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レイコとバケオのとある夏  作者: 青井在子
第一話 愛されなくて
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「友だちだって欲しいんでしょ? いらないって言うのは、今までにいたレイコちゃんを否定するような人たちのことで、レイコちゃんのことを理解してくれる友だちなら、欲しいでしょ?」

「そんなことを言って、どうなるの……」


左胸を抑えた。誰かの心臓じゃなくて、そこじゃないどこかが痛い。ひりひりする。傷口に水が沁みるみたいに。


「俺はさ、なんにも覚えてない俺が言うのもなんだけど、友だちいたような気がするんすよね。そんで友だちといるときは楽しかった気がする。レイコちゃんはさ」


幽霊は実態を持たないから、雨に濡れることは無い。髪もジャージもさっきまでと何も変わらず、明度を落とすことも無い。大きな眼が私を捕らえて、そして細められた。


「生きてるから、これから友だちだってできるっすよ」


雨が地面や葉や屋根や至るところを打ち付ける軽やかな音がする。きっと通り雨だろう。長い間は留まらない。


「生きてるからさ、これから楽しいことだってあるっすよ。たぶんだけど。だからさ、辛いことから逃げたくなるのはわかるけど、そういうハッピーなことからまで逃げるのは止めようよ」


細められた目の上で、眉根が下がっている。自嘲するかのような笑みに、胸が詰まる。


レイコちゃんは生きてるから。


そのことばに、聞こえない声が続く。


俺はもう死んでるけど。


「あ……」


かわいそう。素直に思った。


話し方とか笑顔とか人懐こさとか、そういう面から見る限り、やつはやつなりに人生を謳歌していたのだろう。少なくとも私なんかよりは楽しんでいたに違いない。だけどそれはもう終わってしまったのだ。取り戻すことなど叶わない。やり直すこともできない。


やつはやつの人生の続きを、永遠に失った。何も覚えていないなりに後悔があるのかもしれない。霊になって彷徨うことで、やりたいことに今更気づいたのかもしれない。


もう二度と、できないのに。


そう考えたら、かわいそうだと思ってしまった。私に説教をしたくなったのは、私が生きているから。今はこんなんでも、生きていればやり直すことができるから。


「……じゃあなってよ」


俯くのは私の番だ。


「え?」

「友だち、ほしいよ。私のことを理解してくれる友だち。だからなってよ。私の友だちに」

「え? お、俺?」


心底驚いたと言わんばかりに、目は大きく見開かれていた。


「自分からこんな話しといて、それは無理って言うわけ?」

「だ、だって俺……ユーレイっすよ」

「だからあんたが成仏するまで」

「いいんすかね、それ」

「知らない。でもちょっとぐらい、手を貸してあげる。あんたが自分のこと思い出すのとか、成仏するのとか」

「ほんとに? それは嬉しいっすけど」

「じゃあそういうことだから。一応、よろしく」

「よ、よろしく! レイコちゃん! 俺はっ」


やつは困り顔にさらに笑顔を混ぜたような、複雑な色合いの表情をして手を差し出した。それから小さく、あっと声を漏らした。


「名乗ろうと思ったけど、俺自分の名前思い出せないんだった」


と頭を掻く。相変わらず締まりのないやつだ。そんなこと忘れるなよ。呆れて思わず笑った。


「バケオ」

「は? え?」

「思い出すまでのあんたの仮名、バケオ」

「え? なにそれ、ださ……」

「はあ? 文句言わない! 私だって、霊が視えるのに礼子ってどうなのって感じでしょ。だからあんたはオバケのバケオ。どう?」

「どうって……」


やつは少しの間、考えるような顔をして、それから小さく吹きだした。


「レイコちゃんって、絵は上手いのにネーミングセンス無いんすね!」

「はあ? うざ! 気に入らないならオバケかユウレイって呼ぶけど!」

「あははっ、いいっすよ。バケオで」


そう言いつつもまだバケオは何かがつぼにハマったらしく、バケオって、と呟きながら笑っていた。自分のセンスを貶されて、頭に来たものの、おばけのおばけらしくない明るい笑い声に釣られて私も笑った。


気が付けば雨は上がり、濡れた地面が色を変えているだけだった。


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