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レイコとバケオのとある夏  作者: 青井在子
第三話 愛せない
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心臓の移植手術を受けてから定期的に通っている検査には、もう慣れた。付き添ってくれる看護士と技師の指示に従っている内に終わる。異常なしとの結果が出た。


お世話になっている主治医にお礼を言って循環器科のある棟を出る。バケオはどこに行ったのだろうか。四方を囲まれた中庭に足を向ける。ここは入院中に何度も訪れていた。桜の木の下にあるベンチでお祖母ちゃんと並んで座ったものだ。


死んでも構わないと思っていた私なんかのために、高額の治療費を払い、手術を受けさせてくれた。

あのときは余計なお世話だと、有難迷惑だと思っていたが、今はなんとなく感謝している。

ベンチに腰掛ける。真っ青な空に白い雲がゆっくりと流れて行く。心臓が静かに音を立てて動いている。


私は今、お祖母ちゃんとこの心臓の持ち主に生かされている。死にたくないと思ったことはないけれど、二人のために生きなければと思う。


「レイコちゃん」


その声に振り向くと、目があったバケオが右手をそっと上げた。視線を桜の元に戻すと、今度はその木陰にバケオが立っている。


「なんか思い出せた?」


半分冗談のつもりで尋ねた。バケオはいつだってどこか抜けていて締まりが無いから、今回だってそう簡単に上手く行くはずが無いと思ったのだ。


バケオは眉根を下げて、悲しい顔で笑った。


「……うん」


その返答と表情に心臓がどくりと脈打つ。


「……思い出したの?」

「うん。ぜんぶ」


待って、と言いたくなった。何を待ってほしいのだろう。バケオの過去を知ること? 彼はもう思いだしてしまっているのに。バケオがもはやバケオではなくなる。いなくなってしまう。受け入れる覚悟が、私にはまだ無い。


「その前に、レイコちゃんの話を聞かせてほしい」

「私の?」

「そ。心臓病で入院してたんだよね?」

「え、ああ、うん……。そうだけど」


バケオは青い葉の茂る桜の木の下に背を預けて、腰を降ろした。


「レイコちゃんのこと、やっぱりちゃんと知っておきたいなって思ったんだ」


そう言ってはにかむバケオは、出会ったころと変わらない。よくそんなこっぱずかしいことを言えるなとは思うけれど、不思議と嫌な気はしない。


「中学一年の終わりごろかな。心臓に病気が見つかったの。拡張型心筋症っていう、お爺ちゃんとかお婆ちゃんとかがなるような病気。すぐに入院ってことになって、いろんな治療を受けたけど、あんまり良くならなくて。その場しのぎはできたけど、完治はしなくて。余命宣告、されたの」


落ち着いて聞いてね、と毎日病室を訪れる主治医に、それまで訪れたことの無かった小さな会議室の

ようなところに呼び出されて、言われた。


「このままだと五年後の生存率は、ほぼゼロだって」


当時の私はまだ十三歳で。そこから計算すると成人式さえ迎えることもできずに死ぬかもしれなかった。それなのに私は、他の治療法について尋ねる祖母の隣で、心が動かないのを感じていた。


「へーって感じだった」


なんとなく後ろめたい気がして、バケオの顔を見ることができず、自分のつま先をじっと見た。


「いろいろ最悪だったの。小五の夏に母が自殺して、お祖母ちゃんに引き取られてこっちの中学校に通ってたけど、やっぱり友だちなんかできなくてさ。それどころかクラスメイトからはあの子はなんか変だって、無視されてた。だからね、別に死んでもいいと思ってた。生きたいと思える理由が無かったから」


温い風が私の髪と桜の葉を揺らす。桜の木と私の影が、同じ方向に延びる。たった二つの影。


「私の相手をしてくれるのはお祖母ちゃんときいろと、あとは皆霊たちだった。たぶんそういうことも関係あったんだと思う。私が死ぬことに抵抗なかった理由」


余命宣告を受けてもそれまでと変わらない日々を続けていた。毎日の診察と治療。ときどき苦しくなると、医師と看護士がすぐに駆けつけた。大丈夫だからね、と私の手を擦るお祖母ちゃんの目を見られなかった。


お祖母ちゃんが一生懸命大切にしてくれていた私を、私自身はちっとも愛せていなかったから。


「私はもうすぐ死ぬ。それを知って、少し楽になった部分もあったぐらいだし……」


バケオは黙って私の独白に耳を傾けている。彼のような明るい少年に、私のこんな根暗な部分を見せるのは抵抗があるはずなのに。


「だけど中学三年の年の夏。急に言われたの。ドナーが見つかったって」


あのときの主治医の嬉しそうな顔は今でも覚えている。


「は? って感じだった。なんの話してるのって。知らない間にお祖母ちゃんが臓器移植の順番待ちの登録してくれてたらしくて。その夏にちょうどドナーが現れたってことだった」


完全に死ぬつもりだった私が、これからも生きていかなくてはいけないという事実を受け入れるより早く、手術は行われた。断れなかったのは、必死で手を尽くしてくれたお祖母ちゃんの厚意を無下にできないと思ったからだ。


「手術は上手く行って、拒否反応もでなくて、自分でもびっくりするぐらい調子も良くなってさ。三ヶ月後には退院するぐらいだった」


とくんとくんと今も私の中で脈打つ、見知らぬ誰かの心臓。私はこの持ち主の命と引き換えに、人生の続きを与えられた。


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