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母はレイコが泣きやむまで続け、そして落ち着いたころに温かいお茶とアルバムを持ってきた。五冊に及ぶアルバムには、見覚えがあるものもあれば、全く知らないものもあった。母が表紙の柄が色褪せ掛けた古いアルバムを捲ると、そこにはまだ若い両親と小さな赤ん坊が写っていた。
「これ……」
「そう。これが優希」
一枚一枚ページを捲っていくほど、写真の中の赤ん坊は成長していく。それに合わせて母が思い出話を挟む。レイコは穏やかな表情でそれに耳を傾けている。
それにしても生まれた頃なんて、もう二十年以上も前の話になるというのに、よくこんなにも覚えていられるものだと感心した。
そうして小学校卒業までの写真を見終えると、母は見覚えのない赤い表紙のアルバムに手を伸ばした。写真を覆う透明なフィルム同士が剥がれる音がして現れたのは、中学校の制服を着た優希だった。
部活動中や校外学習の写真など、そこには到底親が撮れないと思うものがいくつもあった。
もしかしたら優希の死後に、当時の教員や友人が持っていたものをくれたのかもしれない。
毎日外で野球の練習をしていたせいで、坊主に日焼け姿の少年が、友だちと変な顔をして写っている。その写真を見て、レイコが小さく吹きだした。
「本当に活発な子だったんですね」
「そう。小さい頃から放っておいたらいつままでも友だちと外で遊んでるような子だった。中学校に入学してちょっとは大人しくなるかと思ったら、なんのなんの」
母も呆れ顔に笑みを混ぜて、顔の前で手を振る。
「底抜けに明るくて、クラスでもお調子者だったみたい。男の子だったから、生まれたときから反抗期が怖いなーって思ってたんだけど、びっくりするぐらいあっさり終わったの。もちろん年頃になって、距離はできたけど……。でもクソババアとか言われたことないもの」
「確かにそう言うことは言わなさそうですね」
二人が目を合わせて笑う。そう言えば母には主に勉強のことで小言を言われることはあったが、それに対して暴言を吐いた覚えは無い。でもこうして自分の前で、自分の話をされるというのはなんだか落ち着かないものだ。
そうして最後は原色の青が目に刺さるような、エナメル地の表紙のアルバムだった。
「あ……」
レイコとバケオの声が重なった。母がそうなの、と小さい声で言った。そのアルバムだけ、他とは異なっていた。写真とともに小さなメッセージカードや、色紙などを切りぬいてできた文字、イラストなどが貼られていたのだ。
「優希が亡くなって暫くしてから、高校のお友だちが私にプレゼントしてくれたの。こんな細かく飾ってくれて、ね、手が込んでるでしょう」
中学生時代よりも伸びた黒髪をセットした優希がいた。教室で撮った何気ない姿。部活動で汗を流している姿。学校祭の出し物でスカートを穿いて踊っている姿。ふざけ半分で撮ったプリクラ。テーマパークでかぶり物をしている姿。コンビニの前でアイスを食べている姿。一つ一つを、今でも鮮明に思い出せる。辛いこともたくさんあったはずだけど、今思えば全て楽しかった。
最後のページを開く。そこには仲の良かった部活やクラス、中にはこれという接点があったわけでもないのによく遊ぶようになった友人ら一人一人の写真と、優希に向けたメッセージが載せられていた。
「こんな感じかな」
そう言ってアルバムを閉じようとした母を、レイコが止めた。
「読んでもいいですか?」
「もちろん」
母の手からアルバムを受け取ると、自分のほうに、正確に言えばレイコの後ろに立つバケオにも見えるような向きで引き寄せた。
写真になった一人一人を、すべて覚えている。一つ一つ筆跡の違うメッセージも、なにもかもが嬉しかった。優希が死んだ後も、優希を思っていてくれた人がこんなにもたくさんいたのだ。
バケオの代わりにレイコが鼻を啜り、目元を拭った。
「優希くんは、皆に愛されていたんですね」
レイコのことばが胸に染み込んで、涙に変わる。何も濡らさない雫を、静かに零した。
「そうね、ありがたいことに」
それから暫く二人は優希の話をしていた。きっと母も誰かに思い出話を聞いてもらいたかったのだと思う。その表情は失ったことを哀しんでいるというよりも、人に愛された息子を誇っているようだった。レイコもその話を嬉しそうに聞いていた。




