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自転車で街中をいつものスーパーに向かって漕いでいると、バケオが声を上げた。
「あっやべ!」
「なに」
咳をするふりをして、口元を手で覆いながら返事をする。
「今朝のおばさんと目ぇ合っちゃったっす」
「はあ? 無視して、無視」
「うん……、でもやばい」
普段私にしか聞こえないのを良いことに大声で喋るバケオが声を潜める。
「だんだんこっち来てるっす」
「あんたは大丈夫だって。どっちかと言えば祟られるより祟る側だからさ」
「でも……っ」
その声にもう一つ音が重なった。
「何度も失礼してごめんなさいね。あなた今朝のお嬢さんよね?」
自転車のブレーキを握る。ききっと鋭い音がしてタイヤが止まる。こうもはっきり覚えられてしまっていては、今更見て見ぬふりで通すこともできない。
「そうですけど、何か?」
「少しお願いがありまして」
「どうして私が見ず知らずのあなたのお願いを聞かなきゃならないんですか?」
厳しそうというか、自分のことはしっかり面倒見ていたと言うふうな初老の女性に、目も合わせずつっけんどんに言うと、見守っていたバケオがレ、レイコちゃんと情けない声を上げた。
「それは……あなたにしか頼めないからです。だってあなたにはわたしが視えるのでしょう? それからお友達も、わたしと同じようですし」
視界の端でバケオがびくっと肩を震わせた。少なからず自分のせいで私に喜ばしくない影響が出ていることを、認識してはいるようだ。
「じゃああなたのお願いを聞いたら、さっさと成仏してくれますか?」
おばさんはまあ、と両手で口を覆い、それから静かに頷いた。
「じゃああなたの名前は? どこに住んでました? いつどうして死んだの? 覚えてる?」
一気にまくし立てられたおばさんは、後ずさりをしたものの、流れるように私の問いに答えた。
「よし、そうやって全部覚えてる人はね、比較的すぐに成仏できるの。で、あなたのお願いは?」
「え、ええっとね……」
私の勢いに完全に押された様子で、咳払いをした。
「娘に手紙を書きたいの」
「娘さん?」
「そう。そうね……、あなたより少し上ぐらいかしら。半年前に子どもが生まれたのだけど……、父親がいないのよ。いわゆる未婚の母ってやつね」
「はあ……」
できちゃった結婚はともかく、父親のいない子どもを産み、一人で育てるなんて私にはまったく起きそうもないことだ。そしてその話は少し、予想外でもあった。おばさんの身なりからして子どもの教育も厳しくしていそうだし、そんなことは実際には何の関係もないのかもしれないけど、この人の娘がそういう状態に陥っていることが意外なのだ。
「初めての子だし、一人きりだし……、せめてわたしが手伝ってやろうと意気込んでた矢先にこれだもの。せめてこれからの育児を励ます手紙くらい、残してやりたいの」
「手紙、ねえ……。いきなり死んだ人から手紙が届いても怖いだけのような気もするけど」
「それでもどうしても残したいんです。これが済んだら、あなたの言うとおりすぐに成仏します。だからお願いします」
生きていれば、私の母もこれぐらいの年のはずだ。そんな人に頭を下げられるのは、どこか心苦しい。
「……わかった。書こう、手紙」
私のことばに顔を上げたおばさんは輝きに満ちた目元を緩めた。




