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枝道きろ

作者: トマトだけは…

・迷わず行けよ。行けば分かるさ。

・自分を信じろ。

・お前の人生だ、好きにやれ。

・やりたいことをやれ。



「…ん、あれ…どこだ…ここ…?」

 一人の男が座り込んでいた。砂と空の間には彼一人しかいないように見える。風が吹く。砂が舞い彼の体が砂に覆われていく。すると彼は立ち上がった。

「どこ…だったかな…えぇと……どこかに行こうと思ったんだ。いや、行かなきゃならないんだ。」

 男は周囲を見回して考える。どこへ行くべきだったのだろうか、と。その時、視界の端に動く者がいた。男は砂に足を取られながら一歩一歩その相手に近付いていく。そいつも男だった。白いものが混じった無精髭に、真っ白な髪。顔に刻まれた深い皺はまるで木の年輪のように彼の人生を物語っている様だった。男に気が付いたのか、老人は手を上げた。この砂漠に似つかわしくない、深い青のスーツ姿であった。

「おや、あんたもかい?」

 老人は気安げに男へ話しかけた。友人に声をかけるような気軽い調子だ。

「え―えぇ、その、どこかへ向かってまして。」

「あぁ…まだ見えないのか。」

「見え…ない…?」

「聞いたことはないかい?

そこ~へゆぅ~けばぁ~って。」

「あー…えぇと。ゴダイゴの。」

「そう、ガンダーラさ。僕はガンダーラに行くんだ。」

 そう言うとニコリと笑って老人は片手を上げた。

「ではね、よい旅を。」

 男は曖昧な表情で片手を上げた。

「えぇ、その、よい旅を…?」

 老人は年に見合わぬ機敏さと壮健さで歩いて行く。そしてあっという間に視界から消えていった。


「ガンダーラ…?」

 老人が去っていった方向をただ眺める。ガンダーラ。愛の国。インド。天竺。何もかもがある。天国…むしろ極楽。しかし、男はどれも彼の言った言葉と重なるようには思えなかった。いつしか日は高く、追い立てるように気温が上がってゆく。

「どこかに行かなきゃ…でも、どこへ?」

 風の音だけがその問を聞いていた。そして答えるように人影が見えた。男は光を見つけた亡者のような足取りで近付いてゆく。女性だった。どこかで見たような黒一色の上と下の繋がった服。頭には服と同じ黒い頭巾を被っている。

「あら、ごきげんよう。」

「あ…ど、どうも。

その、あんた…いや、あなたも旅を?」

 男の言葉に女は頷く。その時に頭巾がズレて顔がはっきりと見えた。若い。瑞々しい生命力溢れる美しい女性だ。

「えぇ、私は神の身許へ向かっているところですの。」

「神…?えぇとこんな場所の先にあるのかい?」

 すると女性は慈愛に溢れる表情で瞑目する。そして両手を胸の前に組んでこう言った。

「えぇ、私は善く過ごし、善く生きました。ならば行き先は神の身許に決まっています。」

(なんだこの人…。大体、そんなこと分かるもんか。仮にそうじゃなかったら…一体この人はどうするつもりなんだろうか。)

 彼女が目を開く。そして男を見つめ…微笑んだ。

「私は信じております。故に私は進めるのです。道中にどのような困難があろうと。その先を信じておりますから。」

 そう言ってニコリと笑ってから、彼女は一礼した。

「それでは、良き旅路を。」

 男は引きつった笑顔で返した。

「えぇ、その、良き旅路を…。」


 頭のおかしな女だった。だからだろうか、迷わずまっすぐに歩いて行った。まるで何かに導かれるように。いや、そんな訳はない。今時宗教なんてものは人を殺す理由にしかならないのだ。だが、彼女はしっかりとした足取りで歩いていた。きっと砂に足取られ倒れることもあるだろう。熱で眩暈を起こしもするだろう。しかし、彼女は進むのだ。男は理解しようと試みたが、何の意味があるのだろうと思い、止めた。日差しはもはや傾き、空は夜と昼に二分されていた。

「どこへ行けっていうんだ。誰が教えてくれるんだ。」

 沈みかけた太陽が男に問いかける。なぜ行かないのか、と。

昇りだした金星が男に言う。どこでも進めばいいだろう。

ある風は背中を押し、ある風は正面からぶつかり、またある風は知らんぷりして過ぎ去ってゆく。夜の帳の下に人がいた。男はそこへ行くことにした。他に行き先が見つからないから。

 それは、男の子だった。小学校くらいだろうか?男の膝までしかないその背丈で。男の半分もない足で彼は無限の砂漠を歩いていた。

「お、おい君!どうしたんだい?」

「えっ?おじさん誰?」

「おじ…えぇい、それより親とかは?ダメじゃないか君がこんな所に来ちゃ!」

 すると少年はニヤリと笑った。

「はっはーん…迷ってるんだおっさん。

へっへーんだ!俺は行き先知ってるもんねー!じゃ!

えーと…そうだ!たびじのはてにーきぼうのほしのーあらんことーお!」

 止める間もなく、少年は走り去って行った。砂漠の砂などものともせずに。

「あぁ…行っちまった…。」


 いつしか月は中天に登り詰めた。茫漠とした砂漠の上、押し潰してきそうな夜空の中。ただ一人輝きを放つ真円の月。

「……まぁ、実はここがどこかーは気付いてるんだよな。」

 多分ここは死後の世界だ。あの老人も女性も少年も、死人だ。そしてそれぞれがそれぞれの、魂の行くべき先へ進んでいる。老人はその知恵で、女性はその信仰で、少年はその性質で。男は考える。自分には何があるだろうかと。男は考える。自分は何をしてきたのだろうかと。男は考えた。自分はどこへ行けばいいのだろうかと。

 月下を歩く影法師が一つ。男はそれを見つけると歩き出した。

(たぶん、これが最後だな。)

 男は決意をした。なんの決意かは誰も知らない。男も分からない。だが決めた。

「あっ久しぶりー。」

 その先にいたのは、見覚えのあるような、ないようなどこかで見た覚えがあるような気のする女性だった。

「えー…と?」

 男の様子を見ると、女は笑い出した。それはもう腹を抱えて大爆笑だ。むっとした男が止めようかとも思ったのだが、どうにも言葉が出てこない。

「あー…笑った笑った。相変わらず面白いねぇ。」

 目元の涙を拭く彼女に、何を言えばいいのか。男は迷って悩んで、一言にした。

「なぁ…その、この道さ、いいとこ行けっかな?」

 男は心の中で頭を抱えた。一体自分は何を言ってるんだろうか。

 彼女は男の言葉を聞くと再び腹を抱えて笑い出した。悲鳴のような笑い声を上げながら、体をくの字どころか頭と膝とを挨拶させながら。そして、不意に笑い声が止み。何事もなかったかのような微笑みの表情で彼女は顔を上げた。

「この道先にね。なーんにもないわ。」

「えっ!?

じ、じゃあどこに行きゃいいんだ俺…?」

「知っらないわ。私に聞かないでちょうだい。」

「なんだこいつ…なんなんだおまえ…。」

「じゃ、そゆことで。」

「へっ?あ…お、ちょおまっ!」

「じゃーねー!」

 そう言うと女性はひらひらと手を振って。浮いた。

「…え?」

 そしてそのまま輝く軌跡だけを残して月へと飛んで行った。

「あ―え、えぇー…マジかよ…。なんだよ最後でルート教えてくれるもんじゃねぇのかよ…。」

 男は砂漠を見回した。老人の去っていった方向は大きな砂丘がある。女性の進んだ先には霞がかった山が見えた。少年の向かった先は何も見えない場所の更に向こう。そして謎の女は月へと去った。

 ため息が出る。

「結局、周りは勝手なことを勝手に言うだけか…。

もーいい。知った事か。よし、決めたあっちにしよう。」

 男はテキトーに方向を決めて歩き出した。この先に何かあるのか。何もないのか。そんなことは知らない。だが、行かなきゃならないんだ。どうあがこうと、何をしようと。なら、嫌々でも行かなきゃならないんだ。

「はぁ…。」

 月だけがその溜息を眺めていた。

 他人の言葉って重みを感じない物ですよね。どこかのおっさんが言いましたよ。種を蒔いても、場所が悪くて育たなかったり、植え方が悪くて育たなかったり、育っても折られたりするもんだって。

でも、種を蒔くのを止めちゃいけない。良く育つ物もあるのだから。


 さて、説得力ないでしょう?やっぱこういうのは実体験も伴わないと。

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