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「レイコちゃんって人と関わるの嫌いなくせに、妙なところで積極的っていうか、行動力発揮するよね……」
バケオに実体があるなら、つま先でも踏んでやりたいくらいだ。うるさいと一喝して、おばさんを急かす。
「わかったわ。案内する」
おばさんは五十代前半と言ったところだが、幽霊なので軽々自転車の前を走るというか飛んでいくというか、する。
湿気のせいで蒸発しない汗が雫となってほぼ無いに等しい谷間を滑り落ちて行く。その感覚は不快だけど、ペダルを漕ぐ足は軽い。
駅から自転車で二十五分。そこにおばさんの自宅で、今はおばさんの旦那さんと娘の夏実さんと、おばさんの孫にあたる六か月の赤ちゃんが暮らしているという。
道中できいたおばさんの話によると、旦那さんは奥さんと同い歳で五十一歳。まだ現役で地方銀行の行員をしているらしい。生活費はおばさんの夫で、夏実さんの父親であるその人が捻出していて、夏実さんは家で育児をして過ごしているのだという。だからたぶんこの時間でもいるはず、とのことだ。
自転車を停めてスマホートフォンで時間を確認すると、午後四時十分。お父さんの方はまだ帰って来ていない、と思うけれど。銀行って終業時間早いんだよね、確か。できれば夏実さん一人でいてほしい、と祈りながらインターホンに指を伸ばす。
「ま、待って!」
呼び止めたのはおばさんだった。
「呼び出すつもりなの?」
「うん」
「なんて言うつもり?」
「あなたのお母さんから手紙ですって」
「そんなの信じないわよ、あの子。ただでさえ育児のストレスで苛立っているのに、そんなこと言われたら怒りだしかねないわ」
「でも本当のことじゃん」
辺りが水を打ったように静まり返る。さっきまで聞こえていたカラスの声も、近くを走っていたバイクの音も遠くなる。
「信じないって言われてもさ……、本当の事じゃん。おばさんは実際今ここにいて、この手紙を書いたんだよ?」
「レイコちゃん、それはそうなんだけどさ。普通の人にはそうは思えないって……」
眉根を下げたバケオが宥めようと手を伸ばす。その手を振り払った。触れた感触は無いけれど。
「あんたたちならもう分かるでしょ? 幽霊はいる。死んだ人が全員そうなるわけじゃないけど、でも普通の人間が暮らす世界に幽霊だって普通にいるの! 皆が信じないだけで、これが本当なんだってば……!」
「レイコちゃ……っ」
「だって哀しくないの? 自分たちはまだ留まって……存在してるのにさ、そんなのいないとかって言われて。生きてる人の勝手な都合で言われて。悔しくないの?」
おばさんは魔法にでも掛けられたかのように動かない。呆然とした様子で声を荒げる私を見つめている。住宅街でこんなに騒いでいれば、誰かに見つかる。そう頭では理解しつつも、気が収まらない。
「生きものって心臓が止まったらおしまいなのかな。生きてるうちに頑張ったこととか、苦しんだこととか、そういうのも全部無くなっちゃうのかな。……そうは思えないんだ、私。だって思い残したことがある人って、こうやって身体を持たない姿でうろうろしてるし、そうじゃなくてもどこかに、誰かに、何かに、想いは残るんだってそう思う。だから」
おばさんの前に夏実へと書かれた白い封筒を突き付ける。
「おばさんの想いを、夏実さんに遺そう」
おばさんはその手紙を手に取ることはできないけれど、確かに右手で掴み、そして頷いた。瞬きを繰り返す瞳からは透明な雫が零れる。
「まっ、変な話をされて夏実さんが怒ったとしても、なんやかんや言われるのは私だけだしー」
「レイコちゃんってほんと……」
その続きを促そうと、バケオの顔を覗き込むとなんでもないと静かに頭を横に振られた。
「じゃあ、行くよ」
おばさんが頷いたのを確認して、今度こそインターホンのボタンを押す。




