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「でた。やっぱりなんかの宗教?」
「違います! 現に美雪さんは今ここにいます。私の左隣。夏実さんに伝えたいことがあるから、こうして今も留まってるんですよ」
「そんな話、誰が信じるの? こっちだって忙しいんだから、いつまでもやるなら警察呼ぶよ」
「ちゃんと聞いてくださ……っ、わっ!」
私の手から白い封筒がふわっと浮かび上がる。美雪さんだ。そうして封筒には誰も触れていないにも関わらず、ぎょっとする夏実さんの手の中に収まった。
「なっ、な……っ」
「今のは美雪さんです。やっぱり読んでほしいみたいですよ」
「こんなの……っ!」
夏実さんが封筒から手を離す。ひらひらと地面に落ちた封筒は、同じようにひらひらと彼女の手中に戻っていく。
「夏実」
諭すような声で名前を呼ぶのは母、美雪さんだ。この声が娘の夏実さんにも聞こえればいいのに。夏実さんのお母さんは、死しても尚、娘のことが心配で留まっていると言うのに。亡くなった本人にとってはすっと成仏できるに越したことはないのかもしれないけれど、私はお母さんはもちろん、お祖母ちゃんだって少しも姿を見せてはくれなかった。
母のその声は、夏実さんには届かないはずなのに。それでも感じるものがあったのか、手の中に舞い戻った白い封筒を捨てようとはしなかった。
「読んでみてください。きっと私の話が嘘じゃないってわかります」
美雪さんが静かに頷く。
夏実さんは震える指で、糊づけのされていない封筒を開いた。二つに折りたたまれた白い便せんを開き、長い息を吐く。美雪さんがそっと寄り添い、一緒になって覗きこんでいる。
夏実さんの視線はしばらく迷ったあと、便箋に並ぶことばたちを追い始めた。
夏実へ、で始まる十枚に及ぶ手紙には、生まれたての赤ん坊と母親に成りたての娘を遺して突然この世を去らねばならなかったことに対する謝罪、これからの育児への励まし、それから未婚の内に母となった娘への許しと変わらぬ母親の愛情。それらが所狭しと並べられている。
夏実さんから小さな嗚咽が漏れた。化粧気のない顔を手の甲で乱暴に拭う娘の背中を、美雪さんが優しい手つきで撫でている。バケオが鼻を啜る音がした。幽霊でも鼻水って出るわけ?
しばらくして夏実さんの紙を捲る手が止まった。視線は最後へ辿り着く。母より。
夏実さんは白い便せんを胸に押し当て、空を仰いだ。深い息が吐きだされた。
「こんなのが書けるなんて、あんた詐欺師に向いてるよ」
すっかり美雪さんの存在を信じてくれたものだと思っていた私たち三人は、思わず口々にえっと戸惑いの声を漏らした。
「だから、これは……!」
「冗談、冗談」
目尻に残る水滴を拭いながら、夏実さんは朗らかに笑う。
「あんたが幽霊を見れるっていう話は別として、これはお母さんが書いたんだと思う」
「夏実さん……」
「なんかねぇ、笑っちゃう。お母さん、あまりにも突然死んじゃったから、あたし、いろいろ後悔してたのよ。これでも。言っとけばよかったーってこともいっぱいあるし。でもきっとそれはお母さんも一緒だったんだよねぇ」
私から目を反らして、遠くを、きっと彼女には視えない誰かを見ていた。
「あーあ、ありがとうぐらい言っておけばよかったぁ……」
吐息に混じるような呟きを、私は聞き逃さなかった。




