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「森崎さんは何してる人なの? 遥希と同じぐらいだから……、大学生?」
「遥希……?」
「ああ。優希の弟なの。今日も部活で、もう帰ってくる頃だと思うんだけど」
「そうなんですね。……私は芸大に通ってます」
自分の話をするときだけ、何となしにレイコの声が低くなった。
「芸大! 絵を描くの?」
「はい。油絵を専攻してます」
「すごいわ。我が家は皆、そっち方面は駄目だから」
「そうでもないですよ。私なんかまだ、未熟ですし」
「でも見てみたいわ。森崎さんの作品」
「え……?」
レイコはことばを探すかのように視線を彷徨わせ、それから心を決め口を開いた。
「再来年の一月に卒業制作展があります。……そのときに、良ければ見に来てください」
「本当? 行きたいわ。楽しみにしてるわね」
レイコは瞳に決意の色を滲ませ、静かに頷いた。
辺りはいつのまにか夕日に染められていて、レイコはお暇する旨を伝えた。
最後に仏間にある優希の仏壇に手を合わせ、玄関を出ていく。それではまた、と言いかけたレイコを遮って母はリビングへと消えた。
すぐに戻ってきた母が手にしていたのは、あのテレビ台に飾られていた写真だった。それを写真立てから抜き取り、レイコに差し出す。
「写真なんてあっても鬱陶しいだけかもしれないけど、森崎さんに持っててもらいたくて。良かったら貰って」
「でも」
「データがあるから、お父さんに頼めばまた刷ってくれるわ」
レイコは写真を受け取り、目を落とした。そこでは相変わらずの笑顔を浮かべた優希がいる。
「大切にします」
今度こそレイコは犬飼家を後にした。
夕暮れの道を二人並んで歩く。心地よい静けさがそっと抱いてくれているようだった。気だるいだけだった夏の風に、微かに切なさが混じり始めている。
母に会えてよかった。レイコに感謝するとともに、きっと優希の家族に会えるのはこれで最後だろうと思った。
人通りの少ない住宅街の道を、向かいから一つの影が近づいてくる。逆光で顔までははっきりと見えないが、それでもわかった。
「遥希!」
三つ年下の弟だ。最後に会ったときはまだ中学生だった。バスケが好きで、引退するまでは勉強そっちのけで部活に打ち込んでいた。そのせいで両親にはよく、種目が違うだけで良く似た兄弟だと言われていた。
伸ばしていた髪は短く切られ、黒い短髪になっている。そして何故か、大学名の入った野球のユニフォームを着ていた。
完全に足が止まる。すれ違う間も、その後もその姿から目が離せなかった。
遥希はいつの間にか、優希よりも年上になっていた。
「兄弟そっくり」
レイコが可笑しそうに言った。
車窓から見る空はもう夜に姿を変えようとしている。レイコは遠くに残る橙を、いつまでも名残惜しそうに見つめていた。
駅に停めておいた自転車に跨り、家路に着く。
信号に引っ掛かり、足を着いた瞬間、レイコがぼそりと呟いた。
「優希は皆に愛されてたんだね」
そのことばがいつまでも耳にこびり付いて離れなかった。




