そうなベットだったーーーに寝かせられている。まだ眠気があったが窓際に置かれているせいでまぶしくて眠れそうになかったので、体を起こして少し羽を動かしてみた。
(おお…ちゃんと動くんだ…)
元が人間だったせいか、やはり背中に薄らと輝く見た目に沿った美しい羽は何だか違和感を覚えてしまう。
(早く慣れないとな)
ちょっとため息を吐いて羽を動かすのをやめた。まだ朝日が昇ったばかりのせいだろう。部屋には召使らしき人影は見当たらない。人が居ないのでは勉強どころではないので、仕方なくこの体に早く慣れるために練習することにした。
しかしまあ…本当に妖精になったんだな、と改めて思った。
ベッドから降りて少し体を揺らしただけで細やかな光が舞うのだ。他の妖精を見たわけではないからどうだか知らないが、この服装で光が舞っているのを見たら嫌でもこの世界が僕の知っている普通ではないことがわかる。
しばらく慣れない体を動かしてから周囲をゆっくりと見回してみた。どうやら妖精の目には不思議な力があるらしい。意識してよく凝らしてみるといくつかの家具に薄らとした青い膜のようなものが包み込んでいるように見えるのだ。意識せずに見ればそれはどうやら守りの守護がかかった鎧の置物だった。何故守りの守護が、と思ったのかはよくわからないが恐らく間違ってはいないと思う。
さてある程度周囲を見回したら今度は羽を使ってみよう…つまり飛んでみるという事だ。しかし流石に窓際に置かれているこのテーブルの上から飛び降りようとは思えないので、恐る恐る羽を動かしていく。
「…うわっ」
緊張からか力み過ぎたようだ。不安定な上に勢いよく飛びあがって先程まで寝ていた簡易ベッドに落ちた。ただ今ので大体力を入れなくても無意識のうちに歩くように飛べることが分かったので今度は落ち着いてゆっくりと体を浮かせてみた。
「よしっいい感じ」
どうやら瞳と同様に羽にも不思議な力が宿っているらしく、ほとんど動かしていないのに飛べるようだ。実際に、羽は全く動かしていないと言える。少し動くたびに微調整で動かす程度だ。つまり自分の意志でいかに落ち着いた気持ちでいられるかによると解釈した。こればかりは生まれたばかりの幼い妖精には荷が重いかもしれない。
今度は飛んだまま部屋の中を一周することにした。体が小さいから万が一落ちたらまずいだろうと最初は考えていたが、念のため天井近くまで上がってから落ちてみることにした。何となく体の強度の実験のつもりで。
結果…落ちなかった。否、正確には落ちる寸前で止まった。どうやら危険だと思った瞬間無意識にぶつからないように羽を動かしてしまったようだ。これでは強度の実験はできないな、と思ったがその分意識せずとも無意識下で理解していれば落ちることもない事がよくわかったのでよしとした。
ゴ~ン…ゴ~ン…ゴ~ン……。
床に降り立って色々考えていたところで、外から鐘のようなものが鳴り響き始めた。降り立ったまま窓を見上げると空は朝日が昇ってしばらく経っているようだ。紺色の残る空は薄い水色と朝日によって明るい光に照らされていた。外からは人が近づいてくる音がする。ここで妖精の体は不思議に満ちていることが分かった。五感が普通の人間より発達しているのだ。だからうさぎのように遠くの音すらも聞き取れる。
そうと分かれば即行動だ。
さっさと床から飛び立つなり窓枠に座って耳を澄ませる。だんだんと近づいてくる足音からどの辺を歩いているのかを正確に割り出そうとした。
(距離的には…今は五十メートルが限界らしいな)
そう思った途端扉のノックオンが聴こえた。
「…失礼いたします」
王子を起こさぬようにだろうか、静かに声をかけて側仕えらしき人達ーーー女性が二人と男性の騎士のような人が一人ーーーが入ってきた。ちらっと見えたがどうやら部屋の外には二人の騎士のような人が扉を守っているようだ。確認するまでもなくこの男性は内側を守る人だろう。目は鋭い光を宿した美しいブルーで髪はブラウンの短髪だった。そんな風に男性騎士(?)を眺めていると側仕えの一人がこちらへ近づいてきて丁寧なお辞儀をした。どうすればわからないので固まったまま頭を上げてくれるのを待っていると、側仕えはゆっくりと体を戻す。ピンっと伸ばされた背筋は長年この仕事につかえているのだろうか、少しも衰えを感じさせない…所謂おば様系だと思った。彼女は少し皺の目立つ目を細めて言った。
「おはようございます、妖精様。名をお伺いしてもよろしいですか?」
妖精に対してかなり丁寧な態度だな、と緊張したがよく考えてみればこんな貴公子のような服装だったら誰でも丁寧な対応するよな、と思った。僕は少しだけ笑みを浮かべて立ち上がると貴公子らしく右手を左胸にあててお辞儀した。
「おはようございます。申し遅れました、本日からヒルグランド王子の精霊となる、ジル、と申します」
そして顔を上げると驚いたような表情でこちらを見ていた。それからジロジロと観察するかのように上から下まで見ると、側仕えも名乗った。
「ジル…様ですね。わたくしはヒルグランド王子の筆頭側仕えをさせていただいております、セシル・ドードレットと申しますわ。…まさか妖精がここまで丁寧な、それも王族並みの挨拶ができる方がいるとは存じ上げませんでした。先程までの無礼をお許しくださいませ」
まさか先程の丁寧な対応の事で謝られるとは思わなかった。ちょっと焦って俺は言う。
「いえ、そんな!…気軽にジル、とお呼びください。貴女様の事をセシルと呼ばせていただいても良いですか?」
何となく仲良くなっていた方が今後いいかな、と言う考えからそう言った。セシルは驚いて目を見開いていたが、すぐにふふ、と笑って言った。
「わかりました、ジル。ではあなたも我々ヒルグランド王子の側近の一員に加えてもよろしいかしら?」
それはちょっとした冗談のようだったが、これはチャンス!と思って返事した。
「是非ともお願いいたします!王子の側近に加えてください!」
本来なら精霊と言う身分は王子のペットのようなものなのだろう。主の言う事以外を聞くようには思われていないのかもしれない。と言うのはセシルの表情から考えた推測でしかないのだけど、セシルは嬉しそうに、そして安心したように笑って俺の頭をそっと撫でた。
後で知ったことだけど、実際は王族に使える妖精族は皆大体が傲慢で態度がでかいのだそうだ。それもそのはず、本来であれば王族は然るべき年齢になってから生霊館に赴き、女神様に祈りをささげてそれ相応の妖精族と巡り合わせていただくのである。女神様と会話することも妖精たちに導かれて森の中の生霊館に赴くことも、ましてや独り身の無防備な状態で出歩くことなどないからだ。つまり俺の存在は異例であり、ヒルグランドの側近も俺にどのような態度でいればよいのかわからなかったのだ。しかも大抵は妖精族の中でも魔力が豊富でそれなりの地位についている者が呼び出される。俺のような登場の仕方はまずありえなかったと言えよう。しかし起きたものは仕方がない。
セシルは俺にとりあえず普通の妖精たちと同じ対応をしてみたようだ。俺にどこまでの知能があり魔力があり育ちは良いのか、調べたと言う。そしてセシル曰く、俺は今まで見た事のある妖精族とは比べ物にならない程知能も魔力もある上に物腰も落ち着いていて感心したそうだ。正直今回ばかりはあの世界の日本で暮らしていたと言う記憶があってよかったと思った。
「それじゃあ…まだ始まりの鐘が鳴ったばかりですから、少し城の中の案内と側近としての仕事をお教えいたします」
セシルはそう言うと俺についてくるように目で促す。俺は一礼するとセシルの肩辺りにまで飛び上がってついていくことにした。
セシルはニコニコと笑みを絶やさず歩き出した。護衛騎士がさっと横に移動し扉を静かに且つ素早く開いた。外には先ほど見た通り男女二人の騎士が立っていた。その二人が驚いたように目を見開くのと同時にセシルが一言口にする。
「後ほど紹介いたします、もうしばらく護衛を続けていなさい」
筆頭側仕えと言う肩書以上の迫力に少しばかり驚いたが、二人の護衛騎士はすぐに察したようですかさず「わかりました」と返事をして扉の前の守護に戻った。
振り向きもせず目の前のよく磨かれた白い廊下をまっずぐ歩くセシルに遅れないように肩の位置をキープしつつ、俺はついていく。しばらくセシルについていくとさらに大きく、また美しい装飾が施されている廊下に出た。日本で言うところの小ホール程度の大きさはあると言えよう。そこを左に曲がったセシルについていきながら辺りを見渡すといくつかの扉が先程通ってきた廊下の横を守るように両側についていることに気付く。すかさずセシルに質問した。
「その扉は?」
セシルは立ち止まるとまずこちら側から見て左の扉を指して説明する。
「そちらは王子の側近の中の側仕えと文官の部屋に繋がる扉です。よく見なさい、扉に大きい魔石———オレンジ色ーーーが1つと小さい魔石ーーー黄色ーーーが6つついているでしょう?大きい魔石は王子の魔力の色、小さい魔石はその扉を使用している側近の登録用魔石です」
セシルの説明からヒルグランドの魔力がオレンジ、また登録されている側仕えと文官が合わせて六人いることが分かった。推測だけど側仕えが四人と文官が二人と言う数なのだろう。王子と言う身分にしては数が少ない気もするが…と首を少し傾げて魔石の点いている左の扉をしげしげと眺めていると、セシルは一言付け足した。
「現在は六人の登録がされておりますが、他にも見習いと言う形で側近は居ます。側仕え見習いが六人と文官見習いが三人ほど。これから説明する護衛騎士も見習いが五人ほどいますよ」
多くいるならヒルグランドが無防備でないという事だ。ちょっと安心した反面、精鋭揃いなら人数少なくてもヒルグランドを守れるのではないか?と言う疑問が浮かんできた。しかし質問するよりも早くセシルはもう片方の扉の説明を始めてしまった。
「もう片方の扉はこれまでの説明から考え着きましょう。王子の護衛騎士たちが登録されております。現在の護衛騎士は七人おります」
七人も?と思ったがよくよく思い出してみると、部屋の護衛ですら三人を使っているのだ。あの護衛騎士たちも含めるとかなり少ないと思った。それからセシルは扉の機能を教えてくれた。
「中に入ることはどなたでも可能です。一階はそれぞれ食堂になっており、二階は男性の、三階は女性の部屋となっています。部屋はそれぞれの微量な魔力に満ちていますから他の人はその部屋の主に招待でもされない限りは入れないような仕組みです」
それから少し苦笑して言った。
「ジルならもう言わなくても察せますよね?」
俺は同じくちょっと苦笑して答えた。
「ええ、大体はわかりました」
先程登録されている人数は魔石の数だと言っていた。それには王子の魔石も含まれているわけであり、先程の説明から言うと登録されている人の部屋があると言う事だ。つまり王子も出入りが可能な上に一人きりで籠る事が出来てしまう。セシルはこういいたかったのだと思う。“もう少し大人になって必要になるまではこの部屋の存在は伝えるな”と。
俺の表情から理解していて、伝える気もない事を察したようでセシルは再び歩き出した。俺も遅れないようについていく。
少し歩いた視線の先には同じ造りの場所があった。
「こちらが第一王子の自室です。ヒルグランド王子の部屋と似た造りになっていますが、次期ロワツィオーーー国王ーーーと決まっているので大きさに差があります」
そう言うセシルの視線は少し冷たい光を宿しているのが分かった。本人は隠しているつもりのようだが、俺の目は誤魔化せていない。思わず息をのんでしまった。そのしぐさが視界に移ったのだろう。ほんの少し表情が固まっていたが、すぐに先ほどまでの笑みを浮かべて何も言わずに再び歩き始めた。
そしてしばらく歩いていくと先程までの装飾された扉とは比べ物にならない程複雑な模様の大きな扉の前にやってきた。恐らく玉座…。
「さて、説明しなくてもジルなら理解しているでしょうけど、一応説明いたしますね」
そう言って扉から少し離れた壁によって立ち止まったセシル。俺は少し緊張気味にその後を追って壁際に寄った。セシルは俺の目をまっすぐ見て説明していく。
「先日の夜ヒルグランド王子は勝手に部屋を抜け出してロワツィオと第一王子様を困らせてしまいました。そして一緒に連れ帰ってきた高貴な妖精は彼らにとって怪しいものと思われております」
そこで一度言葉を切る。確かに行方不明となったヒルグランドが急に帰ってきたと思ったら怪し過ぎる妖精と契約したと知ったら卒倒しかねない。しかしそれと現在の状況とはどう結びつくのだろうか。
「これからあなたがすることは、所謂証明です」
セシルはそう言うと手のひらをこちらに向けて1を示す。
「まずは態度からどの程度の知能があるか」
そして2。
「魔力測定器で魔力を図った後ロワツィオの確認」
最後、と呟くと少し悲しそうな表情になって言った。
「女神様と本当に繋がっているのかを確認する…そうです」
正直どうしたものかと思った。何故なら俺はこの体になってからまだ1日も経っていない上にようやく自身の体をコントロールできるようになったのだ。魔力の扱いどころか王族が申し分ないと言える態度すらできるかわからないのだから。
そんなことをグルグル考えていたらセシルが急に苦笑した。
「セシル…?」
俺はちょっと驚いてセシルに話しかけると、セシルは苦笑したまま言った。
「どうやら問題なさそうですね、全く焦る表情が窺えませんでした」
合格です、と言ってにっこり笑う。
…は?
呆気に取られて動けずにいるとセシルは止めを刺してきた。
「本当はどの程度出来るのか全て確認してからロワツィオの前にと思っていたのですが、必要なかったようで安心しましたよ」
そう言って俺の背中を軽く押した。…軽くと言ったがそれは人にとっては、と言う意味である。その勢いで一気に玉座のある部屋の扉の前に立たされてしまったのだ。その扉を警備している騎士は訝し気な顔で俺の事を少し高い位置から見下ろしていた。クルリと振り返ってみればもうすでにセシルは背を向けて部屋へと戻っていくところ。
(…終わったな)
俺は始まったばかりの異世界生活が終わる予感がして、遠目になると覚悟を決めた。
(どうせ最後になるんだったら目の前の問題くらい壊してやるっ!)
そのまま微笑を浮かべると背筋を伸ばす。訝し気な目で見下ろされようと知ったことではないと言うように目をゆっくりと閉じて自分なりに魔力を探れないか試してみた。
(…ん?)
何となく自分の中心の辺り、心臓の辺りに微かに揺れ動くものを感じた。恐らくこれが魔力と言う奴だろう。それは辿っていくとどうやら羽を含めた全身に張り巡らされているようだ。しかし全く意識していなかったせいか無駄に外に漏れだしているようで、指先の辺りや羽の表面から魔力濃度が落ちている。あくまでそんな気がする、と言うだけだけど自信はあった。
(漏れ出している無駄な魔力を意識して中心に集めるようにして…)
ぎゅっと袋に詰め込むイメージで魔力を意識的に中心に集めていく。ここで何となく気付いた。
(これ中心じゃなくて指先に集中させたりしたら魔力の塊作れるかも)
我ながらひらめいたと思ったが、それは後でやることにする。今はとにかく妖精族と言うだけで忌み嫌われていそうなこの現状を乗り切るのが先だ。
「おい、其方いつまでここに立ち止まっているつもりだ?」
騎士が如何にも疑ってますよと言う声でさっさと玉座の間に押し込もうと動くのが分かった。俺は目をつむったまま答える。
「騎士殿、あとほんの少し待ってはいただけませんか?」
俺の集中が分かったのか気圧されたのかはわからないが、丁寧な物腰だったからだろう。ふんっと鼻を鳴らして「あと少しだけだぞ」と言う声が聴こえた。俺は素直に感謝し集中し直す。この時点でもうすでに漏れ出している魔力の回収は終わっていたのだが、ちょっとだけ時間が欲しかった。
ゴ~ン…ゴ~ン…ゴ~ン……。
2回目の鐘が鳴り響いたことで騎士の中でのあと少しが終了したようだ。
「さあ時間だ、入れ!」
短い中には少々焦りを感じた事から、国王…ロワツィオを待たせているのがよく分かった。その声でゆっくりと目を開いていく。先程よりも光に満ちた美しい空間が目の前に広がるのを一見しながら、先程の騎士に一つ質問してみた。
「現国王陛下と第一王子の正式な名前をお伺いしてもよろしいですか?」
タイトアイト王国のロワツィオの名はルーティアール・ロワツィオ・タイトアイトと言う。ロワツィオと言うのは国王という意味で、国王を呼ぶ際に使われるあだ名のようなものだ。念のため玉座の間に入る前に聞いておいてよかったと心底ほっとしている。
それから時期ロワツィオと称される第一王子、ジルバリオス・タイトアイト。この王子の生まれた後はしばらく弟君も妹君も生まれなかったため時期王と決まったものであった。そして十二歳。そこで初めて第二夫人ーー第二夫人の子がジルバリオス王子ーーーの子が生まれた。それがヒルグランド王子である。予想されていなかったためにヒルグランド王子は然程祝福されなかったが、ジルバリオス王子にとっては初の兄弟であり弟なのでかなり喜んでいたらしい。結局消すことは許されず第二王子としてお披露目がなされた。
それから早くもヒルグランドは兄となる。一年後に妹君の第一王女フィールティ・タイトアイトが誕生したからだ。彼女は第一夫人の子であり、ヒルグランドとは異母兄妹となる。
現在はジルバリオス王子が十六歳でヒルグランド王子が四歳、フィールティ王女が三歳である。ジルバリオス王子が十八歳になれば正式に次期ロワツィオとして発表され、戴冠式が行われる予定である。
と、まあそういうことだ。要するにヒルグランド王子の仕事はその次期ロワツィオの補佐であり、表舞台に出ないことが仕事。次期宰相とか言われているらしいけどそこまで天才的でもないためあまり期待されていない。
「わかったであろう?」
そう言って呆れ口調で話しながらもあまり表情に出さずに淡々と語っている俺の目の前に居る方、現ロワツィオだ。俺は真剣に話を聞いてはいるのだけど、正直現在の状況がわからない。
ついさっきセシルに三つほど試されると聞いて覚悟の上で玉座の間に入ったのだが、どういう訳かあいさつした後はこの王様の長い長い近代の話をされた。これは一体どういう意味なのか未だに理解できていない。
そんなことを考えながら話しつつ軽くため息を吐いているロワツィオを見ていると、突然こちらをチラリとみて言った。
「わかっていないようだから言っておく。其方の存在がこの国の禍の種になるかもしれないのだから本当に女神様に使わされたのか確認したいのだ」
あ、つまり王様も俺を疑っていて証明できなけりゃ消すと言いたいわけだ!なるほど理解した…って、あれ?俺やっぱ死亡フラグ立ってる感じか?
俺は冷や汗が背中を伝っていくのを感じて一度深呼吸した。どの道逃げられるような現状じゃないんだから、とりあえず落ち着いて王様の確認とやらを受けようじゃないか。
「…つまらぬ話をした。時間が惜しいためそろそろ試練を受けてもらおう」
そう言ってロワツィオは玉座から立ち上がった。とその瞬間ゾワリと悪寒が体全身を駆け巡った。
(まずいっ)
咄嗟に魔力を動かして体を丸く覆うように、結界のようなものを張った。時間として約二秒と言ったところ。張り終えた瞬間身体が吹き飛ばされそうな強い衝撃が飛んできた。
「うわあああああ」
「ロワツィオっ!?」
周りにいた側近たちは騎士以外は吹き飛ばされており、騎士は縦で身を守りつつロワツィオに何か言っているのが見えた。しかし内容が頭に入って来ないくらい心臓がバクバクと脈打っていた。
(なんだなんだ突然っ!?何が起こったんだ!?)
混乱しつつも俺は結界が崩れないように拙いながらも魔力をコントロールする。先程の衝撃で周りは砂ぼこりが待っているためあまり気が抜けない気がしたのだ。今の数秒だけでも何となくわかった。
(この王様、強い!!)
しかし次の衝撃が来るかと身構えていたが、待っていた砂ぼこりが落ち着くと王様は先程まで無表情だったその顔に満面の笑みを浮かべていた。
「見事だ」
そしてまだ結界を張ったまま人間の肩くらいの位置を固定で飛んでいる俺に言う。
「認めよう妖精族のジルよ」
俺は一瞬困惑したがとにかくお礼を、とすぐに魔力を動かして結界を解くと左胸に手を当ててお辞儀した。
「光栄です」
ロワツィオは満足げに一度頷くと、今度は側近に声をかけた。
「魔石を」
側近は「はっ!」と短い返事をして素早く玉座の間を出て行くとロワツィオは俺に視線を戻して言った。
「儂はこの目で見たものしか信じられぬ。女神と繋がっていると言われてもその女神が本当に存在するのかは知らぬ。そこでだ」
一旦言葉を切ったロワツィオは少し身を乗り出すようにして俺をみた。その目は俺に対する好奇心で輝いている。
「本来のその辺にいる妖精族では確実に死ぬ魔力を其方にぶつけてみたのだ。まさか耐え抜くどころか儂の魔力攻撃ではびくともせんかった」
俺は今のロワツィオの言葉で一気に血の気が引いた。…もし俺が普通のその辺にいるような妖精族と同等だったとしたら、さっきの攻撃であっという間に空の上だったと言う訳だ。この体をくれた女神マリフレシアに感謝だ。
ロワツィオは変わらず俺の目をじっと見つめてくるので俺も目を逸らさないように見つめ返した。
「其方を信用することはまだできんが、ヒルグランドの精霊として認めようぞ」
そしていつの間にか戻ってきていた側近の手から布に包まれた二つの箱を受け取る。
「ジルよ、こちらへ」
呼ばれるがまま俺はロワツィオのすぐ目の前へと飛んで行った。警戒をしつつゆっくりと飛んで行き、同時に立ち上がったロワツィオに側近から受け取っていた布に包まれた箱を渡された。妖精族だからわかっていた事だが、俺はロワツィオの腕の半分くらいの大きさなので渡された箱は両手で持たないと持てなかった。心の中で泣いた。
ロワツィオは無表情だったが、かなり満足したようだ。その証拠に俺の心の声が聴こえたのかくすっと笑って言った。
「後でジルバリオスにも挨拶に行くと良い」
そして再び玉座に座り直したロワツィオは国王らしく俺に命じた。
「用は済んだ、下がれ」
口調は相変わらず素っ気無く王族らしかったけど、声色はとても好奇心に見ているような明るいものだったことは流石に俺でも気付いた。周りにいるロワツィオの側近の今にも苦笑しそうな表情を見れば尚更確信する。どうやらこの俺、この妖精族のジルはタイトアイト王国の現ロワツィオに相当気に入られたらしい。その事に感謝を込めつつ恭しく礼をして玉座の間を立ち去った。
さてこれからどうしたものかと困っている所に、今度はまだ会ったことない側近らしき人が近づいてきた。
「ヒルグランド王子の精霊となった妖精族のジル様ですよね?」
彼女は鮮やかなエメラルドグリーンの緩い癖のある髪を後頭部の高い位置に結んでおり、歩くたびにぴょこぴょこ揺らしながら俺の前へ来て、同じエメラルドグリーンの瞳を輝かせながら聞いてきた。俺はもちろん貴公子らしくお辞儀をして丁寧に返事をする。
「お初にお目にかかります、如何にもわたくしがヒルグランド王子の精霊となった妖精族のジルです」
やっぱり!と言わんばかりの満面の笑みを見せる彼女はまず自己紹介をしてきた。
「申し遅れました!私は第一王子であらせられるジルバリオス・タイトアイト様の側近で騎士見習いのエリマラと申します!」
そしてさっとお辞儀をした姿は何だかキレッキレで、元気な騎士見習いだなと苦笑せざるを得なかった。挨拶が終わったと同時にエリマラはバッと顔を上げると早速と言わんばかりの速さで言った。
「ロワツィオへの謁見はもう終わったのですよね?でしたら是非ともジルバリオス王子の下にいらしてください!皆ジル様を一目見たいとワクワクしているのです!!」
そして眩しいほど好奇心に満ちた輝かしい笑顔に気圧されそうになりながら、俺は感謝の言葉を述べる。
「光栄です。是非ともお伺いしたいところです」
そう言うとエリマラは一層輝かしい笑顔で言ってきた。
「では早速行きましょう!ご案内致しますよ!」
そして俺の小さな背中を押す。しかし今度は吹き飛ばされることなく動いた…流石、力加減がわかっているなと感心する。言動が少しチグハグだが、結構しっかりもののようだと思った。のだが。
「うっひゃあ!」
突然背中に感じていた大きなーーー人間のなかでは小さい方ーーーの手の温もりが消えた、と思った瞬間、後ろからバッターーンッと言う思いっきり倒れる音が広くて美しい廊下に盛大に響いた。
まじかっ。
「大丈夫ですか!?」
俺は慌てて盛大に転んだエリマラに駆け寄った…いや、側に寄った。慌てて駆け付けても結局身体が小さいせいで、何もできないことに気付き内心ため息を吐く。
エリマラはぶつけたせいなのか、恥ずかしいせいなのかわからないほど真っ赤になった顔をあげて、へにゃっと笑う。
「ご心配お掛けしてすみません…よくやらかすので、気にしなくても大丈夫ですよ」
ほらっと立ち上がるエリマラをよく観察してみると、確かに怪我らしき怪我はない。ただ全身を覆う青い鎧を着ているせいで、あまりわからないのだが。
しかしよくよく周りをみてみると、皆何だか微笑ましいような苦笑のような笑みを浮かべてこちらをみているだけで、特に慌てて駆け寄ってくる人もいない。どうやらこれは日常茶飯な出来事のようだ。
つくづく思うが、ここって本当に突然ズレた考え方になるようで怖いな(笑)
エリマラは恥ずかしそうに笑うと言った。
「お時間取らせて申し訳ございません。気を取り直して…今度こそジルバリオス王子の元にご案内いたします」
そう言うと今度はちゃんと俺の少し前を行くように歩み始めた。俺は少し後ろの肩の位置をキープしつつ、ついていく。そして、色々とトラブルが起きたが、結果的に俺は、ヒルグランド王子に挨拶しにいくことが出来ないまま、ジルバリオス王子の部屋に向かうのであった。