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レイコとバケオのとある夏  作者: 青井在子
第六話 送り火
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 大きな花火が終わり、残るのは線香花火だけになった。


「さすがに線香花火にチャッカマンはキツくない?」


バケオのその一言で結局ロウソクを庭に立てることになった。ロウソクの炎に、風に揺れる線香花火を近づける。すぐに火の玉ができ、そこからぱちぱちと花が咲く。


「レイコちゃん知ってる?」

「ん?」


さっきまでとは打って変わって、静かに線香花火を見守っていたバケオが口を開いた。


「この火の玉が最後まで落ちずに花火が燃え尽きたら願い事が叶うんだって」

「それ、ほんと?」


いかにも若者が好みそうな迷信だ。訝しみながらバケオを見ると、至極真剣なまなざしでゆれる花火を見つめていた。


「ほんとだよ、たぶん」


その目つきと声音に、はっとする。


バケオとはずっと一緒にはいられない。バケオと過ごす時間は、もう長くは無い。


明確な理由は無いけれど、そう感じた。


ぽたり、丸々と膨らんだ火種が落ちた。


「落ちちゃった……」


私が呟くと、バケオは笑った。


「まだたくさん残ってるじゃん」


次を手に取り火を点ける。


「バケオは何をお願いしたいの?」

「うーん……。レイコちゃんは?」

「私?」


何でも願いが叶うなら、何が良いだろう。考えるまでもなく思い浮かんだ。きっと十五パーセント引きの花火どころか、神さまさえ叶えられない願いだ。


「なんだろうね」


ぽたり。火種が落ちた。案外線香花火が最後まで燃えるというのは難しいのか、それとも風鈴を絶えず揺らす風のせいなのか、何度火を灯しても途中で落ちてしまった。


「……私、花火のなかで一番線香花火が好きかも」

「なんで? 地味じゃない?」

「なんかこうやってのんびり眺められる感じとかさ。いいなって。最後まで燃えてって応援したくなるのも」

「レイコちゃんらしいね」


バケオがふふっと笑った。


残りの本数が一目で数えられるようになったころ、風が弱まりようやく火種が長く持ちこたえるようになった。


「俺の願いは、レイコちゃんが笑って生きていけますように」


唐突にそう言われて弾かれるように顔を上げると、その振動のせいか火種が落ちた。


「落ちちゃったじゃん」

「だって……」

「早く、次! 次!」


残り少なくなった線香花火に火を点ける。私はできるだけ手を揺らさないように気を付けながら、弾ける火花を見守った。


「今度こそ生きてるときにレイコちゃんに出会いたい」


花火を見つめて俯く私の頭上にバケオの静かな声が降ってくる。目の奥がじわりと熱くなるのを感じて、顔を上げられなかった。


「今度は一緒にアイスを食べて、花火もして、海にも行きたいし、スイカ割りもしたい。ちゃんと……」


下げた視線の先、火花の向こうに透明な雫が落ちた。地面は色を変えないけれど、私は思わず顔を上げてしまった。


するとバケオは恥ずかしそうに照れ笑いをしながら、涙を零していた。


「バケオ……」

「叶うかな、俺の願いごと」

「叶うんでしょ? バケオが言ったんじゃん」


そうだね、とバケオは言った。それからひんやり冷たい感触が頬に触れた。すぐにそれがバケオが私の涙を拭おうとしたのだということに気が付いた。


「生きてレイコちゃんに会って、今度はちゃんと伝えるんだ」

「なにを……?」


尋ねておきながら、心臓が激しく音を立てていることに気が付いた。優希の心臓が、私の中で生きている。私が生きている限り離れることはないのだけど。


「そのときまで秘密。待っててくれる?」


首を何度も縦に振ると、そのたびに涙がぽろぽろと零れる。それと同時に手元の光が消えた。


「やっと最後まで燃えたね」

「……これで願い、叶うんでしょ」

「うん。叶うよ」


涙を拭いて、最後の一本に火を点ける。


これはバケオを送る火になる。


耳を澄ますと花火からちりちりと音がする。小さな丸い弾から羽ばたくような光が、なんともいじらしい。


「バケオ」

「なに?」

「天国があるならそこで待ってて。生まれ変わりがあるならできるだけ早く生まれ変わって来て」


バケオは一瞬大きく目を見開いて、それからいつもの優しい笑みを浮かべた。涙が目尻を伝って落ちていく。


「私の願いごとは、バケオに……優希にもう一回会いたい」


声が歪む。涙と鼻水できっと顔はぐしゃぐしゃだろう。だけど最後なら、その表情を全て焼き付けておきたい。


そしてずっと言えなかったことを、伝えておきたい。


「優希、心臓をありがとう」


バケオは笑った。私のだいすきな温かくて包み込むような、いつも背を押してくれていた笑顔で。


二度と還らない夏はゆっくりと終わっていく。


最後の一本も、風に邪魔されること無く燃え尽きた。


そうして初めて喉の奥から嗚咽が漏れた。全身が震える。上手に呼吸ができなくなるほど、声を上げて泣いた。


火が消えた細い線香花火の先にはもう、誰もいない。


左胸に手を当てる。ちゃんと動いている。優希の心臓が、これからも私を生かす。



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