オフィスにて・Ⅰ
続き。
胡散臭い男と邂逅するお話。
___事務所の中は割と片付いていた。
無理やり事務所に連行されてきて、一番に思った感想がそれだった。
あんな乱暴そうな女が乱暴な口調で事務所なんて言うもんだからてっきりゴチャゴチャした廃工場みたいな場所かと思っていたが、机があり、パソコンがあり、そのキーボードをうち続けている人達がいる。
記憶を失っているとはいえ、そこら辺の「普通」は覚えていた。
普通は覚えていたが。
「君が記憶喪失の怪しい青年だね?」
生憎、若くも年寄りにも見える胡散臭い男と普通に会話するコツは覚えていなかった。
「まあ…一応…。」
どうしてもしどろもどろになってしまう。
これはもう記憶喪失云々ではなく、僕のコミュニケーション能力の問題ではなかろうか。
「自己紹介も無くなんなんだコイツ、怪しいなって顔だね?ごもっともだ。自己紹介をしよう。」
そう言って自分を親指で示し。
「私は掴元 真、此処『fiction』の所長だ。『fiction』というのは此処の事務所の名前でね、君がさっき遭遇した怪物、まあ我々は便宜上模倣子と呼んでいるんだが、それの退治を主として活動している。」
「…そうだ!えぇ…と掴元さん、模倣子でしたっけ?あの怪物は何なんですか!?」
そうだ、掴元さんの話で思い出した、あの真っ黒い怪物を。
アレは何なんだ。
「人の話は最後まで聞くものだよ、青年?アレはお呪いに身体を蝕まれた『元』人間さ。」
「『元』人…間…?」
アレが人間?辛うじて人型は保っていたように見えたが、到底信じられない。
「ああ、そうさ。信じられないかもしれないが真実だ。力を手に入れようとして失敗してしまった者、又はソイツ等から感染して哀れな人間さ。」
「力…?」
「うん、力。多分君も見ただろう?魅華の膂力。アレが力。」
今度は後ろの口が裂けた女を親指で示した。
すると魅華と呼ばれた女はキッと掴元さんを睨んだ。
確かにあの女は信じられない力を行使した、それも、怪物を圧倒する様な力を。
「お呪いって言ってね、契約するのさ、この街と。そうすると自分の2番目に大切な物と引換に、力を与えてくれる。まあ、心が弱いと模倣子みたいに狂っちゃうのさ。」
かなり重い話だが、この男、終始笑顔だ。怖い。
「そういう力を与えられた人を束ねて、模倣子を駆逐するのが、私の役目、この事務所の役目なんだ。」
成程、到底信じられないがこの目で見てしまったから否定もし難い。
それに、僕には関係無い。此処に居ても記憶を取り戻す事には繋がらないし、早急にここから離れたい。またあんな怪物に関わるなんて御免だ、身の危険を感じる。
「成程…それは大変ですね…。ところで帰り道を教えて貰えませんか?」
不自然にならない様に話の流れを変え、出来るだけ柔らかな表情でそう尋ねた。やれば出来るじゃん、僕。
「え?帰れないし、帰さないよ?君。」
………………は?