口裂エンカウント・Ⅰ
───その『何か』は街灯やネオンの光を浴びているのにも関わらず、細部が見えない。
いや、細部どころか全体が見えない。そこだけ空間が切り取られているように真っ黒なのだ。
「なんだよ……コレ、何なんだよコレは!!」
逃げろ、逃げろ、逃げろ。
脳は、そう身体に命令していた。
だけど───身体が動かなかった。
こうして硬直している間にも、『何か』は近づいてきている。
最悪だ……何も知らない状態でこんな所に放り出されて、こんな怪物と遭遇して──
「…け!!邪…………!………………ばしち…………ぞッ!!」
なんて理不尽なんだ。神様はこんなにも外道なのか……!?
「…け!!邪……だ!!蹴……………ばし……うぞッ!!」
クソッタレが……!!ふざけるなッ!!こんな所で……!!こんな所で!!
「邪魔だって言ってんだろうがぁぁぁぁぁッ!!」
後ろから人が『何か』に向かって飛んで来た。
いや、正確に言うと、後ろから誰かが『何か』に向かって飛び蹴りをかました。
「うわぁぁぁッ!!……」
その人の飛び蹴りの威力は凄まじく、『何か』は20m程吹っ飛んでいったし、僕も風圧だけで、地面を転がった。
「何回も叫んだじゃねぇかッ!!危うく一緒に蹴り飛ばしちまう所だったじゃねぇかッ!!」
怒鳴り声の音源の方を向く。
多分僕を助けてくれたのだろう、お礼を言わなければ。
そう思い、その人の顔を見た。
──言葉が出なかった。
何故なら。
その人の口が裂けていたからだ。