表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイコとバケオのとある夏  作者: 青井在子
第三話 愛せない
21/41

21


「えっ、病院?」


珍しく水曜日以外に家を出ようとした私を不審に思ったのかバケオが呼び止めた。行き先を伝えると、この反応だ。


「言っておくけど、一緒に行けないからね」

「えっ、なんでっすか?」

「なんでって……。考えたらわかるでしょ」


顎先を親指と人差し指で挟むようにして考え込むバケオを尻目に、自転車に空気を入れる。


「レイコちゃん、全然わかんないんすけど」


振り向くと後ろ頭をぽりぽりと掻くバケオが眉根を下げて、立っていた。見るからにバカっぽさが伝わってくる態度に、思わずため息が漏れた。


「いっぱいいるの」

「なにが?」

「霊が」

「なる」


できるだけことばを省略してみたけれど、どうやら伝わったらしい。


「てことで憑いてこないでね」

「それはベツっす」

「はあ?」


今度は私が声を上げる番だった。


「だってレイコちゃんが一人で外歩くとか、心配っすよ」

「待って。なんで私幽霊に心配されてるわけ?」

「憑いてくっすよー」

「幽霊がそんなこと言うと怖いから止めて」


私は冗談じゃなく本気で付いてこられることを拒んだのが、結局バケオに押し切られる形となった。

駅までは自転車を使い、電車に乗って隣町へ向かう。電車は空いていて、適当な席に腰掛ける。隣にバケオが座る。隣町の市立病院の最寄り駅までは二十分強だ。電車が目的地に近づけば近づくほど、私は憂鬱になっていく。


心の底から本気でバケオを連れて来たくなかった。大きな病院ということもあって、さまざまな科もあれば、入院棟もある。そのぶん霊たちの数も多い。事故に遭って病院で命を落とした人や、病による急死。自分の死を受け入れられなかった人は、縁のある場所の他に最期を迎えた場所にも留まりがちである。とくに病院に留まる人たちは、自分がどうすればいいのか、混乱している人が多い。霊を連れて歩いて、厄介なことに巻き込まれなければいいのだけれど。


アナウンスが流れて、電車がスピードを落とす。

私と同じ駅で降りる人の多くが、複数の荷物を抱えていた。見舞いだろうか。


ここを訪れるのは一年ぶりで、もう何度目だろう。

白く巨大なその建物は、どれだけ緑の庭を具えていようがいつだって威圧感を湛えている。

駅から病院までは、桜の並木道が続いている。春であれば景色が綺麗なのだが、今はただ蝉が煩いだけだ。


「……なんかここ見覚えあるっす」

「え?」


並木道で唐突にバケオが呟いた。


「ほんと?」

「なんとなくっすけど……」


桜並木に挟まれた車道を、途切れと途切れに車が行きかう。反対側の車線を、原付の小さなバイクに乗った男子高校生が走っていく。


「あれ……」


バケオの大きな目が、その男子高校生に釘づけになる。


「そっか。高校生でも原付なら乗ってる可能性もあるんだよね」


どこにでもいそうな半そでの白いカッターシャツに黒い学生服のパンツ。スニーカーは有名なスポーツブランドのロゴが入っている。あれで高校を特定するほうが難しい。


「もしかしてバケオが通ってた高校、とか?」

「いやー……、さすがにわかんないっす」

「案外この街に住んでたのかもね」


それ以上ピンと来るところは無かったらしい。バケオがいつものお喋りに戻ったところで、私は病院へと急いだ。

大幅に予約した時間に遅れると、待ち時間がとんでもないことになるのだ。


 なんとか時間までに受付を済ませて、待合室で腰掛ける。できるだけあちこち見ないようにする。

ああ、嫌な感じの声がする。気配もする。視ないようにしようと思っていても、前を横切る人から慌てて目を反らせば返って気づかれそうだ。どうしてこんなにもはっきりと視えるものが、他の人たちには視えないんだろう。私にはそっちのほうが不思議だ。


「まじでいっぱいいるんすねぇ……」

「お願いだから黙ってて」


呑気に余所の幽霊さん観察をしたり、掲示物を眺めたりしているバケオが憎たらしい。幽霊は基本的には同じ幽霊には興味が無いようで、現にバケオは誰からも絡まれていない。

早く私の順番になれ。ただひたすら祈っていた。


「森崎さーん。五番診察室にお入りくださーい」


ようやく名前を呼ばれて、診察室に入る。


「森崎さーん、久しぶりだねー」

「お久しぶりです」


私の主治医は、四十代半ばの色黒の男だ。髪も妙な感じに整えてあるし、髭も明らかに意図された形をしている。白衣と聴診器が無ければ絶対に医者とは思えないだろう。ちなみに休日はサーフィンをしているらしい。入院中に何度か写真を見たことがある。今思えば何故写真まで見せられる必要があったのだろうか。


「調子どう? なんか変わったことは?」

「とくに問題ありません。たまに自転車立ち漕ぎしても、変な感じしないし……」


推定高校生の霊に取り憑かれています。なんてことは言えず、普通に答えた。


「そっかぁ。それはよかった。じゃあ今日も定期検査だけして、問題なければそれでね」

「はい」


問診を終えると、別の部屋に移動になる。そこで検査服に着替え、心電図とX線の検査を受けるのだ。辺りに誰もいなくなったのを確認して、バケオに詰め寄る。


「今から着替えるし、検査で脱ぐこともあるんだから、こっからさきは付いてこないでよ」

「検査ってなんの検査なんすか?」

「言ってなかったっけ? 心臓だよ」

「心臓……? レイコちゃん、心臓病なんすか?」

「昔、ね。今はもう大丈夫なんだけど。もう時間無いから後で話す! じゃ!」

「あっ、待って!」

「なに?」


余りに時間が掛かり過ぎると看護士が様子を見に来てしまう。しつこく呼び止めるバケオに少し苛立ちを覚えながら振り返った。


「俺、この病院に来たことある気がするんす」

「え?」


今日のバケオの様子からして、この街になんらかの縁があったのだろう。それが病院となると、もしも怪我や病気で運び込まれたのだとしたら、バケオの生前の記録が残っているかもしれない。好奇心に似た焦りが生まれる。

検査を放り出そうとする私を止めたのは、バケオ本人だ。


「レイコちゃんの検査の間、いろいろ見てくるっす!」


それだけ言うと、バケオは消えた。私は溜息を吐きたくなるのを堪え、検査に向かうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ