表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイコとバケオのとある夏  作者: 青井在子
第五話 愛されて
35/41

35


「森崎さんは何してる人なの? 遥希と同じぐらいだから……、大学生?」

「遥希……?」

「ああ。優希の弟なの。今日も部活で、もう帰ってくる頃だと思うんだけど」

「そうなんですね。……私は芸大に通ってます」


自分の話をするときだけ、何となしにレイコの声が低くなった。


「芸大! 絵を描くの?」

「はい。油絵を専攻してます」

「すごいわ。我が家は皆、そっち方面は駄目だから」

「そうでもないですよ。私なんかまだ、未熟ですし」

「でも見てみたいわ。森崎さんの作品」

「え……?」


レイコはことばを探すかのように視線を彷徨わせ、それから心を決め口を開いた。


「再来年の一月に卒業制作展があります。……そのときに、良ければ見に来てください」

「本当? 行きたいわ。楽しみにしてるわね」


レイコは瞳に決意の色を滲ませ、静かに頷いた。


 辺りはいつのまにか夕日に染められていて、レイコはお暇する旨を伝えた。


最後に仏間にある優希の仏壇に手を合わせ、玄関を出ていく。それではまた、と言いかけたレイコを遮って母はリビングへと消えた。


すぐに戻ってきた母が手にしていたのは、あのテレビ台に飾られていた写真だった。それを写真立てから抜き取り、レイコに差し出す。


「写真なんてあっても鬱陶しいだけかもしれないけど、森崎さんに持っててもらいたくて。良かったら貰って」

「でも」

「データがあるから、お父さんに頼めばまた刷ってくれるわ」


レイコは写真を受け取り、目を落とした。そこでは相変わらずの笑顔を浮かべた優希がいる。


「大切にします」


今度こそレイコは犬飼家を後にした。


 夕暮れの道を二人並んで歩く。心地よい静けさがそっと抱いてくれているようだった。気だるいだけだった夏の風に、微かに切なさが混じり始めている。


母に会えてよかった。レイコに感謝するとともに、きっと優希の家族に会えるのはこれで最後だろうと思った。


 人通りの少ない住宅街の道を、向かいから一つの影が近づいてくる。逆光で顔までははっきりと見えないが、それでもわかった。


「遥希!」


三つ年下の弟だ。最後に会ったときはまだ中学生だった。バスケが好きで、引退するまでは勉強そっちのけで部活に打ち込んでいた。そのせいで両親にはよく、種目が違うだけで良く似た兄弟だと言われていた。


伸ばしていた髪は短く切られ、黒い短髪になっている。そして何故か、大学名の入った野球のユニフォームを着ていた。


完全に足が止まる。すれ違う間も、その後もその姿から目が離せなかった。


遥希はいつの間にか、優希よりも年上になっていた。


「兄弟そっくり」


レイコが可笑しそうに言った。



 車窓から見る空はもう夜に姿を変えようとしている。レイコは遠くに残る橙を、いつまでも名残惜しそうに見つめていた。


駅に停めておいた自転車に跨り、家路に着く。


信号に引っ掛かり、足を着いた瞬間、レイコがぼそりと呟いた。


「優希は皆に愛されてたんだね」


そのことばがいつまでも耳にこびり付いて離れなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ