06
やっぱりまともに取り合うべきではなかった。それどころか振り向くべきでさえなかったのだ。
駅前のビルで出くわしてからはや六日。やつはまだそこにいる。
足もとできいろが餌を催促して声を上げている。イーゼルに頭を擦りつけるせいで、揺れて作業が進まない。いつもならばきいろの要求に素直に従うのだが、気が進まないわけがある。きいろに餌をやるためには縁側に出なければならないが、そうすると自ずと庭先に居座っているやつと顔を合わせることになるのだ。
とはいえ、きいろにひもじい思いをさせるわけにもいかない。
「わかったよ……」
頭を軽く撫で、立ちあがる。溜息を吐いて、作業部屋の擦りガラスを開けた。春の麗らかな陽射しが、刺しこんでくる。
「あっ、レイコちゃん! おはようっす!」
幽霊の明るい声も飛んで来る。無視だ、無視。
銀色の器に盛られた餌を食べるきいろに向かって、「ネコちゃんもおはよう」などと言っている。能天気過ぎる。さっさとどっかに行けと散々言った。私にできることなんて何も無いと再三告げた。それにも関わらず、やつはしつこくここに居続けているのだ。
「てかレイコちゃんってまじで家から出ないんすねー」
庭先で胡坐を掻き、これまたいつからかすっかり居付いている二匹の猫幽霊の頭を撫でている。すっかりくつろぎやがって。
「関係無いでしょ」
「学校とか行かないんすか?」
「行ってるよ。必要なときは」
「友だちとカフェったりとかー」
余りにも何も考えていないような気の抜ける間延びした声に腹が立つ。
「関係ないでしょ!」
顔を洗うきいろを抱き上げ、作業室の戸をぴしゃりと閉めた。
「レイコちゃーん」
耳を貸すべきじゃないのに。だって馬鹿みたいだ。もう死んでいる人のことばに傷つけられるなんて。友だちとカフェ。そんなことしたことない。友だちなんて、いないし。だってどうやって仲良くなればいいと言うのだろう。違う世界を見ている人たちと。そういう現実から自分を護るために、この家に逃げ込んだのに、幽霊に痛いところを突かれるなんて馬鹿げている。彼にはその気なんてさらさらないのに。たぶん普通の人にとってはそれが普通だから。私が、そこから外れてしまっているだけだから。