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レイコとバケオのとある夏  作者: 青井在子
第一話 愛されなくて
5/41

05


「で?」


エスカレーターで地下に降りる。書店の高い棚の間をゆっくりと歩く。


「俺はたぶんユーレイなんすけど、や、たぶんっていうかほぼほぼユーレイなんすけど」

「知ってる」

「ですよね。で、俺、なんか、きみを探してたんす」

「ああ、たまにある。そういうパターン。でも私、成仏させられる能力とか無いから。話しぐらいは聞くけど、それ以降は自分でなんとかしてもらうしかないし」

「そういうことじゃないんす。きみに会わなきゃいけないって気がして、ずっと探してたんす」

「は? てかずっとって、いつ死んだの?」

「いつ……」


男子高校生幽霊は、うーんと唸ってみせた。男性客が角を曲がって、同じ通路に入って来て、私はそっと頭を下げて隣の通路に移動する。


「いつからっすかねぇ……」


自分のことなのにまるで他人事のような軽い反応に、苛立つ。私は時間を割いているのに。関わりたくも無い霊と関わっているのに。


こうしていると、つくづく自分は普通の人間ではないのだと痛感させられる。すれ違う人は電話をしている私に目を留めても、その後ろにいる高校生男子には気が付かない。


「自分のことなんだから、それぐらい覚えといてよ。で、どこから来たの?」

「覚えてないっす」

「ちょっとしっかりしてよ……」


悪びれる様子もなく笑う男子高校生幽霊に毒づいてはみるものの、無い話ではなかった。病死とか老衰とかで死んだ人は、ある程度死ぬ前から覚悟をしていたり、自分がもうすぐ死ぬと言うことを受け入れていたりする人が多い。そういう人は死後例え霊になったとしても、自分の生前の記憶を留め、生きていたころの健康な状態で彷徨い、やがて成仏する。問題なのは、突拍子もなく死んだ人たちだ。事故死が最も多いが、彼らのなかは何故自分が死んだのか理解できず、受け入れることもできない人もいる。そういう場合は大抵、生前の記憶を持っていない。


高校生男子幽霊は、見た目からして若そうだし、老衰ということはない。病死か事故死か。どちらにせよ突然死だったということだろう。


「で、どうして私を探してたの?」

「わかんないっす」

「はあ?」

「ただきみに会わなくちゃいけないような気がしたんす。だから前にここで見たときは、おっしゃって感じで。だけどすぐ行っちゃったから。自転車、マジで速くて。追いつけなくて、ここで待ってたっす」

「とりあえず、名前は?」

「あー……、わかんないっす」


溜息が出た。長い長い溜息だ。謎だらけ。名前もどこから来たのかも、覚えていない。理由もないまま私を探し、見つけたのだという。


これは強敵だ。想像以上に面倒くさいやつに出会ってしまった。


「話を聞いてる限り、私にできることは無さそう。てことで、じゃ」


彼に片手を上げ、そのままくるりと方向転換し書店を出る。


「ちょっ、待ってください!」


ビルを出て自転車に鍵を刺そうとしたら、握っていたはずの鍵が、ぽーんと高く飛び、地面を滑った。言われなくとも誰の仕業かなんてわかる。思わず舌打ちしてしまった。


「ねぇ、なに? 鬱陶しいんだけど」

「でもそうしないと、きみ、行っちゃうんすもん」

「だからって……!」


一人で声を荒げる私を、道路を挟んだ向こう側で女子高生がちらりと見ていた。それにさえ腹が立つ。


「名前もどこから来たのかもなんで私に会いに来たかもわかんないって、私にどうしろって言うわけ? 私には無理。もっと優秀な霊能師でも当たって。じゃあね」


鍵を拾って今度こそ自転車に刺す。さすがにちょっと悪いことをしたとでも思ったのだろうか、再び鍵が飛ぶことはなかった。


「じゃあ、名前、名前教えてください!」


彼がそう切り出したのは、スーパーまできちんと付いてきてからのことだった。振り切れなかったことに脱力し、さっきまでの怒りも成りを潜めつつあった。


「人がいるところで話すのは嫌なの。買い物終わるまで待って。ていうかできれば今すぐ去って」

「待つっす」


必要なものだけを籠に入れて行く。高校生男子幽霊はおーとかすげーとかうまそーとか良いながら私の後を付いてくる。どれだけすごかろうがどれだけうまそうだろうが、彼はもう二度とこれらを食べることはできない。そう思うと少しだけ切ない。同情してしまいそうになる。


 買い物袋を前かごに乗せ、自転車を引っ張って人目に付かない路地を歩く。


「礼子」

「え?」

「私の名前、礼子。これでいい?」

「レイコちゃん。そうっすか……」

「じゃあ私帰るから。がんばって。成仏とか、いろいろと」


言い終わるか終わらないかのところで自転車に飛び乗り、得意の立ち漕ぎで飛ばす。


「あっ、待ってください!」


その声を背中で弾いて。

家へと続く坂道の途中で、なんの気なしに振り向いてみた。


「レイコちゃーーーーんっ」


いる。やつがいる。高校生男子幽霊が付いてきている。置いてきたつもりだったのに。このまま行けば家が知られてしまう。引き返しても行き先なんてない。


「レイコちゃーんっ! 待って!」


嫌だ。待つものか。なんだこれ。二十メートルとかそれぐらい後ろを幽霊が追いかけてくる。ホラーだ。他人よりちょっと慣れているだけで、怖いものは怖い。


庭に飛び込み、自転車を放って玄関に駆けこみ、鍵を掛けた。心臓が煩く音を立てている。きいろが駆けよって来て、それから戸の向こうに唸った。きいろというか猫は視ることができる。ああ、と力の無い声が漏れた。連れてきてしまったっぽい……。



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