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「友だちだって欲しいんでしょ? いらないって言うのは、今までにいたレイコちゃんを否定するような人たちのことで、レイコちゃんのことを理解してくれる友だちなら、欲しいでしょ?」
「そんなことを言って、どうなるの……」
左胸を抑えた。誰かの心臓じゃなくて、そこじゃないどこかが痛い。ひりひりする。傷口に水が沁みるみたいに。
「俺はさ、なんにも覚えてない俺が言うのもなんだけど、友だちいたような気がするんすよね。そんで友だちといるときは楽しかった気がする。レイコちゃんはさ」
幽霊は実態を持たないから、雨に濡れることは無い。髪もジャージもさっきまでと何も変わらず、明度を落とすことも無い。大きな眼が私を捕らえて、そして細められた。
「生きてるから、これから友だちだってできるっすよ」
雨が地面や葉や屋根や至るところを打ち付ける軽やかな音がする。きっと通り雨だろう。長い間は留まらない。
「生きてるからさ、これから楽しいことだってあるっすよ。たぶんだけど。だからさ、辛いことから逃げたくなるのはわかるけど、そういうハッピーなことからまで逃げるのは止めようよ」
細められた目の上で、眉根が下がっている。自嘲するかのような笑みに、胸が詰まる。
レイコちゃんは生きてるから。
そのことばに、聞こえない声が続く。
俺はもう死んでるけど。
「あ……」
かわいそう。素直に思った。
話し方とか笑顔とか人懐こさとか、そういう面から見る限り、やつはやつなりに人生を謳歌していたのだろう。少なくとも私なんかよりは楽しんでいたに違いない。だけどそれはもう終わってしまったのだ。取り戻すことなど叶わない。やり直すこともできない。
やつはやつの人生の続きを、永遠に失った。何も覚えていないなりに後悔があるのかもしれない。霊になって彷徨うことで、やりたいことに今更気づいたのかもしれない。
もう二度と、できないのに。
そう考えたら、かわいそうだと思ってしまった。私に説教をしたくなったのは、私が生きているから。今はこんなんでも、生きていればやり直すことができるから。
「……じゃあなってよ」
俯くのは私の番だ。
「え?」
「友だち、ほしいよ。私のことを理解してくれる友だち。だからなってよ。私の友だちに」
「え? お、俺?」
心底驚いたと言わんばかりに、目は大きく見開かれていた。
「自分からこんな話しといて、それは無理って言うわけ?」
「だ、だって俺……ユーレイっすよ」
「だからあんたが成仏するまで」
「いいんすかね、それ」
「知らない。でもちょっとぐらい、手を貸してあげる。あんたが自分のこと思い出すのとか、成仏するのとか」
「ほんとに? それは嬉しいっすけど」
「じゃあそういうことだから。一応、よろしく」
「よ、よろしく! レイコちゃん! 俺はっ」
やつは困り顔にさらに笑顔を混ぜたような、複雑な色合いの表情をして手を差し出した。それから小さく、あっと声を漏らした。
「名乗ろうと思ったけど、俺自分の名前思い出せないんだった」
と頭を掻く。相変わらず締まりのないやつだ。そんなこと忘れるなよ。呆れて思わず笑った。
「バケオ」
「は? え?」
「思い出すまでのあんたの仮名、バケオ」
「え? なにそれ、ださ……」
「はあ? 文句言わない! 私だって、霊が視えるのに礼子ってどうなのって感じでしょ。だからあんたはオバケのバケオ。どう?」
「どうって……」
やつは少しの間、考えるような顔をして、それから小さく吹きだした。
「レイコちゃんって、絵は上手いのにネーミングセンス無いんすね!」
「はあ? うざ! 気に入らないならオバケかユウレイって呼ぶけど!」
「あははっ、いいっすよ。バケオで」
そう言いつつもまだバケオは何かがつぼにハマったらしく、バケオって、と呟きながら笑っていた。自分のセンスを貶されて、頭に来たものの、おばけのおばけらしくない明るい笑い声に釣られて私も笑った。
気が付けば雨は上がり、濡れた地面が色を変えているだけだった。




