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ピーンポーンと間延びした電子音が鳴り、バタバタと家の中を小走りする音がした。
「ハイ」
機械から聞こえたその声に、おばさんはさらに目を潤ませた。
「あのー、私辻尾美雪さんの知り合いで、森崎礼子と申します。娘さんの、夏実さんにお話しが合って参りました」
「お母さんの?」
さっそくいぶかしむような声がしたが、承諾のことばがそれに続き、数秒後には玄関からTシャツにジャージといういかにも動きやすそうな服装で、女性が現れた。
「夏実……」
背後でおばさんこと辻尾美雪さんが呟いた。一方で夏実さんは私の顔を見ても誰だか思い当たる人がいないというふうだ。とりあえず挨拶を交わしたものの、死者の知人を名乗る自分よりも年下の女の登場を、歓迎はしていないようなのは見てとれた。
「さきほども申し上げましたが、私、あなたのお母さんの美雪さんの知り合いなんです」
「そう。びっくりした。まさかお母さんにこんな若い知り合いがいたなんて。学生?」
「はい。大学生です」
「そうなんだぁ。……聞いてないかもしんないんだけどね、お母さん、死んだの」
夏実さんは余所様に向ける顔として、辛い表情はするべきではないと思ったのだろう。疲れの滲む顔を無理やり笑う形に歪めた。
彼女は、私が想像していた美雪さんの娘像とは異なっていた。未婚の母というのだから、もっとこうギャルっぽいというか、明るい髪を巻いていたり、目の周りが真っ黒だったり、爪が重たそうだったり、露出度の高い服を着ているのかと思っていたら、意外と苦手意識を持つようなタイプではなかった。
「……知っています。残念、ですね」
こういうときなんということばを掛ければいいのかわからない。御冥福をお祈りします、も違うし、英語だったならばI’m sorry.の一言で済むのに。
「そっか。でもどこで知り合ったのぉ? ほんとにお母さんに若い知り合いがいるなんて思わなかったからさぁ」
どう答えるべきか、迷った。適当に捏造するべきなのかとも思ったが、予想外の夏実さんへの好感に、私はありのままを伝えることを決心した。
「夏実さん」
「なぁに?」
すぅっと息を吸う。バケオがお願いっ、と両手を合わせた。
「私が美雪さんと知り合ったのは、美雪さんが亡くなってからです」
夏実さんはぽかんと口を開けて固まった。自分が今何を言われたのか、どう解釈すればそれを自然に理解できるだろうかと考えているようだった。そしてそれは上手くいかなかったようだ。
「ごめん、今、なんて?」
「私が美雪さんと知り合ったのは、美雪さんが亡くなったあとなんです」
しっかりと一音一句明瞭に伝わるように繰り返すと、夏実さんは苦笑した。
「ちょっと待って。何言ってるの? もしかしてなんか怪しい勧誘?」
「ちっ、違います! これを!」
話が悪い方向に流れて行くような気がして、慌てて白い封筒を差し出す。自分の名前が書かれたその封筒を見て、夏実さんは眉を顰めた。
「これ、美雪さんが書いたんです」
「いつ?」
「今日です」
長い溜息が聞こえて、それから夏実さんはぽりぽりと後頭部を掻いた。
「あのねぇ、お母さんは一カ月も前に死んでんの。今日あんたに会えるわけないの。もしほんとに会ったってんなら、それ、たぶんお母さんのふりした偽物だよ」
「違います……!」
拳を握る。自分の秘密を、真実を打ち明けるのはいつだって怖い。受け入れられた試しがほとんどないから。だけど今、実際にここに存在している美雪さんを否定されるわけにはいかない。
「私が会った美雪さんは偽物なんかじゃない! これを読んだら分かります! 確かに文字は美雪さんのものじゃありません。書きたい内容を聞いて、私が書き起こしました。でも内容はすべて美雪さんが夏実さんに伝えたいと思ったことです!」
「だから、そんなことできるわけないって言ってんでしょ。死んだ人がどうやって手紙書くって言うわけ?」
「私にはできます。他の人にできなくたって……、私には。だから美雪さんは私を頼ってきた」
「だから、どうやってって言ってんの!」
バケオの手がそっと背中に触れた。そっち側に目が付いていなくても、感触がなくてもわかる。ひんやり冷たい。普通だったらここで温かい手が触れて、安心するんだろうな。だけど温度は無くても充分励まされた。
「私は霊を視たり、話したりすることができるんです」




